宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
宇宙ステーション・フォックスのハンガーには、まだ先程の戦闘の熱気が残っていた。
外壁の一部は黒く焼け焦げ、消火用ドローンが慌ただしく飛び回っている。宇宙空間で散ったダートポッドの残骸回収も始まっているらしく、作業艇のライトがハンガーゲートの向こうでちらちらと瞬いていた。
そんな騒がしさの中を、白いビートアロウが静かに帰還してくる。
滑るような着陸。
ランディングギアが甲高い音を立て、機体が停止する。
コクピットハッチが開き、中からサクラが姿を現した。
旧地球連合空軍のジャケットを羽織った小柄な身体が、軽やかに機体から飛び降りる。
「お帰り、サクラ」
真っ先に声を掛けたのはデュミナスだった。
長い黒髪を後ろで結った男は、仮面越しの視線をビートアロウへ向けながら静かに腕を組んでいる。
「損傷状況は?」
「かすり傷程度ですわ。整備すればすぐ再出撃可能です」
「流石だな」
短いやり取り。
だがそこには確かな信頼があった。
ゴートは黙ってサクラの肩を軽く叩く。
無骨な手だった。
だが、それが彼なりの労いなのだろう。
「お疲れさん」
「ありがとうございます、ゴート」
一方シンヤはニヤニヤ笑いながらビートアロウを見上げていた。
「いやー、相変わらずエグい機動するねぇ。敵さん泣いてたぜ?」
「電子制御補助が優秀なんですの」
「そこじゃねぇって」
シンヤは肩を竦める。
「乗ってる奴がおかしいんだよ」
サクラはふふん、と少し得意げに胸を張った。
その様子を少し離れた場所から見ていたジョンは、ようやく肩の力を抜いた。
「……終わったか」
ぼそりと呟く。
セリアが横で笑う。
「何その“やっと帰れる”みたいな顔」
「いや帰りたいだろ普通」
ジョンは心底疲れた顔で頭を掻いた。
そもそも今日は、いつものようにジャンク回収をしていただけだったのだ。
それが気づけば行方不明アイドルを拾い、宇宙暴走族に襲われ、挙句の果てには傭兵部隊と関わる羽目になっている。
厄介事にも程がある。
「じゃ、俺達はこれで――」
ジョンが踵を返しかけた、その時だった。
「待ってくれ」
デュミナスの声が飛ぶ。
ジョンは嫌そうな顔で振り返った。
「……まだ何か?」
デュミナスは数秒だけ沈黙した後、静かに口を開いた。
「実は少々問題があってね」
嫌な予感しかしなかった。
ジョンの眉間に皺が寄る。
「俺、その言い方される時ロクな目に遭わないんだけど」
聞いたシンヤが吹き出す。
「ははっ、分かる」
デュミナスは気にせず続けた。
「現在、我々スカイピラーズの母艦はオーバーホール中だ」
「……母艦?」
「長期整備だよ。主機関の換装も入っていてね。しばらく動かせない」
「へぇ」
ジョンは適当に返事をした。
嫌な予感がどんどん膨らんでいく。
「つまりだ」
デュミナスはラクーン号へ視線を向けた。
「惑星イブバーチュへ向かうまでの間、ポッピー嬢を安全に輸送する拠点艦が必要になる」
「……」
「そこで君達のラクーン号を借りたい」
「断る」
ジョンは即答した。
一秒たりとも悩まなかった。
「嫌だ」
「即答だな」
「当たり前だろ!」
ジョンは両手を広げる。
「見ろよウチの船! ただのジャンク回収船だぞ!? 傭兵の母艦なんかやれるサイズじゃねぇ!」
「問題ない。内部スペースは最低限あればいい」
「いやあるけど!」
「食料は我々が出す」
「そういう問題じゃねぇ!」
ジョンは半泣きだった。
「これ以上厄介事に巻き込まれたくないんだよ俺は!」
ポッピーが申し訳なさそうに視線を逸らす。
セリアは面白そうに眺めていた。
「でも実際、ジャークスピアに顔見られちゃったしねぇ」
「うるせぇ!」
するとデュミナスは静かな声で言った。
「君達は既に事件関係者だ」
その言葉に、ジョンの動きが止まる。
「ジャークスピアは執念深い」
仮面の奥の視線が真っ直ぐジョンを射抜く。
「ポッピーを逃がした船として、既に目を付けられている可能性は高い」
「……」
「今後、単独行動を取れば狙われる危険もある」
ハンガー内の喧騒が、急に遠く感じられた。
ジョンは顔をしかめる。
「……マジで?」
「残念ながら」
シンヤが肩を竦める。
「アイツら粘着質だからなー」
「最悪、“ムカつくから”って理由だけで追ってきますわよ」
サクラの補足が酷かった。
「最低だな!?」
「最低の集団ですので」
正論だった。
ジョンは頭を抱えた。
「何なんだよもう……」
ようやく解放されると思ったのだ。
厄介なアイドルを引き渡して、元の日常へ戻れると。
だが現実は違った。
むしろ、ここからが本番らしい。
「はぁぁぁぁぁ……」
ジョンは深く深く項垂れた。
疲労が全身から滲み出ている。
セリアが横からつつく。
「引き受けるの?」
「……」
「ジョン?」
しばらく黙っていたジョンだったが。
やがて顔を上げると、半ばヤケクソ気味に叫んだ。
「分かったよ!!」
ハンガーに声が響く。
「やってやる!! やってやるよクソ!!」
指を突きつける。
「その代わり全部終わったらポッピーの事務所に超高額請求してやるからな!!」
ポッピーがびくっと肩を震わせた。
「え、えぇっ!?」
「慰謝料! 危険手当! 精神的苦痛料!! 全部乗せだ!!」
セリアが吹き出す。
「アンタせこいわねぇ」
「うるせぇ! 命懸かってんだぞ!!」
その様子を見て、デュミナスは小さく口元を緩めた。
「契約成立だな」
「成立した覚えねぇよ……」
ジョンはがっくり肩を落とした。
こうしてラクーン号はジャンク回収船から、一時的に“傭兵部隊の母艦”へと変わる事になったのだった。
***
宇宙ステーション・フォックス外周ハンガー。
ラクーン号の貨物スペースでは、慌ただしい作業が続いていた。
「右寄せ右寄せー! 翼擦るぞ!」
「あと三十センチですわ!」
「了解了解!」
誘導灯が振られる中、白いビートアロウが一機ずつラクーン号内部へ運び込まれていく。
本来、ラクーン号はジャンク回収用の作業船だ。
広めのカーゴスペースこそあるが、それでも戦闘機を四機も積み込む設計などされていない。
機体同士が接触しないようギリギリの間隔で固定され、整備用ワイヤーが何本も張り巡らされている光景は、もはや「荷物」ではなくパズルのようだった。
ジョンは頭を抱えていた。
「狭っ……!」
通路を横歩きで進みながら呻く。
「何で俺の船の中が戦闘機格納庫みたいになってんだよ……」
「壮観ですわねぇ」
サクラは妙に楽しそうだった。
ビートアロウの白い装甲を撫でながら満足げに頷いている。
「いやアンタら絶対ワクワクしてるだろ」
「ええ、まあ」
隠す気もなかった。
シンヤなどは完全にテンションが上がっていた。
「いやーいいねぇ! こういう“急造母艦”感!」
「男の子って感じね」
セリアが苦笑する。
「ロマンがあるだろロマンが!」
「理解できないわねぇ」
そんな会話をしている間にも、ハンガーゲート閉鎖作業は進んでいく。
ロック完了。
空気圧安定。
各ブロック隔壁閉鎖。
やがて船内スピーカーから電子音声が響いた。
『全ハッチ閉鎖完了。発進可能です』
操縦席。
ジョンはシートへ深く腰掛けながら、大きな溜息を吐いた。
「……何でこうなった」
「人生とは不思議なものだな」
背後から聞こえたデュミナスの声に、ジョンは嫌そうな顔をする。
「他人事みたいに言うな」
操縦席は狭かった。
元々二人用程度のスペースしかない場所へ、デュミナスまで入ってきているせいで余計窮屈である。
仮面の男は平然としていた。
まるで自分の艦橋であるかのような態度だ。
「発進準備は?」
「終わってるよ」
ジョンはコンソールを叩く。
「ラクーン号、主機関正常。姿勢制御正常。外部ハッチ閉鎖確認」
モニターへ宇宙港出口が映る。
その向こうには、巨大な宇宙空間。
無数の星々。
そして遠ざかっていく宇宙ステーション・フォックスの外壁。
「……ったく」
ジョンは操縦桿を握った。
「出るぞ」
ラクーン号のエンジンが低く唸る。
次の瞬間、船体がゆっくりと前進した。
ハンガーゲート通過。
宇宙空間へ。
漆黒の海へ放り出されたラクーン号は、小さく機首を傾けながら航路へ乗る。
その直後だった。
デュミナスがコンソールへ星図を表示する。
「まず確認だが」
仮面越しの視線がモニターへ向く。
「直接イブバーチュへ向かうルートは使わない」
「何で?」
「待ち伏せされる可能性が高い」
ジョンは眉をひそめた。
「そんな分かりやすく?」
「ジャークスピアは馬鹿だが、数だけは居る」
デュミナスは淡々と言う。
「主要航路へ戦力を配置していても不思議ではない」
モニター上に赤い予測ルートがいくつも浮かび上がる。
封鎖想定宙域。
襲撃予測地点。
補給拠点。
傭兵らしい分析だった。
「そこで迂回ルートを取る」
青いラインが表示される。
「一度こちらへ向かう」
示されたのは、小規模工業コロニー宙域。
ジョンは名前を見て顔をしかめた。
「……フロッグ社?」
「ああ」
デュミナスが頷く。
「フロッグ社運営の宇宙ステーションへ寄港する」
「何しに?」
「ラクーン号へ追加装備を施す」
嫌な予感。
ジョンの表情が曇る。
「追加装備?」
「外付け加速エンジンだ」
「は?」
「長距離高機動用ブースターユニットを装着する」
「はぁ!?」
ジョンは思わず叫んだ。
「俺の船に何する気だ!?」
デュミナスは落ち着いていた。
「現在のラクーン号の最大加速性能では不足している」
「不足ってお前、元々戦う船じゃねぇんだぞコレ!」
「だからだ」
デュミナスは星図を拡大する。
「もしジャークスピアに襲撃された場合」
赤い追跡ラインが表示される。
「現状では逃げ切れない可能性が高い」
「……」
「ビートアロウは護衛できる。だが母艦が遅ければ意味が無い」
ジョンは露骨に嫌そうな顔をした。
「いやでもさぁ……」
「安心しろ」
デュミナスは静かに言った。
「全て終われば元に戻す」
「絶対?」
「約束しよう」
「穴開けたりしない?」
「最低限だ」
「最低限って言ったな今」
セリアが後ろから笑いを堪えていた。
「諦めなさいよジョン」
「自分の家を勝手に改築される気分なんだぞ俺は!」
「でも死ぬよりマシでしょ?」
「ぐっ……」
正論だった。
ジョンは苦々しい顔でシートへ沈み込む。
「……分かったよ」
渋々吐き捨てる。
「ちゃんと戻せよ絶対」
「任せてくれ」
デュミナスは頷いた。
その横顔には妙な説得力があった。
ジョンは深い溜息を吐きながら、再び前方モニターへ目を向ける。
宇宙の闇が広がっている。
その先に待っているのは、まだ見ぬ惑星イブバーチュ。
そして恐らく、さらに面倒なトラブルだった。