宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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40.

 ラクーン号の船内は、もはや「狭い」という言葉では片付けられない状態になっていた。

 元々この船は、長距離航行用の大型艦ではない。

 宇宙空間を漂うジャンクを回収し、それを分解・修理・転売して日銭を稼ぐ為の小型作業船だ。

 居住性など二の次。

 通路は細く、天井も低い。

 貨物スペースを優先した構造のせいで、生活区画など申し訳程度しか存在しない。

 そこへ。

 スカイピラーズ四人。

 ポッピー。

 加えて元から居るセリア。

 合計六人の同居人を抱えた結果――。

 

「狭い……」

 

 ジョンは通路の壁へ肩をぶつけながら呻いた。

 

「クソ狭い……」

 

 前へ進もうとしても、人か荷物に必ずぶつかる。

 左には積み上げられたジャンクパーツ。

 右には整備用コンテナ。

 床には誰かの寝袋。

 天井からは配線が剥き出しで垂れている。

 さらに今はカーゴスペースへ四機ものビートアロウが固定されているせいで、圧迫感が酷い。

 白い機体が並んでいる光景は壮観ではある。

 だが、住民側からすると完全に邪魔だった。

 

「何で戦闘機の翼避けながら生活しなきゃいけねぇんだ俺は……」

 

 ジョンはビートアロウの機首を避けながら半泣きで進む。

 その横では、シンヤが楽しそうに機体を磨いていた。

 

「いやー、やっぱ母艦生活っていいよなぁ」

「良くねぇよ」

「男のロマンだろ?」

「ロマンで生活空間潰すな」

 

 ジョンは即座に返した。

 だがシンヤは全く気にしていない。

 

「いいじゃんいいじゃん。秘密基地みたいで」

「俺は静かに暮らしたいんだよ……」

 

 ジョンは本気で疲れた顔をする。

 すると後ろからセリアが紙コップ片手に現れた。

 

「アンタ、昨日からそればっか言ってるわね」

「実際狭いだろ!」

「元々片付いてなかったじゃない」

「散らかってるのと人口密度の話は別だ!」

 

 ジョンは叫ぶ。

 

「俺の船、今“男の一人暮らし部屋”から“雑居ビル”みたいになってんだぞ!」

 

 セリアは肩を竦めた。

 

「賑やかでいいじゃない」

「俺は賑やかな人生向いてねぇんだよ……」

 

 ジョンは深い溜息を吐きながら通路を進む。

 その途中。

 何か柔らかい物へ足が引っかかり、危うく転びかけた。

 

「うおっ!?」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 慌てた声。

 見ると、床へ座り込んでいたポッピーが慌てて頭を下げていた。

 ピンク色の髪がふわりと揺れる。

 頭のウサギ耳型サイボーグもぴこりと傾いた。

 アイドル衣装姿のまま、小さな工具箱を膝に抱えている。

 

「大丈夫か?」

「は、はいっ!」

 

 ポッピーは慌てて立ち上がろうとして――。

 

「きゃっ」

 

 今度は自分でバランスを崩しかけた。

 ジョンが反射的に腕を掴む。

 

「危なっ」

「す、すみません……!」

 

 ポッピーは恥ずかしそうに顔を赤くした。

 その時、ジョンは彼女の袖口へ目を向ける。

 

「あれ?」

 

 衣装が少し裂けていた。

 白いフリル部分がほつれ、糸が飛び出している。

 

「服破けてるぞ」

「あっ……」

 

 ポッピーは困ったようにそこを押さえた。

 

「戦闘の時に引っ掛けちゃって……」

「替えは?」

「ありますけど、ライブ用衣装なので普段着にするにはちょっと派手で……」

 

 確かに派手だった。

 ウェイトレス風のフリル衣装は、どう考えても日常生活向けではない。

 ジョンは少し眉をひそめる。

 

「裁縫キットならあったかな……」

「貸してみろ」

 

 低い声が響いた。

 二人が振り返る。

 そこに居たのはゴートだった。

 筋肉の塊のような大男。分厚い腕。頭のバンダナ。無骨そのものの傭兵。

 だがその手には――。

 小さな裁縫セットが握られていた。

 

「……え?」

 

 ジョンの口から間抜けな声が漏れる。

 ゴートは無言でポッピーへ手を差し出した。

 

「服」

「あ、はい!」

 

 ポッピーが慌てて衣装を渡す。

 ゴートは近くの作業台へ腰を下ろすと、静かに針へ糸を通し始めた。

 その動きは驚くほど自然だった。

 

「…………」

 

 ジョンは数秒固まる。

 違和感が凄い。

 筋骨隆々の傭兵が、細い針を器用に扱っている。

 しかも妙に手慣れていた。

 太い指先が信じられないほど繊細に動く。

 裂けた布地を丁寧に合わせ、ほつれた糸を整え、一針ずつ慎重に縫っていく。

 そこには乱暴さが全く無かった。

 

「……アンタ裁縫できんの?」

 

 ジョンが思わず尋ねる。

 

「多少な」

 

 多少、のレベルではない。

 縫い目が綺麗すぎる。

 ジョンより絶対上手かった。

 ポッピーも目を丸くしている。

 

「す、凄いです……!」

「戦場では服の破損が命取りになる事がある」

 

 ゴートは静かに言った。

 

「宇宙服の継ぎ目、耐熱インナー、圧力スーツ。自分で補修できる方が生存率が上がる」

「いや理屈は分かるけど」

 

 ジョンは困惑する。

 

「そこから何でそんな家庭的スキル伸びるんだよ」

 

 ゴートは少しだけ考え込んだ。

 

「妹が居た」

「妹?」

「ああ」

 

 針を動かしながら続ける。

 

「昔から服を破ってばかりだった」

 

 その言葉に、ジョンは少しだけ意外そうな顔をした。

 ゴートはもっと、戦う事しか知らない男だと思っていた。

 だが。

 衣装を扱う手つきは驚くほど優しかった。

 布を傷めないよう慎重に指を添えている。

 ポッピーもその様子をじっと見つめていた。

 

「……なんか」

 

 彼女が小さく呟く。

 

「お父さんみたいですね」

 

 その瞬間。

 

 ゴートの手がぴたりと止まった。

 

「…………」

 

 数秒の沈黙。

 ジョンは思わず吹き出しそうになる。

 

「ぶはっ」

「笑うな」

「いやだって!」

 

 ゴートは少しだけ気まずそうに咳払いした。

 その反応がまた妙に人間臭かった。

 やがて補修が終わる。

 

「ほら」

 

 返された衣装は、ほとんど元通りだった。

 裂け目がどこにあったのか分からないほど綺麗に縫われている。

 

「わぁ……!」

 

 ポッピーの顔がぱっと明るくなる。

 

「ありがとうございますゴートさん!」

「気にするな」

 

 短い返事。

 だがその時。

 ポッピーが嬉しそうに笑った瞬間だけ、ゴートの表情がほんの少し柔らかくなったのをジョンは見逃さなかった。

 

「……」

 

 ジョンは腕を組む。

 

(思ったより普通の人達なんだよな、コイツら)

 

 最初に会った時は、もっと殺伐とした傭兵集団だと思っていた。

 だが実際には。

 ゲームで大人気なく熱くなったり。

 船の中で雑談したり。

 服を縫ったり。

 案外、人間臭い。

 ジョンは少しだけ苦笑する。

 狭い船だった。

 窮屈で、騒がしくて、落ち着かない。

 だが。

 不思議と、嫌な空気ではなかった。

 

 

 ***

 

 

 ラクーン号の夜は遅い。

 というより、船内人口が急増した結果、生活サイクルそのものが大混乱していた。

 

「何でシャワーまで予約制なんだよ……」

 

 ジョンはタオルを肩へ引っ掛けながらぼやいた。

 狭い居住区。

 限られた水資源。

 小型船故の貧弱な浄水システム。

 その結果――。

 現在ラクーン号では、シャワー使用時間が厳格に区分されていた。

 女子時間。

 男子時間。

 整備後優先時間。

 そしてセリアは機械メンテナンスを兼ねる為、別枠扱い。

 

「俺の船なのに何でこんな共同生活ルールが出来上がってんだ……」

 

 ぶつぶつ文句を言いながら通路を歩く。

 今日一日だけでも疲労が凄かった。

 人口密度。

 騒音。

 知らない人間との同居。

 精神的疲労が半端ではない。

 

「せめてシャワーぐらいゆっくり浴びてぇ……」

 

 ジョンはそう呟きながら、更衣室のドアを開けた。

 その瞬間。

 

「――え?」

 

 中に居た人物と目が合った。

 白い肌。

 細い肩。

 長い黒髪。

 旧地球連合空軍ジャケットを脱ぎ、ちょうどブラウスへ手を掛けていたサクラが、硬直したようにこちらを見ていた。

 

「…………」

「…………」

 

 数秒。

 沈黙。

 ジョンの脳が状況理解に数テンポ遅れる。

 

(あれ?)

(男子時間だよな?)

(いやでもサクラだし)

(いやでも男だし)

(でも脱いでると普通に女にしか見えねぇな!?)

 

 その間にも。

 サクラの顔がみるみる真っ赤になっていく。

 耳まで赤い。

 完全に沸騰寸前だった。

 

「き……」

 

 ぷるぷる震える。

 

「きゃああああああああっ!!!!!」

 

 船内へ絶叫が響いた。

 

「うおっ!?」

 

 ジョンは思わず後ろへ飛び退く。

 直後。

 ドタドタドタドタッ!!

 船内各所から凄まじい勢いで足音が迫ってきた。

 最初に飛び込んできたのはゴート。

 

「何があった!?」

 

 続いてシンヤ。

 

「敵襲か!?」

 

 さらにセリア。

 

「何!? 空気漏れ!?」

 

 最後にデュミナスが落ち着いた様子で現れる。

 

「騒々しいな……」

 

 そして全員。

 更衣室前で固まった。

 ジョン。

 タオル姿。

 赤面したサクラ。

 半脱ぎ状態。

 

「…………」

 

 沈黙。

 数秒後。

 

「あっ」

 

 シンヤが何かを察した顔をした。

 セリアはニヤァッと笑う。

 ゴートは静かに目を逸らした。

 デュミナスだけが無表情だった。

 

「違う!!」

 

 ジョンが即座に叫ぶ。

 

「違うからな!? 今お前らが想像したやつ違うからな!?」

「ジョンさん……」

 

 サクラが涙目で震えている。

 

「わたくし……もうお嫁に行けませんわ……」

「いや何でだよ!?」

「裸を見られましたもの……!」

「男同士だから問題ねぇだろ!?」

 

 その瞬間。

 空気が凍った。

 

「…………」

 

 サクラの目に涙が浮かび、顔がさらに真っ赤になる。

 

「そ、そういう問題ではありませんわーっ!!」

「ぐわーっ!?」

 

 投げつけられたタオルがジョンの顔へ直撃した。

 シンヤが腹を抱えて笑い始める。

 

「アッハハハハハ!! お前最低だなジョン!!」

「何で俺が悪いんだよ!?」

「デリカシー!!」

「不可抗力だろ!!」

 

 セリアは壁に寄りかかりながら肩を震わせていた。

 

「ダメ……面白すぎる……」

「笑ってんじゃねぇ!」

「だってアンタ、“男同士だから問題ない”は最低よ」

「事実だろ!?」

「事実でも言い方ってものがあるの!」

 

 ジョンは頭を抱える。

 一方サクラは。

 

「うぅ……」

 

 更衣室の隅で小さくなっていた。

 

「デュミィ……」

「何だ」

「わたくし傷つきましたわ……」

「そうか」

 

 デュミナスは相変わらず淡々としていた。

 

「だがサクラ、お前も男子時間へ入っている」

「そ、それは……」

 

 サクラが言葉に詰まる。

 

「女性陣が長く使っていたので、空くのを待っていたら男子時間になってしまって……」

「あっ、お前も悪いじゃねぇか!」

「ですがノックぐらいしますでしょう普通!」

「この船の更衣室にそんな文化無かったんだよ!」

「最低ですわーっ!」

「理不尽!!」

 

 船内は完全に大騒ぎだった。

 そして。

 その喧騒を聞きつけたポッピーが、眠そうな顔で通路からひょこっと顔を出す。

 

「……何してるんですか皆さん?」

 

 数秒の沈黙。

 次の瞬間。

 全員が一斉に視線を逸らした。

 ジョンだけが遠い目をしていた。

 

「……もう帰りたい」

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