宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
宇宙ステーション・フォックス。
それは銀河交易路の中継地点として建造された大型宇宙ステーションである。
かつては物流拠点として機能していたが、長い年月の中で様々な増築と違法改造を繰り返した結果、今では一つの“宇宙都市”と化していた。
巨大な中央リング。そこから蜘蛛の巣のように伸びる居住ブロック。
貨物区画。ドック。工業エリア。歓楽街。
さらには正式記録にも存在しない無法区画まで存在すると言われている。
法は一応ある。だが、完全ではない。
ここでは金と力を持つ者が強い。
傭兵、運び屋、密輸業者、賞金稼ぎ、ジャンク屋、逃亡犯。
表社会から少しはみ出した者達が自然と集まり、その結果として独特の秩序が形成されていた。
治安は悪い。だが、仕事は多い。
そして何より、“誰が何をしていてもあまり詮索されない”。
だからこそ、フォックスには今日も大量の人間が流れ着く。
ラクーン号は、そんな巨大なステーションの外壁へ向かってゆっくり接近していた。
窓の向こうに広がるフォックスは、まるで鋼鉄の迷宮のようだった。
無数の窓明かり。入り組んだ接続通路。各所へ貼り付けられたネオン広告。
大型輸送船が次々と発着し、作業ポッドが慌ただしく飛び回っている。
整然とは程遠い。
だが、その雑多さに妙な生命感があった。
「うわぁ……」
ポッピーが小さく声を漏らす。
「すごいですね……」
「初めてか?」
ジョンが操縦席から訊いた。
「通った事はあります。でも降りるのは初めてです」
彼女は窓へ顔を近づけながら答える。
その横で、セリアは露骨に嫌そうな顔をしていた。
「相変わらず空気悪そう」
「綺麗な場所じゃ俺らみたいな仕事はやってけねえよ」
ジョンは肩を鳴らした。
ラクーン号へ着艦許可コードが返ってくる。
指定ドックはB-17。
比較的安い区画だ。
つまり治安もそれなりという事だった。
「で」
ジョンは操縦桿を固定しながら振り返る。
「その護衛の傭兵、どこにいるんだ?」
「え?」
「お前の事務所が頼んだっていう連中」
ポッピーは少し考えるように目を瞬かせた。
「あっ、えっと……スカイピラーズです」
「スカイ……なんだって?」
「スカイピラーズ」
ポッピーは答える。
「四人組の傭兵部隊で、すごく有名なんですよ」
「へえ」
ジョンは知らなかった。
傭兵事情に詳しいわけではない。
ジャンク屋の仕事をしていると、軍や傭兵の残骸を拾う事は多いが、部隊名までは覚えていないのだ。
「そんな有名なの?」
セリアが訊く。
「はい。依頼料は高いんですけど、すごく強くて……あと、変な仕事は絶対受けないって有名で」
「変な仕事?」
「犯罪者とか、テロリストとか、そういう相手からの依頼は断るって」
「へぇ」
ジョンは少し感心したように鼻を鳴らした。
フォックス周辺の傭兵など、金さえ積めば何でもやる連中が多い。
その中でポリシーを持っているのは珍しかった。
「で、そのスカイなんとかはどこにいる」
「スタッフさんから、“フォックスのバーにいる事が多い”って聞きました」
「バーねぇ……」
ジョンは嫌そうな顔をする。
フォックスの酒場街は、面倒事の巣窟だ。
酔っ払い。喧嘩。違法賭博。
下手をすると銃撃戦まで始まる。
できれば長居したくない場所だった。
だが、他に当ても無い。
「行くしかないか」
***
着艦を終えたラクーン号を後にし、ジョン達はフォックス内部へ足を踏み入れた。
ステーション内は騒音に満ちていた。
機械音。怒鳴り声。笑い声。
どこかの店から流れる音楽。
そして空気へ染み付いた酒と油の臭い。
通路を歩く人間達も一癖ありそうな連中ばかりだった。
義眼の傭兵。
刺青だらけの男。
銃を背負った賞金稼ぎ。
明らかにカタギではない。
ポッピーは自然とジョンの後ろへ隠れるように歩いていた。
帽子を深く被り、耳も隠している。
だが、それでも完全に一般人へ紛れ込めているわけではない。
どこか華がある。そして目立つ。
「帽子もっと下げろ」
ジョンが小声で言う。
「は、はい」
ポッピーが慌てて帽子を押さえる。
セリアは周囲を見回しながら歩いていた。
「で、そのスカイピラーズってどういう人達なの?」
「えっと……戦闘機部隊です」
「戦闘機?」
「はい。四機編成で、すごく強いって」
ポッピーの口調には少し安心感が混じっていた。
彼女にとって頼れる存在なのだろう。
やがて三人は、ネオン看板が密集する一角へ辿り着く。
酒場街だった。
通路のあちこちから爆音の音楽が漏れている。
酔っ払いが笑いながら肩を組んで歩き、別の場所では誰かが喧嘩していた。
床には酒瓶の破片。
壁には弾痕。
治安の悪さが隠しきれていない。
「うわぁ……」
ポッピーが少し怯えた声を漏らす。
「ライブ会場の楽屋の方が百倍平和ね」
セリアも苦笑した。
その時。
ジョンの視界へ、一軒のバーが入る。
分厚い鉄扉。
黒いネオン看板。
“BLACK JACKAL”。
中からは男達の笑い声が漏れていた。
「……ここだな」
「わかるんですか?」
「こういう場所は、強い奴ほど奥にいる」
ジョンは扉へ手をかけた。
そして。
重い音を立てて扉が開く。
酒臭い空気が流れ出した。
薄暗い照明。煙草の煙。怒鳴り声。視線。
一瞬だけ店内の空気が止まる。
見慣れない顔。
しかも女連れ。
ジョンは何食わぬ顔で歩き出した。
こういう場所では舐められた時点で終わる。
ポッピーを自然に隠す位置へ入りながら、彼はカウンターへ向かう。
「聞きたい事がある」
バーテンダーの老人が目を細めた。
「なんだ」
「スカイピラーズって連中を探してる」
その瞬間。
店内の空気が僅かに変わった。
数人の客がジョン達を見る。
バーテンダーは無言で、店の奥へ視線を向けた。
「……あそこだ」
ジョン達もそちらを見る。
店の最奥。
薄暗い席。
そこには、周囲とは明らかに雰囲気の違う四人組が座っていた。
薄暗い照明に照らされた丸テーブルを囲み、四人の男女が向かい合っている。
周囲の荒くれ者達とは空気が違う。
怒鳴り声が飛び交うバーの中にありながら、そこだけ別の空間のようだった。
もっとも、本人達は静かにしていたわけではない。
「だからそれはズルだって言ってるだろ!?」
銀髪の男がテーブルを叩く。
長い髪が乱れ、椅子がギシリと音を立てた。
対面に座る姫カットの人物は、まるで動じない。
「ズルではありませんわ」
おっとりした声で言いながら、細い指先でカードを一枚置く。
「ちゃんとルールブックにも記載されておりますもの。“重複展開後の逆位相接続は有効”と」
「そんな細けぇルール覚えてる奴いるか!?」
「覚えていない方が悪いのです」
「お前絶対性格悪いって!」
「ありがとうございます」
「褒めてねぇ!」
やり取りだけ見れば、どこにでもいるカードゲーム好きの若者達だった。
だが、近づくほどジョンには分かる。
四人とも只者ではない。
姿勢。目線。手の置き方。
自然体に見えて隙が無い。
戦い慣れた人間特有の空気があった。
そして何より、四人は全員、同じデザインのジャケットを羽織っていた。
濃紺色の生地。
胸から肩へ入った古い銀色のライン。
背中に輝く翼を模したエンブレム。
旧地球連合空軍。
今では既に存在しない、宇宙戦争時代の航空部隊の制服だった。
もちろん現役品ではない。
だが、丁寧に手入れされている。
単なる古着ではなく、彼らにとって意味のある物なのだと分かる。
中央に座る男は、長い黒髪を後ろで束ね、視力補助用らしい黒い仮面を装着している。
無駄口は一切挟まず、静かにゲームを見ていた。
その落ち着きぶりだけで、この場の中心人物なのだと分かる。
「……詰みだな」
「ゴートまで!?」
「認めろ、シンヤ」
隣の大男は頭へバンダナを巻き、露出した腕には分厚い筋肉が浮かんでいた。
岩のような体格。
だが騒ぐ事はなく、腕を組んだまま盤面を見つめている。
銀髪の男は対照的だった。
長い銀髪をかき上げながら大げさに騒ぎ、悔しそうに頭を抱えている。
一見すると軽薄な遊び人だ。
しかし腰には高級カスタム銃が下がり、動きにも妙な鋭さがある。
そして最後の一人。
姫カットの黒髪を揺らすその人物は、上品なお嬢様のような微笑みを浮かべていた。
華奢な身体。
整った顔立ち。
だが、どこか目が笑っていない。
柔らかな物腰の奥に、冷静な観察眼が潜んでいた。
「……はい、これで終わりですわね」
姫カットの人物が最後のカードを置く。
銀髪の男が机へ突っ伏した。
「あああああまた負けた!!」
「読みが甘いのですわ」
「お前絶対わざと煽ってるだろ!」
「気のせいですわ」
「絶対違う!」
かなり熱中していたらしい。
周囲の喧騒どころか、ジョン達が近づいてきた事にも気づいていない。
ジョンは少し呆れた顔になった。
「……本当に傭兵か?」
「思ったより平和ね」
セリアも小声で言う。
その時だった。
中央に座っていた仮面の男が、ゆっくり顔を上げる。
仮面越しの視線がジョン達を捉えた瞬間、空気が少し変わった。
「……何か用か」
低く落ち着いた声だった。
銀髪の男達もようやくこちらを見る。
ジョンはテーブルの前で立ち止まった。
「スカイピラーズを探してる」
仮面の男は数秒だけ沈黙する。
その視線が、ジョンの後ろにいるポッピーへ向いた。
帽子を深く被っていても、完全には隠しきれていない。
「……なるほど」
男は静かにカードを置いた。
「座れ」
ジョン達は向かいの席へ腰を下ろす。
セリアは周囲を警戒しながら椅子へ座り、ポッピーは少し緊張した様子で頭を下げた。
「えっと……初めまして」
「無事だったか」
仮面の男が短く答える。
その声には僅かな安堵が混じっていた。
「スタッフから事情は聞いている。よく無事だったな」
「途中で襲われて、それで……」
「ジャークスピアだろ」
銀髪の男が口を挟む。
「最近あいつら妙にイキってるからなぁ」
「人のライブ潰して喜ぶとか最低ね」
セリアが呆れたように言う。
「暴走族なんてそんなもんだろ」
銀髪の男は肩をすくめた。
その横で、大男は無言のままジョン達を観察している。
やがて仮面の男が改めて口を開いた。
「自己紹介がまだだったな」
彼は自分の胸へ軽く手を当てる。
「私はデュミナス。スカイピラーズのリーダーだ」
続いて大男。
「ゴートだ」
短い一言だけ。
だが低い声には妙な安心感があった。
銀髪の男がニヤリと笑う。
「シンヤ。よろしく、お嬢さん方」
「うわ軽い」
セリアが即座に引いた顔をする。
「初対面でそれ!?」
「第一印象は大事だからね」
「絶対方向性間違ってるわよ」
最後に姫カットの人物が優雅に微笑んだ。
「サクラと申しますわ。電子戦担当ですの」
柔らかな声。
だが微かに男声が混じっている。
ジョンは一瞬だけ「あっ」と思ったが、深く追及はしなかった。
フォックスでは余計な詮索はしない方がいい。
デュミナスの仮面越しの視線がジョンへ向く。
「……それで」
静かな声が響く。
「お前達は何者だ?」