宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
バー“BLACK JACKAL”の一角が、いつの間にか簡易闘技場のようになっていた。
野次馬達が半円状に集まり、酒瓶片手に好き勝手騒いでいる。
「賭けるぞ賭けるぞ!」
「姫カットの姉ちゃんに300!」
「ジャンク屋のおっさんに100!」
「絶対負ける方に賭けてんだろそれ!」
怒号と笑い声。
安酒の臭い。
熱気。
バー本来の喧騒とは別種の盛り上がりが、その場を包み込んでいた。
ジョンはゲーム筐体の前へ腰を下ろす。
大型の旧式シミュレーター。
宇宙戦闘機型の操縦席を模した構造になっており、左右へ展開されたモニターが半球状に視界を覆っている。
正面には照準用HUD。
両脇にはスロットルレバー。
足元にはペダル。
古い機種だが、妙に本格的だ。
「へぇ……」
ジョンは操縦桿を軽く握る。
かなり使い込まれている。
塗装も剥げ、ボタンの一部は擦り減っていた。
フォックスの荒くれ者達が散々遊び倒したのだろう。
一方、隣の席へ腰掛けたサクラはやけに優雅だった。
スカートを整える仕草すら上品で、これからゲームを始める人間には見えない。
「ルールは単純ですわ」
サクラが微笑む。
「制限時間内のスコア勝負。撃墜数、被弾率、命中率、総合ポイントで競います」
「詳しいな」
「この店のランキング、現在一位ですもの」
周囲から歓声が飛ぶ。
「サクラ様ー!」
「ぶっ潰せー!」
「ジャンク屋を宇宙の藻屑にしろー!」
「応援が物騒なのよ」
セリアが呆れた顔になる。
ポッピーは不安そうだった。
「だ、大丈夫ですか……?」
「さあな」
ジョンは適当に答える。
「まあゲームだろ」
「いやその軽さで挑む相手じゃありませんわよ?」
シンヤが笑いながら言う。
「サクラ、電子戦シミュレーター系めちゃくちゃ強いからな」
「わたくし、ゲームは本気でやる主義ですの」
サクラがにっこり笑う。
その笑顔が妙に怖い。
デュミナスは少し離れた席で腕を組み、静かに様子を見ていた。
仮面越しの視線は相変わらず読めない。
「……開始する」
ゲーム筐体が起動音を鳴らす。
モニターへ宇宙空間が映し出された。
無数のデブリ。
レーザー光。
敵機の赤いマーカー。
古いゲームだが、映像はかなり迫力がある。
カウントダウン。
3。2。1。
START。
瞬間。
サクラ機が凄まじい速度で飛び出した。
「はっや!?」
ジョンが思わず声を漏らす。
初動から異常だった。
敵機のレーザーを紙一重で回避しながら、照準が一切ブレない。
撃つ。命中。
次。
次。
次。
敵機が次々爆散していく。
その動きは、もはやゲームというより演算処理だった。
無駄が無い。
迷いが無い。
まるで未来の動きを読んでいるような操縦だった。
「えっぐ……」
ジョンが引いた声を出す。
周囲の野次馬達が盛り上がる。
「サクラ様つえぇー!」
「またノーダメ狙ってるぞ!」
「化け物かよ!」
対するジョン機は、開始早々レーザーを掠めた。
警告音。
シールド減少。
「うおっ!?」
慌てて機体をひねる。
だが次の瞬間には後方から別の敵機。
回避。
射撃。
外れる。
「ちっ!」
サクラとの差は明確だった。
反応速度。
照準精度。
状況判断。
全てにおいて向こうが上。
しかもサクラは喋る余裕すらある。
「右から増援ですわよ」
「言われなくても見えてる!」
「でしたら、もう少し被弾を減らした方がよろしくて?」
「ぐっ……!」
直後。
ジョン機へレーザー直撃。
警告アラームが鳴り響く。
「うわぁ!」
周囲が爆笑する。
「弱っ!」
「ジャンク屋のおっさん終わった!」
「もう帰れ!」
セリアが額を押さえた。
「ちょっとアンタ大丈夫!?」
「うるせぇ集中してんだ!」
「全然集中出来てる動きじゃないんだけど!?」
ポッピーも青ざめている。
「ど、どうしよう……」
だが。
そんな惨状にも関わらず。
ジョン本人だけは、妙に落ち着いていた。
焦っていない。
確かに押されている。
スコアも負けている。
被弾もしている。
普通なら顔をしかめる状況だ。
なのに。
「……ふーん」
ジョンはむしろ、何かを観察するような目をしていた。
指先が操縦桿だけでなく、筐体のパネルをさりげなく撫でる。
ボタン配置。
反応速度。
入力ラグ。
筐体内部の微妙な処理遅延。
彼の目は、ゲーム画面だけを見ていなかった。
「……なるほどな」
小さく呟く。
その横でサクラは、なおも敵機を正確に撃ち抜いていく。
「………あら?どうかしまして?」
「いや別に」
ジョンはニヤリと口元を歪めた。
「思ったより古い型だなって」
サクラが僅かに眉を動かす。
だが、その時には既に。
ジョンの視線は、筐体横のメンテナンスパネルへ向いていた。
ゲーム開始から五分。
スコア差は既に倍近く開いていた。
サクラ機は恐ろしい精度で敵機を撃墜し続けている。
回避、射撃、加速、反転。
全てが流れるようだった。
電子戦担当という肩書きは伊達ではない。
あらゆる情報を瞬時に処理し、最適解を選択している。
まるで人間ではなく戦闘用AIだ。
「うわぁ、またノーダメだ!」
「サクラ様強すぎ!」
「ジャンク屋のおっさんもう諦めろ!」
野次馬達の歓声が飛ぶ。
対するジョン機は散々だった。
被弾。
警告音。
回避失敗。
シールド低下。
どう見ても劣勢である。
セリアはもう半ば頭を抱えていた。
「だから言ったじゃない……!」
ポッピーも不安げに胸元で手を握っている。
「ジョンさん……」
だが。
そんな中でもジョンだけは妙に落ち着いていた。
焦る様子がない。
むしろ、何かを待っているようですらある。
「……なるほど」
ジョンは筐体横のパネルへちらりと視線を向けた。
古い機械特有の構造。
メンテナンス用アクセス端子。
そして雑な配線。
フォックスのゲーム筐体らしく、整備はかなり適当だ。
ジョンは元々ジャンク屋である。
壊れた機械を直し、流用し、誤魔化しながら使う事には慣れていた。
そして。
古い機械ほど“抜け道”が多い事も知っている。
「……よし」
ジョンは操縦桿から片手を離す。
そのまま筐体脇へ指を滑らせた。
パネルの隙間。
露出したメンテ端子。
彼は作業着のポケットから、小型ツールを一本抜き取る。
カチ。
差し込む。
画面に一瞬だけノイズが走った。
「ん?」
サクラが僅かに眉をひそめる。
ジョンはニヤリと笑った。
「悪く思うなよ」
次の瞬間。
ジョン機の動きが変わった。
「は?」
シンヤが間抜けな声を出す。
さっきまで鈍かった機体が、急に異常な加速を始めたのだ。
敵レーザーを紙一重で回避。
照準補正が不自然なほど吸い付く。
撃つ。命中。撃つ。命中。
敵機が次々爆散していく。
「ちょっ――!?」
サクラが目を見開く。
「何ですのその挙動!?」
「へへっ」
ジョンは楽しそうに笑う。
「古い筐体はいいよなぁ。裏口ガバガバで」
追加武装展開。
オートエイム。
処理速度向上。
本来存在しないはずの機能が次々起動していく。
完全にチートだった。
野次馬達が大爆笑する。
「おいインチキだろそれ!」
「最低だアイツ!」
「でもすげぇ!」
サクラは慌てて操縦を続ける。
だが差が一気に縮まっていく。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!?」
ついにサクラが抗議の声を上げた。
「チートではありませんの!?」
「そりゃそうだろ」
ジョンは悪びれもしない。
「こっちも正々堂々でやってるワケじゃないんでね!」
その瞬間。
サクラの動きが止まる。
ジョンはニヤニヤしながら続けた。
「あんたらも慈善事業でやってる訳じゃないんだろ?」
「ぐっ……!」
完全な意趣返しだった。
セリアが吹き出す。
「うわ性格悪っ!」
「アンタも笑うな!」
サクラは悔しそうにデュミナスを振り返った。
「ねえデュミィ!!」
口から出たのは愛称だった。
ジョンは少し意外そうな顔をする。
だが当のデュミナスは涼しい顔で平然としている。
「何だ」
「チート使ってますわよあの人!」
「そうだな」
「止めないんですの!?」
デュミナスは静かに腕を組む。
「私は別に、チートを使うなとは言っていない」
「デュミィ!?」
サクラが本気でショックを受けた顔になる。
シンヤは腹を抱えて笑い始めた。
「ははははは!サクラが押されてる!」
「笑い事ではありませんわ!」
「いや面白すぎるだろこれ!」
その間にもジョン機は敵を撃墜し続ける。
スコア逆転。
さらに加速。
明らかにゲームバランスを破壊していた。
サクラも猛追するが、追いつけない。
そして――
『TIME UP』
電子音が鳴り響く。
最終スコア表示。
ジョン:1位。
サクラ:2位。
一瞬。
店内が静まり返った。
そして次の瞬間。
「マジで勝ちやがった!?」
「チートだけど!」
「でも勝ちは勝ちだ!」
大騒ぎになる。
サクラは椅子へ崩れ落ちていた。
「納得いきませんわぁ……」
「勝負は勝負だろ」
ジョンは得意げに笑う。
デュミナスは静かに立ち上がった。
「……約束だ」
彼はポッピーを見る。
「護衛任務、引き受けよう」
ポッピーの顔がぱっと明るくなる。
「ほ、本当ですか!?」
「ああ」
だが、その瞬間だった。
――ギュオオオオオッ!!
突然。
ステーション全体を揺らすような警報音が響いた。
店内の照明が赤へ切り替わる。
野次馬達がざわつく。
「何だ!?」
「空襲警報!?」
次の瞬間。外から爆発音。
ステーションが揺れる。
酒瓶が棚から落下し、割れた。
「きゃっ!?」
ポッピーが悲鳴を上げる。
直後、店内モニターへ映像が映し出される。
宇宙空間。
武装したダートポッドの群れ。
そして先頭には、ミサイルランチャーを装備したカスタム機。
モニター越しに女の声が響く。
『やっほー♡』
間延びした声。
だが、その内容は全く可愛くなかった。
『ポッピー・ラビットちゃーん? 隠れても無駄だよー?』
モニターに映る女。
ツインテール。
派手なオタク風ファッション。
だが目だけが異様に濁っている。
『推し作品汚された恨み、ちゃんと返さないとねぇ?』
その背後で、ジャークスピアの構成員達がラップ口調で騒いでいた。
『ヒャッハー!』
『ライブは中止ッスー!』
『泣け叫べェー!』
ポッピーの顔が青ざめる。
「ジャークスピア……!」
デュミナスの声が低くなる。
「追ってきたか」
サクラは先ほどまでの悔しげな顔を消していた。
代わりに浮かんでいるのは、冷たい戦士の顔だった。
彼女は静かに立ち上がる。
「……なるほど」
上品にスカートを整える。
「では」
その目がジョンを見る。
「ゲームの借り、実戦で返させていただきますわ」
にこり、と。
サクラは笑った。
それは間違いなく笑顔だった。
だが。
目だけがまったく笑っていない。
むしろ底冷えするような圧力を帯びていた。
ジョンは思わず一歩引く。
「……お、おう」
「わたくし、“不正行為”には少々厳しい性格ですの」
笑顔のまま言う。
怖い。
ものすごく怖い。
シンヤが横で腹を抱えていた。
「ヤバいぞジョン、サクラ完全にキレてる」
「キレてませんわ?」
即答だった。
しかし明らかにキレている。
セリアが小声で囁く。
「アンタ、後で絶対仕返しされるわよ」
「やっぱそう思う?」
その時。
再びステーションが大きく揺れた。
警報。爆発。怒号。
そしてサクラは髪を翻しながら出口へ向かう。
旧地球連合空軍のジャケットが揺れた。
「それでは、とくとご覧あれ」
その背中は、先程までゲームで騒いでいた人物とは別人のようだった。
歴戦の傭兵。
空を戦場に生きる者の背中だった。