宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

39 / 61
39.

 宇宙ステーション・フォックスのハンガーには、まだ先程の戦闘の熱気が残っていた。

 外壁の一部は黒く焼け焦げ、消火用ドローンが慌ただしく飛び回っている。宇宙空間で散ったダートポッドの残骸回収も始まっているらしく、作業艇のライトがハンガーゲートの向こうでちらちらと瞬いていた。

 そんな騒がしさの中を、白いビートアロウが静かに帰還してくる。

 滑るような着陸。

 ランディングギアが甲高い音を立て、機体が停止する。

 コクピットハッチが開き、中からサクラが姿を現した。

 旧地球連合空軍のジャケットを羽織った小柄な身体が、軽やかに機体から飛び降りる。

 

「お帰り、サクラ」

 

 真っ先に声を掛けたのはデュミナスだった。

 長い黒髪を後ろで結った男は、仮面越しの視線をビートアロウへ向けながら静かに腕を組んでいる。

 

「損傷状況は?」

「かすり傷程度ですわ。整備すればすぐ再出撃可能です」

「流石だな」

 

 短いやり取り。

 だがそこには確かな信頼があった。

 ゴートは黙ってサクラの肩を軽く叩く。

 無骨な手だった。

 だが、それが彼なりの労いなのだろう。

 

「お疲れさん」

「ありがとうございます、ゴート」

 

 一方シンヤはニヤニヤ笑いながらビートアロウを見上げていた。

 

「いやー、相変わらずエグい機動するねぇ。敵さん泣いてたぜ?」

「電子制御補助が優秀なんですの」

「そこじゃねぇって」

 

 シンヤは肩を竦める。

 

「乗ってる奴がおかしいんだよ」

 

 サクラはふふん、と少し得意げに胸を張った。

 その様子を少し離れた場所から見ていたジョンは、ようやく肩の力を抜いた。

 

「……終わったか」

 

 ぼそりと呟く。

 セリアが横で笑う。

 

「何その“やっと帰れる”みたいな顔」

「いや帰りたいだろ普通」

 

 ジョンは心底疲れた顔で頭を掻いた。

 そもそも今日は、いつものようにジャンク回収をしていただけだったのだ。

 それが気づけば行方不明アイドルを拾い、宇宙暴走族に襲われ、挙句の果てには傭兵部隊と関わる羽目になっている。

 厄介事にも程がある。

 

「じゃ、俺達はこれで――」

 

 ジョンが踵を返しかけた、その時だった。

 

「待ってくれ」

 

 デュミナスの声が飛ぶ。

 ジョンは嫌そうな顔で振り返った。

 

「……まだ何か?」

 

 デュミナスは数秒だけ沈黙した後、静かに口を開いた。

 

「実は少々問題があってね」

 

 嫌な予感しかしなかった。

 ジョンの眉間に皺が寄る。

 

「俺、その言い方される時ロクな目に遭わないんだけど」

 

 聞いたシンヤが吹き出す。

 

「ははっ、分かる」

 

 デュミナスは気にせず続けた。

 

「現在、我々スカイピラーズの母艦はオーバーホール中だ」

「……母艦?」

「長期整備だよ。主機関の換装も入っていてね。しばらく動かせない」

「へぇ」

 

 ジョンは適当に返事をした。

 嫌な予感がどんどん膨らんでいく。

 

「つまりだ」

 

 デュミナスはラクーン号へ視線を向けた。

 

「惑星イブバーチュへ向かうまでの間、ポッピー嬢を安全に輸送する拠点艦が必要になる」

「……」

「そこで君達のラクーン号を借りたい」

「断る」

 

 ジョンは即答した。

 一秒たりとも悩まなかった。

 

「嫌だ」

「即答だな」

「当たり前だろ!」

 

 ジョンは両手を広げる。

 

「見ろよウチの船! ただのジャンク回収船だぞ!? 傭兵の母艦なんかやれるサイズじゃねぇ!」

「問題ない。内部スペースは最低限あればいい」

「いやあるけど!」

「食料は我々が出す」

「そういう問題じゃねぇ!」

 

 ジョンは半泣きだった。

 

「これ以上厄介事に巻き込まれたくないんだよ俺は!」

 

 ポッピーが申し訳なさそうに視線を逸らす。

 セリアは面白そうに眺めていた。

 

「でも実際、ジャークスピアに顔見られちゃったしねぇ」

「うるせぇ!」

 

 するとデュミナスは静かな声で言った。

 

「君達は既に事件関係者だ」

 

 その言葉に、ジョンの動きが止まる。

 

「ジャークスピアは執念深い」

 

 仮面の奥の視線が真っ直ぐジョンを射抜く。

 

「ポッピーを逃がした船として、既に目を付けられている可能性は高い」

「……」

「今後、単独行動を取れば狙われる危険もある」

 

 ハンガー内の喧騒が、急に遠く感じられた。

 ジョンは顔をしかめる。

 

「……マジで?」

「残念ながら」

 

 シンヤが肩を竦める。

 

「アイツら粘着質だからなー」

「最悪、“ムカつくから”って理由だけで追ってきますわよ」

 

 サクラの補足が酷かった。

 

「最低だな!?」

「最低の集団ですので」

 

 正論だった。

 ジョンは頭を抱えた。

 

「何なんだよもう……」

 

 ようやく解放されると思ったのだ。

 厄介なアイドルを引き渡して、元の日常へ戻れると。

 だが現実は違った。

 むしろ、ここからが本番らしい。

 

「はぁぁぁぁぁ……」

 

 ジョンは深く深く項垂れた。

 疲労が全身から滲み出ている。

 セリアが横からつつく。

 

「引き受けるの?」

「……」

「ジョン?」

 

 しばらく黙っていたジョンだったが。

 やがて顔を上げると、半ばヤケクソ気味に叫んだ。

 

「分かったよ!!」

 

 ハンガーに声が響く。

 

「やってやる!! やってやるよクソ!!」

 

 指を突きつける。

 

「その代わり全部終わったらポッピーの事務所に超高額請求してやるからな!!」

 

 ポッピーがびくっと肩を震わせた。

 

「え、えぇっ!?」

「慰謝料! 危険手当! 精神的苦痛料!! 全部乗せだ!!」

 

 セリアが吹き出す。

 

「アンタせこいわねぇ」

「うるせぇ! 命懸かってんだぞ!!」

 

 その様子を見て、デュミナスは小さく口元を緩めた。

 

「契約成立だな」

「成立した覚えねぇよ……」

 

 ジョンはがっくり肩を落とした。

 こうしてラクーン号はジャンク回収船から、一時的に“傭兵部隊の母艦”へと変わる事になったのだった。

 

 

 ***

 

 

 宇宙ステーション・フォックス外周ハンガー。

 ラクーン号の貨物スペースでは、慌ただしい作業が続いていた。

 

「右寄せ右寄せー! 翼擦るぞ!」

「あと三十センチですわ!」

「了解了解!」

 

 誘導灯が振られる中、白いビートアロウが一機ずつラクーン号内部へ運び込まれていく。

 本来、ラクーン号はジャンク回収用の作業船だ。

 広めのカーゴスペースこそあるが、それでも戦闘機を四機も積み込む設計などされていない。

 機体同士が接触しないようギリギリの間隔で固定され、整備用ワイヤーが何本も張り巡らされている光景は、もはや「荷物」ではなくパズルのようだった。

 ジョンは頭を抱えていた。

 

「狭っ……!」

 

 通路を横歩きで進みながら呻く。

 

「何で俺の船の中が戦闘機格納庫みたいになってんだよ……」

「壮観ですわねぇ」

 

 サクラは妙に楽しそうだった。

 ビートアロウの白い装甲を撫でながら満足げに頷いている。

 

「いやアンタら絶対ワクワクしてるだろ」

「ええ、まあ」

 

 隠す気もなかった。

 シンヤなどは完全にテンションが上がっていた。

 

「いやーいいねぇ! こういう“急造母艦”感!」

「男の子って感じね」

 

 セリアが苦笑する。

 

「ロマンがあるだろロマンが!」

「理解できないわねぇ」

 

 そんな会話をしている間にも、ハンガーゲート閉鎖作業は進んでいく。

 ロック完了。

 空気圧安定。

 各ブロック隔壁閉鎖。

 やがて船内スピーカーから電子音声が響いた。

 

『全ハッチ閉鎖完了。発進可能です』

 

 操縦席。

 ジョンはシートへ深く腰掛けながら、大きな溜息を吐いた。

 

「……何でこうなった」

「人生とは不思議なものだな」

 

 背後から聞こえたデュミナスの声に、ジョンは嫌そうな顔をする。

 

「他人事みたいに言うな」

 

 操縦席は狭かった。

 元々二人用程度のスペースしかない場所へ、デュミナスまで入ってきているせいで余計窮屈である。

 仮面の男は平然としていた。

 まるで自分の艦橋であるかのような態度だ。

 

「発進準備は?」

「終わってるよ」

 

 ジョンはコンソールを叩く。

 

「ラクーン号、主機関正常。姿勢制御正常。外部ハッチ閉鎖確認」

 

 モニターへ宇宙港出口が映る。

 その向こうには、巨大な宇宙空間。

 無数の星々。

 そして遠ざかっていく宇宙ステーション・フォックスの外壁。

 

「……ったく」

 

 ジョンは操縦桿を握った。

 

「出るぞ」

 

 ラクーン号のエンジンが低く唸る。

 次の瞬間、船体がゆっくりと前進した。

 ハンガーゲート通過。

 宇宙空間へ。

 漆黒の海へ放り出されたラクーン号は、小さく機首を傾けながら航路へ乗る。

 その直後だった。

 デュミナスがコンソールへ星図を表示する。

 

「まず確認だが」

 

 仮面越しの視線がモニターへ向く。

 

「直接イブバーチュへ向かうルートは使わない」

「何で?」

「待ち伏せされる可能性が高い」

 

 ジョンは眉をひそめた。

 

「そんな分かりやすく?」

「ジャークスピアは馬鹿だが、数だけは居る」

 

 デュミナスは淡々と言う。

 

「主要航路へ戦力を配置していても不思議ではない」

 

 モニター上に赤い予測ルートがいくつも浮かび上がる。

 封鎖想定宙域。

 襲撃予測地点。

 補給拠点。

 傭兵らしい分析だった。

 

「そこで迂回ルートを取る」

 

 青いラインが表示される。

 

「一度こちらへ向かう」

 

 示されたのは、小規模工業コロニー宙域。

 ジョンは名前を見て顔をしかめた。

 

「……フロッグ社?」

「ああ」

 

 デュミナスが頷く。

 

「フロッグ社運営の宇宙ステーションへ寄港する」

「何しに?」

「ラクーン号へ追加装備を施す」

 

 嫌な予感。

 ジョンの表情が曇る。

 

「追加装備?」

「外付け加速エンジンだ」

「は?」

「長距離高機動用ブースターユニットを装着する」

「はぁ!?」

 

 ジョンは思わず叫んだ。

 

「俺の船に何する気だ!?」

 

 デュミナスは落ち着いていた。

 

「現在のラクーン号の最大加速性能では不足している」

「不足ってお前、元々戦う船じゃねぇんだぞコレ!」

「だからだ」

 

 デュミナスは星図を拡大する。

 

「もしジャークスピアに襲撃された場合」

 

 赤い追跡ラインが表示される。

 

「現状では逃げ切れない可能性が高い」

「……」

「ビートアロウは護衛できる。だが母艦が遅ければ意味が無い」

 

 ジョンは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「いやでもさぁ……」

「安心しろ」

 

 デュミナスは静かに言った。

 

「全て終われば元に戻す」

「絶対?」

「約束しよう」

「穴開けたりしない?」

「最低限だ」

「最低限って言ったな今」

 

 セリアが後ろから笑いを堪えていた。

 

「諦めなさいよジョン」

「自分の家を勝手に改築される気分なんだぞ俺は!」

「でも死ぬよりマシでしょ?」

「ぐっ……」

 

 正論だった。

 ジョンは苦々しい顔でシートへ沈み込む。

 

「……分かったよ」

 

 渋々吐き捨てる。

 

「ちゃんと戻せよ絶対」

「任せてくれ」

 

 デュミナスは頷いた。

 その横顔には妙な説得力があった。

 ジョンは深い溜息を吐きながら、再び前方モニターへ目を向ける。

 宇宙の闇が広がっている。

 その先に待っているのは、まだ見ぬ惑星イブバーチュ。

 そして恐らく、さらに面倒なトラブルだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。