宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
パンッ!!
乾いた銃声が、中央制御室へ鋭く響き渡った。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
次の瞬間、モラゴの身体が大きく揺れる。
「――がっ!」
老人の巨体が後ろへ倒れ込んだ。
床へ叩きつけられる。
血が飛び散った。
「博士!?」
ジョンが叫ぶ。
モラゴは胸を押さえながら苦悶の声を漏らしていた。
「ぐ……うぅ……!」
完全な致命傷ではない。
だが撃たれた。
白衣の胸元が真っ赤に染まっていく。
「モラゴさん!!」
スケイルが駆け寄ろうとする。
「来るな」
低い声。スフラだった。
拳銃を構えたまま、静かに笑っている。
その笑顔は、今までの穏やかな青年のものではなかった。
冷たい。どこまでも冷たい目だった。
ジョンが睨みつける。
「……テメェ」
スフラは肩をすくめた。
「いやぁ、さすがにここまで来られるとは思いませんでしたよ」
「何してやがる!!」
ジョンが怒鳴る。
だがスフラは動じない。
むしろ楽しそうだった。
「おっと、“本当の”自己紹介がまだでしたね」
彼はゆっくり拳銃を構え直す。
「私はスフラ・ドレイク。自然保護団体“グリーンズ”所属です」
その名前を聞いた瞬間、ジョンの顔が険しくなる。
「……グリーンズ」
「ご存知でしたか」
「そりゃな」
ジョンは吐き捨てるように言った。
グリーンズ。その名前を知らぬ者は今の宇宙にはいない。
有名な”自称“環境保護団体である。しかし、その実態は。
「“自然保護団体”なんて綺麗事ほざいてるが、実態は環境テロリスト集団だろ」
スフラの口元が歪む。
「酷い言われようですね」
「実際そうだろうが」
ジョンは睨みつけたまま続ける。
「惑星開発施設襲撃。コロニー爆破。企業輸送船へのテロ。死人も大量に出してる」
「……」
「環境保護を言い訳に暴れてるだけだ」
スフラは小さく笑った。
「なるほど。世間ではそういう認識ですか」
「違うってのか?」
「ええ」
スフラは静かに言った。
「我々は“正しい”だけですよ」
その声音には、一切の迷いがなかった。
ジョンは眉をしかめる。
狂っている。
だが本人は本気だ。
本気で、自分が正義だと思っている。
スフラはゆっくり制御室を見回した。
植物に侵食された機械群。
巨大化した蔦。
崩壊した文明。
「見てください」
彼は両手を広げる。
「美しいでしょう?」
「……は?」
「人類の支配から解放された自然です」
スフラの目が陶酔したように細まる。
「人類は愚かだ」
静かな声だった。
だが異様な熱が込められていた。
「地球を汚し尽くした」
「……」
「それだけでは飽き足らず、宇宙へ進出し、他星系まで開発し始めた」
スフラは歩きながら語る。
「森林を切り開き、海を汚染し、生態系を壊し、惑星を工業資源として食い潰していく」
その目がジョンを見る。
「貴方も見たでしょう?」
スフラは周囲を示した。
「巨大企業の実験施設、生命を好き勝手弄ぶ研究、自然を“管理できるもの”だと思い込む傲慢さ」
ジョンは黙っていた。
「だから滅ぶべきなんです」
スフラは言った。
「自然環境を破壊し続ける人間は」
その言葉には狂気があった。
だが同時に、妙な説得力もあった。
実際、人類は宇宙規模で自然破壊を続けている。
それは事実だ。
しかし。
「だから怪獣作って人類殺しますってか?」
ジョンが吐き捨てる。
スフラは微笑む。
「ええ」
あまりにもあっさり認めた。
スケイルが青ざめる。
「な……」
「T2Rコロニーの事故は、私が少し細工をしました」
スフラはさらりと言った。
まるでコーヒーへ砂糖を入れた程度の口調だった。
「研究データへ遺伝子配列を書き加えたんです」
モラゴが血を吐きながら睨む。
「貴様……!」
「ほんの少しですよ」
スフラは笑った。
「ですが結果は見事だった」
彼は制御室の窓の外を見た。
「怪獣は誕生した、生態系は暴走した、文明は崩壊した」
その顔には、科学者としての興奮すら浮かんでいた。
「素晴らしい進化です」
ジョンの背筋に嫌なものが走る。
こいつは。
本当に楽しんでいる。
「スキウラもその一体です」
スフラは続ける。
「知能を強化した被検体。救難信号を模倣し、獲物を誘導する能力。極めて優秀だ」
ネドリーが青ざめる。
「お、お前……!」
「ですがまだ不完全です」
スフラは首を振る。
「もっと効率よく、もっと大量に、もっと人類を殺せる生命体へ進化させる必要がある」
その瞳が異様な光を帯びる。
「完成すれば宇宙中へばら撒く。人類文明は自然によって淘汰されるでしょう」
スケイルが震える声を漏らした。
「そんなの……狂ってる……」
「狂っている?」
スフラは笑う。
「地球を壊し、宇宙まで汚染している人類の方がよほど狂っていますよ」
そして。
彼の視線が、メインシステムへ向いた。
そこには、セリアとアリスが接続されたまま座っている。
二人はまだ動かない。
演算モードへ入ったままだ。
モニター群では今も凄まじい速度でコードが流れている。
スフラは静かに拳銃を向けた。
「ですが、それもここまでです」
ジョンの顔色が変わる。
「やめろ!!」
「寒冷化でこのコロニーを止められては困る」
スフラは冷淡に言った。
「私達の理想のために」
拳銃の銃口が。
無防備なセリアへ向けられる。
アリスへ向けられる。
「だから壊れてください」
スフラの指が、ゆっくり引き金へかかる。
銃口の先には、動かないセリア。
そしてアリス。
二人は未だ演算モードのまま、完全に無防備だった。
モニター群へ高速でコードが流れ続けている。
ピピピピピ――!!
中央制御システムとの処理戦は続いていた。
だがその最中に撃たれれば終わりだ。
「やめろォ!!」
ジョンが飛び出そうとする。
しかし。
スフラは即座に銃口を向け直した。
「動かないでください」
冷たい声。
ジョンの動きが止まる。
「次は頭を撃ちますよ」
ジョンは歯噛みする。
距離が悪い。
飛び込めば間に合わない。
モラゴは重傷。
ネドリーは完全に怯えている。
間に合わない。
その瞬間だった。
「――やめなさいッ!!」
スケイルだった。
彼女が叫びながらスフラへ飛びかかる。
誰も予想していなかった。
スケイル自身ですら、半分無意識だった。
だが身体が動いていた。
セリアを、アリスを、撃たせたくなかった。
スフラが目を見開く。
「……!」
スケイルはそのままスフラの腕へしがみついた。
「こんなの間違ってる!!」
「邪魔です!」
スフラは苛立った声を出す。
だがスケイルは離さない。
「自然のために人を殺すなんておかしい!!」
「あなたも“人類は環境を破壊している”と叫んでいたでしょう!」
「だからって――!!」
スケイルの脳裏へ、セリアの姿が浮かぶ。
左腕を失いながら自分を庇った時。
海賊みたいでしょ、と笑った時。
自分が否定してきた存在。
なのに。
人間よりよほど“人間らしかった”。
「セリアは……!」
スケイルは叫ぶ。
「セリアは私なんかを助けたのよ!!」
スフラの目が冷たく細まった。
「……愚かですね」
次の瞬間。
彼はスケイルを力任せに振り払った。
「きゃっ!?」
さらに。
ドンッ!!
勢いのまま、スケイルの身体を投げ飛ばす。
スケイルは床を転がった。
「うぁっ……!」
背中を強打し、息が詰まる。
ジョンが叫ぶ。
「スケイル!!」
だがスフラはもう振り返らない。
再び拳銃をセリアへ向ける。
「……予定より手間取りましたね」
静かな声だった。
だがそこには、明確な殺意があった。
「終わりです」
引き金が引かれる。
その瞬間。
――ガシィッ!!
「なっ!?」
スフラの腕が止まった。
誰かが掴んでいる。
銀色の鉤爪。
セリアの義手だった。
「悪いけど」
セリアの声。
スフラの目が見開かれる。
さっきまで動かなかったはずのセリアが、いつの間にか顔を上げていた。
紫髪の隙間から覗く瞳が、じっとスフラを見ている。
「こっちも終わったのよ」
「――!?」
次の瞬間。
セリアは鉤爪アームを捻り上げた。
「ぐぁっ!?」
スフラの拳銃が床へ落ちる。
ガランガラン!!
さらにセリアはそのまま足払いをかけた。
スフラの身体が崩れる。
ジョンがすかさず飛び込んだ。
「この野郎!!」
ドゴォッ!!
拳がスフラの顔面へ叩き込まれる。
スフラが床へ倒れ込んだ。
「げほっ……!」
ジョンはそのまま馬乗りになる。
「博士撃ちやがって!!」
さらに殴ろうとした時。
「ジョン!」
セリアが呼び止める。
彼女の後ろでは、アリスもゆっくり目を開いていた。
「終わったのです……」
アリスがふらつきながら言う。
中央モニター群が切り替わっていく。
【ENVIRONMENT CONTROL ACCEPTED】
【TEMPERATURE SYSTEM ONLINE】
【COLD MODE STARTING】
ネドリーが叫んだ。
「成功したでござる!!」
制御室全体へ低い駆動音が響き始める。
停止していたシステムが次々再起動していく。
モラゴが血を流しながら笑った。
「……やりおったか」
セリアは床へ倒れたスフラを見下ろした。
「これでコロニー全域の気温が下がる」
彼女は言う。
「怪獣達の動きも鈍るわ」
スフラの顔が歪んだ。
「……貴様ら……!」
その目に浮かぶのは怒りだった。
狂気じみた怒り。
「貴様ら人類は!!」
彼は叫ぶ。
「また自然を支配するのか!!」
「いや」
ジョンが吐き捨てた。
「単に生き残りたいだけだ」
「黙れッ!!」
スフラが怒鳴る。
「人類は滅ぶべきなんだ!!」
その瞬間だった。
――ズゴォンッ!!
凄まじい衝撃。
床が揺れた。
「!?」
全員の顔色が変わる。
次の瞬間。
中央制御室の床が、突然内側から爆発するように突き破られた。
鉄板が吹き飛ぶ。配線が千切れる。
土煙と水飛沫が舞い上がる。
そして。
そこから現れた巨大な触手。
白い皮膚。青い模様。無数の吸盤。
「スキウラ!!」
モラゴが叫ぶ。
触手はまるで生きた蛇のように蠢いた。
そして。
床へ倒れていたスフラへ、一気に巻き付く。
「――え?」
スフラの顔から血の気が引いた。
「ま、待て……!」
だが遅い。
巨大触手は容赦なくスフラの身体を締め上げた。
メキメキメキ……!!
「がぁぁぁぁぁっ!!?」
骨が軋む音。
スフラの絶叫が制御室へ響き渡る。
その顔には初めて、“本物の恐怖”が浮かんでいた。