宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
閃光が宇宙を裂いた。
次の瞬間。ラクーン号の船体が激しく揺れる。
「うおおっ!?」
ジョンの身体が操縦席へ叩きつけられた。
警報音が一斉に鳴り響く。
赤い非常灯が船内を染め上げた。
『右舷外装に被弾!』
『第三スラスター出力低下!』
『船体バランス異常!』
「っの野郎……!」
ジョンが歯噛みする。
ラクーン号は戦闘艦ではない。
元々は作業船だ。
武装など存在しないし、装甲だって最低限しか無い。
宇宙海賊や暴走族に狙われれば、正面から戦えるような代物ではなかった。
モニターには、派手なネオンを撒き散らしながら迫ってくるダートポッドの群れが映っている。
その数六機。
宇宙空間を滑るように飛び回りながら、次々とレーザー弾を撃ち込んできていた。
『YO! 逃げんな逃げんなァ!!』
『そのオンボロ船ごと燃やすゼェ!!』
『アイドル守るとかヒーロー気取りッスかァ!?』
通信越しに響く下品な笑い声。
ポッピーが顔を青ざめさせる。
「また来た……」
「人気者も大変だな……!」
ジョンは操縦桿を握り締めた。
ラクーン号が大きく旋回する。
だが、鈍重な作業船では機動力に限界がある。
敵は小型機。
しかも改造済みだ。
スピードが違いすぎた。
再びレーザーが飛来する。
船体後部で爆発。
機体が悲鳴のような振動を上げた。
「きゃっ!」
ポッピーが座席へしがみつく。
セリアは素早く端末を操作していた。
「ジョン、エンジン温度上がってる!」
「わかってる!」
ジョンは舌打ちする。
逃げ切れるか。
かなり怪しい。
このまま追われ続ければ、いずれラクーン号の方が保たない。
その時だった。
ジョンの脳裏へ、貨物スペースの光景が浮かぶ。
今日回収したジャンクの山。
その中に混じっていた、見覚えのある兵器。
「……あ」
ジョンの目が細くなる。
「セリア」
「なに?」
「さっき拾った軍艦の残骸、積んでたよな」
「積んでるけど」
「その中に光子魚雷あったろ」
セリアが一瞬固まった。
「……あったわね」
「まだ使えるか?」
「いや普通に危険物なんだけど?」
「爆発させる気はねえよ」
ジョンはニヤリと笑った。
「目眩ましに使う」
ラクーン号後部ハッチ。
無重力空間の中で、固定されていた巨大な弾頭がゆっくり押し出される。
旧宇宙戦争時代の兵器。
光子魚雷。
本来なら戦艦を吹き飛ばすレベルの危険物だった。
もちろん状態はボロボロだ。
まともに使えば暴発しかねない。
だが――。
『YO! なんか捨てたゼェ!!』
『ビビって荷物投げ始めたッス!!』
ジャークスピアの連中は笑っていた。
その瞬間。
ジョンが叫ぶ。
「セリア! 今だ!」
「了解ッ!」
セリアがスイッチを叩く。
直後。
宇宙空間へ強烈な閃光が広がった。
『うおっ!?』
『目っ、目がァ!?』
『センサー焼けるッス!!』
光子魚雷の残留エネルギーが一気に解放される。
小規模。
だが強烈な光学ノイズ。
レーダーも照準も滅茶苦茶になる。
ジャークスピアのダートポッド部隊は混乱し、隊列を崩した。
その隙をジョンは見逃さなかった。
「掴まってろ!」
ラクーン号が急加速する。
老朽エンジンが悲鳴を上げるほどの無茶な噴射。
機体が激しく震えた。
だが。
宇宙空間へ広がる光の霧を突き抜け、ラクーン号は一気に進路を変える。
『待ちやがれェ!!』
『どこ行ったァ!?』
『センサー死んでるッス!!』
怒号が遠ざかっていく。
数十秒後。
レーダーから敵反応が消えた。
船内へ静寂が戻る。
「……はぁぁ……」
ジョンが深く息を吐く。
「助かった……」
「ほんと綱渡り好きよね、あんた」
セリアも苦笑していた。
ポッピーはまだ少し青い顔のまま座席へ座っている。
だが、その表情には安堵があった。
「……ありがとう、ございます」
「礼はいい」
ジョンは肩を回す。
「で、これからどうする?」
その問いに、ポッピーが少し考え込む。
やがて彼女は口を開いた。
「実は……」
「ん?」
「スタッフさん達から、もし何かあったら宇宙ステーション・フォックスへ向かえって言われてたんです」
「フォックス?」
セリアが反応する。
「傭兵連中が集まってるあそこ?」
ポッピーは頷いた。
「事務所が護衛を依頼してる傭兵部隊がいるって」
「護衛ねぇ……」
ジョンはモニターへ星図を映す。
宇宙ステーション・フォックス。
交易航路の中継地点として作られた大型ステーション。
今では傭兵、運び屋、賞金稼ぎ、ジャンク屋まで集まる無法寄りの場所として有名だった。
「まあ、今より安全なのは確かか」
ジョンは進路設定を入力する。
ラクーン号の船首がゆっくり方向を変えた。
遥か彼方。
星々の海の向こうへ。
宇宙ステーション・フォックスへの航路が表示される。
だが。
ジョン達はまだ知らなかった。
この先で待つ騒動が、さらに面倒なものになる事を。
***
宇宙空間に浮かぶ巨大な残骸。
かつて宇宙戦争時代に使われていた戦艦を、無理矢理根城へ改造した代物だった。
無数の増設ブロック。違法改造された推進器。鉄骨むき出しの居住区。
外壁へ乱雑に描かれたスプレーアート。
品性という概念を最初から投げ捨てたような外観。
そこが、銀河暴走族ジャークスピアの本拠地だった。
ステーション内部では、爆音の音楽が鳴り響いている。
低音が床を震わせ、薄暗い通路の空気を揺らす。
そこら中で構成員達が酒を飲み、騒ぎ、喧嘩し、笑っていた。
誰も彼も目つきが悪い。
服装も統一感が無い。
ただ共通しているのは、“他人を不快にさせる事を楽しんでいる”という空気だった。
その中心。
戦艦のブリッジを改造した広間で、一人の男が椅子へふんぞり返っていた。
ヤジー・ドッコ。
ジャークスピアのリーダー。
ラッパーじみた派手なジャケット。
首元へ大量に下げられたアクセサリー。
鋭い目つき。
濃い顔立ち。
その見た目だけなら、派手好きなチンピラにしか見えない。
だが、その眼光だけは妙に冷たかった。
他人の幸福を嫌悪し、踏みにじる事へ快感を覚える人間の目だった。
「……で?」
ヤジーが低い声を漏らす。
「逃がしたってワケかァ?」
その前では、数人の下っ端構成員達が縮こまっていた。
つい先程までポッピーを追っていた部隊だ。
顔には冷や汗。
明らかに怯えている。
「す、すんませんッス……!」
「急に光でセンサー潰されて……」
「オンボロ船のくせに無茶苦茶しやがって……」
言い訳混じりの報告。
ヤジーは黙って聞いていた。
やがて。
「……ハッ」
鼻で笑った。
「ダッセェなァ」
その一言だけで、下っ端達の肩がビクリと震える。
ヤジーは椅子へ深く座り直しながら、指先で机を軽く叩いた。
「たかがジャンク屋一匹に手玉取られてどうすんだヨ」
「め、面目ないッス……」
「しかもアイドル逃がすとか最低最悪だろォ?」
ヤジーの口元が歪む。
「せっかくライブぶっ壊して泣き顔見れそうだったのによォ」
その声音には、本気の苛立ちが滲んでいた。
彼はポッピーそのものを憎んでいる。
いや。
正確には、“人に愛されている存在”を憎んでいた。
歓声。笑顔。夢。希望。
そういうキラキラしたものを見ると、無性に壊したくなる。
ジャークスピアという組織そのものが、そういう連中の集まりだった。
その時。
「なら、あたしが行こうか?」
女の声が広間へ響いた。
一同の視線が向く。
そこにいたのは、一人の女だった。
ボサボサ気味の髪。
ジャケットには大量の缶バッジ。
目の下には隈。
だが視線だけは妙に鋭い。
オッシー・カッツ。
ジャークスピアへ雇われている傭兵だった。
彼女はガムを噛みながら壁へ寄りかかっている。
「ポッピーの行き先、だいたい予想つくし」
「……あァ?」
下っ端の一人が顔をしかめた。
「部外者がしゃしゃり出てくんなッスよ」
「そうッスよ。ジャークスピアの問題は俺らが――」
「うるさいなぁ」
オッシーは面倒臭そうに遮る。
「あんたら失敗したじゃん」
「ッ……!」
「それに」
彼女の目が細くなる。
「あたし、あいつ嫌いなんだよね」
その声色には、ねっとりした嫌悪感が混じっていた。
「推してたアニメにさぁ……ゲスト声優で出てきたんだよ、ポッピー」
広間の空気が少し静かになる。
「あたしの好きだった作品、台無しにしちゃってさ」
オッシーは吐き捨てるように言う。
「あたし悪くないもん。嫌いになるの普通でしょ?」
下っ端達は顔を見合わせる。
理屈はよくわからない。
だが、“気に食わないから叩く”という思考自体は、ジャークスピアの連中と相性が良かった。
「でもよォ」
一人の構成員が不満げに口を開く。
「傭兵が出しゃばるの気に入らねぇッス」
「俺らナメられるじゃないッスか」
「ジャークスピアの面子ってモンが――」
「面子?」
ヤジーが笑った。
下っ端達が一斉に黙る。
ヤジーは椅子へ肘を乗せながら、ニヤリと口角を吊り上げた。
「面白そうじゃねぇか」
「……へ?」
「行ってこいヨ、オッシー」
広間がざわつく。
オッシーは片眉を上げた。
「いいの?」
「どうせ追うなら、派手な方が面白ェ」
ヤジーの目が獰猛に細められる。
「アイドルも、ジャンク屋も、まとめて泣かせてこいヨ」
その言葉に、オッシーは口元を吊り上げた。
「了解」
彼女は壁から身体を起こす。
「じゃ、ちょっと推し活してくるわ」
その“推し活”という言葉に、周囲の構成員達は何とも言えない顔をした。
だが。
誰一人として、止めようとはしなかった。