宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ジョン達が腰を下ろしている丸テーブル。
そこだけ、周囲と切り離されたような静けさがある。
もちろん完全に静かな訳ではない。
騒音は聞こえる。
酒臭さも漂っている。
だが、それでも妙な緊張感があった。
向かい側へ座る四人組――スカイピラーズの存在感のせいだろう。
旧地球連合空軍のジャケットを揃って羽織るその姿は、荒くれ者ばかりのフォックスでは逆に異質だった。
濃紺色の生地。肩の銀ライン。擦り切れてなお丁寧に補修された袖口。
ただの古着ではない。戦場を潜ってきた者達の制服だった。
中央へ座るデュミナスは、相変わらず微動だにしない。
黒い仮面の奥から視線だけがこちらを見ている。
その落ち着きぶりは、周囲の喧騒すら遠ざけてしまうようだった。
ゴートは腕を組んだまま無言。
シンヤは椅子へだらしなく座りつつも、視線だけは鋭い。
サクラは優雅にティーカップを持っていた。
こんな酒場で紅茶を飲んでいる人間は初めて見た、とジョンは思う。
ポッピーは帽子を深く被り、できるだけ目立たないように縮こまっていた。
だが、隠しきれていない。
どう取り繕っても、一般人の空気ではなかった。
ジョンは居心地悪そうに頭を掻いた。
「……で」
デュミナスが静かに口を開く。
「改めて聞こう」
低い声。
よく通るのに、不思議と大声ではない。
「お前達は何者だ」
ジョンは肩をすくめた。
「何者って言われてもなぁ……」
彼はテーブルへ肘をつきながら苦笑する。
「ただのジャンク屋だよ。宇宙漂ってるゴミ拾って売って生活してる」
「ゴミではなく“資源”と言ってほしいわね」
セリアが口を挟む。
「中古市場舐めないでよ。宇宙戦争時代のパーツなんか結構高いんだから」
「それをゴミ漁りって言うんだろ」
「言い方!」
いつもの軽口。
それを聞いたシンヤがクスリと笑う。
「仲良いねぇ」
「腐れ縁よ」
「否定しないんだ」
セリアは肩をすくめた。
ジョンは改めてデュミナスを見る。
「俺はジョン。ジョン・サトウ」
親指で隣を示す。
「こっちは相棒のセリア」
「よろしく」
セリアが軽く手を振る。
シンヤが即座に身を乗り出した。
「よろしく美人さん」
「うわ出た」
「なんだよその反応」
「女見るたび口説いてそう」
「失礼だな。ちゃんと選んでるよ?」
「なお悪いわ」
サクラが紅茶を口へ運びながら小さくため息を吐く。
「シンヤは放っておいてくださいまし。通常運転ですので」
「酷くない?」
そんな軽口を交わしつつも、デュミナスだけは表情を変えない。
彼は静かに待っていた。
ジョンは続ける。
「で、まあ……いつも通りジャンク回収してたんだよ」
宇宙空間を漂っていた脱出ポッド。
傷だらけの外装。
緊急ビーコン。
その光景を思い出しながら、ジョンは言葉を続けた。
「そしたら漂流中の脱出ポッド見つけてな。中を開けたらコイツが入ってた」
全員の視線がポッピーへ向く。
ポッピーは少し肩を縮めた。
「……それで事情を聞いたら、アンタらに会えって言われてたらしくてさ」
「スタッフの指示です」
ポッピーが小さく補足する。
「フォックスでスカイピラーズと合流しろって……」
デュミナスは静かに頷いた。
「予定通りではある」
だが。そこで彼は僅かに間を置いた。
ジョンはその沈黙に嫌な予感を覚える。
「……その件だが」
デュミナスの声色は変わらない。
「護衛任務は破棄する」
一瞬。
時間が止まったようだった。
ポッピーが目を見開く。
「……え?」
理解が追いついていない顔だった。
セリアも眉をひそめる。
「ちょっと待って」
ジョンは思わず前へ身を乗り出した。
「今なんて?」
「護衛任務は中止だ」
デュミナスは繰り返す。
「契約元だったスタッフが死亡した時点で、契約は事実上宙に浮いている」
ポッピーの表情が青ざめる。
「そ、そんな……」
「加えて」
デュミナスは淡々と続けた。
「提示されていた予算が少ない」
その場の空気が重く沈む。
バーの騒音だけが妙に耳についた。
ポッピーは呆然としている。
「……予算?」
「現在の君は宇宙暴走族ジャークスピアから狙われている」
デュミナスの声には感情が無い。
「連中は単なるチンピラ集団ではない。武装化も進んでいる。危険度に対して報酬が見合っていない」
「だからやめるって言うんですか!?」
ポッピーが思わず声を荒げた。
その声には怒りと焦りが混じっていた。
「ライブには沢山のお客さんが来るんですよ!? 何ヶ月も前から楽しみに待ってる人達がいるんです!」
「それは私達の管轄ではない」
デュミナスは即答した。
冷たいほど迷いが無い。
「私達は傭兵だ」
仮面越しの視線がポッピーを真っ直ぐ捉える。
「慈善事業で飛んでいる訳ではない」
ポッピーが言葉を失う。
拳を握り締める。
悔しそうに唇を噛む。
ジョンは思わず眉をひそめた。
理屈は分かる。命懸けの仕事だ。
報酬が必要なのも当然だろう。
だが、それでも。
目の前で必死になっている少女を、ここまで機械的に切り捨てる姿にはどうしても引っかかる物があった。
「ちょっと冷たすぎないか?」
ジョンが低く言う。
セリアも腕を組みながら頷いた。
「そうよ。困ってる女の子相手にさぁ」
「そうかもしれんな」
だがデュミナスは否定しなかった。
「だが現実だ」
短い言葉。
しかしその声音には妙な重みがあった。
綺麗事だけでは生き残れない。
そういう世界を、この男はずっと飛び続けてきたのだろう。
ポッピーは俯いていた。
帽子の影で表情は見えない。
だが、小さく震える肩だけが見えた。
「……ライブ」
消え入りそうな声。
「絶対、やらなきゃいけないんです」
静かな声だった。
だがそこには、確かな熱があった。
「待ってる人達がいるから」
デュミナスは何も答えない。
ポッピーは俯いたまま動かない。
小さく握られた拳が震えている。
ライブをやりたい。ファンの元へ行きたい。
その一心でここまで逃げてきたのだろう。
だが、ようやく辿り着いた相手から返ってきたのは「採算が合わない」の一言だった。
ジョンはその空気に耐え切れなくなった。
「……つまり」
彼は椅子へ深く座り直しながら言う。
「お前ら、ジャークスピアが怖いから逃げるって事か」
一瞬。
空気が凍った。
セリアが「うわ」と小さく漏らす。
ポッピーも驚いた顔でジョンを見る。
そして次の瞬間。
「……はぁ?」
最初に反応したのはシンヤだった。
銀髪の男が眉を吊り上げる。
「おっさん今なんつった?」
「聞こえなかったか?」
ジョンはわざと肩をすくめる。
「天下のスカイピラーズ様も、たかが暴走族相手が怖いんだなって」
「テメェ……!」
シンヤが椅子を蹴るように立ち上がる。
ガタン、と大きな音が響いた。
周囲の客が何事かと視線を向ける。
ジョンも負けじと立ち上がった。
「何だよ。違うのか?」
「言っとくがなぁ、俺達は戦争帰りの連中ともやり合ってんだぞ?」
「でも今回は逃げるんだろ?」
「テメェ!」
シンヤの顔から軽薄な笑みが消えていた。
腰の銃へ手が伸びかける。
セリアが慌ててジョンの腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっとジョン!?」
「お前も黙ってろ」
「黙れないわよ!」
ポッピーも完全に青ざめている。
バーの周囲では、荒くれ者達が面白そうにこちらを見始めていた。
「喧嘩か?」
「賭けるか?」
「銀髪の兄ちゃんに500」
完全に見世物扱いである。
だが、その瞬間だった。
――ドン。
鈍い音。
まるで重い鉄塊でも置かれたような音だった。
気づけば、ジョンとシンヤの間へ巨体が割って入っていた。
ゴートだった。
筋肉の塊のような大男。
鍛え上げられた肩幅。
無言のまま立っているだけなのに、圧力が凄まじい。
ジョンは思わず言葉を飲み込む。
近くで見ると余計にデカい。
まるで壁だった。
ゴートは何も言わない。
ただ静かに、ジョンを見下ろしている。
それだけで十分だった。
(……うわ、怖ぇ)
ジョンは内心で若干ビビっていた。
レーザーピストルを抜くより先に首をへし折られそうな迫力がある。
シンヤも舌打ちしながら一歩下がった。
「……ゴート」
「よせシンヤ、店を壊すな」
低い声だった。
短い一言なのに妙に重い。
シンヤは不満げに鼻を鳴らす。
「コイツが煽るからだろ」
「お前も乗るな」
「ぐっ……」
珍しく言い返せず黙るシンヤ。
どうやらこのチームの力関係が少し見えた気がして、ジョンは妙な納得を覚えた。
その時だった。
「……面白い」
静かな声。
デュミナスだった。
彼は椅子へ座ったまま、組んだ手の上へ顎を乗せている。
仮面越しの視線がジョンを見ていた。
「そこまで言うなら、実力を見せてもらおう」
「実力?」
ジョンが眉をひそめる。
デュミナスはバーの奥を顎で示した。
そこには古びた大型ゲーム筐体が並んでいた。
フォックスでは珍しくもない。
荒くれ者達向けの娯楽設備だ。
その中でも一際大きい筐体には、宇宙戦闘機の映像が映っていた。古いシューティングゲームらしい。
「……ゲーム?」
ジョンは拍子抜けした顔になる。
サクラが紅茶を置き、ゆっくり立ち上がった。
「あら?わたくしのお相手、という事ですわね?」
「サクラは電子戦担当だ」
デュミナスが淡々と言う。
「反応速度、空間認識能力、同時処理能力。そのゲームは操縦技術の適性を見るには悪くない」
シンヤがニヤリと笑った。
「ちなみにサクラ、めちゃくちゃ強いぞ?」
「フォックスで負け知らずですわ」
サクラは上品に微笑む。
だがその笑みには妙な圧があった。
「で?」
デュミナスがジョンを見る。
「ジョン・サトウ、お前がサクラに勝てたなら」
仮面の奥の視線が鋭く細まる。
静かな声が響く。
「ポッピーの護衛任務、引き受けてやろう」
周囲がざわついた。
「おいマジか」
「サクラ様相手に?」
「無理だろあんなジャンク屋」
野次馬達が面白そうに集まり始める。
ジョンはゲーム筐体を見る。
古い型だが、操縦系統は本格的だ。
どう見ても遊び半分のゲームではない。
セリアが小声で囁く。
「ねえジョン」
「ん?」
「アンタ、こういうの得意だったっけ?」
ジョンは少しだけ口元を歪めた。
「……昔、輸送船のシミュレーターなら結構やった」
「それと戦闘ゲーム同じ!?」
「知らん」
「知らんじゃないわよ!」
だが。
ジョンはもう後には引けなかった。
ポッピーが不安そうにこちらを見ている。
ここで「やっぱ無し」とは言えない。
「……いいぜ」
ジョンはゆっくり立ち上がる。
「やってやるよ」
それを聞いたサクラが、にこりと微笑んだ。
「では――」
その目だけが、静かに笑っていなかった。
「泣いても知りませんわよ?」