宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

33 / 47
銀河の歌姫と傭兵部隊〜アイドル・マスト・ダイ〜
33.


 宇宙には、無数の“死骸”が漂っている。

 役目を終えた人工衛星。

 事故で破壊された輸送船。

 戦争で撃沈された軍艦。

 かつて誰かが使い、必要とされ、そして捨てられた鉄の塊達。

 それらは重力の無い闇の中を、何年も、何十年も、時には百年以上も漂い続ける。

 まるで宇宙そのものが巨大な墓場になったかのようだった。

 そして。

 そんな墓場を漁って生きる者達もまた存在する。

 ジャンク屋。

 宇宙ゴミを拾い、分解し、売り払う仕事。

 華やかさとは無縁。

 危険と貧乏と隣り合わせ。

 それでも誰かがやらなければならない仕事だった。

 

 

 ***

 

 

 ラクーン号は、静かに宇宙空間を進んでいた。

 船体各所へ継ぎ接ぎされた装甲板。

 ところどころ剥げ落ちた塗装。

 古いエンジン特有の低い駆動音。

 見た目だけなら廃船寸前と言われても否定できない。

 だが、そのオンボロ船は今日も問題なく動いていた。

 

 ジョン・サトウは操縦席へ深く腰掛けながら、モニターを睨んでいる。

 無精ひげ。くたびれたツナギ。眠そうな目。

 どう見ても冴えない男だった。

 だが、作業アームを操る手つきだけは妙に慣れている。

 

「よし、掴んだ」

 

 ラクーン号の外部アームが、宇宙空間に漂っていた大型パネルをがっちり掴む。

 古い巡洋艦の装甲材らしい。

 モニターへ素材情報が表示された。

 

「チタン合金か。悪くねえな」

 

 ジョンが口元を緩める。

 

「溶かせば今週の飯代くらいにはなるか」

 

 その言葉には、夢も希望も無かった。

 現実だけだった。

 ラクーン号の修理ローンは返済した。

 だが、それで生活が急に豊かになるわけではない。

 燃料代。停泊料。酸素フィルター。交換部品。

 宇宙で生きるには、何をするにも金がかかる。

 結局こうして今日も鉄クズ拾いだ。

 

「なんか急に人生の悲哀が濃くなったわね」

 

 後ろから声が飛んできた。

 セリアだった。

 紫色の長髪を揺らしながら、彼女はコックピット後部へだらしなく腰掛ける。

 ぴっちりしたスーツ越しでもわかる身体のラインは妙に目立つ。

 こんなボロ船には場違いなくらいだ。

 

「どうせ“俺って何のために生きてんだろ……”とか考えてたんでしょ」

「やめろ。急に心を刺すな」

 

 ジョンが真顔になる。

 セリアはクスクス笑った。

 

「でも平和でいいじゃない」

「平和ねぇ……」

 

 ジョンは窓の外を見る。

 静かな宇宙。

 怪獣もいない。

 巨大戦車も飛んでこない。

 命懸けで逃げ回る必要もない。

 確かに平和だった。

 その時だった。

 

 ピピッ。

 

 レーダーが小さく反応音を鳴らす。

 

「ん?」

 

 ジョンがモニターを見る。

 微弱な漂流信号。

 通常の宇宙ゴミとは違う。

 

「……脱出ポッド?」

 

 セリアも身を乗り出した。

 宇宙空間の奥。

 小型の脱出カプセルがゆっくり漂っている。

 外装には焼け焦げた跡。

 片側のノズルは破損。

 何かトラブルに巻き込まれたのは間違いなかった。

 

「生体反応は?」

「……ある」

 

 セリアが端末を操作する。

 

「一人。ギリギリ生きてるわね」

「マジかよ」

 

 ジョンは眉をひそめた。

 宇宙で漂流するというのは、ほぼ死刑宣告に等しい。

 酸素が尽きる。電力が尽きる。精神が先に壊れる。

 生還できる方が珍しい。

 

「どうする?」

「どうするも何も回収だろ」

 

 ジョンは操縦桿を握り直す。

 

「助けりゃ報奨金も出るし」

「やっぱそっちが本音なのね」

「慈善事業じゃ食ってけねえんだよ」

 

 ラクーン号はゆっくり進路を変える。

 ボロ船がスラスターを噴かしながら、漂流ポッドへ接近していく。

 やがて。

 ガコン。

 作業アームが脱出ポッドを掴んだ。

 

「回収完了っと」

 

 ジョンは生命維持モニターを見る。

 残存酸素は危険域寸前だった。

 あと少し遅ければ死んでいたかもしれない。

 

「開けるぞ」

 

 ジョンはハッチへ手をかける。

 ロック解除音。

 そして。

 

 プシュゥゥゥ……。

 

 減圧音と共に、ポッドの扉がゆっくり開いた。

 その中から、ふわりと桃色の髪が零れ落ちる。

 

「……女、の子?」

 

 ジョンが目を瞬かせた。

 中にいたのは少女だった。

 年齢は十代半ばほど。

 ウェイトレス風の可愛らしい衣装。

 そして頭部には、ぴょこんと伸びたウサギ耳。

 サイボーグ化された人工耳だ。

 長い睫毛。

 整った顔立ち。

 眠っているにも関わらず、どこか人目を引く華やかさがあった。

 

「おい、大丈夫か」

 

 ジョンが軽く肩を揺する。

 少女は苦しそうに眉を動かした。

 

「……ぅ……」

「意識ある?」

 

 セリアが顔を覗き込む。

 数秒後。

 少女はゆっくり目を開けた。

 赤みがかった瞳がぼんやりとジョン達を見る。

 

「……ここ、は……?」

 

 掠れた声だった。

 

「宇宙船だ。俺達がお前のポッドを回収した」

 

 ジョンが答える。

 少女は状況を理解しようとするように周囲を見回した。

 そして小さく息を吐く。

 

「……助けて、くれたんですね」

「まあな」

 

 ジョンは水のボトルを差し出した。

 

「飲めるか?」

「……ありがとう、ございます」

 

 少女は震える手で受け取る。

 喉が渇いていたのだろう。

 必死に水を飲む姿は、普通の年相応の少女にしか見えなかった。

 だが。

 

 セリアはじっと彼女の顔を見ていた。

「……ねえ」

「ん?」

「この子、どっかで見た事ない?」

「は?」

 

 ジョンも改めて少女を見る。

 桃色の髪。

 ウサギ耳。

 愛嬌のある顔立ち。

 そして――。

 ジョンの脳裏に、宇宙港で見た広告映像が蘇った。

 巨大モニター。笑顔で歌うアイドル。

 銀河中で流れていたCM。

 

「あ」

 

 ジョンが固まる。

 

「……お前、もしかして」

 

 少女もハッとしたように顔を強張らせた。

 だがもう遅かった。

 

「ポッピー・ラビットか!?」

 

 その瞬間。

 船内へ妙な沈黙が流れた。

 少女――ポッピー・ラビットは、気まずそうに目を逸らす。

 

「あー……えっと……」

 

 銀河ネットを騒がせていた、現在行方不明中の超人気アイドル。

 その本人が、なぜかボロ宇宙船の中にいた。

 ジョンはしばらく固まっていた。

 そして。

 

「……マジ?」

 

 間の抜けた声だけが漏れた。

 ラクーン号の居住区には、妙な空気が流れていた。

 狭いテーブル。

 薄暗い照明。

 壁際へ積まれたジャンクパーツ。

 生活感しかない空間の中心に、銀河中で顔を知られている少女が座っている。

 その事実が、どうにも現実感を欠いていた。

 

 ジョンは腕を組みながら、改めて目の前の少女を見る。

 桃色の髪。頭から伸びたウサギ耳型サイボーグ。可愛らしいウェイトレス風衣装。そして、アイドルらしい華やかな顔立ち。

 間違いない、ポッピー・ラビット本人だった。

 銀河ネットでは数日前から彼女の失踪が大ニュースになっていた。

 人気絶頂のアイドル。

 ライブツアー中に消息不明。

 乗っていた宇宙船ごと行方不明になった、と。

 連日ワイドショーでも大騒ぎになっていたほどだ。

 ジョンも宇宙港のニュースモニターで見た覚えがある。

 もっとも、その時は「大変だなぁ」くらいにしか思っていなかった。

 まさか本人を拾うとは思わない。

 

「……本物なんだ」

 

 セリアが感心したように呟く。

 

「そりゃニュースにもなるわよね」

 

 ポッピーは少し困ったように苦笑した。

 

「えっと……はい。一応」

 

 その態度は意外なほど普通だった。

 テレビで見かけるような、常にテンションの高いアイドル然とした様子ではない。

 むしろ疲労の方が強く見える。

 ジョンは椅子へ腰掛けながら頭を掻いた。

 

「で、何があったんだ?」

 

 その質問に、ポッピーの表情が少し曇る。

 彼女は手の中のカップを見つめながら、小さく息を吐いた。

 

「……惑星イブバーチュへ向かってたんです」

「イブバーチュ?」

「ライブです」

 

 ポッピーは答える。

 

「定期公演ツアーの一つで……すごく大きな会場だったんです。準備も何ヶ月も前から進めてて」

 

 その声には悔しさが混じっていた。

 

「ファンのみんなも待ってくれてたから、絶対成功させたくて」

 

 ジョンは黙って聞く。

 ポッピーは続けた。

 

「でも、航行中に突然襲撃を受けました」

「襲撃?」

「はい」

 

 彼女の指先がわずかに震える。

 

「あいつら、急に現れて……」

 

 ――宇宙船内に警報が鳴り響く。

 赤い非常灯。

 激しい振動。

 悲鳴。

 混乱。

 ポッピーの脳裏へ、その光景が鮮明に蘇る。

 

『敵機接近!!』

『右舷被弾!!』

『エンジン区画炎上!!』

 

 大型輸送船だった。

 ライブ機材とスタッフを乗せた民間船。

 本来なら安全な航路だったはずだ。

 だが。

 宇宙空間の闇から現れた無数の小型機が、獣の群れのように襲いかかってきた。

 丸い機体。無理矢理取り付けられた武装。耳障りな大音量音楽。

 そして通信回線から流れ込んでくる、下品なラップ。

 

『YO! YO! 派手なアイドル燃やすゼェ!!』

『キラキラ人生ぶっ壊すの最高ッス!!』

『ライブもファンも泣かせりゃ優勝ォ!!』

 

 狂っていた。

 最初から破壊そのものを楽しんでいた。

 宇宙暴走族――ジャークスピア。

 銀河でも悪名高い連中だった。

 

「船が撃たれて……」

 

 ポッピーは苦しそうに語る。

 

「スタッフさん達が逃げろって……」

 

 爆発。

 火災。

 割れた窓。

 減圧警報。

 地獄だった。

 ポッピーは半ば押し込まれるように脱出ポッドへ入れられた。

 最後に見たのは。

 炎に包まれる宇宙船だった。

 

「……気づいたら、一人で漂流してました」

 

 居住区へ静寂が落ちる。

 ジョンは顔をしかめた。

 

「ジャークスピア、ねぇ……」

「知ってるんですか?」

「悪い意味で有名だ」

 

 ジョンは椅子へ深く座る。

 

「ただのチンピラ集団じゃねえ。宇宙海賊崩れみたいな連中だ」

「他人に迷惑かけるためだけに生きてるタイプね」

 

 セリアも呆れたように言った。

 ポッピーは俯いたまま、小さく拳を握る。

 

「でも……」

「ん?」

「ライブは、やりたいんです」

 

 ジョンとセリアが彼女を見る。

 ポッピーの目には、強い光が宿っていた。

 

「待ってるファンの人達がいるから」

 

 その言葉に、ジョンは少しだけ意外そうな顔をした。

 もっと軽いタイプのアイドルかと思っていた。

 だが、どうやら違うらしい。

 本気で仕事をやっている。

 本気で届けようとしている。

 そういう目だった。

 その時。

 

 ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!!

 

 突然、船内警報が鳴り響いた。

 

「うおっ!?」

 

 ジョンが跳ね起きる。

 セリアが即座にレーダーを確認した。

 

「敵影接近!」

 

 モニターへ複数の光点が映る。

 高速接近。

 数は六。

 しかも一直線にこちらへ向かっている。

 ジョンが顔をしかめた。

 

「チッ、早すぎるだろ……!」

 

 直後。

 通信回線が強制接続される。

 

『YO!YO!見つけたゼェ!!』

 

 耳障りな男の声が響いた。

 

『そのボロ船止まりなァ!!』

 

 モニターへ映し出されたのは、派手な落書きだらけのダートポッドだった。

 作業用宇宙ポッドへ違法改造を施した機体。

 スピーカー。

 砲台。

 無駄に点滅するネオン。

 下品さの塊だった。

 通信相手の男は、ニヤニヤ笑いながら叫ぶ。

 

『ポッピーちゃん返してもらうゼェ!!』

『俺らァジャークスピア!!』

『キラキラした奴見ると壊したくなる性分ッス!!』

 

 ポッピーの顔色が変わる。

 

「……っ!」

 

 ジョンは舌打ちした。

 

「面倒なの来たな……!」

 

 その瞬間。

 宇宙空間に閃光が走った。

 敵ダートポッドの砲撃だった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。