宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
重力が、裏切る。
床だと思って踏み出した瞬間、身体が横に引っ張られる。次の瞬間には天井だったはずの面が足場になる。上下の概念が、完全に壊れていた。
「うおっ……!」
ジョンは壁――いや、今は“床”になっている面に叩きつけられ、磁気ブーツで無理やり姿勢を固定する。
呼吸が荒い。視界が揺れる。
「ジョン、右!次、反転来る!」
「見えてる……!」
セリアの声を頼りに、彼は次の足場へ飛ぶ。
直後、重力が切り替わる。
背後では――
ドンッ!!
ロボットの巨体が、別方向へと叩きつけられる音。
「まだ振り回せてる!」
「でも時間の問題よ!あいつ、対応してきてる!」
その通りだった。
最初は翻弄されていたロボットも、徐々に動きを合わせてきている。脚部を強引に固定し、姿勢制御を無理やり安定させているのだ。
「クソ、学習速すぎだろ……!」
ジョンは歯を食いしばる。
逃げ続けるだけでは、いずれ追いつかれる。
何か――決定的な一手が必要だ。
「セリア!」
「なに!?」
「この区画、制御できるか!?」
「重力制御の中枢は別室!ここから直接はいじれない!」
「位置は!?」
「あなたの進行方向、三十メートル先!」
「そこだな!」
ジョンは進路を変える。
だが、その瞬間。
ガトリングが火を吹いた。
「うおっ!?」
弾丸がすぐ横を通り過ぎる。
さっきよりも明らかに精度が上がっている。
「もう適応してる!」
「分かってる!!」
ロボットは、重力変化のタイミングを“予測”し始めていた。
脚をアンカーのように打ち込み、反転にも耐える。
完全に対策されつつある。
「急げ、ジョン!」
「言われなくても!」
ジョンは最後の跳躍で、制御室らしき区画へ飛び込む。
内部はさらに荒れていた。
コンソールは半壊し、パネルは剥がれ、配線がむき出しになっている。
「……最高だ」
ジョンは息を吐く。
この“壊れ方”は、むしろ都合がいい。
「セリア、どれだ!?」
「中央の制御盤!でもまともに動かないわよ!」
「動かす必要はねえ」
ジョンは工具を引き抜き、配線に手を突っ込む。
背後ではロボットが迫っている。
時間はない。
「ジョン、来る!」
「あとちょい!」
彼の視界には、すでに“構造”が見えていた。
どのラインが重力制御。
どれが安全装置。
どこを壊せばどうなるか。
ジャンク屋としての経験が、直感的に答えを弾き出す。
「……これだ」
太いケーブルを掴む。
安全装置付きのメインライン。
「セリア」
「なに?」
「今から、めちゃくちゃにするぞ」
「さっきからずっとそうでしょ!」
「今度は“計画的に”だ」
ジョンは笑う。
その顔は、さっきまでとは違っていた。
覚悟を決めた顔。
「重力、固定できるか!?」
「一瞬なら!」
「十分だ!」
ロボットが制御室に突入する。
その巨体が入口を半ば破壊しながら入り込んでくる。
センサーがジョンを捉える。
ガトリングが回る。
「今だ、セリア!!」
「固定!」
その瞬間。
空間の重力が、一方向に“固定”された。
ロボットの動きが、わずかに鈍る。
「遅え!!」
ジョンはケーブルを引きちぎる。
火花が散る。
そして、それを――
制御盤の別ラインへと、無理やり押し込んだ。
「何してるの!?」
「回路をショートさせる!」
「それただの破壊!」
「それでいい!!」
接触。
次の瞬間。
バチィッ!!
制御系統が完全に暴走する。
重力が、狂った。
固定されていたはずの方向が、一気に反転する。
そして、さらに反転。
連続で。
不規則に。
「――――ッ!?」
ロボットの巨体が、制御不能に陥る。
脚が空を掴み、アンカーが外れる。
完全に、バランスを失った。
「今だ!!」
ジョンはロボットへと跳ぶ。
「またそれ!?」
「これしかねえ!!」
巨体に取り付き、さっき露出した装甲の隙間へと手を突っ込む。
内部のコアが見える。
今度は、安定していない。
制御不能な状態で、無防備に晒されている。
「これで――!」
工具を振り上げる。
そして。
全力で、叩き込んだ。
ガンッ!!
一撃。
さらにもう一撃。
バキッ、と音がする。
「壊れろォ!!」
三撃目。
その瞬間。
コアに亀裂が走った。
光が漏れる。
そして――
内側から、崩壊した。
ロボットの動きが、止まる。
完全に。
今度こそ。
ピクリとも動かない。
「……」
「……」
沈黙。
重力も、ゆっくりと安定していく。
ジョンは、しばらく動かなかった。
そして。
「……終わった?」
セリアが言う。
「……終わった、な」
ジョンはゆっくりと息を吐いた。
全身から力が抜ける。
「はは……」
その場に座り込む。
「今度こそ……勝った」
「ええ。完全停止確認」
セリアの声が、少しだけ柔らかくなる。
「やるじゃない、ジャンク屋」
「だろ……」
ジョンは転がるように仰向けになる。
天井――いや、今はどこか分からないが、とにかく上を見上げる。
「……で」
少しして、彼は言った。
「これ、持って帰れるよな?」
「当然。コアは無事な部分も残ってる」
「よっしゃ……」
ジョンは笑う。
疲労でぐちゃぐちゃの顔で。
「今日の夕飯、マジで豪華だな……」
「それ毎回言ってるってば」
だが今回は違う。
本当に、価値がある。
命を賭けて手に入れた、“当たり”だ。
宇宙の底で拾ったものは。
ただのゴミじゃない。
金になる――
そして、少しだけ。生き延びた証だった。
静寂が戻っていた。
さっきまで暴れ狂っていた重力は、嘘のように安定している。
破壊された制御盤からは、まだ細く煙が上がっていたが、それもやがて消えるだろう。
残ったのは、壊れた空間と。
完全に停止した、巨大な鉄の塊。
「……ほんとに、終わったな」
ジョンは仰向けのまま呟いた。
全身が重い。無重力に近いはずなのに、疲労だけが妙に現実的にのしかかってくる。腕も脚も、鉛のようだった。
「終わったわね」
セリアの声が返ってくる。
さっきまでの緊張は消え、いつもの軽さが少し戻っていた。
「でも、いつまでも寝てる場合じゃないでしょ」
「分かってるよ……」
ジョンはゆっくりと身体を起こす。
視線の先には、ロボットの残骸。
ヤシガニのような脚は無造作に広がり、巨大なハサミは中途半端な位置で止まっている。ガトリングは沈黙し、センサーの光も完全に消えていた。
今はただのスクラップ。
――だが、その中身は別だ。
「コア、無事か?」
「完全じゃないけど、価値は十分あるわ」
「よし……」
ジョンは立ち上がり、ゆっくりと残骸へ近づく。
さっき叩き割った部分を覗き込むと、内部のユニットが露出しているのが見えた。中心部は崩壊しているが、外周のモジュールはいくつか生きている。
それだけで十分だ。
「これだけで、何日分になるかな……」
「うまく売れれば、一ヶ月は余裕で持つ」
「マジかよ」
思わず笑いが漏れる。
「やべえな、夢みたいだ」
「だから毎回言ってるでしょ、ちゃんと稼げる案件もあるって」
「だいたいハズレなんだよ、今までは」
「今回は“当たり”ね」
ジョンは頷く。
そして、工具を取り出した。
「よし、解体するか」
「慎重にね。さっきまで暴れてた機体よ」
「分かってるって」
とはいえ、手つきは慣れている。
装甲を外し、配線を切り、使えそうなユニットを一つずつ取り出していく。
金属が外れる音。
工具が擦れる音。
それらが、この廃墟の中でやけに響く。
「……なあセリア」
「なに?」
「こういうのさ」
「うん」
「さっきまで人を殺しに来てたやつなんだよな」
「そうね」
「それをバラして、金にするって」
ジョンは手を止める。
「なんか、変な感じだ」
少しだけ、苦笑する。
セリアは一瞬だけ沈黙し、そして言った。
「あなたらしいじゃない」
「どこがだよ」
「どんなものでも“使えるかどうか”で見るところ」
「……まあな」
ジョンは肩をすくめる。
感傷に浸るほど、余裕のある人生じゃない。
「使えるなら使う。それだけだ」
「いい心がけね」
「褒めてるのか?」
「たぶんね」
軽く笑い合いながら、作業を続ける。
やがて、コアユニットの主要部分が取り外された。
球状のフレーム。
ひび割れはあるが、内部のサブモジュールは無事だ。
「これが本体か……」
「ええ。制御中枢の一部。かなり高値つくわよ」
ジョンはそれを丁寧にバッグへ収める。
妙な重みがあった。
物理的な重さではない。
何か――“嫌な感じ”が、わずかに残る。
「……気のせいか」
彼は首を振る。
気にしても仕方ない。
「よし、撤収だ」
「やっとね」
セリアの声が、少しだけ弾む。
「さすがに疲れたわ」
「お前、船の中だろ」
「精神的に、よ」
「便利な言い訳だな」
ジョンは苦笑しながら、来た道を戻り始める。
通路は相変わらず暗い。
だが、もう恐怖はなかった。
敵は、倒した。
あとは帰るだけだ。
――そのはずだった。
「……セリア」
「なに?」
「さっきのロボットさ」
「うん」
「単独で動いてたと思うか?」
短い沈黙。
そして。
「……どういう意味?」
「いや、なんとなくな」
ジョンは歩きながら言う。
「あんなのが一体だけって、都合よすぎる気がして」
セリアはすぐには答えなかった。
代わりに、センサーを再チェックする。
数秒後。
「……現時点で、他の反応はなし」
「“現時点で”、ね」
「ええ」
言い方が、少しだけ硬い。
ジョンは肩をすくめた。
「ま、いいか。今は帰るのが先だ」
「賛成」
やがて、格納庫が見えてくる。
そして、その先に――
ラクーン号。
傷だらけの船体。
だが、ちゃんとそこにある。
「ただいま、って感じだな」
「外出時間、約三時間。なかなかの成果よ」
「だろ?」
ジョンはハッチを開き、船内へ戻る。
空気の感触が変わる。
油と機械の匂い。
自分の場所だ。
「はあああ……」
ヘルメットを外し、大きく息を吐く。
「生き返る……」
「大げさね」
「いやマジで」
ジョンはそのまま床に座り込む。
全身の力が抜ける。
「飯……食う前に寝そうだ」
「その前にコアの固定だけして」
「分かってる……」
渋々立ち上がり、回収したユニットを作業台へ置く。
固定具でしっかりと固定し、簡易的な電磁ロックをかける。
これで輸送中に暴れることはない――はずだ。
「よし……完了」
「お疲れ様」
セリアの声が、少しだけ優しい。
「今日はちゃんと休みなさい」
「そうさせてもらう……」
ジョンはベッドへと倒れ込む。
意識が沈んでいく。
久しぶりの“大当たり”。
そして、生き残った実感。
満足感と疲労が、ゆっくりと身体を包む。
そのとき。
作業台の上。
固定されたコアユニットの内部で。
――ごく微かに。
光が、瞬いた。
誰も気づかないほどの、ほんの一瞬。
だが確かに。
それは、まだ“完全には死んでいない”証だった。