宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
三日後。
拠点の中央広場には、鈍い金属光沢を放つ潜水艇が静かに置かれていた。
かつて研究施設で使われていた小型潜水艇。
今はもう新品の面影など欠片もない。
外装には無数の擦り傷。溶接跡。継ぎ接ぎの装甲板。補修テープ。急造配線。
元々ボロボロだった上に、ミニソドムに引きずられて運ばれた結果、見た目だけなら完全に廃棄寸前の鉄クズだった。
だが。
その内部では確かにエンジンが唸っている。
低く震える駆動音が、狭い拠点の空気を微かに震わせていた。
「……よし」
潜水艇の整備ハッチから身体を起こしながら、ジョンは大きく息を吐いた。
汗で前髪が額に張り付いている。
ツナギはオイルと煤で汚れ切っていた。
この三日間、ほとんど寝ていない。
配線交換。
腐食除去。
制御AIの再起動。
推進ノズルの清掃。
エネルギーセルの再構築。
使えそうな部品を寄せ集め、どうにか“動く状態”へ持っていったのだ。
「マジで動くんだなこれ……」
ネドリーが感心したように潜水艇を見上げる。
丸っこい船体をぺたぺた触りながら、半ば呆れ顔だった。
「途中から完全に“巨大な粗大ゴミを磨いてるだけ”に見えてたでござるよ」
「俺も何回か心折れかけた」
ジョンは疲れた顔で答える。
「エンジンかけた瞬間爆発する可能性まだあるしな」
「やめてほしいのでござる!?」
ネドリーが青ざめた。
その横ではアリスが潜水艇の丸い窓へ顔を押し付けていた。
「お魚さん見えるのです?」
「まだ陸の上よ」
セリアが苦笑する。
彼女は新しい左腕――鉤爪型ロボットアームをカチカチ動かしながら潜水艇を眺めていた。
黒い金属アームは相変わらず物騒だ。
だが本人は気に入っているらしい。
「でも結構いい感じじゃない?」
鉤爪で潜水艇を軽く叩く。
コン、と鈍い音。
「ちょっと海賊船っぽい」
「海賊船っていうか密輸船だろこれ」
ジョンが即座に返す。
実際、かなり怪しい外見になっていた。
正規軍が見たら確実に停船命令を出すレベルである。
だが今は見た目を気にしている余裕などない。
重要なのは、“沈まないこと”だ。
するとモラゴが豪快に笑いながら潜水艇を叩いた。
「はっはっは!十分じゃ十分!」
「その“大丈夫精神”怖いんだよなぁ……」
ジョンは頭を押さえる。
だが、拠点の空気は以前より明るかった。
少なくとも今は、脱出への道筋が見えている。
中央制御塔。
環境制御システム。
怪獣達の活動低下。
そして脱出。
危険だらけだが、希望はあった。
それが人間を動かしている。
「では行くかの!」
モラゴが声を張り上げる。
「おー!」
アリスだけ元気に返事した。
***
数十分後。
一行はジャングルを進んでいた。
当然、潜水艇は自力走行できない。
つまり。
フシュンッ!
ミニソドムが運搬係だった。
「だから引きずるなってぇぇぇぇ!!」
ジョンの悲鳴がジャングルへ響く。
ミニソドムはロープを咥え、巨大な潜水艇をズルズル地面へ引きずっていた。
ガガガガガッ!!
船底が岩へ擦れる。
火花。
嫌な音。
「俺の三日返せ!!」
ジョンが頭を抱える。
フシュ?
ミニソドムは悪気ゼロだった。
むしろ褒めてほしそうである。
「この子、“丁寧に運ぶ”って概念ないわね……」
セリアが苦笑した。
鉤爪アームで潜水艇を支えようとするが、二十メートル級怪獣のパワーの前では誤差でしかない。
スケイルは若干顔を引きつらせていた。
「これ、本当に大丈夫なの……?」
「大丈夫じゃなかったら終わりだ」
ジョンが死んだ目で答える。
ジャングルは相変わらず不気味だった。
湿った熱気。
巨大化した植物。
異常なほど太い蔦。
木々の隙間から差し込む人工照明。
かつては“自然公園”だった場所。
今は完全に暴走した生態系になっている。
足元では巨大昆虫が這い回り、遠くでは何か巨大生物が咆哮していた。
まるでコロニー全体が、巨大な生き物の腹の中のようであった。
そして、やがて視界が開ける。
「……うわ」
ジョンが思わず足を止めた。
巨大な水辺。
コロニー内部を循環する人工用水路だった。
幅は数百メートル近い。
黒い水面が静かに揺れている。
だが、その静けさが逆に不気味だった。
水が暗すぎる。
底がまったく見えない。
何か巨大なものが潜んでいても不思議じゃない。
むしろ“絶対いる”と思わせる嫌な雰囲気があった。
「ここから中央制御塔へ繋がってるのでござる」
ネドリーがタブレットを操作しながら言う。
画面にはコロニー内部地図が表示されていた。
彼が集めた資料を元に復元したものだ。
「この用水路を進めば、中央制御塔下層のメンテナンスドックへ到達できるはずでござる」
「また“はず”かよ……」
ジョンがぼやく。
するとモラゴがミニソドムの鼻先を撫でた。
「ご苦労じゃった」
フシュゥ~
ミニソドムは嬉しそうに鳴く。
巨大怪獣なのに反応だけは完全に大型犬だった。
その時。
水面の奥で、何かが微かに揺れた気がした。
ジョンの視線がそちらへ向く。
「……?」
だが暗い水面には何も見えない。
気のせいか。
あるいは――。
「ジョン殿?」
「あ、いや……」
ジョンは首を振った。
「なんでもない」
そして潜水艇のハッチを開く。
内部は狭かった。
本来二人用。
そこへ無理矢理全員が乗り込む。
「狭っ!!」
セリアが顔をしかめる。
「ちょ、鉤爪引っかかった!」
「誰でござるか肘当ててるの!」
「アリスちゃん潰れるのですー!」
「博士息くさい!」
「失礼じゃのう!?」
ぎゅうぎゅう詰めだった。
湿気。
金属臭。
オイルの匂い。
人の体温。
狭い船内は息苦しいほどだった。
ジョンは操縦席へ座る。
古い計器類。
ノイズ混じりのモニター。
暗い前方窓。
その向こうには、底知れない闇の水路が広がっていた。
静かすぎる。
嫌なほど。
「……行くぞ」
ジョンがエンジン出力を上げる。
低い駆動音が船内へ響いた。
ゆっくりと。
潜水艇は黒い水面へ滑り込んでいく。
やがて水底に沈んで見えなくなった。中央制御塔への危険な航路が、静かに始まった。
潜水艇は、黒い水の中をゆっくり進んでいた。
ゴウン……ゴウン……と低い駆動音が船体全体へ響いている。
古いエンジン特有の振動が床を通じて足裏へ伝わってきた。
船内は狭い。
元々二人乗り用の小型艇なのだ。
そこへ六人が押し込まれているせいで、空気はかなり息苦しい。
湿気。
機械油の臭い。
金属の匂い。
人の体温。
さらに換気性能まで終わっている。
「うぅ……狭いのでござる……」
ネドリーが潰れかけながら呻く。
「肘が脇腹に刺さってるでござる……」
「それ私の鉤爪」
セリアが言った。
「もっと危険だったわね」
「怖っ!?」
船内モニターには、暗い水中映像が映し出されていた。
ライトが照らす範囲以外は完全な闇。
底も見えない。
左右の壁だけがぼんやり浮かんでいる。
人工用水路。
だが長年放置されたせいで、内部は半ば自然洞窟のようになっていた。
巨大な根が壁を突き破っている。
藻が異常繁殖している。
時折、巨大魚のような影がライトの外側を横切る。
その度にスケイルがびくりと肩を震わせていた。
「ねえ……本当に大丈夫なのよねこれ……」
「大丈夫な要素あると思うか?」
ジョンが操縦桿を握ったまま答える。
「ない」
「正直で嫌ぁ……」
潜水艇はゆっくりと中央制御塔方面へ進んでいく。
船内には緊張感が漂っていた。
誰も大声を出さない。
水中という環境そのものが、人間を無意識に静かにさせる。
その時だった。
――ピピッ。
小さな電子音。
ジョンが眉をひそめる。
「……なんだ?」
コンソール画面へノイズが走った。
次の瞬間。
ザザ……ッ……。
微かな通信音が流れる。
『―――……す……け……て……』
船内の空気が止まった。
「……!」
スケイルが顔を上げる。
ネドリーもタブレットを抱えたまま固まっていた。
雑音混じりの音声。
だが確かに“人の声”だった。
『……た……す……け……て……』
「救難信号……?」
ジョンが呟く。
モラゴの顔が険しくなる。
「またか」
以前、コロニー外でラクーン号が受信したものと同じだった。
ノイズだらけのSOS。
ここまで来る原因になった信号。
「発信源は?」
ジョンが聞く。
ネドリーが慌ててタブレットを操作した。
「……中央制御塔方向でござる」
「やっぱりか」
ジョンは舌打ちする。
通信は不安定だった。
だが潜水艇が進むにつれ、少しずつ受信感度が上がっていく。
『……たす……け……て……』
声が近い。
いや。近すぎる。
まるで水の向こう側から直接呼びかけられているようだった。
「気味悪いわね……」
セリアが小さく呟く。
鉤爪アームが無意識にカチリと鳴る。
ジョンはモニターを睨んでいた。
嫌な予感しかしない。
このコロニーで“まともな救難信号”なんてものが今さら存在するとは思えなかった。
すると。
――ドン。
船体が揺れた。
「うおっ!?」
ジョンが操縦桿を掴み直す。
「な、何!?」
スケイルが悲鳴を上げる。
再び。
――ドゴン!!
今度はもっと強い衝撃。
潜水艇全体が軋んだ。
警告灯が赤く点滅する。
「外部接触!?」
ジョンがモニターを切り替える。
だがライトの外は暗すぎる。
何も見えない。
「何かいるのでござる!?」
ネドリーが半泣きになる。
その瞬間だった。
――ベチャァッ!!
「うわぁっ!?」
巨大な“何か”が前面窓へ張り付いた。
白い吸盤。ぬめった肉質。太い触手。
巨大なタコかイカを思わせる生物の一部だった。
「なっ……!?」
スケイルが悲鳴を呑む。
触手は窓へ吸盤を押し付けながら、ぐにゃりと蠢いている。
その一本だけで人間の胴体ほど太い。
しかも一本ではない。
次々と。
ベチャッ!
ドゴン!
ズズズ……!
別の触手が船体へ絡みついてくる。
潜水艇が激しく揺れた。
「うおおおっ!?」
ジョンが必死に操縦桿を押さえる。
「何だこれ!?」
モラゴの顔色が変わった。
「……まさか」
彼は窓へ張り付いた吸盤を凝視する。
巨大。
白いリング状。
ぬめる皮膚。
そして異様な粘液。
「おいジョン!!」
モラゴが叫ぶ。
「こいつぁまずいぞ!!」
「知ってんのか!?」
「見覚えがある!!」
さらに触手が潜水艇を締め上げる。
ギシギシと船体が軋んだ。
警告音が鳴り響く。
『WARNING WARNING』
「うわうわうわ潰れるでござるぅぅ!!」
ネドリーが涙目で叫ぶ。
ジョンはエンジン出力を上げるが、潜水艇が動かない。
完全に掴まれている。
「クソッ……!」
その時。
「ジョン!!」
セリアが叫んだ。
「システム接続する!」
「はぁ!?」
「送電系統生きてる!?」
ジョンが一瞬で意図を理解する。
「……できなくはない!」
「ならやる!」
セリアは即座にコンソールを開いた。
首筋から接続ケーブルを伸ばす。
ガチリ、と端子へ接続。
次の瞬間。
彼女の瞳から光が消えた。
表情が無機質になる。
機械接続モード。
以前ジーヘッドへ接続した時と同じ状態だ。
「……送電ライン確認」
感情の薄い声。
指が高速でコンソールを操作する。
「補助電源を外部装甲へ迂回」
「お、おいセリア!?」
「出力上昇……限界突破」
モニター数値が跳ね上がる。
バチバチと火花。
船内照明が明滅した。
「全員どこか掴まって」
次の瞬間。
――バヂィィィィィッ!!!
凄まじい電流が潜水艇外装を走った。
水中へ青白い閃光が炸裂する。
窓の向こうで触手が激しく痙攣した。
ギャァァァァァァァッ!!
水越しでも聞こえる異様な咆哮。
触手が一斉に潜水艇から離れる。
「今!!」
セリアが叫ぶ。
ジョンは即座にスロットルを全開にした。
潜水艇が水中を強引に加速する。
背後の闇の中で、巨大な何かが蠢く影だけが見えた。
それはあまりにも巨大だった。
ライトの範囲では全貌すらわからない。
「な、何なんだよあれ……!」
ジョンの声に、モラゴは険しい顔のまま答えなかった。
ただ、冷や汗だけが頬を伝っていた。