宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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25.

 ブラッドクローラーが飛びかかってきた。

 巨大なヒルの口が、花のように開く。

 円形に並んだ無数の牙。

 粘つく唾液。

 腐臭混じりの生暖かい息。

 それが真正面から迫ってくる。

 

「うおっ!?」

 

 ジョンが反射的に身を引く。

 だが、その横から銀色の影が飛び出した。

 

「邪魔ッ!!」

 

 セリアだった。

 鉤爪付きの左腕が勢いよく振り抜かれる。

 ガギィン!!

 金属音にも似た衝撃音。

 ブラッドクローラーの頭部へ鉤爪が叩き込まれ、巨大ヒルが横殴りに吹き飛んだ。

 ぬめった肉体が床を滑る。

 緑色の体液が飛び散った。

 

「うっわ、気持ち悪っ!」

 

 セリアが顔をしかめる。

 鉤爪アームには粘液がべっとり付着していた。

 だが休む暇はない。

 次々とブラッドクローラーが這い出してくる。

 壁から。

 水路から。

 天井配管から。

 まるで地下港そのものが巨大ヒルの巣になっているみたいだった。

 

「数多すぎるでござるぅぅ!!」

 

 ネドリーが悲鳴を上げる。

 一匹が彼へ飛びかかった。

 

「ひぃっ!?」

 

 ジョンが咄嗟にレンチを振るう。

 ゴッ!!

 鈍い音。

 ブラッドクローラーの口元へ直撃し、牙が砕け飛んだ。

 だがヒルは止まらない。

 ぬるりと床を滑りながら再び襲いかかってくる。

 

「クソッ、しぶてぇ!」

 

 ジョンはさらに蹴り飛ばす。

 その横ではモラゴが鉄パイプを振り回していた。

 

「おおりゃあッ!!」

 

 バギィ!!

 老人とは思えない豪快な一撃。

 ブラッドクローラーの頭部が潰れ、体液が飛び散る。

 

「博士強っ!?」

「伊達にここで生き残っとらんわ!!」

 

 モラゴが怒鳴る。

 一方、スケイルは完全に腰が引けていた。

 

「む、無理無理無理!!」

 

 彼女は震える手で作業用ナイフを握っている。

 そこへ一匹が這い寄った。

 

「きゃああっ!?」

 

 だが。

 ガキン!!

 セリアの鉤爪が横から割り込み、ブラッドクローラーを弾き飛ばす。

 

「ボサッとしてると食われるわよ!」

 

 セリアが叫ぶ。

 左腕の鉤爪がギチギチと駆動音を鳴らしていた。

 応急処置用の粗雑な義手。

 だが怪力だけは十分だった。

 ブラッドクローラーの一匹が背後から襲いかかる。

 セリアは振り向きざまに鉤爪を突き刺した。

 ブシュッ!!

 牙を貫かれた巨大ヒルが暴れる。

 セリアはそのまま怪力で振り回し、別の個体へ叩きつけた。

 

「ほんっと数多いわね!!」

 

 地下港へ怒号と悲鳴が響く。

 ブラッドクローラー達は獰猛だった。

 知能は低い。

 だが飢餓だけで動いている分、躊躇がない。

 飛びつく。噛みつく。巻きつく。

 それだけを延々繰り返してくる。

 

「ネドリー!」

 

 ジョンが叫ぶ。

 

「後ろ!!」

「へ?」

 

 ネドリーが振り返る。

 天井配管。

 そこからブラッドクローラーが垂れ下がっていた。

 牙が開く。

 

「ぎゃああああ!?」

 

 ネドリーは情けない声を上げながら転倒した。

 その瞬間。

 パンッ!!

 乾いた破裂音。

 アリスが小型スタンガンを撃ったのだ。

 電流を浴びたブラッドクローラーが痙攣しながら落下する。

 

「大丈夫ですかネドリーさん!」

「助かったのでござるぅぅ!!」

 

 ネドリーが涙目で叫ぶ。

 だが。

 その一瞬だった。

 アリスの背後。

 水路の暗闇から、別のブラッドクローラーが這い出していた。

 誰も気づいていない。

 巨大な口がゆっくり開く。

 そして。

 

 ――ガバァッ!!

「えっ――」

 

 一瞬だった。

 アリスの小さな身体が、そのまま巨大な口へ飲み込まれる。

 

「アリス!?」

 

 ネドリーの絶叫が地下港へ響いた。

 ブラッドクローラーはアリスを咥えたまま、水路側へ逃げようとする。

 小さな足だけが一瞬見えた。

 

「アリス!!アリスゥゥゥ!!」

 

 ネドリーが半狂乱で走り出す。

 だが周囲のブラッドクローラーが行く手を塞ぐ。

 

「どけぇぇぇ!!」

 

 彼は必死に鉄パイプを振り回す。

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ。

 

「返せ!!返せでござるぅぅぅ!!」

 

 ジョン達も顔色を変えた。

 だが。

 ブラッドクローラーの群れは、なおも次々と迫ってくる。

 地下港は完全にパニック状態になっていた。

 

「アリスゥゥゥ!!」

 

 ネドリーの絶叫が地下港全体へ響き渡った。

 巨大ヒル――ブラッドクローラーは、アリスを丸呑みにしたまま水路側へ後退していく。

 ぬるぬるとした赤黒い巨体。

 粘液を撒き散らしながら這うその姿は、まるで悪夢そのものだった。

 腹部が不自然に膨らんでいる。

 そこにアリスがいる。

 

「返せぇぇぇぇ!!」

 

 ネドリーが半狂乱で走り出した。

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、鉄パイプを振り回す。

 だが。

 その進路を遮るように、別のブラッドクローラーが飛び出してきた。

 

 ガバァッ!!

 

 円形の口が大きく開く。

 無数の牙。

 腐臭混じりの粘液。

 

「ひぃっ!?」

 

 ネドリーが転びかける。

 そこへジョンが横から割り込んだ。

 

「どけぇッ!!」

 

 ゴッ!!

 レンチがブラッドクローラーの口元へ叩き込まれる。

 鈍い感触。

 牙が何本か砕け飛び、緑色の体液が飛散した。

 だが巨大ヒルは止まらない。

 ぬるりと身体を捻り、再びネドリーへ飛びつこうとする。

 

「しつこいんだよ!!」

 

 今度はセリアの鉤爪が横薙ぎに叩き込まれた。

 ガギィン!!

 金属製の義手がブラッドクローラーの頭部を殴り飛ばす。

 巨大ヒルが床へ転がった。

 

「ネドリー!!落ち着きなさい!!」

「落ち着けるわけないでござる!!」

 

 ネドリーは叫ぶ。

 

「アリスが!!アリスが食われたのでござるぞ!!」

 

 普段はオタクっぽい情けない男。

 だが今の彼は、本気で必死だった。

 ジョンは一瞬だけ目を見開く。

 ネドリーがここまで感情をむき出しにする姿を初めて見た。

 それだけ、アリスが大事なのだ。

 その時だった。

 

「……?」

 

 モラゴが眉をひそめた。

 アリスを飲み込んだブラッドクローラーの動きが止まっている。

 ぴたり、と。

 まるで時間停止したみたいに。

 

「なんじゃ……?」

 

 次の瞬間。

 巨大ヒルの身体が、ぶるりと震えた。

 小刻みな痙攣。

 さらに。

 

 ブルブルブルブルッ!!

 

 今度は激しく暴れ始めた。

 

 ズガン!!

 

 巨体が床へ叩きつけられる。

 配管へぶつかる。

 水溜まりへのたうち回る。

 まるで腹の中で何か異常事態が起きているみたいだった。

 

「えっ、何!?」

 

 スケイルが叫ぶ。

 ブラッドクローラーは苦しそうな鳴き声を上げ始めた。

 

 ギチギチギチ……!!

 

 口を何度も開閉する。

 腹部がぐにゃぐにゃ動いている。

 

「まさかアリスちゃん暴れてるのでござるか!?」

「いや、そんなレベルじゃねぇだろ……」

 

 ジョンが困惑した声を出す。

 ブラッドクローラーはさらに暴れた。

 壁へ激突。

 床へ転倒。

 身体を痙攣させながらのたうち回る。

 そして。

 

 ――ゴボォッ!!

 

 勢いよく何かを吐き出した。

 

「!」

 

 ぬめった液体と共に、小さな人影が床へ転がる。

 アリスだった。

 全身が体液まみれになっている。

 黒髪は完全にべったり張り付き、ワンピースからも粘液が滴っていた。

 床へぺたんと座り込んだまま、きょとんとしている。

 

「はぇ……?」

 

 完全に状況が理解できていない顔だった。

 

「アリス!!」

 

 ネドリーが叫ぶ。

 彼は転がるように駆け寄った。

 

「だ、大丈夫でござるか!?」

「な、何が起きたのです……?」

 

 アリスはぽかんとしていた。

 顔から粘液がたらたら垂れている。

 しかもほんのり胃液臭い。

 ジョンが思わず顔をしかめた。

 

「うわ……くっせぇ……」

「乙女に向かって失礼でしょ」

 

 セリアが呆れたように言う。

 だが彼女自身も鼻を摘まんでいた。

 一方、アリスを吐き出したブラッドクローラーは未だ苦しんでいた。

 床へ身体を擦りつけている。

 口を開閉しながら、明らかに「マズいものを食った」反応をしていた。

 

「……なるほどの」

 

 モラゴが顎髭を撫でる。

 

「そういう事か」

「博士?」

 

 ジョンが振り返る。

 モラゴはどこか納得した顔だった。

 

「セクサロイドはロボットじゃからな」

「……あ」

 

 セリアが声を漏らす。

 モラゴは続ける。

 

「ブラッドクローラーは肉食生物じゃ。つまり金属部品だらけのセクサロイドは“食い物”として認識できんのじゃろ」

「要するに、食べたと思ったら中身が金属だった、みたいな感じ?」

「そんな感じじゃな」

「最悪なたとえね……」

 

 セリアが顔をしかめる。

 その時だった。

 周囲のブラッドクローラー達にも異変が起き始めた。

 彼らが動きを止めている。

 じぃぃぃ……っと、セリアやアリスを見ていた。

 特にセリア。

 鉤爪義手付きの彼女を凝視している。

 

「……」

「……」

 

 なんというか。

 明らかに困惑していた。

 巨大ヒル同士で視線を交わしているようにすら見える。

 ジョンがぽつりと呟く。

 

「なんか相談してねぇかあいつら」

「してるわね」

 

 セリアも真顔で頷いた。

 まるで。

 

『え?』

『こいつら食べ物じゃないの?』

『機械じゃん……』

 

 と言っているようであった。

 一匹のブラッドクローラーが恐る恐るセリアへ近づく。

 セリアは無言で鉤爪をガシャリと鳴らした。

 すると。

 ブラッドクローラーはピタリと止まり、

 

「……」

 スゥ……。

 

 静かに後退した。

 

「帰った!?」

 

 スケイルが叫ぶ。

 さらに別個体も、じりじり後退していく。

 仲間同士で何かを確認するように触れ合った後、次々と水路側へ戻り始めた。

 

 ズル……ズル……。

 

 巨大ヒル達は未練がましくこちらを見ながら、暗闇の奥へ消えていく。

 その背中が妙にしょんぼりして見えた。

 

「なんなのよあいつら……」

 

 セリアが呆れたように呟く。

 やがて地下港へ静寂が戻った。

 残されたのは大量の粘液と戦闘の痕跡だけ。

 そして。

 

「アリスゥゥゥゥ!!」

 

 ネドリーだった。

 彼は全力でアリスへ抱きついた。

 ぎゅううううっと。

 本気で潰れそうなくらい強く。

 

「よかったぁぁぁ!!本当によかったのでござるぅぅぅ!!」

 

 わんわん泣いている。

 涙も鼻水も全開だった。

 アリスの身体はまだブラッドクローラーの体液まみれだ。

 ぬるぬる。臭い。

 だがネドリーはそんな事を一切気にしなかった。

 

「もう駄目かと思ったのでござるぅぅぅ!!」

「く、苦しいのですネドリーさん〜!」

 

 アリスがじたばたする。

 

「アリスまだ死んでないのです〜!」

「生きててよかったのでござるぅぅぅ!!」

 

 その姿を見ながら、ジョンは深く息を吐いた。

 

「……なんかもう疲れた」

「まだ中央制御塔にすら入っていないのよ?これからよ?」

 

 セリアが言う。

 

「……知ってるよ」

 

 ジョンは本気で嫌そうな顔をした。

 地下港の暗闇は依然として不気味だった。

 スキウラも、まだどこかにいる。

 だが少なくとも今だけは。

 全員、生きていた。

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