宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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31.

 ラクーン号が去った後も、T2Rコロニーには雪が降り続いていた。

 白。ただひたすら白。

 暴走した自然によって緑に侵食されていたコロニーは、今や冬によって静かに覆われ始めていた。

 空を埋め尽くす灰色の雲。吹き荒れる冷気。凍りつく風。

 雪は弱まるどころか、むしろ勢いを増していく。

 気候制御システムが完全に作動した事で、T2Rコロニーは急速に極寒環境へ変わろうとしていた。

 崩れたビル群。巨大植物の森。瓦礫に覆われた道路。

 その全てへ雪が積もっていく。

 そして。

 この環境変化は、コロニーに生きる生物達へも大きな影響を与えていた。

 

 

 吹雪の中。

 一体のデスマンティスがふらふらと歩いていた。

 大型化したカマキリの怪物。

 鋭い鎌。

 緑色の外骨格。

 肉食昆虫特有の凶悪な顎。

 だが今、その身体は明らかに弱っていた。

 

 ガチガチガチ……。

 

 外骨格が小刻みに震えている。

 昆虫型クリーチャーであるデスマンティスは寒さに弱かった。

 急激な気温低下へ身体が対応できないのだ。

 雪が積もる道路を歩く。

 一歩。

 また一歩。

 だが動きは鈍い。

 呼吸も荒い。

 やがて。

 デスマンティスは崩れた高架道路の下へ辿り着くと、その場で力尽きるように倒れ込んだ。

 

 ガシャッ。

 

 鎌が地面へ落ちる。

 身体が痙攣する。

 しかしもう立ち上がれない。

 吹雪が降り積もる。

 白い雪が、徐々にデスマンティスの身体を覆っていく。

 そして。

 動かなくなった。

 別の場所でも同じだった。

 森の中。廃墟の屋上。地下鉄跡。

 各地でデスマンティス達が寒さに耐えられず倒れていく。

 猛威を振るった肉食クリーチャー達は、冬という環境変化によって静かに淘汰され始めていた。

 

 

 一方。コロニー地下の用水路。

 そこはまだ比較的温度が安定していた。

 暗い水路を、ぬめった巨大な影が泳ぐ。

 ブラッドクローラーだった。

 巨大化したヒルの怪物達は、本能的に寒さを避けて地下水路へ集まっていた。

 

 ゴポ……。

 

 濁った水が揺れる。

 無数のブラッドクローラーが互いの身体を絡ませ合うように集まり、群れを形成していた。

 まるで巨大な肉塊だった。

 彼らは体温を持たない。

 だからこそ少しでも温度変化の少ない場所へ移動し、群れで固まる事で寒さを凌ごうとしているのだ。

 吸盤状の口をぴくぴくと動かしながら、水底でじっと動かない。

 時折、外から聞こえる怪獣達の遠い咆哮へ反応するように身体を震わせる。

 だが動こうとはしなかった。

 今は狩りより、生き残る事が優先だった。

 

 

 コロニー北部。

 巨大な外壁付近。

 そこには崩壊した施設群の合間へ、巨大な穴が空いていた。

 洞穴。いや、怪獣の巣だった。

 内部は暗い。

 だが奥の方で、時折低い呼吸音が響いている。

 

 フゥゥゥゥ……。

 

 カサンドラー。

 コウモリのような怪獣は、その巨大な翼を身体へ巻き付けながら眠っていた。

 空を飛べない巨大怪獣。

 その身体は冷気を避けるように洞穴の奥へ身を潜めている。

 時折翼がぴくりと動く。

 雪混じりの風が洞穴へ吹き込む度、カサンドラーは低く唸った。

 だが外へ出ようとはしない。

 本能で理解しているのだ。

 今は動くべきではないと。

 怪獣であっても、冬は脅威だった。

 カサンドラーはゆっくり瞼を閉じる。

 そしてそのまま、深い眠りへ落ちていった。

 

 

 そして、T2Rコロニー南部。

 雪に覆われた巨大森林地帯。

 そこでは二つの巨大な影が寄り添っていた。

 ソドム。そしてミニソドム。

 親子怪獣だった。

 スキウラとの激闘を終えたソドムの身体は傷だらけだった。

 鱗は焼け焦げ。

 触手に締め付けられた跡も残っている。

 だが。

 ソドムは生きていた。

 巨大怪獣は雪の積もる地面へ座り込み、自分の身体でミニソドムを包み込むように抱えている。

 ミニソドムも満身創痍だった。

 小さな身体には傷が走り、疲労でぐったりしている。

 

 グルゥ……

 

 弱々しい鳴き声。

 ソドムはそれへ応えるように低く唸った。

 

 グルルル……

 

 親怪獣は、まるで安心させるように子供の身体へ顔を寄せる。

 白い雪が二体へ降り積もる。

 だがソドムの身体は熱を持っていた。

 巨大な体温が、ミニソドムを寒さから守っている。

 ミニソドムも安心したように目を閉じた。

 子供怪獣は親の胸へ身体を預ける。

 その姿は、怪獣というより普通の親子そのものだった。

 吹雪が強くなる。

 しかしソドムは動かない。

 じっとミニソドムを抱えたまま、雪の中で身体を丸める。

 やがて。

 二体の呼吸はゆっくり静かになっていった。

 

 冬眠。

 急激な環境変化へ適応するため、怪獣達もまた眠りにつこうとしていた。

 雪が積もる。

 白銀の世界の中で。

 親子怪獣は互いの温もりを分け合いながら、静かに冬を越えようとしていた。

 

 

 ***

 

 

 ラクーン号は、静かにT2Rコロニーから離れていった。

 漆黒の宇宙。その中を、年季の入った作業船がゆっくり進んでいく。

 外装には無数の傷。あちこちに継ぎ接ぎされた装甲板。

 決して立派とは言えない船だ。

 だが今のジョン達にとっては、何より安心できる場所だった。

 コックピットにはエンジン音だけが響いている。

 

 ブゥゥゥゥン……。

 

 低い振動。

 薄暗い船内照明。

 それらが、ようやく生還したという実感を少しずつ与えていた。

 操縦席に座るジョンは、大きく息を吐く。

 

「……生きて帰れたな」

 

 その声には疲労が滲んでいた。

 何日も極限状態が続いたのだ。

 精神も肉体も限界に近い。

 隣では、鉤爪型の義手を付けたセリアがコンソールへ寄りかかっていた。

 

「ほんとよ……もうしばらく怪獣は見たくないわ」

 

 そう言いながらも、どこか安堵したように笑っている。

 船内後方では、モラゴが簡易ベッドへ寝かされていた。

 腹部を撃たれた傷は深い。

 だが応急処置のおかげで、ひとまず命に別状はなかった。

 

「しかしまあ……とんでもないコロニーじゃったわい」

 

 モラゴが苦笑する。

 

「ワシも長く生きとるが、あそこまで酷い事故は初めて見たぞ」

「事故っていうより災害でござるよ……」

 

 ネドリーがげっそりした顔で呟く。

 その隣では、体液まみれになった時の服を着替えたアリスが、温かい飲み物のカップを両手で持っていた。

 小さな少女型セクサロイドは、ふと窓の外を見る。

 遠ざかっていくT2Rコロニー。

 白い雪雲に包まれた人工天体。

 

「……ミニソドム、大丈夫でしょうか」

 

 アリスがぽつりと言った。

 

「あの子、すごく頑張ってたのです……」

 

 その声には本気の心配が滲んでいた。

 ジョンも少しだけ表情を曇らせる。

 脳裏へ浮かぶ。

 小さな身体で必死にスキウラへ立ち向かっていた姿。

 怪獣だ。本来なら恐れるべき存在。

 だが、あのミニソドムは確かにジョン達を助けようとしていた。

 モラゴが静かに笑う。

 

「大丈夫じゃよ」

 

 老人は窓の外を見ながら続けた。

 

「親のソドムがおるからのう」

「……」

「あやつ、ちゃんと子供を守っとったじゃろ」

 

 モラゴの言葉に、アリスは小さく頷いた。

 

「……なのです」

 

 少しだけ安心したようだった。

 船内へ静かな空気が流れる。

 そんな中。不意に。

 

「……その」

 

 スケイルが口を開いた。

 今までずっと黙っていた女性だった。

 彼女は席から立ち上がる。

 そしてジョンとセリアの前へ歩いてきた。

 ジョンが怪訝そうに見る。

 

「何だ?」

 

 スケイルは少し迷うように俯いた。

 だが。

 やがて深く頭を下げた。

 

「……ありがとう」

 

 船内が静かになる。

 スケイルはそのまま続けた。

 

「それと……ごめんなさい」

 

 声は震えていた。

 

「私はずっと……セクサロイドを道具みたいにしか見てなかった」

 

 セリアが黙って聞いている。

 

「人間の代わりをする存在だって……そう決めつけてた」

 

 スケイルの拳が震える。

 

「でも、あなたは私を助けた」

 

 視線がセリアの義手へ向く。

 銀色の鉤爪型ロボットアーム。

 失われた左腕の代わり。

 

「あの時……私を庇って腕を失った時、理解したの」

 

 スケイルは苦しそうに言った。

 

「私、自分が正しいって思い込んでただけだった」

 

 セリアはしばらく黙っていた。

 それから肩をすくめる。

 

「まあ、最初は感じ悪かったけどね」

「……っ」

「でも今ちゃんと謝ってくれたじゃない」

 

 セリアは軽く笑う。

 

「それで十分よ」

 

 スケイルは目を見開く。

 やがて、ゆっくりもう一度頭を下げた。

 

「……ありがとう」

 

 ジョンは頭を掻く。

 

「まあ、もう終わった事だろ」

 

 そう言いながら椅子へ座り直した。

 

「帰ったらちゃんと病院行けよ。あと変な団体とも縁切っとけ」

「……ええ」

 

 スケイルは小さく頷く。

 その時だった。

 ピピッ。ラクーン号のレーダーが反応した。

 

「ん?」

 

 ジョンがモニターを見る。

 宇宙空間に複数の光点。

 高速接近中。

 セリアが端末を操作する。

 

「IFF反応……銀河連合の船ね」

 

 直後。通信が入った。

 

『こちら銀河連合救助艦隊。救難信号を確認した』

 

 機械越しの声。

 

『ラクーン号、応答せよ』

 

 ジョンは思わず脱力する。

 

「……やっと来たかよ」

 

 モラゴが豪快に笑った。

 

「ガッハッハッ! これでようやく風呂とビールじゃな!!」

「あと病院でござるよ!?」

 

 ネドリーが即座にツッコむ。

 そのやり取りに、船内へ小さな笑い声が広がった。

 ラクーン号は、静かに銀河連合の船団へ近づいていく。

 背後では。

 雪に覆われたT2Rコロニーが、静かに宇宙を漂っていた。

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