宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
雪はさらに勢いを増していた。
白い吹雪が、崩壊したT2Rコロニーを包み込んでいく。
巨大植物に覆われた廃墟。倒壊した高層建築。ひび割れた道路。
そこへ冷たい雪が降り積もり始めていた。
気候制御システムによる急激な環境変化。
コロニー全域の温度は急速に低下している。
吐く息すら白く染まるほどだった。
その白銀の世界の中心で、二体の怪獣が対峙していた。
ソドム。そしてスキウラ。
炎と深海。
まるで相反する災害そのものだった。
ソドムは倒れたミニソドムを庇うように立っている。
全長四十五メートル。
赤黒い鱗に覆われた筋骨隆々の巨体。
額の巨大な角。
鋭い牙。
口元からは熱気混じりの白煙が漏れ出していた。
一方。
スキウラは巨大だった。
全長二百メートルを超える白い肉塊。
青い模様の浮かぶ不気味な身体。
無数の巨大触手。
そして雪の中でぬらぬらと光る吸盤。
巨大な黄色い眼球がソドムをじっと見下ろしている。
グォォォォォォ……。
スキウラが低い唸り声を漏らした。
その声は巨大水槽の底から響くような、不快で湿った音だった。
対するソドムも唸る。
グルルルルルル……!!
雪を踏み砕きながら前傾姿勢になる。
明らかな怒りだった。
自分の子供を傷つけられた怒り。
猛獣のような殺気が周囲へ広がっていく。
ミニソドムは倒れたまま、苦しそうに小さく唸っていた。
グゥ……
ソドムは一瞬だけ視線を子供へ向ける。
そして再びスキウラを睨みつけた。
絶対に逃がさない。
その意思が伝わってくる。
吹雪が強まる。
怪獣達の身体へ雪が降り積もる。
だが両者とも微動だにしない。
先に動いたのはスキウラだった。
巨大触手が持ち上がる。
ズルルルル……。
雪を巻き込みながら蠢くその様は、巨大な蛇の群れのようだった。
次の瞬間。
バシュゥゥッ!!
複数の触手が一斉に射出される。
空気を裂きながらソドムへ襲いかかった。
グォォォォォッ!!
ソドムも咆哮を上げる。
巨大な脚が地面を砕いた。
ドゴォォンッ!!
ソドムは真正面から突進する。
雪煙が吹き飛ぶ。
猛スピードで迫る巨大恐竜。
それへ触手群が絡み付いた。
ベチャァァッ!!
巨大吸盤がソドムの身体へ張り付く。
肩。
胴体。
脚。
次々と触手が巻き付いていく。
しかしソドムは止まらない。
グォォォォォォッ!!
そのままスキウラへ体当たりした。
ドゴォォォォォンッ!!
激突。
凄まじい衝撃波が周囲へ炸裂した。
雪が一気に吹き飛ぶ。
崩れかけていたビル群がさらに崩壊する。
道路が砕け、瓦礫が宙を舞った。
コロニー全体が震える。
地下整備ルートを走るジョン達の車両の中ですら、その揺れが伝わっていた。
「うおっ!?」
ジョンがハンドルを取られる。
「な、何でござる今の!?」
「怪獣同士がぶつかったのよ!!」
「外、大変な事になってるのです……」
セリアが叫ぶ。
後部座席ではアリスが震えていた。
その頃。
地上では巨大怪獣同士の激闘が始まっていた。
ソドムが牙を剥き、スキウラへ噛みつく。
ガギィンッ!!
だがスキウラの肉体は異様に柔軟だった。
巨大な身体がぐにゃりと歪み、衝撃を受け流す。
直後。
大量の触手がソドムへ絡み付いた。
ズルルルルルッ!!
グォッ!?
ソドムの動きが止まる。
触手が身体を締め上げていた。
巨大吸盤が鱗へ張り付き、ミシミシと嫌な音を立てる。
ソドムが暴れる。
だが外れない。
一本や二本ではない。
十数本もの触手が全身へ絡み付いているのだ。
スキウラは知能が高い。
真正面から力比べをする気はない。
相手を拘束し、確実に仕留めようとしていた。
グルルルルルッ!!
ソドムが怒り狂ったように咆哮する。
口から火炎を吐く。
ゴォォォォッ!!
至近距離で火炎を浴びた触手が焼け焦げる。
しかし。
それでもスキウラは離れない。
むしろ触手の締め付けがさらに強くなる。
ミシミシミシ……!!
ソドムの身体から苦痛の唸り声が漏れた。
雪の中で赤黒い巨体が拘束されていく。
そして。
スキウラの巨大な口腔部がゆっくり開いた。
内部で何かが脈動している。
次の瞬間。
ブシュゥゥゥゥゥッ!!
緑色のガスが噴出した。
グォォォォォッ!?
ソドムの顔面へ直撃する。
毒ガスだった。
至近距離から浴びせられた有毒ガスが、ソドムの視界と呼吸を奪う。
ソドムが激しく暴れる。
だが触手に拘束され、思うように動けない。
雪の中で巨大怪獣が苦悶していた。
スキウラの巨大な眼球が、じっとその様子を見下ろしている。
まるで。
勝利を確信しているかのように。
グォォォォ……ッ!!
巨大な身体へ無数の触手が巻き付いている。
肩。胴体。脚。
まるで巨大蛇の群れに拘束されているようだった。
吸盤が鱗へ食い込み、ミシミシと嫌な音を立てる。
さらに。
スキウラの毒ガス。
至近距離から浴びせられた緑色のガスがソドムの顔面を包み込み、呼吸を奪っていた。
ソドムが苦しげに暴れる。
だが動けない。
火炎を吐こうにも、毒ガスによって狙いが定まらない。
巨大怪獣の動きが徐々に鈍っていく。
スキウラの巨大な眼球が、その様子を静かに見下ろしていた。
獲物を仕留める寸前の捕食者。
そんな冷たい視線だった。
その時。
瓦礫の向こうで、小さな影が動く。
……グル
ミニソドムだった。
全身傷だらけだった。
鱗は割れ、身体のあちこちから血が滲んでいる。
片脚も引きずっていた。
それでも。
ミニソドムは立ち上がる。
雪へ爪を食い込ませながら、ふらつく身体を必死に支えた。
目の前では、親が殺されようとしている。
その光景を見ていられなかった。
グルルルル……!!
小さな喉が熱を帯びる。
口の奥が赤く光り始めた。
だが炎は弱い。
未熟だ。
ソドムほどの強力な火炎ではない。
それでも。
ミニソドムは息を吸い込んだ。
そして。
グォォォォォッ!!
ゴォォォォォッ!!
火炎放射。
小さいながらも真っ直ぐ伸びた炎が、雪を吹き飛ばしながらスキウラへ向かう。
狙いは。
巨大な黄色い眼球。
次の瞬間。
ボォォンッ!!
火炎がスキウラの目へ直撃した。
ギュォォォォォォォォッ!!?
絶叫。
巨大ダコが激しくのたうち回る。
目だった。
唯一露出している感覚器官。
そこへ直接火炎を浴びせられたのだ。
スキウラの巨大触手が暴れ狂う。
ベチャァァァッ!!
建物を叩き壊しながら、苦悶するように身をよじる。
そして……ソドムを拘束していた触手が緩んだ。
グォォォォォッ!!
ソドムの目が見開かれる。
次の瞬間。
赤黒い巨体が一気に起き上がった。
ドゴォォンッ!!
地面が陥没する。
ソドムは怒っていた。
自分だけではない。
子供まで傷つけられた。
その怒りが、巨大怪獣の全身から噴き出している。
グォォォォォォォォォッ!!!
咆哮。
雪が吹き飛ぶ。
ソドムは触手を掴んだ。
両腕で。
巨大な筋肉が膨れ上がる。
そして。
ブンッ!!
スキウラの巨体を引きずる。
ギュォォッ!?
スキウラの身体がバランスを崩した。
直後。
ドゴォォォォォンッ!!
ソドムはそのままスキウラを地面へ叩きつけた。
コロニーが揺れる。
道路が砕け、雪が吹き飛ぶ。
さらに。
ドゴォォンッ!!
もう一度。
そして。
ドゴォォォンッ!!
何度も。何度も。
ソドムは巨大ダコを地面へ叩きつけた。
スキウラの触手が暴れる。
だが止まらない。
怒り狂った怪獣の怪力が、巨大ダコを圧倒していた。
グォォォォッ!!
ソドムがさらに咆哮する。
その姿はまるで暴君だった。
スキウラはついに恐怖したのか、身体を引きずりながら地下へ逃げようとする。
巨大な身体が崩れた道路の穴へ潜り込もうとした。
だが。
グルルルルルルッ!!
ソドムが逃がさない。
巨大な尾がスキウラの身体へ巻き付く。
そして。
ブンッ!!
全長二百メートルの巨体を無理矢理引きずり出した。
ギュォォォォォッ!?
スキウラが悲鳴を上げる。
次の瞬間。
ドォォォォンッ!!
ソドムはスキウラを投げ飛ばした。
巨大ダコの身体が雪原を転がる。
建物を巻き込みながら激突し、瓦礫の山へ突っ込んだ。
もはや満身創痍だった。
触手は焼け焦げ。
身体は裂け。
黄色い目は半分潰れている。
それでもスキウラはなお動こうとした。
だが。
その前へ。
ソドムとミニソドムが並ぶ。
親子怪獣。
二体は同時に口を開いた。
喉の奥が赤熱する。
吹雪の中。
二つの炎が灯る。
そして。
グォォォォォォォォォッ!!!
グルルルルルッ!!
ゴォォォォォォォォォォッッッ!!!
親子同時の火炎放射。
巨大な炎の奔流がスキウラを呑み込む。
爆炎。熱風。
白い雪が一瞬で蒸発する。
スキウラは絶叫した。
ギュォォォォォォォォォォッ!!!
その巨体が炎へ包まれる。
そして。
ついに動かなくなった。
白い巨体が崩れ落ちる。
ドォォォォォン……。
巨大ダコ怪獣スキウラ。
その命は、雪降るT2Rコロニーの中で尽きた。
***
一方その頃。
地下整備ルートを走っていた整備車両は、ようやく宇宙港へ到着していた。
ゴゴゴゴゴ……!!
シャッターを抜ける。
そこには。
「……ラクーン号!」
ジョンが叫ぶ。
薄暗い宇宙港の中。
ボロボロながらも見慣れた宇宙船が停泊していた。
ラクーン号。ジョン達の家であり、仕事場であり、帰る場所。
「帰ってこれた……」
セリアが安堵したように息を吐く。
ジョンは急ブレーキをかけた。
「急げ!!」
一同は車両から飛び降りる。
ネドリーがアリスを支え、スケイルはモラゴへ肩を貸す。
ジョンはラクーン号のハッチを開いた。
「全員乗れ!!」
吹雪が宇宙港へ吹き込む。
遠くではまだ怪獣達の咆哮が響いていた。
だがもう時間はない。
一同は急いで船内へ駆け込む。
最後にジョンが操縦席へ飛び乗った。
エンジン始動。
ラクーン号が振動する。
「頼むぜポンコツ……!」
ブォォォォォンッ!!
エンジン点火。
宇宙港の床へ蒼い噴射炎が走る。
そして。
ラクーン号は雪降るT2Rコロニーから、宇宙へ向けて飛び立った。