宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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34.

 閃光が宇宙を裂いた。

 次の瞬間。ラクーン号の船体が激しく揺れる。

 

「うおおっ!?」

 

 ジョンの身体が操縦席へ叩きつけられた。

 警報音が一斉に鳴り響く。

 赤い非常灯が船内を染め上げた。

 

『右舷外装に被弾!』

『第三スラスター出力低下!』

『船体バランス異常!』 

「っの野郎……!」

 

 ジョンが歯噛みする。

 ラクーン号は戦闘艦ではない。

 元々は作業船だ。

 武装など存在しないし、装甲だって最低限しか無い。

 宇宙海賊や暴走族に狙われれば、正面から戦えるような代物ではなかった。

 モニターには、派手なネオンを撒き散らしながら迫ってくるダートポッドの群れが映っている。

 その数六機。

 宇宙空間を滑るように飛び回りながら、次々とレーザー弾を撃ち込んできていた。

 

『YO! 逃げんな逃げんなァ!!』

『そのオンボロ船ごと燃やすゼェ!!』

『アイドル守るとかヒーロー気取りッスかァ!?』

 

 通信越しに響く下品な笑い声。

 ポッピーが顔を青ざめさせる。

 

「また来た……」

「人気者も大変だな……!」

 

 ジョンは操縦桿を握り締めた。

 ラクーン号が大きく旋回する。

 だが、鈍重な作業船では機動力に限界がある。

 敵は小型機。

 しかも改造済みだ。

 スピードが違いすぎた。

 再びレーザーが飛来する。

 船体後部で爆発。

 機体が悲鳴のような振動を上げた。

 

「きゃっ!」

 

 ポッピーが座席へしがみつく。

 セリアは素早く端末を操作していた。

 

「ジョン、エンジン温度上がってる!」

「わかってる!」

 

 ジョンは舌打ちする。

 逃げ切れるか。

 かなり怪しい。

 このまま追われ続ければ、いずれラクーン号の方が保たない。

 その時だった。

 ジョンの脳裏へ、貨物スペースの光景が浮かぶ。

 今日回収したジャンクの山。

 その中に混じっていた、見覚えのある兵器。

 

「……あ」

 

 ジョンの目が細くなる。

 

「セリア」

「なに?」

「さっき拾った軍艦の残骸、積んでたよな」

「積んでるけど」

「その中に光子魚雷あったろ」

 

 セリアが一瞬固まった。

 

「……あったわね」

「まだ使えるか?」

「いや普通に危険物なんだけど?」

「爆発させる気はねえよ」

 

 ジョンはニヤリと笑った。

 

「目眩ましに使う」

    

 ラクーン号後部ハッチ。

 無重力空間の中で、固定されていた巨大な弾頭がゆっくり押し出される。

 旧宇宙戦争時代の兵器。

 光子魚雷。

 本来なら戦艦を吹き飛ばすレベルの危険物だった。

 もちろん状態はボロボロだ。

 まともに使えば暴発しかねない。

 だが――。

 

『YO! なんか捨てたゼェ!!』

『ビビって荷物投げ始めたッス!!』

 

 ジャークスピアの連中は笑っていた。

 その瞬間。

 ジョンが叫ぶ。

 

「セリア! 今だ!」

「了解ッ!」

 

 セリアがスイッチを叩く。

 直後。

 宇宙空間へ強烈な閃光が広がった。

 

『うおっ!?』

『目っ、目がァ!?』

『センサー焼けるッス!!』

 

 光子魚雷の残留エネルギーが一気に解放される。

 小規模。

 だが強烈な光学ノイズ。

 レーダーも照準も滅茶苦茶になる。

 ジャークスピアのダートポッド部隊は混乱し、隊列を崩した。

 その隙をジョンは見逃さなかった。

 

「掴まってろ!」

 

 ラクーン号が急加速する。

 老朽エンジンが悲鳴を上げるほどの無茶な噴射。

 機体が激しく震えた。

 だが。

 宇宙空間へ広がる光の霧を突き抜け、ラクーン号は一気に進路を変える。

 

『待ちやがれェ!!』

『どこ行ったァ!?』

『センサー死んでるッス!!』

 

 怒号が遠ざかっていく。

 数十秒後。

 レーダーから敵反応が消えた。

 船内へ静寂が戻る。

 

「……はぁぁ……」

 

 ジョンが深く息を吐く。

 

「助かった……」

「ほんと綱渡り好きよね、あんた」

 

 セリアも苦笑していた。

 ポッピーはまだ少し青い顔のまま座席へ座っている。

 だが、その表情には安堵があった。

 

「……ありがとう、ございます」

「礼はいい」

 

 ジョンは肩を回す。

 

「で、これからどうする?」

 

 その問いに、ポッピーが少し考え込む。

 やがて彼女は口を開いた。

 

「実は……」

「ん?」

「スタッフさん達から、もし何かあったら宇宙ステーション・フォックスへ向かえって言われてたんです」

「フォックス?」

 

 セリアが反応する。

 

「傭兵連中が集まってるあそこ?」

 

 ポッピーは頷いた。

 

「事務所が護衛を依頼してる傭兵部隊がいるって」

「護衛ねぇ……」

 

 ジョンはモニターへ星図を映す。

 宇宙ステーション・フォックス。

 交易航路の中継地点として作られた大型ステーション。

 今では傭兵、運び屋、賞金稼ぎ、ジャンク屋まで集まる無法寄りの場所として有名だった。

 

「まあ、今より安全なのは確かか」

 

 ジョンは進路設定を入力する。

 ラクーン号の船首がゆっくり方向を変えた。

 遥か彼方。

 星々の海の向こうへ。

 宇宙ステーション・フォックスへの航路が表示される。

 だが。

 ジョン達はまだ知らなかった。

 この先で待つ騒動が、さらに面倒なものになる事を。

 

 

 ***

 

 

 宇宙空間に浮かぶ巨大な残骸。

 かつて宇宙戦争時代に使われていた戦艦を、無理矢理根城へ改造した代物だった。

 無数の増設ブロック。違法改造された推進器。鉄骨むき出しの居住区。

 外壁へ乱雑に描かれたスプレーアート。

 品性という概念を最初から投げ捨てたような外観。

 

 そこが、銀河暴走族ジャークスピアの本拠地だった。

 

 ステーション内部では、爆音の音楽が鳴り響いている。

 低音が床を震わせ、薄暗い通路の空気を揺らす。

 そこら中で構成員達が酒を飲み、騒ぎ、喧嘩し、笑っていた。

 誰も彼も目つきが悪い。

 服装も統一感が無い。

 ただ共通しているのは、“他人を不快にさせる事を楽しんでいる”という空気だった。

 その中心。

 戦艦のブリッジを改造した広間で、一人の男が椅子へふんぞり返っていた。

 

 ヤジー・ドッコ。

 

 ジャークスピアのリーダー。

 ラッパーじみた派手なジャケット。

 首元へ大量に下げられたアクセサリー。

 鋭い目つき。

 濃い顔立ち。

 その見た目だけなら、派手好きなチンピラにしか見えない。

 だが、その眼光だけは妙に冷たかった。

 他人の幸福を嫌悪し、踏みにじる事へ快感を覚える人間の目だった。

 

「……で?」

 

 ヤジーが低い声を漏らす。

 

「逃がしたってワケかァ?」

 

 その前では、数人の下っ端構成員達が縮こまっていた。

 つい先程までポッピーを追っていた部隊だ。

 顔には冷や汗。

 明らかに怯えている。

 

「す、すんませんッス……!」

「急に光でセンサー潰されて……」

「オンボロ船のくせに無茶苦茶しやがって……」

 

 言い訳混じりの報告。

 ヤジーは黙って聞いていた。

 やがて。

 

「……ハッ」

 

 鼻で笑った。

 

「ダッセェなァ」

 

 その一言だけで、下っ端達の肩がビクリと震える。

 ヤジーは椅子へ深く座り直しながら、指先で机を軽く叩いた。

 

「たかがジャンク屋一匹に手玉取られてどうすんだヨ」

「め、面目ないッス……」

「しかもアイドル逃がすとか最低最悪だろォ?」

 

 ヤジーの口元が歪む。

 

「せっかくライブぶっ壊して泣き顔見れそうだったのによォ」

 

 その声音には、本気の苛立ちが滲んでいた。

 彼はポッピーそのものを憎んでいる。

 いや。

 正確には、“人に愛されている存在”を憎んでいた。

 歓声。笑顔。夢。希望。

 そういうキラキラしたものを見ると、無性に壊したくなる。

 ジャークスピアという組織そのものが、そういう連中の集まりだった。

 その時。

 

「なら、あたしが行こうか?」

 

 女の声が広間へ響いた。

 一同の視線が向く。

 そこにいたのは、一人の女だった。

 ボサボサ気味の髪。

 ジャケットには大量の缶バッジ。

 目の下には隈。

 だが視線だけは妙に鋭い。

 

 オッシー・カッツ。

 

 ジャークスピアへ雇われている傭兵だった。

 彼女はガムを噛みながら壁へ寄りかかっている。

 

「ポッピーの行き先、だいたい予想つくし」

「……あァ?」

 

 下っ端の一人が顔をしかめた。

 

「部外者がしゃしゃり出てくんなッスよ」

「そうッスよ。ジャークスピアの問題は俺らが――」

「うるさいなぁ」

 

 オッシーは面倒臭そうに遮る。

 

「あんたら失敗したじゃん」

「ッ……!」

「それに」

 

 彼女の目が細くなる。

 

「あたし、あいつ嫌いなんだよね」

 

 その声色には、ねっとりした嫌悪感が混じっていた。

 

「推してたアニメにさぁ……ゲスト声優で出てきたんだよ、ポッピー」

 

 広間の空気が少し静かになる。

 

「あたしの好きだった作品、台無しにしちゃってさ」

 

 オッシーは吐き捨てるように言う。

 

「あたし悪くないもん。嫌いになるの普通でしょ?」

 

 下っ端達は顔を見合わせる。

 理屈はよくわからない。

 だが、“気に食わないから叩く”という思考自体は、ジャークスピアの連中と相性が良かった。

 

「でもよォ」

 

 一人の構成員が不満げに口を開く。

 

「傭兵が出しゃばるの気に入らねぇッス」

「俺らナメられるじゃないッスか」

「ジャークスピアの面子ってモンが――」

「面子?」

 

 ヤジーが笑った。

 下っ端達が一斉に黙る。

 ヤジーは椅子へ肘を乗せながら、ニヤリと口角を吊り上げた。

 

「面白そうじゃねぇか」

「……へ?」

「行ってこいヨ、オッシー」

 

 広間がざわつく。

 オッシーは片眉を上げた。

 

「いいの?」

「どうせ追うなら、派手な方が面白ェ」

 

 ヤジーの目が獰猛に細められる。

 

「アイドルも、ジャンク屋も、まとめて泣かせてこいヨ」

 

 その言葉に、オッシーは口元を吊り上げた。

 

「了解」

 

 彼女は壁から身体を起こす。

 

「じゃ、ちょっと推し活してくるわ」

 

 その“推し活”という言葉に、周囲の構成員達は何とも言えない顔をした。

 だが。

 誰一人として、止めようとはしなかった。

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