宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
地下港を後にした一行は、中央制御塔内部へと続く搬入用エレベーターへ乗り込んでいた。
古びた業務用エレベーター。
鉄格子の扉。
薄暗い照明。
壁面には赤錆が浮き、床には長年放置されていた埃と泥がこびりついている。
ネドリーが操作盤を叩くと、エレベーターは重々しい音を立てながら上昇を始めた。
ギギギギギ……。
軋むワイヤー音が不気味に響く。
「うわぁ……絶対安全基準満たしてないでござるよこれ……」
ネドリーが青ざめた顔で天井を見上げる。
「今さら安全とか言ってる場合?」
セリアが呆れたように返した。
左腕の鉤爪アームが、時折ギチギチと駆動音を鳴らしている。
応急修理とはいえ動作自体は安定していたが、やはり見た目の威圧感が凄まじかった。
スケイルはその義手をちらりと見る。
まだ少し気まずそうだった。
だがセリアは気にしていない風を装っている。
「……」
ジョンはそんな二人を横目で見ながら、エレベーターの隙間から外を眺めていた。
中央制御塔内部。
そこは、コロニーの他区域とはまた違う異様な光景だった。
壁一面を植物が侵食している。
配管へ巻き付く巨大な蔦。天井から垂れ下がる根。ところどころで見える巨大キノコの群生。
しかもただの植物ではない。どれも異様にデカい。
バスケットボールほどある果実。人の背丈以上に伸びた草。
遺伝子操作実験の成れの果て。それがこの施設全体を呑み込んでいた。
「……ほんと、何やってたんだここ」
ジョンがぽつりと呟く。
モラゴが腕を組んだ。
「元々は食料問題解決のための研究じゃよ」
「これが?」
「穀物の大型化。急速成長。極限環境でも育つ作物。そういう研究をしておった」
モラゴは苦い顔で続ける。
「じゃが遺伝子技術は、一歩間違えれば生態系そのものを壊す」
「十分壊れてるでござるが……」
ネドリーが言った。
確かにその通りだった。
怪獣。巨大昆虫。変異植物。
ここはもう研究施設ではない。
巨大な実験失敗作の墓場だった。
やがてエレベーターが停止する。
ガコン、と鈍い音。
扉がゆっくり開いた。
その先には長い通路が広がっていた。
非常灯だけがぼんやり点灯している。
壁には「RESEARCH BLOCK」と薄れた文字が残っていた。
「研究区画か」
ジョンがレンチを握り直す。
一行は慎重に歩き始めた。
足音が静かな通路へ反響する。
空気は湿っていた。
どこか薬品臭い匂いも残っている。
途中、割れたガラス窓の向こうに研究室らしき部屋が見えた。
「……うわ」
スケイルが顔をしかめる。
室内は完全に植物に呑み込まれていた。
机の上を巨大な苔が覆っている。
天井から木の根が突き破っていた。
モニターには蔦が絡みつき、試験管は床へ散乱している。
さらに。
壁面には巨大化したトウモロコシのような植物が張り付いていた。
一粒が人間の拳ほどある。
「なんだこれ……」
ジョンが呟く。
モラゴが答えた。
「品種改良実験じゃろうな」
「いや、改良ってレベル超えてるだろ……」
セリアも若干引いていた。
ネドリーは興味津々で端末を覗き込む。
「おお……研究データ残ってるでござる」
「触るなよ?」
「わ、わかってるでござる!」
だが彼は完全にオタクの顔になっていた。
ジョンはさらに奥を見る。
別の研究室。
そこには巨大な水槽が並んでいた。
水は既に抜けている。
だが内壁には吸盤のような跡が大量に残っていた。
モラゴの顔が曇る。
「……」
「博士?」
「いや」
モラゴは視線を逸らした。
「見ん方がいい記憶もあるという事じゃ」
ジョンはそれ以上聞かなかった。
おそらくスキウラ関連なのだろう。
そんな空気だった。
一行はさらに進む。
途中、崩落した通路を迂回したり、植物を掻き分けたりしながら奥へ向かう。
時折どこかで軋む音が聞こえる度、全員が足を止めた。
怪獣。昆虫。巨大ヒル。
このコロニーでは何が出てもおかしくない。
やがて。
通路の先に巨大な扉が現れた。
他より明らかに頑丈な作り。
分厚い金属製。
中央には電子ロック端末が埋め込まれている。
扉上部には文字が表示されていた。
【CENTRAL CONTROL】
「……制御室か」
ジョンが呟く。
ここだ。
ここを動かせれば、コロニー環境を変えられる。
怪獣達の動きを鈍らせられる。
脱出への第一歩。
だが。
ジョンが端末へ触れた瞬間。
ビーッ!!
【ACCESS DENIED】
「……だろうな」
ジョンが顔をしかめる。
ネドリーが前へ出た。
「ここは拙者の出番でござるな」
「いけるのか?」
「伊達に同人ゲームのクラッカーMOD作ってないでござるよ」
「その経歴まったく信用できねぇ」
ネドリーはタブレットと端末を接続した。
すると大量のコードが画面へ流れ始める。
「うおお……古いシステムでござるな……逆に難しい……」
汗を流しながら指を動かす。
画面が高速で切り替わる。
ピッ。ピピッ。
電子音。
その間、一同は周囲を警戒していた。
静かだった。
静かすぎる。
だからこそ怖い。
ジョンは無意識にレンチを強く握っていた。
そして。数分後。
「――よし」
ネドリーがニヤリと笑う。
次の瞬間。
ガコン。
巨大扉のロックが解除された。
重々しい駆動音が響く。
ゆっくりと。
中央制御室への扉が開き始めた。
重厚な制御室の扉が、ゆっくりと開いていく。
ギギギギギ……。
長年閉ざされていた金属扉が軋み、内部から冷たい空気が流れ出した。
一同は慎重に中へ足を踏み入れる。
「……うわぁ」
ネドリーが思わず声を漏らした。
中央制御室。
そこは、このT2Rコロニー全体を統括していた中枢施設だった。
円形構造の広大な空間。吹き抜けになった高い天井。壁一面に並ぶ巨大モニター。
中央には半球状のメインコンソールが鎮座している。
だが。
その光景は正常な研究施設のものではなかった。
制御室の半分以上が植物に侵食されている。
床を突き破る巨大な根。モニターを覆う蔦。配線へびっしり張り付く苔。
まるで自然そのものが機械文明を呑み込んだようであった。
「ほんと、終わってんなこのコロニー……」
ジョンが呟く。
セリアは天井を見上げた。
「でも電力はまだ生きてるのね」
確かに、モニターの一部は今も微かに光っていた。
完全停止している訳ではない。
どこかでシステムは動き続けている。
モラゴが中央コンソールを指差す。
「あれじゃ」
「メインシステムか」
「恐らくな」
ネドリーは目を輝かせた。
「うおおおお……SF映画みたいでござる……!」
「テンション上がってる場合か」
「でも男の子ならこういうの好きでござろう!?」
「否定はしねぇけど」
ジョンは苦笑しながら周囲を警戒する。
静かだった。
異様なほど静かだ。
それが逆に不気味だった。
ネドリーは中央コンソールへ駆け寄った。
「よーし、環境制御システムへアクセスするでござる!」
タブレットを接続する。
画面へ大量のコードが流れ始めた。
ネドリーの指が高速で動く。
「えーっと……メイン環境システム……冷却制御……あった!」
ピッ。
その瞬間。
画面が真っ赤になった。
【UNAUTHORIZED ACCESS DETECTED】
「……あっ」
次の瞬間、大量の警告コードが流れ始める。
「うわうわうわうわ!?」
ネドリーが慌てる。
「何だこれファイヤーウォール強っ!?軍事レベルでござるよ!?」
ジョンが眉をひそめた。
「突破できねぇのか?」
「無理ではない!無理ではないでござるが……!」
ネドリーは脂汗を流しながら画面を操作する。
「演算処理が追いつかんのでござる!!」
コードが次々弾かれる。
侵入ルートが塞がれる。
まるでシステムそのものが生き物のように防御してきていた。
「クソッ……!」
ネドリーが歯噛みした。
「古いシステムなのにAI防衛が妙に強いでござる……!」
その時だった。
「……ねえ」
セリアが口を開いた。
全員が振り返る。
彼女はメインコンソールを見ていた。
「私とアリスで直接繋げばいけるかも」
「え?」
アリスがきょとんとする。
セリアは続けた。
「セクサロイドの演算システム使えば、ハッキング補助くらいできると思うのよ」
ネドリーがハッと顔を上げた。
「――それだ!!」
「えっ、本当にできるの!?」
スケイルが驚く。
ネドリーは興奮気味に頷いた。
「できるでござる!!」
「いやでも、セクサロイドって……」
スケイルは困惑していた。
セクサロイド。
彼女が嫌悪し、否定してきた存在。
だが今、そのセクサロイドへ頼ろうとしている。
ネドリーは真面目な顔で説明した。
「セクサロイドは、人間の感情・欲求・会話・嗜好・反応を常時ラーニングしているAIなのでござる」
「……?」
「つまり」
ネドリーはタブレットを操作しながら言う。
「宇宙でも指折りの超高性能AIって事でござるよ」
スケイルが目を見開く。
「え……」
「人間相手のコミュニケーションをリアルタイム解析し続ける必要がある以上、演算能力そのものはスーパーコンピュータ級なのでござる」
ネドリーは続ける。
「感情予測、反応分析、対話演算、学習能力……全部盛りでござるからな」
「……そんな技術が?」
「ただ」
ネドリーは少し苦い顔をした。
「世間は“セクサロイド”って部分ばかり見るのでござる」
スケイルが黙る。
「悪感情も強い。だから社会的には中々認められんのでござるよ」
セリアは肩をすくめた。
「まあ、エロ人形扱いされるの慣れてるし」
軽く笑う。
だがその笑顔に、スケイルは少し胸が痛んだ。
自分も同じように見ていたからだ。
「……」
スケイルは言葉を失う。
アリスはそんな空気を気にせず、セリアを見る。
「やるのです?」
「やるしかないでしょ」
セリアが笑った。
「ここまで来て帰れませんでしたー、じゃ洒落にならないし」
「了解なのです!」
二人はメインコンソール前へ座る。
接続ケーブルを取り出す。
セリアは自分の首筋へ端子を差し込んだ。
アリスも同じように接続する。
「なんか怖いわねこれ」
「SFっぽいでござるなぁ……」
ネドリーが若干ワクワクした顔をする。
ジョンは腕を組んだ。
「大丈夫なのか?」
「多分」
「多分って言ったな今」
セリアが笑う。
「まあ壊れたらその時はその時よ」
「軽っ」
そして。
二人はメインシステムへ接続した。
瞬間。
中央モニター群へ大量のコードが流れ始める。
ピピピピピピ――!!
制御室全体へ電子音が響く。
セリアとアリスの身体が小さく震えた。
次の瞬間。
二人の目から光が消える。
糸が切れた人形みたいに、動かなくなった。
「……え」
スケイルが息を呑む。
「演算モードでござる」
ネドリーが真剣な顔で言った。
「意識領域を演算処理へ回してるのでござるよ」
モニター群へ凄まじい速度でコードが流れていく。
通常の人間では到底追えない速度。
セクサロイドAI同士が、システム内部で処理戦を始めていた。
「すげぇ……」
ジョンが思わず呟く。
その時だった。
――カチャ。
小さな音。
ジョンが振り返る。
スフラだった。
彼がいつの間にか後方へ下がっている。
その手には。
拳銃。
「……な」
モラゴの顔色が変わる。
スフラは、静かに笑っていた。
今まで見せていた穏やかな笑顔ではない。
冷たい。
ぞっとするような笑みだった。
「……そろそろ潮時ですね」
その瞬間。
パンッ!!
乾いた銃声が制御室へ響いた。