宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ブラッドクローラーが飛びかかってきた。
巨大なヒルの口が、花のように開く。
円形に並んだ無数の牙。
粘つく唾液。
腐臭混じりの生暖かい息。
それが真正面から迫ってくる。
「うおっ!?」
ジョンが反射的に身を引く。
だが、その横から銀色の影が飛び出した。
「邪魔ッ!!」
セリアだった。
鉤爪付きの左腕が勢いよく振り抜かれる。
ガギィン!!
金属音にも似た衝撃音。
ブラッドクローラーの頭部へ鉤爪が叩き込まれ、巨大ヒルが横殴りに吹き飛んだ。
ぬめった肉体が床を滑る。
緑色の体液が飛び散った。
「うっわ、気持ち悪っ!」
セリアが顔をしかめる。
鉤爪アームには粘液がべっとり付着していた。
だが休む暇はない。
次々とブラッドクローラーが這い出してくる。
壁から。
水路から。
天井配管から。
まるで地下港そのものが巨大ヒルの巣になっているみたいだった。
「数多すぎるでござるぅぅ!!」
ネドリーが悲鳴を上げる。
一匹が彼へ飛びかかった。
「ひぃっ!?」
ジョンが咄嗟にレンチを振るう。
ゴッ!!
鈍い音。
ブラッドクローラーの口元へ直撃し、牙が砕け飛んだ。
だがヒルは止まらない。
ぬるりと床を滑りながら再び襲いかかってくる。
「クソッ、しぶてぇ!」
ジョンはさらに蹴り飛ばす。
その横ではモラゴが鉄パイプを振り回していた。
「おおりゃあッ!!」
バギィ!!
老人とは思えない豪快な一撃。
ブラッドクローラーの頭部が潰れ、体液が飛び散る。
「博士強っ!?」
「伊達にここで生き残っとらんわ!!」
モラゴが怒鳴る。
一方、スケイルは完全に腰が引けていた。
「む、無理無理無理!!」
彼女は震える手で作業用ナイフを握っている。
そこへ一匹が這い寄った。
「きゃああっ!?」
だが。
ガキン!!
セリアの鉤爪が横から割り込み、ブラッドクローラーを弾き飛ばす。
「ボサッとしてると食われるわよ!」
セリアが叫ぶ。
左腕の鉤爪がギチギチと駆動音を鳴らしていた。
応急処置用の粗雑な義手。
だが怪力だけは十分だった。
ブラッドクローラーの一匹が背後から襲いかかる。
セリアは振り向きざまに鉤爪を突き刺した。
ブシュッ!!
牙を貫かれた巨大ヒルが暴れる。
セリアはそのまま怪力で振り回し、別の個体へ叩きつけた。
「ほんっと数多いわね!!」
地下港へ怒号と悲鳴が響く。
ブラッドクローラー達は獰猛だった。
知能は低い。
だが飢餓だけで動いている分、躊躇がない。
飛びつく。噛みつく。巻きつく。
それだけを延々繰り返してくる。
「ネドリー!」
ジョンが叫ぶ。
「後ろ!!」
「へ?」
ネドリーが振り返る。
天井配管。
そこからブラッドクローラーが垂れ下がっていた。
牙が開く。
「ぎゃああああ!?」
ネドリーは情けない声を上げながら転倒した。
その瞬間。
パンッ!!
乾いた破裂音。
アリスが小型スタンガンを撃ったのだ。
電流を浴びたブラッドクローラーが痙攣しながら落下する。
「大丈夫ですかネドリーさん!」
「助かったのでござるぅぅ!!」
ネドリーが涙目で叫ぶ。
だが。
その一瞬だった。
アリスの背後。
水路の暗闇から、別のブラッドクローラーが這い出していた。
誰も気づいていない。
巨大な口がゆっくり開く。
そして。
――ガバァッ!!
「えっ――」
一瞬だった。
アリスの小さな身体が、そのまま巨大な口へ飲み込まれる。
「アリス!?」
ネドリーの絶叫が地下港へ響いた。
ブラッドクローラーはアリスを咥えたまま、水路側へ逃げようとする。
小さな足だけが一瞬見えた。
「アリス!!アリスゥゥゥ!!」
ネドリーが半狂乱で走り出す。
だが周囲のブラッドクローラーが行く手を塞ぐ。
「どけぇぇぇ!!」
彼は必死に鉄パイプを振り回す。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ。
「返せ!!返せでござるぅぅぅ!!」
ジョン達も顔色を変えた。
だが。
ブラッドクローラーの群れは、なおも次々と迫ってくる。
地下港は完全にパニック状態になっていた。
「アリスゥゥゥ!!」
ネドリーの絶叫が地下港全体へ響き渡った。
巨大ヒル――ブラッドクローラーは、アリスを丸呑みにしたまま水路側へ後退していく。
ぬるぬるとした赤黒い巨体。
粘液を撒き散らしながら這うその姿は、まるで悪夢そのものだった。
腹部が不自然に膨らんでいる。
そこにアリスがいる。
「返せぇぇぇぇ!!」
ネドリーが半狂乱で走り出した。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、鉄パイプを振り回す。
だが。
その進路を遮るように、別のブラッドクローラーが飛び出してきた。
ガバァッ!!
円形の口が大きく開く。
無数の牙。
腐臭混じりの粘液。
「ひぃっ!?」
ネドリーが転びかける。
そこへジョンが横から割り込んだ。
「どけぇッ!!」
ゴッ!!
レンチがブラッドクローラーの口元へ叩き込まれる。
鈍い感触。
牙が何本か砕け飛び、緑色の体液が飛散した。
だが巨大ヒルは止まらない。
ぬるりと身体を捻り、再びネドリーへ飛びつこうとする。
「しつこいんだよ!!」
今度はセリアの鉤爪が横薙ぎに叩き込まれた。
ガギィン!!
金属製の義手がブラッドクローラーの頭部を殴り飛ばす。
巨大ヒルが床へ転がった。
「ネドリー!!落ち着きなさい!!」
「落ち着けるわけないでござる!!」
ネドリーは叫ぶ。
「アリスが!!アリスが食われたのでござるぞ!!」
普段はオタクっぽい情けない男。
だが今の彼は、本気で必死だった。
ジョンは一瞬だけ目を見開く。
ネドリーがここまで感情をむき出しにする姿を初めて見た。
それだけ、アリスが大事なのだ。
その時だった。
「……?」
モラゴが眉をひそめた。
アリスを飲み込んだブラッドクローラーの動きが止まっている。
ぴたり、と。
まるで時間停止したみたいに。
「なんじゃ……?」
次の瞬間。
巨大ヒルの身体が、ぶるりと震えた。
小刻みな痙攣。
さらに。
ブルブルブルブルッ!!
今度は激しく暴れ始めた。
ズガン!!
巨体が床へ叩きつけられる。
配管へぶつかる。
水溜まりへのたうち回る。
まるで腹の中で何か異常事態が起きているみたいだった。
「えっ、何!?」
スケイルが叫ぶ。
ブラッドクローラーは苦しそうな鳴き声を上げ始めた。
ギチギチギチ……!!
口を何度も開閉する。
腹部がぐにゃぐにゃ動いている。
「まさかアリスちゃん暴れてるのでござるか!?」
「いや、そんなレベルじゃねぇだろ……」
ジョンが困惑した声を出す。
ブラッドクローラーはさらに暴れた。
壁へ激突。
床へ転倒。
身体を痙攣させながらのたうち回る。
そして。
――ゴボォッ!!
勢いよく何かを吐き出した。
「!」
ぬめった液体と共に、小さな人影が床へ転がる。
アリスだった。
全身が体液まみれになっている。
黒髪は完全にべったり張り付き、ワンピースからも粘液が滴っていた。
床へぺたんと座り込んだまま、きょとんとしている。
「はぇ……?」
完全に状況が理解できていない顔だった。
「アリス!!」
ネドリーが叫ぶ。
彼は転がるように駆け寄った。
「だ、大丈夫でござるか!?」
「な、何が起きたのです……?」
アリスはぽかんとしていた。
顔から粘液がたらたら垂れている。
しかもほんのり胃液臭い。
ジョンが思わず顔をしかめた。
「うわ……くっせぇ……」
「乙女に向かって失礼でしょ」
セリアが呆れたように言う。
だが彼女自身も鼻を摘まんでいた。
一方、アリスを吐き出したブラッドクローラーは未だ苦しんでいた。
床へ身体を擦りつけている。
口を開閉しながら、明らかに「マズいものを食った」反応をしていた。
「……なるほどの」
モラゴが顎髭を撫でる。
「そういう事か」
「博士?」
ジョンが振り返る。
モラゴはどこか納得した顔だった。
「セクサロイドはロボットじゃからな」
「……あ」
セリアが声を漏らす。
モラゴは続ける。
「ブラッドクローラーは肉食生物じゃ。つまり金属部品だらけのセクサロイドは“食い物”として認識できんのじゃろ」
「要するに、食べたと思ったら中身が金属だった、みたいな感じ?」
「そんな感じじゃな」
「最悪なたとえね……」
セリアが顔をしかめる。
その時だった。
周囲のブラッドクローラー達にも異変が起き始めた。
彼らが動きを止めている。
じぃぃぃ……っと、セリアやアリスを見ていた。
特にセリア。
鉤爪義手付きの彼女を凝視している。
「……」
「……」
なんというか。
明らかに困惑していた。
巨大ヒル同士で視線を交わしているようにすら見える。
ジョンがぽつりと呟く。
「なんか相談してねぇかあいつら」
「してるわね」
セリアも真顔で頷いた。
まるで。
『え?』
『こいつら食べ物じゃないの?』
『機械じゃん……』
と言っているようであった。
一匹のブラッドクローラーが恐る恐るセリアへ近づく。
セリアは無言で鉤爪をガシャリと鳴らした。
すると。
ブラッドクローラーはピタリと止まり、
「……」
スゥ……。
静かに後退した。
「帰った!?」
スケイルが叫ぶ。
さらに別個体も、じりじり後退していく。
仲間同士で何かを確認するように触れ合った後、次々と水路側へ戻り始めた。
ズル……ズル……。
巨大ヒル達は未練がましくこちらを見ながら、暗闇の奥へ消えていく。
その背中が妙にしょんぼりして見えた。
「なんなのよあいつら……」
セリアが呆れたように呟く。
やがて地下港へ静寂が戻った。
残されたのは大量の粘液と戦闘の痕跡だけ。
そして。
「アリスゥゥゥゥ!!」
ネドリーだった。
彼は全力でアリスへ抱きついた。
ぎゅううううっと。
本気で潰れそうなくらい強く。
「よかったぁぁぁ!!本当によかったのでござるぅぅぅ!!」
わんわん泣いている。
涙も鼻水も全開だった。
アリスの身体はまだブラッドクローラーの体液まみれだ。
ぬるぬる。臭い。
だがネドリーはそんな事を一切気にしなかった。
「もう駄目かと思ったのでござるぅぅぅ!!」
「く、苦しいのですネドリーさん〜!」
アリスがじたばたする。
「アリスまだ死んでないのです〜!」
「生きててよかったのでござるぅぅぅ!!」
その姿を見ながら、ジョンは深く息を吐いた。
「……なんかもう疲れた」
「まだ中央制御塔にすら入っていないのよ?これからよ?」
セリアが言う。
「……知ってるよ」
ジョンは本気で嫌そうな顔をした。
地下港の暗闇は依然として不気味だった。
スキウラも、まだどこかにいる。
だが少なくとも今だけは。
全員、生きていた。