宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
33.
宇宙には、無数の“死骸”が漂っている。
役目を終えた人工衛星。
事故で破壊された輸送船。
戦争で撃沈された軍艦。
かつて誰かが使い、必要とされ、そして捨てられた鉄の塊達。
それらは重力の無い闇の中を、何年も、何十年も、時には百年以上も漂い続ける。
まるで宇宙そのものが巨大な墓場になったかのようだった。
そして。
そんな墓場を漁って生きる者達もまた存在する。
ジャンク屋。
宇宙ゴミを拾い、分解し、売り払う仕事。
華やかさとは無縁。
危険と貧乏と隣り合わせ。
それでも誰かがやらなければならない仕事だった。
***
ラクーン号は、静かに宇宙空間を進んでいた。
船体各所へ継ぎ接ぎされた装甲板。
ところどころ剥げ落ちた塗装。
古いエンジン特有の低い駆動音。
見た目だけなら廃船寸前と言われても否定できない。
だが、そのオンボロ船は今日も問題なく動いていた。
ジョン・サトウは操縦席へ深く腰掛けながら、モニターを睨んでいる。
無精ひげ。くたびれたツナギ。眠そうな目。
どう見ても冴えない男だった。
だが、作業アームを操る手つきだけは妙に慣れている。
「よし、掴んだ」
ラクーン号の外部アームが、宇宙空間に漂っていた大型パネルをがっちり掴む。
古い巡洋艦の装甲材らしい。
モニターへ素材情報が表示された。
「チタン合金か。悪くねえな」
ジョンが口元を緩める。
「溶かせば今週の飯代くらいにはなるか」
その言葉には、夢も希望も無かった。
現実だけだった。
ラクーン号の修理ローンは返済した。
だが、それで生活が急に豊かになるわけではない。
燃料代。停泊料。酸素フィルター。交換部品。
宇宙で生きるには、何をするにも金がかかる。
結局こうして今日も鉄クズ拾いだ。
「なんか急に人生の悲哀が濃くなったわね」
後ろから声が飛んできた。
セリアだった。
紫色の長髪を揺らしながら、彼女はコックピット後部へだらしなく腰掛ける。
ぴっちりしたスーツ越しでもわかる身体のラインは妙に目立つ。
こんなボロ船には場違いなくらいだ。
「どうせ“俺って何のために生きてんだろ……”とか考えてたんでしょ」
「やめろ。急に心を刺すな」
ジョンが真顔になる。
セリアはクスクス笑った。
「でも平和でいいじゃない」
「平和ねぇ……」
ジョンは窓の外を見る。
静かな宇宙。
怪獣もいない。
巨大戦車も飛んでこない。
命懸けで逃げ回る必要もない。
確かに平和だった。
その時だった。
ピピッ。
レーダーが小さく反応音を鳴らす。
「ん?」
ジョンがモニターを見る。
微弱な漂流信号。
通常の宇宙ゴミとは違う。
「……脱出ポッド?」
セリアも身を乗り出した。
宇宙空間の奥。
小型の脱出カプセルがゆっくり漂っている。
外装には焼け焦げた跡。
片側のノズルは破損。
何かトラブルに巻き込まれたのは間違いなかった。
「生体反応は?」
「……ある」
セリアが端末を操作する。
「一人。ギリギリ生きてるわね」
「マジかよ」
ジョンは眉をひそめた。
宇宙で漂流するというのは、ほぼ死刑宣告に等しい。
酸素が尽きる。電力が尽きる。精神が先に壊れる。
生還できる方が珍しい。
「どうする?」
「どうするも何も回収だろ」
ジョンは操縦桿を握り直す。
「助けりゃ報奨金も出るし」
「やっぱそっちが本音なのね」
「慈善事業じゃ食ってけねえんだよ」
ラクーン号はゆっくり進路を変える。
ボロ船がスラスターを噴かしながら、漂流ポッドへ接近していく。
やがて。
ガコン。
作業アームが脱出ポッドを掴んだ。
「回収完了っと」
ジョンは生命維持モニターを見る。
残存酸素は危険域寸前だった。
あと少し遅ければ死んでいたかもしれない。
「開けるぞ」
ジョンはハッチへ手をかける。
ロック解除音。
そして。
プシュゥゥゥ……。
減圧音と共に、ポッドの扉がゆっくり開いた。
その中から、ふわりと桃色の髪が零れ落ちる。
「……女、の子?」
ジョンが目を瞬かせた。
中にいたのは少女だった。
年齢は十代半ばほど。
ウェイトレス風の可愛らしい衣装。
そして頭部には、ぴょこんと伸びたウサギ耳。
サイボーグ化された人工耳だ。
長い睫毛。
整った顔立ち。
眠っているにも関わらず、どこか人目を引く華やかさがあった。
「おい、大丈夫か」
ジョンが軽く肩を揺する。
少女は苦しそうに眉を動かした。
「……ぅ……」
「意識ある?」
セリアが顔を覗き込む。
数秒後。
少女はゆっくり目を開けた。
赤みがかった瞳がぼんやりとジョン達を見る。
「……ここ、は……?」
掠れた声だった。
「宇宙船だ。俺達がお前のポッドを回収した」
ジョンが答える。
少女は状況を理解しようとするように周囲を見回した。
そして小さく息を吐く。
「……助けて、くれたんですね」
「まあな」
ジョンは水のボトルを差し出した。
「飲めるか?」
「……ありがとう、ございます」
少女は震える手で受け取る。
喉が渇いていたのだろう。
必死に水を飲む姿は、普通の年相応の少女にしか見えなかった。
だが。
セリアはじっと彼女の顔を見ていた。
「……ねえ」
「ん?」
「この子、どっかで見た事ない?」
「は?」
ジョンも改めて少女を見る。
桃色の髪。
ウサギ耳。
愛嬌のある顔立ち。
そして――。
ジョンの脳裏に、宇宙港で見た広告映像が蘇った。
巨大モニター。笑顔で歌うアイドル。
銀河中で流れていたCM。
「あ」
ジョンが固まる。
「……お前、もしかして」
少女もハッとしたように顔を強張らせた。
だがもう遅かった。
「ポッピー・ラビットか!?」
その瞬間。
船内へ妙な沈黙が流れた。
少女――ポッピー・ラビットは、気まずそうに目を逸らす。
「あー……えっと……」
銀河ネットを騒がせていた、現在行方不明中の超人気アイドル。
その本人が、なぜかボロ宇宙船の中にいた。
ジョンはしばらく固まっていた。
そして。
「……マジ?」
間の抜けた声だけが漏れた。
ラクーン号の居住区には、妙な空気が流れていた。
狭いテーブル。
薄暗い照明。
壁際へ積まれたジャンクパーツ。
生活感しかない空間の中心に、銀河中で顔を知られている少女が座っている。
その事実が、どうにも現実感を欠いていた。
ジョンは腕を組みながら、改めて目の前の少女を見る。
桃色の髪。頭から伸びたウサギ耳型サイボーグ。可愛らしいウェイトレス風衣装。そして、アイドルらしい華やかな顔立ち。
間違いない、ポッピー・ラビット本人だった。
銀河ネットでは数日前から彼女の失踪が大ニュースになっていた。
人気絶頂のアイドル。
ライブツアー中に消息不明。
乗っていた宇宙船ごと行方不明になった、と。
連日ワイドショーでも大騒ぎになっていたほどだ。
ジョンも宇宙港のニュースモニターで見た覚えがある。
もっとも、その時は「大変だなぁ」くらいにしか思っていなかった。
まさか本人を拾うとは思わない。
「……本物なんだ」
セリアが感心したように呟く。
「そりゃニュースにもなるわよね」
ポッピーは少し困ったように苦笑した。
「えっと……はい。一応」
その態度は意外なほど普通だった。
テレビで見かけるような、常にテンションの高いアイドル然とした様子ではない。
むしろ疲労の方が強く見える。
ジョンは椅子へ腰掛けながら頭を掻いた。
「で、何があったんだ?」
その質問に、ポッピーの表情が少し曇る。
彼女は手の中のカップを見つめながら、小さく息を吐いた。
「……惑星イブバーチュへ向かってたんです」
「イブバーチュ?」
「ライブです」
ポッピーは答える。
「定期公演ツアーの一つで……すごく大きな会場だったんです。準備も何ヶ月も前から進めてて」
その声には悔しさが混じっていた。
「ファンのみんなも待ってくれてたから、絶対成功させたくて」
ジョンは黙って聞く。
ポッピーは続けた。
「でも、航行中に突然襲撃を受けました」
「襲撃?」
「はい」
彼女の指先がわずかに震える。
「あいつら、急に現れて……」
――宇宙船内に警報が鳴り響く。
赤い非常灯。
激しい振動。
悲鳴。
混乱。
ポッピーの脳裏へ、その光景が鮮明に蘇る。
『敵機接近!!』
『右舷被弾!!』
『エンジン区画炎上!!』
大型輸送船だった。
ライブ機材とスタッフを乗せた民間船。
本来なら安全な航路だったはずだ。
だが。
宇宙空間の闇から現れた無数の小型機が、獣の群れのように襲いかかってきた。
丸い機体。無理矢理取り付けられた武装。耳障りな大音量音楽。
そして通信回線から流れ込んでくる、下品なラップ。
『YO! YO! 派手なアイドル燃やすゼェ!!』
『キラキラ人生ぶっ壊すの最高ッス!!』
『ライブもファンも泣かせりゃ優勝ォ!!』
狂っていた。
最初から破壊そのものを楽しんでいた。
宇宙暴走族――ジャークスピア。
銀河でも悪名高い連中だった。
「船が撃たれて……」
ポッピーは苦しそうに語る。
「スタッフさん達が逃げろって……」
爆発。
火災。
割れた窓。
減圧警報。
地獄だった。
ポッピーは半ば押し込まれるように脱出ポッドへ入れられた。
最後に見たのは。
炎に包まれる宇宙船だった。
「……気づいたら、一人で漂流してました」
居住区へ静寂が落ちる。
ジョンは顔をしかめた。
「ジャークスピア、ねぇ……」
「知ってるんですか?」
「悪い意味で有名だ」
ジョンは椅子へ深く座る。
「ただのチンピラ集団じゃねえ。宇宙海賊崩れみたいな連中だ」
「他人に迷惑かけるためだけに生きてるタイプね」
セリアも呆れたように言った。
ポッピーは俯いたまま、小さく拳を握る。
「でも……」
「ん?」
「ライブは、やりたいんです」
ジョンとセリアが彼女を見る。
ポッピーの目には、強い光が宿っていた。
「待ってるファンの人達がいるから」
その言葉に、ジョンは少しだけ意外そうな顔をした。
もっと軽いタイプのアイドルかと思っていた。
だが、どうやら違うらしい。
本気で仕事をやっている。
本気で届けようとしている。
そういう目だった。
その時。
ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!!
突然、船内警報が鳴り響いた。
「うおっ!?」
ジョンが跳ね起きる。
セリアが即座にレーダーを確認した。
「敵影接近!」
モニターへ複数の光点が映る。
高速接近。
数は六。
しかも一直線にこちらへ向かっている。
ジョンが顔をしかめた。
「チッ、早すぎるだろ……!」
直後。
通信回線が強制接続される。
『YO!YO!見つけたゼェ!!』
耳障りな男の声が響いた。
『そのボロ船止まりなァ!!』
モニターへ映し出されたのは、派手な落書きだらけのダートポッドだった。
作業用宇宙ポッドへ違法改造を施した機体。
スピーカー。
砲台。
無駄に点滅するネオン。
下品さの塊だった。
通信相手の男は、ニヤニヤ笑いながら叫ぶ。
『ポッピーちゃん返してもらうゼェ!!』
『俺らァジャークスピア!!』
『キラキラした奴見ると壊したくなる性分ッス!!』
ポッピーの顔色が変わる。
「……っ!」
ジョンは舌打ちした。
「面倒なの来たな……!」
その瞬間。
宇宙空間に閃光が走った。
敵ダートポッドの砲撃だった。