宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
巨大な触手が、スフラの身体へ絡みつく。
ミシミシミシ――!!
「がぁぁぁぁぁっ!!」
骨が軋む音が制御室へ響いた。
スフラの顔が苦痛で歪む。
さっきまで人類の滅亡を語っていた男は、今や完全に恐慌状態だった。
「や、やめろ!!」
触手は容赦なく締め付けを強める。
巨大な吸盤が白衣へ張り付き、ぬるりと嫌な音を立てた。
スフラは必死に触手を剥がそうとする。
だが無理だった。
人間の力でどうにかできる相手ではない。
「待て!!」
スフラが叫ぶ。
「私は貴様の創造主だぞ!?」
半狂乱だった。
「お前を生み出したのは私達だ!!」
触手は止まらない。
「私はお前達を進化させた!!」
さらに締め付ける。
「やめろォ!!」
スフラの絶叫。
その姿に、誰も言葉を失っていた。
ほんの数分前まで余裕を崩さなかった男が、今は泣き叫びながら命乞いしている。
だが。
スキウラにそんな理屈は通じない。
触手はまるで獲物を巣へ持ち帰る蛇のように、スフラを床の穴へ引きずり込んでいく。
「いやだ助け――」
ズルズルズル……。
巨大触手が闇の中へ消えていく。
最後まで見えていたスフラの手が、必死に床を掴もうとした。
だが。
指先は虚しく滑る。
そして。
完全に暗闇へ消えた。
直後。
地下の奥から、短い悲鳴が響く。
「ぎゃあぁぁ――」
ブツッ。
静寂。制御室が、一瞬しんと静まり返った。
「……」
誰もすぐには喋れなかった。
ネドリーは顔を青くしている。
アリスはネドリーへしがみついていた。
スケイルは震えていた。
自分が信じていた思想の延長線上に、あの男がいた。
そう考えるだけで吐き気がした。
ジョンはしばらく穴を見下ろしていたが、やがて鼻で笑った。
「……皮肉なもんだな」
誰も返事をしない。
ジョンは続けた。
「スキウラからすりゃ、人間なんて全部同じなんだろうよ」
レンチを肩へ担ぐ。
「創造主だろうが、科学者だろうが、環境テロリストだろうが関係ねぇ」
ジョンは穴を見下ろしたまま吐き捨てた。
「全部ただのエサだ」
モラゴが苦しそうに息を吐く。
「……当然じゃな」
彼は血を流しながら言った。
「自然は人間の理屈など気にせん」
「……」
「人間が勝手に神になった気でおるだけじゃ」
その時だった。
――ズゥンッ!!
突然、中央制御塔全体が大きく揺れた。
「うおっ!?」
ジョンがよろめく。
モニター群が激しく点滅した。
警報音が鳴り響く。
【WARNING】
【STRUCTURAL DAMAGE DETECTED】
「な、何でござる!?」
ネドリーが悲鳴を上げる。
さらに。
ズズズズズ……!!
建物全体が軋み始めた。
天井から埃が降る。
壁面へ亀裂が走る。
「まさか……!」
モラゴが顔色を変える。
セリアが窓の外を見た。
「……え」
彼女の声が引きつる。
ジョン達も振り返る。
制御室の巨大窓。
その外側。
そこへ。ぬらり、と巨大な何かが張り付いていた。
白い肉。青い模様。そして無数の巨大吸盤。
「……ッ!!」
スケイルが息を呑む。
吸盤だった。
窓一面を覆うほど巨大な吸盤。
しかも一つではない。
次々と。
別の吸盤が窓へ張り付いていく。
ベチャァッ!!ベチャァッ!!
嫌な音が響く。
まるで巨大な生物が、塔そのものへ巻き付いているみたいだった。
いや。実際そうだった。
モラゴが呻く。
「スキウラじゃ……!」
外。
中央制御塔の外壁。
そこへ地下から這い出してきたスキウラ本体が、巨大な身体を絡み付かせていた。
全長二百メートル。白い巨大ダコ。
その異形が、塔を締め上げている。
地上の景色も見えた。
中央制御塔の周囲へ、巨大触手が何本も伸びている。
まるで獲物へ絡み付く蛇の群れだった。
「おいおいおい……」
ジョンの顔が引きつる。
「デカすぎるだろ……!」
塔が再び揺れた。
ギギギギギ……!!
金属が悲鳴を上げる。
スキウラは中央制御塔を破壊しようとしていた。
自分達の縄張りへ入り込んだ獲物ごと、まとめて潰すつもりなのだ。
窓の外。
巨大な目玉が、ぬるりと現れる。
濁った黄色の眼球。
人間を観察するように動く瞳。
それを見た瞬間。
ネドリーが腰を抜かした。
「ひっ……!!」
スキウラは見ていた。
塔の中にいる人間達を。
まるで、水槽の小魚を見るかのように。
中央制御塔全体が、まるで飴細工のように軋んでいた。
ギギギギギギ……!!
鉄骨が悲鳴を上げる。
窓ガラスへ無数の亀裂が走り、天井からはコンクリート片や埃がぱらぱらと降り注いでいた。
制御室の照明も不安定に点滅している。
赤い警報灯がぐるぐると回転し、不気味なサイレン音を鳴らしていた。
【WARNING】
【STRUCTURAL DAMAGE CRITICAL】
【STRUCTURAL DAMAGE CRITICAL】
スキウラ。巨大ダコの怪獣は、中央制御塔そのものへ巻き付きながら締め上げていた。
窓の外には、ぬらりとした白い肉塊が見える。
青い模様の浮かぶ巨大な触手。
一つ一つの吸盤が人間の身体ほどもあり、窓へ張り付く度にベチャァッ、と嫌な音を立てていた。
まるで塔全体を巨大生物が食おうとしているようであった。
「クソッ……!」
ジョンがよろめきながら壁へ手をつく。
「このままじゃ本当に潰されるぞ!!」
ネドリーは半泣きだった。
「い、嫌でござるよぉ!! 拙者こんな所で圧死とか絶対嫌でござる!!」
「落ち着きなさい!!」
スケイルが叫ぶが、彼女自身も顔色は真っ青だった。
その時だった。
――ゴォォォッ!!
突如、窓の外で赤い閃光が走る。
次の瞬間、小規模な爆炎がスキウラの触手へ炸裂した。
ドォンッ!!
「!?」
全員が窓を見る。
スキウラが低い唸り声を上げた。
グォォォォォォ……!!
巨大触手がびくりと痙攣する。
そして。
中央制御塔へ絡み付いていた触手が、ゆっくりと離れていった。
ズル……ズルズル……。
吸盤が窓から剥がれる。
ぬめった音が制御室まで聞こえてくる。
「な、何だ!?」
ジョンが窓へ駆け寄った。
そして。
「……おい」
その目が見開かれる。
中央制御塔の外。
崩れた地面の上。
そこへ、一体の怪獣が立っていた。
まだ小さい。だが確かに怪獣だった。
赤茶色の鱗。
恐竜のようなシルエット。
短い角。
鋭い牙。
そしてどこか幼さを残した顔立ち。
「ミニソドム……!?」
ジョンが呆然と呟く。
ミニソドムだった。
あの子供怪獣が、中央制御塔まで追ってきていたのだ。
ミニソドムは唸り声を上げながらスキウラを睨みつけていた。
グルルルルル……!!
その姿は明らかに怯えていた。
身体も少し震えている。
相手が自分より遥かに巨大で危険な存在だと、本能では理解しているのだろう。
それでも。
逃げない。
ミニソドムは再び大きく口を開いた。
喉の奥が赤く光る。
そして。
ゴォォォッ!!
小さな火炎放射。
まだ未熟な炎だった。
親のソドムのように高熱の火炎を撒き散らす程ではない。
だがそれでも、火球はスキウラの触手へ直撃する。
ボンッ!!
火花と煙が散った。
スキウラが不快そうに触手を引っ込める。
巨大な眼球がギョロリと動き、ミニソドムへ向いた。
グォォォォォ……
低い唸り声。
怒っている。
明らかに。
スキウラの意識が、中央制御塔からミニソドムへ向いた。
ネドリーが震える声を漏らす。
「た、助けに来たのでござるか……?」
アリスが小さく呟く。
「ミニソドム、頑張ってるのです……」
スケイルは窓へ手を当てた。
「怪獣なのに……」
彼女の知っている“怪物”のイメージとは違った。
人を守ろうとしている。
命懸けで。
しかも相手は、自分より遥かに巨大な怪獣だ。
ジョンは窓越しにミニソドムを見る。
小さな怪獣は、必死に威嚇していた。
転びそうになりながらも踏ん張り、何度も火炎を吐いている。
まるで“早く逃げろ”と言っているようであった。
「……チビ助」
ジョンが小さく呟く。
モラゴも窓を見つめていた。
血を流しながら、苦しそうに息をしている。
だがその目には、はっきりと心配の色が浮かんでいた。
「無茶をしおって……」
ミニソドムは確かに優しい。
だがまだ子供だ。
スキウラ相手では到底勝ち目などない。
今すぐ助けに行きたい。
モラゴの表情はそう語っていた。
しかし。
老人はゆっくり目を閉じ、歯を食いしばった。
「……じゃが、今は逃げるしかない」
苦しそうな声だった。
「今あやつを助けに行けば、全員死ぬ」
ジョンも反論できなかった。
悔しい。
だが現実だった。
今の彼らに怪獣同士の戦いへ割って入る力などない。
セリアが急いで施設マップを表示する。
「待って、中央制御塔の構造図がまだ生きてる!」
モニターへ立体マップが映し出された。
地下整備ルート。
保守通路。
搬送エレベーター。
そして。
「……あった!」
セリアが叫ぶ。
「管理用車両格納庫!!」
モラゴが頷く。
「そうじゃ!」
彼は傷口を押さえながら言った。
「中央制御塔には、コロニー内部を走るための整備車両が配備されておった!」
「車!?」
「保守点検用じゃよ!」
モラゴは続ける。
「地下整備ルートを通れば宇宙港まで行けるはずじゃ!!」
ジョンがレンチを握り直した。
「つまり、あれで脱出するって訳か」
「そういう事じゃ……!」
その直後。
外から轟音が響く。
ドォォォンッ!!
スキウラの巨大触手が地面を叩き砕いたのだ。
瓦礫が吹き飛ぶ。
ミニソドムが必死に飛び退く。
グルルゥッ!!
まだ戦っている。
小さな怪獣は、ジョン達を逃がすために時間を稼いでいた。
ジョンは窓の外を睨む。
「……絶対死ぬなよ」
小さく吐き捨てる。
その声は、半分祈りでもあった。