宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
中央制御塔の外へ飛び出した瞬間、一同は空を見上げて足を止めた。
「……うわ」
ジョンが思わず声を漏らす。空が変わっていた。
つい数時間前まで、T2Rコロニーの人工空は不気味なほど青白く晴れていた。
だが今は違う。
コロニー全域を覆う巨大な気候制御システムが作動した影響なのだろう。
空一面へ灰色の雲が広がっていた。
人工気象装置によって発生した低気圧。
分厚い雲が空を覆い隠し、辺りは夕方のように薄暗くなっている。
さらに。冷たい風が吹いていた。
植物に覆われた廃墟都市の間を風が抜け、奇妙な唸り声を上げている。
ジョンの頬へ何かが触れた。
ひやり、とした感触。
「……雪?」
白い粒だった。
小さな結晶が空から落ちてきている。
最初は僅かだった。
だが次第にその数は増えていく。
ふわり。
ふわり。
白い雪が、巨大植物に覆われたコロニーへ静かに降り始めていた。
異様な光景だった。
暴走した自然に呑まれた廃墟。
巨大怪獣の咆哮が響く世界。
その中へ雪が降っている。
まるで世界そのものが冷え始めているようだった。
「本当に冬にしやがった……」
ジョンが呟く。
セリアは空を見上げながら肩をすくめた。
「まあ、頑張ったしね私達」
彼女の髪にも白い雪が積もり始めていた。
その時。
遠方から轟音が響く。
ドォォォンッ!!
地面が揺れる。
一同が振り返る。
中央制御塔付近。
そこでは今も怪獣同士の戦いが続いていた。
巨大な白い触手が空中を薙ぎ払う。
スキウラだ。
それに対し、赤茶色の小さな影が火炎を吐きながら必死に立ち向かっている。
ミニソドム。
子供怪獣は未だジョン達を逃がすために戦っていた。
グルルルルルッ!!
火炎放射。
ゴォォッ!!
だがスキウラの巨体に対して決定打にはならない。
巨大触手が振り下ろされる。
ドゴォォンッ!!
ミニソドムが吹き飛ばされ、廃墟のビルへ激突した。
瓦礫が崩れ落ちる。
「ミニソドム!!」
アリスが悲鳴を上げた。
しかしミニソドムはすぐに立ち上がる。
足を震わせながら、それでも再びスキウラを睨みつけた。
ジョンは歯を食いしばる。
「……チビ助」
モラゴも苦しそうに目を細めていた。
今すぐ助けに行きたい。
だが行けない。
その葛藤が表情へ滲んでいる。
「急ぐぞ!」
ジョンが叫ぶ。
「今のうちに逃げる!」
一同は中央制御塔下層の格納庫へ駆け込んだ。
そこには、古びた大型整備車両が残されていた。
六輪式の装甲車両。
本来は保守作業用なのだろう。
車体は泥と蔦に覆われていたが、まだ動く。
ジョンが無理矢理配線を弄り、エンジンを起動させた。
ブォォォォン……!!
重低音が響く。
「よし、動いた!」
「雑でござるなぁ!?」
「動けばいいんだよ!」
ジョンが怒鳴る。
一同は慌ただしく車内へ乗り込んだ。
直後。
整備車両は雪降る廃墟都市を走り始めた。
ゴゴゴゴゴ……!!
大型タイヤが瓦礫を踏み潰しながら進む。
車両は中央制御塔から伸びる地上ルートを通り、地下整備通路入口を目指していた。
車内は狭かった。
振動も激しい。
だがそんな事を気にしている余裕は誰にもない。
運転席ではジョンが必死にハンドルを握っていた。
「クソッ、視界悪ぃ……!」
フロントガラスへ雪が叩きつけられる。
ワイパーがギギギと音を立てながら動いていた。
隣ではセリアが端末を操作している。
「地下ルート入口まであと三キロ!」
「遠いなオイ!」
「文句言わない!」
後部座席では、アリスとスケイルがモラゴの治療を行っていた。
モラゴは簡易ベッドへ横たわっている。
胸の傷口には包帯が巻かれていたが、血はまだ滲んでいた。
「止血材もっとなのです!」
「は、はい!」
スケイルが慌てて医療キットを漁る。
彼女の手は震えていた。
だが必死だった。
少し前までセクサロイドを嫌悪していた女とは思えないほど、今の彼女は懸命に人を助けようとしていた。
アリスは小さな身体でテキパキ処置を進めていく。
「傷口押さえるのです!」
「こ、こう!?」
「そうなのです!」
モラゴは苦しそうに息を吐いた。
「すまんのう……年寄りが足を引っ張って……」
「喋らないでください!」
スケイルが叫ぶ。
「まだ死んじゃ駄目です!」
モラゴは少しだけ笑った。
その時。
整備車両の窓の外で、再び巨大な影が動いた。
ズズゥンッ!!
スキウラの触手だった。
巨大触手が建物を薙ぎ倒す。
その周囲を、ミニソドムが必死に走り回っていた。
火炎を吐く。
噛みつく。
だが体格差は圧倒的だった。
スキウラは巨大すぎる。
全長二百メートル。白い肉塊が雪の中で蠢く様は、巨大な海の悪夢そのものだった。
グォォォォォ……!!
不気味な唸り声。
対するミニソドムは、それでも逃げない。
ジョン達を守るため。
必死にスキウラの注意を引きつけ続けていた。
ジョンはバックミラー越しにその姿を見る。
「……頼むから生き残れよ」
小さく呟く。
だがその声は、エンジン音と怪獣の咆哮へかき消されていった。
雪はさらに強くなってゆく。白い結晶が、崩壊したコロニーの廃墟へ静かに降り積もっていく。
冷気を含んだ風が吹き抜け、巨大植物の葉を揺らしていた。
その中を、整備車両が轟音を立てながら走る。
ゴゴゴゴゴゴ……!!
タイヤが瓦礫を踏み潰し、雪混じりの泥を跳ね上げる。
車内では誰も口数が少なかった。
全員が窓の外を見ていたからだ。
ミニソドム。
小さな怪獣は今も必死に戦っていた。
グルルルルルッ!!
幼い咆哮。
ミニソドムは雪を蹴散らしながら走る。
口を開き、火炎を吐いた。
ゴォォォッ!!
炎がスキウラの巨大触手へ炸裂する。
だがその程度では止まらない。
巨大ダコは不快そうに身をよじるだけだった。
白い肉塊がぬらりと蠢く。
そして次の瞬間。
ズバァンッ!!
一本の巨大触手が横殴りに振るわれた。
グルァッ!!
ミニソドムの小さな身体が吹き飛ぶ。
雪を巻き上げながら地面を転がり、崩れた道路へ激突した。
ドゴォッ!!
瓦礫が飛び散る。
だが。
ミニソドムはふらつきながらも立ち上がった。
まだ逃げない。
震える足で踏ん張り、再びスキウラを睨みつける。
その姿は痛々しかった。
まだ子供なのだ。
本来なら親の後ろをついて歩いている年齢だろう。
それでも。
ジョン達を逃がすために戦っている。
「……ッ」
スケイルが唇を噛む。
アリスも窓へ張り付いたまま、小さく震えていた。
「ミニソドム……」
その時だった。
スキウラの触手が地面を這う。
ズルルルル……。
次の瞬間。
触手が一気に伸びた。
バシュゥッ!!
ミニソドムの右足へ巨大触手が絡み付く。
グルァァッ!?
幼い悲鳴。
そのまま。
スキウラはミニソドムを持ち上げた。
「お、おい……!」
ジョンの顔が引きつる。
巨大触手へ捕らえられたミニソドムが、宙吊りになる。
小さな身体が必死にもがく。
だが外れない。
そして。
ドゴォォォンッ!!
スキウラはミニソドムを地面へ叩きつけた。
道路が砕ける。
雪と瓦礫が吹き上がる。
グァァァァッ!!
苦痛の咆哮。
しかし終わらない。
スキウラはさらに触手を振り上げた。
ベチャァッ!!
巨大な鞭のように触手がしなる。
そして。
バギィィンッ!!
再びミニソドムへ叩きつけられた。
建物の壁へ激突する。
コンクリートが崩れ落ちる。
ミニソドムは悲鳴を上げながら雪の上へ転がった。
なおも触手が襲いかかる。
ドゴォッ!!
バァンッ!!
巨大な鞭が何度も振り下ろされる。
雪が赤く染まり始めていた。
「……やめろよ」
ジョンが思わず漏らす。
その光景はあまりにも一方的だった。
怪獣同士の戦いというより、捕食者が弱い獲物を嬲っているだけに見えた。
ミニソドムはまだ立ち上がろうとしている。
だが足が震えていた。
火炎も弱々しい。
それでも。逃げない。
「もういいんだ……!」
ジョンが窓へ拳を叩きつけた。
「逃げろ!!」
思わず叫んでいた。
怪獣相手に。
だがそれでも叫ばずにはいられなかった。
ミニソドムはジョン達を守るために戦っている。
その事が分かってしまったからだ。
モラゴも苦しそうに顔を歪めていた。
「……チビ……」
老人の拳が震えている。
今にも飛び出して行きそうだった。
だが車は止まらない。
止まれば全員死ぬ。
その時。
突如。
空気そのものを震わせる咆哮が響いた。
――グォォォォォォォォォォォッッッ!!!
轟音。
まるで雷鳴だった。
整備車両の窓ガラスがビリビリと震える。
「!?」
一同が振り返る。
遠方。
雪煙を吹き飛ばしながら、巨大な影が現れていた。
赤黒い巨体。
巨大な角。
山のような筋肉。
そして燃えるような眼光。
「……ソドム」
モラゴが呟く。親怪獣だった。
T2Rコロニー南部を支配する炎の怪獣・ソドム。
巨大怪獣は猛然と駆けてくる。
ドゴン!! ドゴン!! ドゴン!!
一歩踏み出す度に大地が揺れる。雪が吹き飛ぶ。
ソドムは怒っていた。その咆哮だけで理解できる。
子供を傷つけられた怒り。純粋な激怒。
ソドムは倒れたミニソドムの前へ立った。
まるで庇うように。
巨大な身体で。
スキウラの巨大触手が蠢く。
対するソドムは低く唸った。
グルルルルルル……。
白い雪が降る中。
二体の超巨大怪獣が睨み合う。
空気が張り詰める。
まるで世界そのものが静止したようだった。
その瞬間。
「地下ルート入口だ!!」
セリアが叫ぶ。
前方。
崩れた高架道路の下。
巨大シャッターの開いた地下整備通路入口が見えた。
ジョンはハンドルを強く握る。
「振り落とされんなよ!!」
整備車両が急旋回する。
ゴゴゴゴゴッ!!
雪と泥を巻き上げながら地下入口へ突っ込む。
その直後。
背後で。
怪獣達の咆哮が同時に轟いた。
――グォォォォォォッ!!
――ギュォォォォォォォッ!!
ソドムとスキウラ。
二体の怪獣が、ついに激突しようとしていた。