宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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29.

 中央制御塔の外へ飛び出した瞬間、一同は空を見上げて足を止めた。

 

「……うわ」

 

 ジョンが思わず声を漏らす。空が変わっていた。

 つい数時間前まで、T2Rコロニーの人工空は不気味なほど青白く晴れていた。

 だが今は違う。

 コロニー全域を覆う巨大な気候制御システムが作動した影響なのだろう。

 空一面へ灰色の雲が広がっていた。

 人工気象装置によって発生した低気圧。

 分厚い雲が空を覆い隠し、辺りは夕方のように薄暗くなっている。

 さらに。冷たい風が吹いていた。

 植物に覆われた廃墟都市の間を風が抜け、奇妙な唸り声を上げている。

 ジョンの頬へ何かが触れた。

 ひやり、とした感触。

 

「……雪?」

 

 白い粒だった。

 小さな結晶が空から落ちてきている。

 最初は僅かだった。

 だが次第にその数は増えていく。

 ふわり。

 ふわり。

 白い雪が、巨大植物に覆われたコロニーへ静かに降り始めていた。

 異様な光景だった。

 暴走した自然に呑まれた廃墟。

 巨大怪獣の咆哮が響く世界。

 その中へ雪が降っている。

 まるで世界そのものが冷え始めているようだった。

 

「本当に冬にしやがった……」

 

 ジョンが呟く。

 セリアは空を見上げながら肩をすくめた。

 

「まあ、頑張ったしね私達」

 

 彼女の髪にも白い雪が積もり始めていた。

 その時。

 遠方から轟音が響く。

 

 ドォォォンッ!!

 

 地面が揺れる。

 一同が振り返る。

 中央制御塔付近。

 そこでは今も怪獣同士の戦いが続いていた。

 巨大な白い触手が空中を薙ぎ払う。

 スキウラだ。

 それに対し、赤茶色の小さな影が火炎を吐きながら必死に立ち向かっている。

 ミニソドム。

 子供怪獣は未だジョン達を逃がすために戦っていた。

 

 グルルルルルッ!!

 

 火炎放射。

 

 ゴォォッ!!

 

 だがスキウラの巨体に対して決定打にはならない。

 巨大触手が振り下ろされる。

 

 ドゴォォンッ!!

 

 ミニソドムが吹き飛ばされ、廃墟のビルへ激突した。

 瓦礫が崩れ落ちる。

 

「ミニソドム!!」

 

 アリスが悲鳴を上げた。

 しかしミニソドムはすぐに立ち上がる。

 足を震わせながら、それでも再びスキウラを睨みつけた。

 ジョンは歯を食いしばる。

 

「……チビ助」

 

 モラゴも苦しそうに目を細めていた。

 今すぐ助けに行きたい。

 だが行けない。

 その葛藤が表情へ滲んでいる。

 

「急ぐぞ!」

 

 ジョンが叫ぶ。

 

「今のうちに逃げる!」

 

 一同は中央制御塔下層の格納庫へ駆け込んだ。

 そこには、古びた大型整備車両が残されていた。

 六輪式の装甲車両。

 本来は保守作業用なのだろう。

 車体は泥と蔦に覆われていたが、まだ動く。

 ジョンが無理矢理配線を弄り、エンジンを起動させた。

 

 ブォォォォン……!!

 重低音が響く。

 

「よし、動いた!」

「雑でござるなぁ!?」

「動けばいいんだよ!」

 

 ジョンが怒鳴る。

 一同は慌ただしく車内へ乗り込んだ。

 直後。

 整備車両は雪降る廃墟都市を走り始めた。

 

 ゴゴゴゴゴ……!!

 

 大型タイヤが瓦礫を踏み潰しながら進む。

 車両は中央制御塔から伸びる地上ルートを通り、地下整備通路入口を目指していた。

 車内は狭かった。

 振動も激しい。

 だがそんな事を気にしている余裕は誰にもない。

 運転席ではジョンが必死にハンドルを握っていた。

 

「クソッ、視界悪ぃ……!」

 

 フロントガラスへ雪が叩きつけられる。

 ワイパーがギギギと音を立てながら動いていた。

 隣ではセリアが端末を操作している。

 

「地下ルート入口まであと三キロ!」

「遠いなオイ!」

「文句言わない!」

 

 後部座席では、アリスとスケイルがモラゴの治療を行っていた。

 モラゴは簡易ベッドへ横たわっている。

 胸の傷口には包帯が巻かれていたが、血はまだ滲んでいた。

 

「止血材もっとなのです!」

「は、はい!」

 

 スケイルが慌てて医療キットを漁る。

 彼女の手は震えていた。

 だが必死だった。

 少し前までセクサロイドを嫌悪していた女とは思えないほど、今の彼女は懸命に人を助けようとしていた。

 アリスは小さな身体でテキパキ処置を進めていく。

 

「傷口押さえるのです!」

「こ、こう!?」

「そうなのです!」

 

 モラゴは苦しそうに息を吐いた。

 

「すまんのう……年寄りが足を引っ張って……」

「喋らないでください!」

 

 スケイルが叫ぶ。

 

「まだ死んじゃ駄目です!」

 

 モラゴは少しだけ笑った。

 その時。

 整備車両の窓の外で、再び巨大な影が動いた。

 

 ズズゥンッ!!

 

 スキウラの触手だった。

 巨大触手が建物を薙ぎ倒す。

 その周囲を、ミニソドムが必死に走り回っていた。

 火炎を吐く。

 噛みつく。

 だが体格差は圧倒的だった。

 スキウラは巨大すぎる。

 全長二百メートル。白い肉塊が雪の中で蠢く様は、巨大な海の悪夢そのものだった。

 

 グォォォォォ……!!

 

 不気味な唸り声。

 対するミニソドムは、それでも逃げない。

 ジョン達を守るため。

 必死にスキウラの注意を引きつけ続けていた。

 ジョンはバックミラー越しにその姿を見る。

 

「……頼むから生き残れよ」

 

 小さく呟く。

 だがその声は、エンジン音と怪獣の咆哮へかき消されていった。

 雪はさらに強くなってゆく。白い結晶が、崩壊したコロニーの廃墟へ静かに降り積もっていく。

 冷気を含んだ風が吹き抜け、巨大植物の葉を揺らしていた。

 その中を、整備車両が轟音を立てながら走る。

 

 ゴゴゴゴゴゴ……!!

 

 タイヤが瓦礫を踏み潰し、雪混じりの泥を跳ね上げる。

 車内では誰も口数が少なかった。

 全員が窓の外を見ていたからだ。

 ミニソドム。

 小さな怪獣は今も必死に戦っていた。

 

 グルルルルルッ!!

 

 幼い咆哮。

 ミニソドムは雪を蹴散らしながら走る。

 口を開き、火炎を吐いた。

 

 ゴォォォッ!!

 

 炎がスキウラの巨大触手へ炸裂する。

 だがその程度では止まらない。

 巨大ダコは不快そうに身をよじるだけだった。

 白い肉塊がぬらりと蠢く。

 そして次の瞬間。

 

 ズバァンッ!!

 

 一本の巨大触手が横殴りに振るわれた。

 

 グルァッ!!

 

 ミニソドムの小さな身体が吹き飛ぶ。

 雪を巻き上げながら地面を転がり、崩れた道路へ激突した。

 

 ドゴォッ!!

 

 瓦礫が飛び散る。

 だが。

 ミニソドムはふらつきながらも立ち上がった。

 まだ逃げない。

 震える足で踏ん張り、再びスキウラを睨みつける。

 その姿は痛々しかった。

 まだ子供なのだ。

 本来なら親の後ろをついて歩いている年齢だろう。

 それでも。

 ジョン達を逃がすために戦っている。

 

「……ッ」

 

 スケイルが唇を噛む。

 アリスも窓へ張り付いたまま、小さく震えていた。

 

「ミニソドム……」

 

 その時だった。

 スキウラの触手が地面を這う。

 ズルルルル……。

 次の瞬間。

 触手が一気に伸びた。

 

 バシュゥッ!!

 

 ミニソドムの右足へ巨大触手が絡み付く。

 

 グルァァッ!?

 

 幼い悲鳴。

 そのまま。

 スキウラはミニソドムを持ち上げた。

 

「お、おい……!」

 

 ジョンの顔が引きつる。

 巨大触手へ捕らえられたミニソドムが、宙吊りになる。

 小さな身体が必死にもがく。

 だが外れない。

 そして。

 

 ドゴォォォンッ!!

 

 スキウラはミニソドムを地面へ叩きつけた。

 道路が砕ける。

 雪と瓦礫が吹き上がる。

 

 グァァァァッ!!

 

 苦痛の咆哮。

 しかし終わらない。

 スキウラはさらに触手を振り上げた。

 

 ベチャァッ!!

 

 巨大な鞭のように触手がしなる。

 そして。

 

 バギィィンッ!!

 

 再びミニソドムへ叩きつけられた。

 建物の壁へ激突する。

 コンクリートが崩れ落ちる。

 ミニソドムは悲鳴を上げながら雪の上へ転がった。

 なおも触手が襲いかかる。

 

 ドゴォッ!!

 バァンッ!!

 

 巨大な鞭が何度も振り下ろされる。

 雪が赤く染まり始めていた。

 

「……やめろよ」

 

 ジョンが思わず漏らす。

 その光景はあまりにも一方的だった。

 怪獣同士の戦いというより、捕食者が弱い獲物を嬲っているだけに見えた。

 ミニソドムはまだ立ち上がろうとしている。

 だが足が震えていた。

 火炎も弱々しい。

 それでも。逃げない。

 

「もういいんだ……!」

 

 ジョンが窓へ拳を叩きつけた。

 

「逃げろ!!」

 

 思わず叫んでいた。

 怪獣相手に。

 だがそれでも叫ばずにはいられなかった。

 ミニソドムはジョン達を守るために戦っている。

 その事が分かってしまったからだ。

 モラゴも苦しそうに顔を歪めていた。

 

「……チビ……」

 

 老人の拳が震えている。

 今にも飛び出して行きそうだった。

 だが車は止まらない。

 止まれば全員死ぬ。

 その時。

 突如。

 空気そのものを震わせる咆哮が響いた。

 

 ――グォォォォォォォォォォォッッッ!!!

 

 轟音。

 まるで雷鳴だった。

 整備車両の窓ガラスがビリビリと震える。

 

「!?」

 

 一同が振り返る。

 遠方。

 雪煙を吹き飛ばしながら、巨大な影が現れていた。

 赤黒い巨体。

 巨大な角。

 山のような筋肉。

 そして燃えるような眼光。

 

「……ソドム」

 

 モラゴが呟く。親怪獣だった。

 T2Rコロニー南部を支配する炎の怪獣・ソドム。

 巨大怪獣は猛然と駆けてくる。

 

 ドゴン!! ドゴン!! ドゴン!!

 

 一歩踏み出す度に大地が揺れる。雪が吹き飛ぶ。

 ソドムは怒っていた。その咆哮だけで理解できる。

 子供を傷つけられた怒り。純粋な激怒。

 

 ソドムは倒れたミニソドムの前へ立った。

 まるで庇うように。

 巨大な身体で。

 スキウラの巨大触手が蠢く。

 対するソドムは低く唸った。

 

 グルルルルルル……。

 

 白い雪が降る中。

 二体の超巨大怪獣が睨み合う。

 空気が張り詰める。

 まるで世界そのものが静止したようだった。

 その瞬間。

 

「地下ルート入口だ!!」

 

 セリアが叫ぶ。

 前方。

 崩れた高架道路の下。

 巨大シャッターの開いた地下整備通路入口が見えた。

 ジョンはハンドルを強く握る。

 

「振り落とされんなよ!!」

 

 整備車両が急旋回する。

 

 ゴゴゴゴゴッ!!

 

 雪と泥を巻き上げながら地下入口へ突っ込む。

 その直後。

 背後で。

 怪獣達の咆哮が同時に轟いた。

 

 ――グォォォォォォッ!!

 ――ギュォォォォォォォッ!!

 

 ソドムとスキウラ。

 二体の怪獣が、ついに激突しようとしていた。

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