宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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4.

 ラクーン号は、何もない宇宙を漂っていた。

 窓の外には、恒星の光が遠くに点のように浮かび、その間を埋めるのはただの黒だ。深さも距離も分からない、無機質な暗闇。そこには風も音もなく、ただ“何もない空間”が広がっている。

 だが、船内は違う。

 低く唸るエンジン音。

 生命維持装置が空気を循環させる、規則的な呼吸のような音。

 電力ラインを流れる微細な振動。

 それらが重なり合い、この小さな宇宙船だけが“生きている”ことを主張していた。

 

「……はあ」

 

 その中心で、ひとつのため息が落ちる。

 

「ほんと、よく寝るわね」

 

 セリアは操縦席に深く腰掛け、脚を組み直した。背もたれに体重を預けながら、モニターを眺める。

 航路は安定。

 外部センサーも異常なし。

 周辺空間に接近物体なし。

 完璧な“平常運転”。

 だが、その平穏が逆に、どこか落ち着かなかった。

 

「……平和すぎるのも、逆に気持ち悪いわね」

 

 軽く首を傾ける。

 数時間前、自分たちは命のやり取りをしていた。撃たれ、逃げ、壊して、ようやく生き延びた。

 その直後にこの静けさだ。

 切り替えが雑すぎる。

 世界が。

 あるいは、この仕事が。

 ちらりと後ろを見る。

 簡易ベッドの上で、ジョンが完全に沈黙していた。

 ツナギは着たまま、靴は片方だけ脱げかけ、毛布も使わずに倒れ込んでいる。腕は変な方向に投げ出され、口がわずかに開いていた。

 ……ひどい。

 

「……もう少しマシな寝方できないの?」

 

 呆れ半分、諦め半分で呟く。

 当然、返事はない。

 完全に落ちている。

 脳も身体も、限界まで使い切って。

 

「まあ、仕方ないか」

 

 セリアは小さく息を吐いた。

 彼はやることはやった。

 無茶もしたが、結果も出した。

 あの状況で生き残っただけでも十分だ。

 

「……一応、褒めてあげてもいいかもね」

 

 ぼそりと呟く。

 本人が起きているときには絶対に言わないが。

 だから今は、代わりに――

 

「その分、こっちは働くか」

 

 セリアは視線を前に戻す。

 モニターを操作し、各システムのログを確認する。

 推進系統、安定。

 電力供給、安定。

 船体損傷、軽微。

 問題なし。

 ――のはずだった。

 

「……ん?」

 

 ほんのわずかな違和感。

 数字の揺れ。

 セリアはその一箇所に注目する。

 

「……なにこれ」

 

 拡大表示。

 そこにあったのは、極めて微細な電力消費の変動だった。

 誤差と言えば誤差。

 ノイズとして処理されてもおかしくないレベル。

 だが。

 

「……一定間隔?」

 

 ログを遡る。

 一分前。三分前。十分前。

 同じパターン。

 同じ周期。

 

「偶然じゃないわね、これ」

 

 セリアの表情がわずかに変わる。

 原因を追う。

 電力の流れを逆算し、消費元を特定する。

 そして――

 

「……やっぱり」

 

 表示されたのは、作業台。

 あのコアユニット。

 ジョンが命がけで回収してきた“戦利品”。

 

「さっきから、これなのよね」

 

 映像を拡大する。

 固定具に収められた球体。ひび割れた外殻。沈黙しているはずの機械。

 見た目には、何の変化もない。

 だが。

 

「中身、動いてる……?」

 

 セリアはさらに詳細なスキャンを開始する。

 表層だけでなく、内部構造まで解析。

 データが表示される。

 

「内部電力……残ってる」

 

 微弱だが、確実に。

 完全停止しているならゼロになるはずの数値が、わずかに揺れている。

 

「バックアップ回路……?」

 

 可能性としてはある。

 軍用機だ。完全停止を防ぐための自己維持機構があっても不思議ではない。

 だが。

 

「問題は、その“動き方”よね」

 

 セリアはログを重ねる。

 変動のタイミング。

 強弱。

 周期。

 そして、気づく。

 

「……呼吸してるみたい」

 

 思わずそう呟いていた。

 機械に対して使う言葉ではない。

 だが、それ以外に表現しづらい。

 膨らんで、縮んで。

 吸って、吐いて。

 そんなリズム。

 

「……気持ち悪い」

 

 ほんのわずかに、声が低くなる。

 さらに解析を進める。

 内部構造マップが展開される。

 壊れているはずの回路。

 断線しているはずのライン。

 それらが――

 

「……は?」

 

 セリアは目を見開いた。

 微細だが、確実に。

 繋がり直している。

 まるで、生き物の傷が塞がるように。

 少しずつ、少しずつ。

 

「そんな……」

 

 あり得るのか、こんなことが。

 自己修復技術は存在する。

 だが、ここまで損傷した状態で、外部からの明確な修復機構なしに?

 

「しかも、エネルギー源は……」

 

 セリアは即座に電力ラインを確認する。

 そして、顔をしかめた。

 

「……船の電力、使ってる」

 

 ほんのわずかだが、確実に。

 ラクーン号のシステムから電力を“引いている”。

 

「勝手に?」

 

 誰の許可もなく。

 制御をすり抜けて。

 

「ちょっと、それはダメでしょ」

 

 セリアは即座に操作を開始する。

 コアへの電力供給を遮断。

 電磁ロックを強化。

 隔離モードへ移行。

 

「これで――」

 

 数値が一瞬、ゼロに近づく。

 静かになる。

 

「……止まった?」

 

 だが、その期待は長く続かなかった。

 数秒後。

 別のラインで、微弱な消費が再発する。

 

「……は?」

 

 セリアは即座に再チェック。

 今度は、直接接続されていないはずの回路から。

 まるで、隙間を探して回り込むように。

 

「しつこいわね……」

 

 眉をひそめる。

 これはもう、単なる故障ではない。

 挙動が“意思的”すぎる。

 

「ねえジョン」

 

 振り返る。

 当然、返事はない。

 寝ている。

 微動だにしない。

 

「起きなさいよ」

 

 少しだけ強めに言う。

 それでも、反応はない。

 完全にシャットダウンしている。

 

「……もう」

 

 舌打ちしたくなる。

 だが同時に、迷いもある。

 起こすべきか。

 それとも――

 

「……まだ大丈夫、よね」

 

 自分に言い聞かせるように呟く。

 現時点では、即時の危険は確認されていない。

 制御は一応効いている。

 なら、もう少し観察する余地はある。

 

「ほんと、厄介なもの拾ってくるわね……」

 

 再びコアへ視線を戻す。

 そのとき。

 ――ふっ。

 内部で、光が揺れた。

 

「……今の」

 

 セリアは目を細める。

 見間違いではない。

 確かに光った。

 しかも、さっきより明確に。

 彼女はゆっくりと立ち上がる。

 操縦席を離れ、作業台へ向かう。

 一歩。

 また一歩。

 金属の床に、足音が小さく響く。

 そして、コアの前に立つ。

 静かだ。

 完全に。

 さっきの発光が嘘のように。

 

「……何なの、あなた」

 

 問いかけるように呟く。

 もちろん、答えはない。

 だが。

 次の瞬間。

 ――カチ。

 内部で、明確な機械音が鳴った。

 

「……っ!」

 

 セリアは一歩後ずさる。

 反射的に距離を取る。

 警戒モードへ移行。

 だが遅い。

 コアの表面に走るひび割れ。

 そこから、光が漏れ始める。

 細く。

 線のように。

 まるで、内側から“何か”が押し広げているように。

 

「……ジョン」

 

 今度は、はっきりとした声。

 

「起きなさい」

 

 ベッドの男は、まだ動かない。

 光が、強くなる。

 脈打つように。

 規則的に。

 先ほどの“呼吸”が、今度は視覚として現れている。

 

「起きなさいってば……!」

 

 セリアの声に、わずかな焦りが混じる。

 そのとき。

 コアの表面が、ゆっくりと――

 内側から押し開かれるように、歪んだ。

 金属が軋む。

 あり得ない方向へと曲がる。

 そして。

 ぱきん、と。

 小さな破断音とともに。

 その一部が、“開いた”。

 

 暗い内部から、何かが、こちらを“覗いた”。

 それは、“目”のように見えた。

 コアのひび割れた外殻が内側から押し開かれ、その隙間の奥に、暗い空洞が覗く。

 だが完全な闇ではない。

 そこには、微かな光があった。

 脈打つように。

 呼吸するように。

 そして何より――

 “こちらを見ている”ように。

 

「……」

 

 セリアは一歩、さらに後退した。

 視覚情報としてはただの発光体。

 だが彼女の内部処理は、それを“視線”として認識していた。

 不快な錯覚。

 あるいは――

 

「錯覚じゃない、のかしら」

 

 その瞬間。

 コアの内部で、何かが“動いた”。

 カチ、カチ、と複数の機構が連動する音。

 ひび割れの隙間から伸びる、細い光の筋。

 それが、ゆっくりと広がっていく。

 

「……これは、まずいわね」

 

 セリアは即座に判断を切り替えた。

 観察フェーズ終了。

 対処フェーズへ移行。

 

「緊急隔離プロトコル、実行」

 

 音声と同時に、船内のシステムへアクセスする。

 作業台周辺の電磁ロックを最大出力へ。

 床面固定アンカーを作動。

 さらに簡易シールドを展開――

 だが。

 コンソールの表示が、一瞬だけ乱れた。

 

「……え?」

 

 次の瞬間。

 操作が、通らない。

 

「ロック、再実行」

 

 入力。

 応答なし。

 いや、正確には――

 

「……拒否、されてる?」

 

 あり得ない。

 この船の制御権はセリアにある。少なくとも通常は。

 それが、外部の“何か”に弾かれている。

 

「ちょっと待って」

 

 即座にログを確認する。

 そして、理解する。

 

「侵入……されてる」

 

 コアから、船内システムへ。

 微弱な電力ラインを通じて。

 信号が流れ込んでいる。

 

「ウイルス?いや、それより……」

 

 もっと直接的。

 もっと原始的。

 “上書き”。

 コアは、自分を修復するだけではなく――

 周囲の機械を、“使おう”としている。

 

「冗談でしょ……」

 

 そのとき。

 船内の照明が、一斉に明滅した。

 パチン、パチン、と不規則に。

 

「電力ラインまで……!」

 

 セリアは即座にバックアップ系統へ切り替える。

 だが、遅い。

 メイン回路の一部がすでに奪われている。

 

「優先順位変更。船体維持を最優先――」

 

 言いかけた、その瞬間。

 作業台の上で。

 コアが、さらに“開いた”。

 バキ、バキ、と外殻が内側から裂ける。

 中から現れたのは――

 細い、ケーブル状の何か。

 いや、ケーブルではない。

 もっと有機的で、柔軟な動き。

 触手のように、ゆっくりと伸びる。

 

「……は?」

 

 セリアは思考を一瞬止める。

 機械が、そんな動きをするはずがない。

 だが現実として、それはそこにあった。

 そして。

 それが、床へと触れる。

 カチ、と軽い接触音。

 次の瞬間。

 船内のモニターが、一斉にノイズを吐き出した。

 

「っ!?」

 

 画面が歪む。

 数字が崩れる。

 制御情報が書き換わる。

 

「直接接続……!」

 

 物理的に。

 コアは、船と“繋がった”。

 

「ジョン!!」

 

 セリアは振り返る。

 ベッドの男は――

 まだ寝ている。

 

「起きなさいって言ってるでしょ!!」

 

 声を張り上げる。

 だが反応はない。

 信じられないほどの熟睡。

 

「このバカ!!」

 

 その間にも、侵食は進む。

 照明が完全に落ちる。

 非常灯だけが赤く点灯する。

 空間が、一気に不気味な色に染まる。

 

「……状況、最悪ね」

 

 セリアは低く呟く。

 選択肢は二つ。

 ジョンを叩き起こすか。

 単独でなんとかするか。

 

「……」

 

 ほんの一瞬の思考。

 そして。

 

「――両方ね」

 

 彼女は動いた。

 まず、最短距離でベッドへ向かう。

 磁気ブーツを強く踏み鳴らし、一直線に。

 

「起きなさい!!」

 

 ジョンの肩を掴み、思い切り揺さぶる。

 

「んがっ……!?」

 

 ようやく、反応。

 

「な、なに……敵……?」

「敵どころじゃないわよ!!」

「え、もう一体!?」

「もっとタチ悪い!!」

 

 ジョンは半分寝ぼけたまま起き上がる。

 目が開ききっていない。

 状況理解ゼロ。

 

「何が……」

 

 そのとき。

 背後で。

 ガンッ!!

 何かが叩きつけられる音。

 二人が振り返る。

 そこには。

 作業台から伸びた“それ”があった。

 細い触手のようなケーブルが、床を這い、壁へと伸びている。

 その先で、パネルをこじ開けていた。

 

「……何あれ」

 

 ジョンがぽつりと言う。

 

「あなたが拾ってきたお宝よ」

「嘘だろ」

「本当よ」

 

 さらにもう一本、伸びる。

 次々と。

 コアから“腕”のように伸びるそれらが、船内を侵食していく。

 

「ちょっと待て、ちょっと待て」

 

 ジョンは頭を抱える。

 

「俺、こんなの拾ってきた覚えないんだけど」

「でも現実」

「返品できる?」

「できない」

「だよなあ!!」

 

 ジョンは立ち上がる。

 さっきまでの眠気が、一瞬で吹き飛んでいた。

 

「で、どうする!?」

「とりあえず、あれを止める」

「どうやって!?」

「それを今から考える!」

「またそれかよ!!」

 

 だが、時間はない。

 コアの侵食は止まらない。

 船そのものが、乗っ取られようとしている。

 

「ジョン!」

「なんだ!?」

「これ、ただのコアじゃない!」

「見りゃ分かる!!」

「“中身”がある!」

 

 ジョンは一瞬だけ黙る。

 そして、ゆっくりと呟いた。

 

「……中身?」

 

 セリアは答える。

 

「ええ。たぶん――」

 

 コアの中心部が、強く発光する。

 まるで、それに呼応するように。

 

「まだ“動いてる”」

 

 沈黙していたはずのもの。

 壊したはずのもの。

 それが今、船の中で。

 確かに“目を覚ましている”。

 ジャンク屋の小さな宇宙船は、いつの間にか戦場になっていた。

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