宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
宇宙ステーション・フォックス外周宙域。
無数の推進炎が、暗黒の宇宙に不気味な光を撒き散らしていた。
武装化されたダートポッドの群れ。
本来は宇宙作業用として使われるだけの小型ポッドに、無理矢理ビーム砲やミサイルランチャーを取り付けた粗雑な機体群である。
しかし、その数だけは異常だった。
三十。四十。いや、それ以上。
統率など感じられない雑多な編隊が、まるでハエの群れのようにフォックスを包囲していた。
その中心。
大型スピーカーを外付けしたカスタム機――ダートポッド改のコクピットで、オッシー・カッツはガムを噛みながら退屈そうに爪を弄っていた。
『はいはーい、フォックスの皆さーん?』
通信回線を通して、間延びした女の声が宇宙ステーション全域へ流れる。
『こっちはジャークスピアでーす♡』
直後。
背後のダートポッドがビームを発射した。
光線がフォックス外壁を掠め、装甲の一部を爆散させる。
警報灯が点滅する。
ステーション内部で悲鳴が上がっているのが、通信越しにも伝わってきた。
オッシーは楽しそうに笑った。
『ポッピー・ラビットを差し出してくれたら帰るよー?』
また別の機体が発砲する。
爆発。火花。
宇宙空間へ飛び散る破片。
『でも拒否したらぁ――』
彼女はわざとらしく言葉を区切った。
『この宇宙ステーション、壊しちゃおっかなぁ♡』
ジャークスピア構成員達が歓声を上げる。
『ヒャッハー!恐怖でガタガタ震えな!』
『ライブは中止!夢ごと停止!』
『フォックス崩壊!気分は爽快!』
宇宙海賊でもテロリストでもない。
ただ、人を不愉快にさせる事を楽しむ最低最悪の連中。
だからこそ厄介だった。
合理性ではなく悪意で動く。
相手が嫌がる事を、嬉々として実行する。
オッシーは椅子へだらしなく背を預けながら、モニター越しのフォックスを眺めた。
『あたし悪くないもん』
にやにや笑う。
『悪いのはポッピーだし?』
その時だった。
フォックスのハンガーゲートが開いた。
太陽光に機体がキラリと反射し、白い閃光が飛び出す。
流線型の白い機体。
青いライン。
鋭く伸びた機首。
宇宙空間用戦闘機――ビートアロウ。
その姿を見た瞬間、オッシーの笑みが少しだけ薄れた。
『……あ?』
通信回線に、落ち着いた少女の声が響く。
『こちらスカイピラーズ、ピラー4』
サクラだった。
『宇宙ステーション・フォックス周辺宙域における迷惑行為を確認しました』
その声は穏やかだった。
だが。
逆にそれが不気味だった。
『速やかに武装解除し、投降してくださいまし』
一拍。
そして。
ジャークスピア側が爆笑した。
『ハハッ!一機で来襲!?脳みそ故障!?』
『単騎で無双!?出来るわけねぇだろぉ!?』
『その白い機体!今から解体!』
オッシーも鼻で笑う。
『へぇー』
彼女は頬杖をつく。
『スカイピラーズって、もっといっぱい居るんじゃなかったっけ?』
『現在出撃しているのは、わたくし一機ですわ』
『一機で止める気?』
『ええ』
サクラはさらりと言った。
『十分ですので』
一瞬。
ジャークスピア側の空気が止まった。
そして次の瞬間、怒号が爆発する。
『ナメた態度!後悔確定!』
『ぶっ潰すッス!宇宙のクズッス!』
『よそ者風情!今から墓地!』
オッシーはゲラゲラ笑いながら手を振った。
『はいはい皆頑張ってー♡』
『オッシーさん!指示くれッス!』
『あたし悪くないもん。勝手に暴れれば?』
『無責任!でも了解!』
『雇われ傭兵!態度は横柄!』
文句は出る。
だが誰も逆らわない。
オッシーは外様だが、今この場で最も強い戦力を持っているからだ。
そして何よりジャークスピアの連中は基本的に馬鹿だった。
『行け行けー♡』
オッシーが笑う。
『たった一機なんだから余裕でしょ?』
次の瞬間。
十数機のダートポッドが一斉に加速した。
粗雑な機体群がビートアロウへ襲いかかる。
ビーム砲。
ミサイル。
機銃掃射。
宇宙空間が光で埋まった。
普通なら回避不能。
だが白い機体は、その全てを掻い潜った。
「――っ!?」
構成員の一人が目を見開く。
ビートアロウが消えた。
いや。
速すぎて見失ったのだ。
白い閃光が敵編隊の間を滑る。
機首レーザーバルカン発射。
正確無比。
ダートポッドのセンサーを撃ち抜く。
爆発。
さらに旋回。
別機体の推進部を破壊。
姿勢制御を失ったダートポッドが味方へ衝突し、二機まとめて爆散した。
『はぁ!?何だこの速度!?』
『見えねぇ軌道!マジで異常!』
サクラは淡々としていた。
『遅いですわね』
その声には感情が無い。
次の瞬間、ビートアロウ下部ハッチが展開。
プロトンランチャー発射。
青白い光弾が直進し、三機まとめて吹き飛ばした。
爆炎が宇宙に咲く。
ジャークスピア側の陣形が一気に乱れた。
『何だコイツ!?強すぎ注意!』
『一機で暴走!こっちは炎上!』
『聞いてねぇぞ!こんなの反則!』
サクラは敵機の間を縫うように飛び続ける。
無駄が無い。
迷いが無い。
まるで宇宙そのものを滑空しているようだった。
***
フォックス内部。
バーのモニター越しにその光景を見ていたジョンは、思わず呟く。
「……ゲームの仕返しどころじゃねぇなアレ」
「アンタ、本当に怒らせたわね」
セリアも苦笑していた。
***
宇宙空間に、ダートポッドの残骸が漂っていた。
爆散した装甲片。
千切れたアーム。
火花を漏らしながら回転する推進ユニット。
先程まで数でフォックスを包囲していたジャークスピアの群れは、今やほぼ壊滅状態だった。
静かな宇宙に残っているのは。
白いビートアロウと――たった一機のダートポッド改だけ。
『……は?』
オッシー・カッツは呆然としていた。
モニターに映るのは味方機のロスト表示ばかり。
通信もほとんど途絶えている。
『え、ちょっと待って』
引きつった笑み。
『全滅?』
誰も答えない。
代わりに聞こえるのは、機体警告音と、自分の荒い呼吸だけだった。
白いビートアロウがゆっくりとこちらへ向き直る。
その動きには余裕すらあった。
まるで最初から“この程度”だと思っていたかのように。
『……マジかよ』
オッシーの頬が引きつる。
だが。
すぐにその顔は怒りへ変わった。
『ふざけんな……』
彼女は操縦桿を強く握り締める。
『ふざけんなよぉ!!』
ダートポッド改が加速する。
ミサイルランチャー展開。
照準ロック。
通信回線を無理矢理開きながら、オッシーは叫んだ。
『全部アイツが悪いんだよ!!』
フォックス内部。
モニター越しにその声を聞いていたポッピーが、小さく肩を震わせた。
オッシーの声は憎悪で歪んでいた。
『あたしの推しアニメ!ずっと大好きだったの!』
ミサイル発射。
白煙を引きながら宇宙を裂く。
だがビートアロウは軽々と回避する。
『なのにさぁ!意味分かんないアイドル声優ゴリ押しされてさぁ!!』
オッシーは叫び続ける。
『作品ぶち壊されて!世界観壊されて!キャラまで汚されて!』
ビーム砲発射。
連射。
しかし当たらない。
『分かる!?好きな作品をメチャクチャにされる気持ち!?』
その声には、本気の怒りが滲んでいた。
『お前ら芸能人が軽い気持ちで入ってくるせいで、思い出壊される人がどれだけ居ると思ってんの!?』
ダートポッド改が狂ったように乱射する。
だが。
白い機体には掠りもしない。
サクラは静かだった。
『……成程』
ビートアロウが滑るように旋回する。
『つまり』
レーザーバルカン発射。
オッシー機の装甲を掠める。
『ただの個人のワガママですわね』
『はぁ!?』
『アイドルにはアイドルの仕事があります』
サクラの声は冷静だった。
『企業にも事情があります』
『だからって!』
『それを理由に無関係の人間を殺そうとするのは、ただの逆恨みですわ』
オッシーの顔が歪む。
『逆恨みじゃない!!』
叫びながら突撃。
クローアームを展開する。
『あたし悪くないもん!!』
サクラは小さく溜息を吐いた。
『そういう所ですわ』
次の瞬間。
ビートアロウが加速した。
視界から消える。
『えっ』
オッシーの声。
直後。
白い機体が背後へ回り込んでいた。
『――ッ!?』
レーザーバルカン連射。
ダートポッド改の左側ミサイルランチャー爆散。
火花。警告音。
『うわぁぁ!?』
慌てて旋回するオッシー。
だが追いつけない。
ビートアロウの機動は異常だった。
宇宙空間を飛ぶというより、“支配している”ような動き。
加速。反転。急制動。
全てが滑らかすぎる。
『な、何なのコイツ……!?』
恐怖が混じり始める。
サクラは静かに言う。
『わたくし、ゲームは本気でやる主義ですの』
プロトンランチャー展開。
青白い光が収束する。
オッシーの顔が青ざめた。
『ま、待っ――』
発射。
閃光。
次の瞬間、ダートポッド改が大爆発した。
機体各部が吹き飛び、制御を失いながら宇宙空間を転がっていく。
辛うじてコクピット部分だけは残っていた。
ビートアロウはその前で停止する。
サクラは通信を開いた。
『撃墜確認』
淡々と告げる。
『ですがコクピットは外しておりますのでご安心を』
『……っ』
オッシーは呆然としていた。
完敗だった。
何も通じなかった。
自分の怒りも。
武装も。覚悟も。
全部。
白い機体に一方的に踏み潰された。
そして。
フォックス内部では歓声が爆発していた。
「うおおおおお!!」
「勝ったぁぁ!!」
「流石はスカイピラーズだ!!」
「サクラ様最高!!」
バーの中では酒瓶が振り回され、荒くれ者達が肩を叩き合っている。
ジョンも思わず口笛を吹いた。
「すげぇな……」
セリアが腕を組む。
「そりゃあ傭兵部隊名乗るだけあるわよ」
ポッピーは胸元で手を握り締めながら、モニターを見つめていた。
その目には、はっきりと安堵が浮かんでいた。
そして宇宙空間。
ビートアロウは静かにフォックスへ帰投していく。
白い機体の後ろ姿は、まるで戦場を駆ける一筋の流星のようだった。