宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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24.

 潜水艇は暗い水路をゆっくり進み続けていた。

 ゴウン……ゴウン……という低い駆動音が船体全体へ響く。

 古いエンジン特有の不安定な振動が、床を通して足元へ伝わっていた。

 船内は相変わらず狭い。

 元々二人乗り用の小型艇へ六人も押し込まれているのだ。

 湿気。

 熱気。

 機械油の臭い。

 狭い鉄の箱の中に閉じ込められている感覚が、じわじわ精神を削ってくる。

 特に、さっきの触手との遭遇以降は誰も口数が減っていた。

 窓いっぱいに張り付いた巨大な吸盤。

 水の奥にいた巨大な影。

 あれを見た後では、軽口を叩く気にもなれない。

 

「……もう来ないでほしいのでござる」

 

 ネドリーが半泣きで呟く。

 タブレットを抱え込むようにして座り、完全に怯えていた。

 

「次来たら絶対漏らすでござる……」

「漏らすなら中央制御塔についてからにしなさいよ」

 

 セリアが言う。

 

「この船トイレないんだから」

「最悪の情報でござる!!」

 

 その時だった。

 前方の暗闇に、ぼんやりと巨大な影が浮かび上がる。

 

「……?」

 

 ジョンが目を細めた。

 モニター越しに、人工的な構造物が見えてくる。

 巨大な鉄骨。ライト。クレーンアーム。水中ゲート。

 そして。

 

「……おお」

 

 ジョンが思わず息を漏らした。

 広い。 あまりにも広かった。

 暗い水路の先に広がっていたのは、巨大な地下港だった。

 中央制御塔地下に建設された潜水艇用ドック。

 天井は遥か上。

 コロニー内部だというのに、まるで地下都市のようや空間だった。

 古びた照明が点滅している。

 壁には巨大な整備レール。半ば水没した作業足場。錆びた搬入クレーン。

 放置されて久しいはずなのに、施設自体はまだ形を保っていた。

 

「ここが中央制御塔でござるか……」

 

 ネドリーが呆然と呟く。

 潜水艇はゆっくり港内へ進入していく。

 暗い水面が波打ち、船体が静かに揺れた。

 ジョンは慎重に操縦桿を操作する。

 こんなボロ船で壁にぶつけたら終わりだ。

 

「係留ポイント確認」

 

 セリアがコンソールを見ながら言う。

 接続モードではないが、機械操作は相変わらず得意だった。

 

「左側のドック、生きてるわ」

「よし……」

 

 ジョンはゆっくり潜水艇を寄せていく。

 ガコン。

 鈍い音と共に潜水艇が接岸した。

 エンジン停止。

 船内へ静寂が広がる。

 全員が少しだけ安堵の息を吐いた。

 

「た、助かったのでござる……」

 

 ネドリーがその場へ崩れ落ちる。

 

「もう二度と水中とか行きたくないのでござる……」

「まだ帰りがあるわよ」

「やめてぇ!?」

 

 そのやり取りを聞きながら、スフラが静かに周囲を見回していた。

 どこか懐かしむような目。

 

「……この潜水艇」

 

 彼がぽつりと呟く。

 

「元々は、この地下港用に配備されていた調査艇なんです」

 

 ジョンが振り返る。

 

「調査艇?」

「ええ」

 

 スフラは穏やかに頷いた。

 

「中央制御塔下部の用水路や環境設備を点検するためのものですよ」

 

 その口調は自然だった。

 だが、ジョンは妙な違和感を覚える。

 この男、施設について詳しすぎる。

 

「……詳しいな」

 

 ジョンが言う。

 スフラは柔らかく笑った。

 

「元研究員ですから」

 

 だが、その笑顔の奥に何か引っかかるものがあった。

 ジョンがそれ以上問いかけようとした、その時。

 ――ピピッ。

 再び通信音が鳴った。

 

『……た……す……け……て……』

 

 船内の空気が一瞬で凍る。

 あの声だ。

 ノイズ混じりの救難信号。

 地下港へ到着してから、むしろ受信感度はさらに強くなっていた。

 

『……たす……け……て……』

 

 まるで、すぐ近くから聞こえてくるようだった。

 

「……やっぱりここから発信されてるのでござるか」

 

 ネドリーが青ざめながら呟く。

 ジョンは険しい顔でモニターを睨んでいた。

 するとモラゴが、重い溜息を吐く。

 

「……やはりの」

「博士」

 

 ジョンが振り返る。

 

「さっきから何か知ってる感じだったよな」

 

 モラゴは数秒黙った。

 やがて観念したように口を開く。

 

「ワシら研究者の間では、あれは“スキウラ”と呼ばれておった」

「スキウラ?」

「元はただのタコじゃ」

 

 その一言に、全員の顔が引きつる。

 

「……タコ?」

 

 スケイルが聞き返す。

 モラゴは頷いた。

 

「T2Rでは次世代食料研究だけでなく、生物の知能向上実験も行われておった」

「うわ、絶対ロクなことにならないやつ」

 

 セリアが即答する。

 

「その通りじゃ」

 

 モラゴが苦い顔で答える。

 

「タコは元々知能が高い生物での。道具を使う。迷路を解く。人間の行動パターンも学習する」

 

 彼は続ける。

 

「じゃから、“さらに知能を向上させれば有益な生物を作れるのではないか”……そう考えた連中がおった」

「結果がアレかよ……」

 

 ジョンが顔をしかめる。

 

「最初は小型じゃった」

 

 モラゴは手で小さな丸を作る。

 

「普通のタコ程度のサイズ。水槽に収まるくらいのの」

「じゃあなんであんな怪獣に……」

「わからん」

 

 モラゴは険しい顔で首を振った。

 

「本来、被検体は全て殺処分されたはずなんじゃ」

「はず?」

「危険性が確認されたからじゃよ」

 

 彼の声が重くなる。

 

「スキウラは異常な学習能力を持っておった。研究員の動きを覚え、設備を操作し、さらには……」

 

 モラゴはスピーカーから流れるノイズ混じりの音声へ目を向ける。

 

『……た……す……け……て……』

「音を真似るようになった」

 

 全員が黙った。

 

「救難信号も、おそらくあやつの仕業じゃ」

「……え」

 

 ネドリーが固まる。

 

「獲物を誘うための“鳴き真似”みたいなものじゃろう」

 

 モラゴは低く言った。

 

「人間をおびき寄せ、自分の縄張りへ近づけるためのの」

 

 船内の空気がさらに冷える。

 ジョンはゆっくり窓の外を見る。

 暗い地下港。

 静かな黒い水面。

 その奥。

 見えない闇の中に、“何か”がいる。

 そんな確信だけがあった。

 

『……た……す……け……て……』

 

 地下港には、不気味な静寂が満ちていた。

 潜水艇のエンジンは停止している。

 さっきまで船内へ響いていた低い駆動音が消えた事で、余計に周囲の静けさが際立っていた。

 聞こえるのは、水滴の落ちる音だけ。

 ――ピチャン。

 ――ピチャン。

 広大な地下空間のどこかで反響し、妙に長く耳へ残る。

 そして。

 

『……た……す……け……て……』

 

 あの声だけが、暗闇の奥から聞こえていた。

 ノイズ混じりの救難信号。

 だが今ではもう、全員が理解している。

 これは救難信号ではない。

 人間を誘うための鳴き真似だ。

 

「うぅ……」

 

 ネドリーが顔を引きつらせる。

 

「知った後だと怖さ倍増でござる……」

 

 アリスがネドリーの服をぎゅっと掴く。

 

「なんか嫌な感じなのです……」

 

 ジョンは窓の外を睨んでいた。

 広すぎる地下港。

 照明は死にかけていて、所々がぼんやり点滅しているだけだ。

 巨大クレーン。

 半ば水没した作業床。

 錆びついたコンテナ。

 その全てが黒い影になっている。

 どこに何が潜んでいても不思議ではない。

 

『……たす……け……て……』

 

 その時だった。

 ジョンが眉をひそめる。

 

「……?」

 

 声が遠くなっている。

 さっきまで、まるですぐ近くで聞こえていたはずなのに。

 

『……た……す……』

 

 ザザ……。

 ノイズが弱まる。

 さらに遠ざかる。

 そして。

 

『…………』

 

 完全に聞こえなくなった。

 潜水艇内へ沈黙が落ちる。

 

「……消えた?」

 

 スケイルが小さく呟く。

 数秒。

 誰も動かない。

 全員が耳を澄ませていた。

 だがもう、あの声は聞こえない。

 ジョンがゆっくり息を吐く。

 

「……行った、のか?」

 

 ネドリーがその場へ崩れ落ちた。

 

「よ、よかったぁぁぁ……」

「まだ安心するのは早いわよ」

 

 セリアはそう言いつつも、少しだけ肩の力を抜いていた。

 アリスも胸を撫で下ろす。

 

「怖かったのです……」

 

 その時。

 モラゴが低い声で言った。

 

「……いや」

 

 全員の視線が向く。

 モラゴは地下港の暗闇を睨んだままだった。

 

「諦めたとは思わん方がいい」

「え?」

 

 スケイルが聞き返す。

 モラゴは険しい顔で続けた。

 

「スキウラは賢い。獲物が自分の縄張り内におると理解しておるなら、そう簡単に逃がすとは思えん」

 

 ジョンが顔をしかめる。

 

「じゃあなんで離れたんだよ」

「わからん」

 

 モラゴは首を振った。

 

「じゃが、待ち伏せくらいは普通にやる」

 

 その一言で、せっかく緩んだ空気が再び張り詰めた。

 待ち伏せ。

 つまり今も、どこかでこちらを見ている可能性がある。

 ジョンはゆっくり地下港を見回した。

 暗闇。

 黒い水面。

 巨大な構造物の影。

 確かに、何か巨大な怪物が潜むには十分すぎる場所だった。

 

「……とにかく降りるぞ」

 

 ジョンが言う。

 

「ここでずっと潜水艇に籠もってても仕方ねえ」

 

 誰も反対しなかった。

 潜水艇のハッチがゆっくり開く。

 ギギギ……と重い金属音。

 湿った空気が船内へ流れ込んできた。

 カビ臭い。

 水の臭い。

 そしてどこか生臭い匂いも混じっている。

 

「うわ、空気最悪……」

 

 セリアが顔をしかめる。

 ジョンが先に外へ降りた。

 地下港の床は濡れていた。

 長年放置されていたせいで、水溜まりだらけだ。

 靴裏がぬるりと滑る。

 天井は遥か上。

 巨大な地下空間が闇の中へ広がっていた。

 そのスケール感だけで、人間がどれだけ小さいか思い知らされる。

 

「すげぇ……」

 

 ジョンが思わず呟く。

 かつてここには、研究員や整備員が大勢いたのだろう。

 だが今は誰もいない。

 残っているのは、放棄された施設だけ。

 静かすぎる廃墟だった。

 続いて他の面々も上陸してくる。

 ネドリーは完全に腰が引けていた。

 

「絶対なんか出るでござるよここ……」

「今さら?」

 

 セリアが言う。

 

「怪獣コロニーの時点でずっと出てるわよ」

「そういう意味じゃなくてぇ!」

 

 アリスはきょろきょろ周囲を見回していた。

 

「なんだか海の底みたいなのです」

 

 確かにそんな雰囲気だった。

 青白い非常灯。

 湿った空気。

 水音。

 巨大な空間。

 まるで沈没した海底基地に迷い込んだようだ。

 その時だった。

 

 ――ガコン。

 

 どこかで音が鳴った。

 全員が硬直する。

 

「……!」

 

 ジョンが即座にレンチを構える。

 セリアの鉤爪がカチリと開く。

 音は地下港の奥から聞こえた。

 

 ――ガシャ……。

 

 何かを引きずる音。

 湿った肉が床を這うような音。

 

 ズ……ズズ……。

 

 近づいてくる。

 ネドリーが青ざめる。

 

「き、来たのでござるか!?」

 

 スケイルも息を呑む。

 

「スキウラ……?」

 

 ジョンは暗闇を睨んだ。

 だが見えない。

 音だけが近づいてくる。

 

 ズル……ズル……。

 

 その瞬間。

 暗闇から“それ”が現れた。

 

「うわっ!?」

 

 スケイルが悲鳴を上げる。

 巨大なヒルだった。

 全長二メートル近い肉塊。

 ぬめった赤黒い皮膚。

 円形に開いた口の内側には、細かい牙が何重にも並んでいる。

 しかも一匹ではない。

 次々と。

 ゾロゾロと。

 水路。壁。配管。

 あらゆる場所から巨大ヒルが這い出してくる。

 

「ブラッドクローラーじゃ!!」

 

 モラゴが叫ぶ。

 

「生物の臭いに集まってきおった!!」

「十分最悪なんだけど!?」

 

 ジョンが叫ぶ。

 ブラッドクローラー達は粘液を垂らしながら、一斉にこちらへ向かってきた。

 飢えている。

 その動きだけで本能的に理解できた。

 そして次の瞬間。先頭の一匹が、大口を開けて飛びかかってきた。

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