宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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3.

 重力が、裏切る。

 床だと思って踏み出した瞬間、身体が横に引っ張られる。次の瞬間には天井だったはずの面が足場になる。上下の概念が、完全に壊れていた。

 

「うおっ……!」

 

 ジョンは壁――いや、今は“床”になっている面に叩きつけられ、磁気ブーツで無理やり姿勢を固定する。

 呼吸が荒い。視界が揺れる。

 

「ジョン、右!次、反転来る!」

「見えてる……!」

 

 セリアの声を頼りに、彼は次の足場へ飛ぶ。

 直後、重力が切り替わる。

 背後では――

 ドンッ!!

 ロボットの巨体が、別方向へと叩きつけられる音。

 

「まだ振り回せてる!」

「でも時間の問題よ!あいつ、対応してきてる!」

 

 その通りだった。

 最初は翻弄されていたロボットも、徐々に動きを合わせてきている。脚部を強引に固定し、姿勢制御を無理やり安定させているのだ。

 

「クソ、学習速すぎだろ……!」

 

 ジョンは歯を食いしばる。

 逃げ続けるだけでは、いずれ追いつかれる。

 何か――決定的な一手が必要だ。

 

「セリア!」

「なに!?」

「この区画、制御できるか!?」

「重力制御の中枢は別室!ここから直接はいじれない!」

「位置は!?」

「あなたの進行方向、三十メートル先!」

「そこだな!」

 

 ジョンは進路を変える。

 だが、その瞬間。

 ガトリングが火を吹いた。

 

「うおっ!?」

 

 弾丸がすぐ横を通り過ぎる。

 さっきよりも明らかに精度が上がっている。

 

「もう適応してる!」

「分かってる!!」

 

 ロボットは、重力変化のタイミングを“予測”し始めていた。

 脚をアンカーのように打ち込み、反転にも耐える。

 完全に対策されつつある。

 

「急げ、ジョン!」

「言われなくても!」

 

 ジョンは最後の跳躍で、制御室らしき区画へ飛び込む。

 内部はさらに荒れていた。

 コンソールは半壊し、パネルは剥がれ、配線がむき出しになっている。

 

「……最高だ」

 

 ジョンは息を吐く。

 この“壊れ方”は、むしろ都合がいい。

 

「セリア、どれだ!?」

「中央の制御盤!でもまともに動かないわよ!」

「動かす必要はねえ」

 

 ジョンは工具を引き抜き、配線に手を突っ込む。

 背後ではロボットが迫っている。

 時間はない。

 

「ジョン、来る!」

「あとちょい!」

 

 彼の視界には、すでに“構造”が見えていた。

 どのラインが重力制御。

 どれが安全装置。

 どこを壊せばどうなるか。

 ジャンク屋としての経験が、直感的に答えを弾き出す。

 

「……これだ」

 

 太いケーブルを掴む。

 安全装置付きのメインライン。

 

「セリア」

「なに?」

「今から、めちゃくちゃにするぞ」

「さっきからずっとそうでしょ!」

「今度は“計画的に”だ」

 

 ジョンは笑う。

 その顔は、さっきまでとは違っていた。

 覚悟を決めた顔。

 

「重力、固定できるか!?」

「一瞬なら!」

「十分だ!」

 

 ロボットが制御室に突入する。

 その巨体が入口を半ば破壊しながら入り込んでくる。

 センサーがジョンを捉える。

 ガトリングが回る。

 

「今だ、セリア!!」

「固定!」

 

 その瞬間。

 空間の重力が、一方向に“固定”された。

 ロボットの動きが、わずかに鈍る。

 

「遅え!!」

 

 ジョンはケーブルを引きちぎる。

 火花が散る。

 そして、それを――

 制御盤の別ラインへと、無理やり押し込んだ。

 

「何してるの!?」

「回路をショートさせる!」

「それただの破壊!」

「それでいい!!」

 

 接触。

 次の瞬間。

 バチィッ!!

 制御系統が完全に暴走する。

 重力が、狂った。

 固定されていたはずの方向が、一気に反転する。

 そして、さらに反転。

 連続で。

 不規則に。

 

「――――ッ!?」

 

 ロボットの巨体が、制御不能に陥る。

 脚が空を掴み、アンカーが外れる。

 完全に、バランスを失った。

 

「今だ!!」

 

 ジョンはロボットへと跳ぶ。

 

「またそれ!?」

「これしかねえ!!」

 

 巨体に取り付き、さっき露出した装甲の隙間へと手を突っ込む。

 内部のコアが見える。

 今度は、安定していない。

 制御不能な状態で、無防備に晒されている。

 

「これで――!」

 

 工具を振り上げる。

 そして。

 全力で、叩き込んだ。

 ガンッ!!

 一撃。

 さらにもう一撃。

 バキッ、と音がする。

 

「壊れろォ!!」

 

 三撃目。

 その瞬間。

 コアに亀裂が走った。

 光が漏れる。

 そして――

 内側から、崩壊した。

 ロボットの動きが、止まる。

 完全に。

 今度こそ。

 ピクリとも動かない。

 

「……」

「……」

 

 沈黙。

 重力も、ゆっくりと安定していく。

 ジョンは、しばらく動かなかった。

 そして。

 

「……終わった?」

 

 セリアが言う。

 

「……終わった、な」

 

 ジョンはゆっくりと息を吐いた。

 全身から力が抜ける。

 

「はは……」

 

 その場に座り込む。

 

「今度こそ……勝った」

「ええ。完全停止確認」

 

 セリアの声が、少しだけ柔らかくなる。

 

「やるじゃない、ジャンク屋」

「だろ……」

 

 ジョンは転がるように仰向けになる。

 天井――いや、今はどこか分からないが、とにかく上を見上げる。

 

「……で」

 

 少しして、彼は言った。

 

「これ、持って帰れるよな?」

「当然。コアは無事な部分も残ってる」

「よっしゃ……」

 

 ジョンは笑う。

 疲労でぐちゃぐちゃの顔で。

 

「今日の夕飯、マジで豪華だな……」

「それ毎回言ってるってば」

 

 だが今回は違う。

 本当に、価値がある。

 命を賭けて手に入れた、“当たり”だ。

 宇宙の底で拾ったものは。

 ただのゴミじゃない。

 金になる――

 そして、少しだけ。生き延びた証だった。

 

 静寂が戻っていた。

 さっきまで暴れ狂っていた重力は、嘘のように安定している。

 破壊された制御盤からは、まだ細く煙が上がっていたが、それもやがて消えるだろう。

 残ったのは、壊れた空間と。

 完全に停止した、巨大な鉄の塊。

 

「……ほんとに、終わったな」

 

 ジョンは仰向けのまま呟いた。

 全身が重い。無重力に近いはずなのに、疲労だけが妙に現実的にのしかかってくる。腕も脚も、鉛のようだった。

 

「終わったわね」

 

 セリアの声が返ってくる。

 さっきまでの緊張は消え、いつもの軽さが少し戻っていた。

 

「でも、いつまでも寝てる場合じゃないでしょ」

「分かってるよ……」

 

 ジョンはゆっくりと身体を起こす。

 視線の先には、ロボットの残骸。

 ヤシガニのような脚は無造作に広がり、巨大なハサミは中途半端な位置で止まっている。ガトリングは沈黙し、センサーの光も完全に消えていた。

 今はただのスクラップ。

 ――だが、その中身は別だ。

 

「コア、無事か?」

「完全じゃないけど、価値は十分あるわ」

「よし……」

 

 ジョンは立ち上がり、ゆっくりと残骸へ近づく。

 さっき叩き割った部分を覗き込むと、内部のユニットが露出しているのが見えた。中心部は崩壊しているが、外周のモジュールはいくつか生きている。

 それだけで十分だ。

 

「これだけで、何日分になるかな……」

「うまく売れれば、一ヶ月は余裕で持つ」

「マジかよ」

 

 思わず笑いが漏れる。

 

「やべえな、夢みたいだ」

「だから毎回言ってるでしょ、ちゃんと稼げる案件もあるって」

「だいたいハズレなんだよ、今までは」

「今回は“当たり”ね」

 

 ジョンは頷く。

 そして、工具を取り出した。

 

「よし、解体するか」

「慎重にね。さっきまで暴れてた機体よ」

「分かってるって」

 

 とはいえ、手つきは慣れている。

 装甲を外し、配線を切り、使えそうなユニットを一つずつ取り出していく。

 金属が外れる音。

 工具が擦れる音。

 それらが、この廃墟の中でやけに響く。

 

「……なあセリア」

「なに?」

「こういうのさ」

「うん」

「さっきまで人を殺しに来てたやつなんだよな」

「そうね」

「それをバラして、金にするって」

 

 ジョンは手を止める。

 

「なんか、変な感じだ」

 

 少しだけ、苦笑する。

 セリアは一瞬だけ沈黙し、そして言った。

 

「あなたらしいじゃない」

「どこがだよ」

「どんなものでも“使えるかどうか”で見るところ」

「……まあな」

 

 ジョンは肩をすくめる。

 感傷に浸るほど、余裕のある人生じゃない。

 

「使えるなら使う。それだけだ」

「いい心がけね」

「褒めてるのか?」

「たぶんね」

 

 軽く笑い合いながら、作業を続ける。

 やがて、コアユニットの主要部分が取り外された。

 球状のフレーム。

 ひび割れはあるが、内部のサブモジュールは無事だ。

 

「これが本体か……」

「ええ。制御中枢の一部。かなり高値つくわよ」

 

 ジョンはそれを丁寧にバッグへ収める。

 妙な重みがあった。

 物理的な重さではない。

 何か――“嫌な感じ”が、わずかに残る。

 

「……気のせいか」

 

 彼は首を振る。

 気にしても仕方ない。

 

「よし、撤収だ」

「やっとね」

 

 セリアの声が、少しだけ弾む。

 

「さすがに疲れたわ」

「お前、船の中だろ」

「精神的に、よ」

「便利な言い訳だな」

 

 ジョンは苦笑しながら、来た道を戻り始める。

 通路は相変わらず暗い。

 だが、もう恐怖はなかった。

 敵は、倒した。

 あとは帰るだけだ。

 ――そのはずだった。

 

「……セリア」

「なに?」

「さっきのロボットさ」

「うん」

「単独で動いてたと思うか?」

 

 短い沈黙。

 そして。

 

「……どういう意味?」

「いや、なんとなくな」

 

 ジョンは歩きながら言う。

 

「あんなのが一体だけって、都合よすぎる気がして」

 

 セリアはすぐには答えなかった。

 代わりに、センサーを再チェックする。

 数秒後。

 

「……現時点で、他の反応はなし」

「“現時点で”、ね」

「ええ」

 

 言い方が、少しだけ硬い。

 ジョンは肩をすくめた。

 

「ま、いいか。今は帰るのが先だ」

「賛成」

 

 やがて、格納庫が見えてくる。

 そして、その先に――

 ラクーン号。

 傷だらけの船体。

 だが、ちゃんとそこにある。

 

「ただいま、って感じだな」

「外出時間、約三時間。なかなかの成果よ」

「だろ?」

 

 ジョンはハッチを開き、船内へ戻る。

 空気の感触が変わる。

 油と機械の匂い。

 自分の場所だ。

 

「はあああ……」

 

 ヘルメットを外し、大きく息を吐く。

 

「生き返る……」

「大げさね」

「いやマジで」

 

 ジョンはそのまま床に座り込む。

 全身の力が抜ける。

 

「飯……食う前に寝そうだ」

「その前にコアの固定だけして」

「分かってる……」

 

 渋々立ち上がり、回収したユニットを作業台へ置く。

 固定具でしっかりと固定し、簡易的な電磁ロックをかける。

 これで輸送中に暴れることはない――はずだ。

 

「よし……完了」

「お疲れ様」

 

 セリアの声が、少しだけ優しい。

 

「今日はちゃんと休みなさい」

「そうさせてもらう……」

 

 ジョンはベッドへと倒れ込む。

 意識が沈んでいく。

 久しぶりの“大当たり”。

 そして、生き残った実感。

 満足感と疲労が、ゆっくりと身体を包む。

 そのとき。

 作業台の上。

 固定されたコアユニットの内部で。

 ――ごく微かに。

 光が、瞬いた。

 誰も気づかないほどの、ほんの一瞬。

 だが確かに。

 それは、まだ“完全には死んでいない”証だった。

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