宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
フロッグ社。
銀河圏で宇宙船乗りをしている者なら、一度は名前を聞いた事がある企業だった。
正式名称は「フロッグ・インダストリアル・オプションズ」。
主な業務内容は、宇宙船向け追加装備の販売、改造、整備、カスタムパーツ製造。
いわゆる“後付け屋”である。
加速ブースター。追加推進器。長距離航行ユニット。簡易武装。外部カーゴ。耐熱装甲。
違法改造スレスレの危険な高出力パーツまで取り扱うその企業は、良くも悪くも宇宙船乗り達から重宝されていた。
特に個人業者や傭兵、運び屋、ジャンク屋といった連中からの人気は高い。
純正品では対応できない無茶な改造を、平然と請け負うからだ。
もっとも。
そのせいで「まともな船ほどフロッグ社に近寄らない」という妙な評判もあったが。
「嫌な予感しかしねぇ……」
ラクーン号操縦席で、ジョンは遠い目をしていた。
前方モニターには巨大な宇宙ステーションが映っている。
リング型構造。
無数のドック。
外壁へ増設されたコンテナ群。
さらにあちこちへ無理矢理追加されたブースターやアンテナ。
まるで“改造途中の機械”そのもののような外観だった。
美しさより実用性。
統一感より増設。
そんな空気が全体から漂っている。
「うわぁ……」
ポッピーが窓へ張り付きながら呟く。
「何かごちゃごちゃしてますね……」
「それがフロッグ社だ」
後ろで腕を組んでいたデュミナスが答える。
「必要な物を必要なだけ継ぎ足す企業だからな」
「言い方を変えれば“継ぎ接ぎ”だろ」
ジョンは嫌そうな顔をした。
「絶対ロクでもねぇ改造される……」
「安心しろ」
「お前の“安心しろ”信用できねぇんだよ!」
セリアが吹き出す。
「アンタ完全に愛車を魔改造される人の顔してるわよ」
「そりゃそうだろ!」
ジョンは操縦桿を握ったまま叫ぶ。
「俺の船だぞ!?」
だがその間にもラクーン号は誘導ビーコンへ従い、ゆっくりとドックへ接近していく。
『こちらフロッグ社第七ドック。接続を許可します』
無機質な音声。
直後、巨大アームが伸びてくる。
ラクーン号が固定され、ゆっくりとドック内部へ引き込まれていった。
数十分後。
「はい終了ー」
ジョンは項垂れていた。
整備員達が既にラクーン号周辺へ集まり、あちこち計測を始めている。
巨大ブースターユニットまで運び込まれてきた。
見た目からして嫌だった。
明らかにラクーン号本体より無骨でデカい。
「何だアレ……」
「外付け加速ユニットだな」
「見りゃ分かるわ!」
ジョンは叫ぶ。
「絶対バランス悪くなるだろ!」
「速度は上がる」
「燃費は!?」
「悪化する」
「ほら見ろ!!」
シンヤが楽しそうにブースターを見上げていた。
「いやーいいねぇ!」
「お前絶対こういうの好きだろ」
「ロマンの塊じゃん」
ジョンは頭を抱えた。
一方、作業員達は慣れた様子で作業を進めていく。
溶接光。
駆動音。
巨大アームの振動。
船体へ穴が開けられる音まで聞こえてきた。
「うわぁぁぁぁぁ……」
ジョンが死にそうな顔をする。
「俺の船がぁ……」
「終わるまで時間が掛かるそうだ」
デュミナスが端末を確認する。
「半日ほど自由時間になる」
「自由時間ねぇ……」
ジョンは溜息を吐いた。
「船から離れても大丈夫なのか?」
「ここは企業管理区域だ。ジャークスピアも簡単には手を出せん」
その言葉に、一同はひとまずステーション内部へ向かう事になった。
フロッグ社ステーション内部は、外観以上に雑多だった。
工具屋。
パーツショップ。
改造受付。
違法スレスレ臭い露店。
油臭い食堂。
そこら中を作業服姿の整備士達が歩き回っている。
まさに“宇宙船乗りの街”だった。
「うわぁ……」
ポッピーが周囲を見回す。
「初めて来ました……」
「アイドルが来る場所じゃねぇな」
ジョンも辺りを見ながら呟く。
すると。
広場中央の大型モニターから騒がしい音声が響いた。
『速報です!』
ニュース番組だった。
画面には宇宙空間で暴れ回るダートポッドの群れが映っている。
『宇宙暴走族ジャークスピアによる襲撃事件がまたも発生!』
『輸送船三隻が被害を受けました!』
『現在銀河警備局が――』
「……またやってるのか」
ゴートが低く呟く。
映像では、派手に落書きされたダートポッドが輸送船を取り囲み、爆竹のようにビームを乱射していた。
しかも連中は通信越しにラップを叫んでいる。
『Yo! 泣き顔最高! 物流崩壊!』
『宇宙渋滞! 社会に損害!』
『今日も迷惑絶好調ッスー!』
「うわぁ……」
ポッピーが若干引いていた。
セリアも眉をひそめる。
「毎回あんなテンションなの?」
「らしい」
ジョンは疲れた顔で答えた。
その時。
ニュース画面へ新たな顔写真が映る。
『また、現在行方不明中の人気アイドル、ポッピー・ラビットさんについてですが――』
「っ」
ポッピーの肩が小さく震えた。
画面では、彼女のライブ映像と共に“消息不明”の文字が表示されている。
『現在も捜索が続けられており――』
周囲の通行人達もニュースを見上げていた。
「可哀想に」
「まだ見つかってねぇのか」
「ジャークスピア絡みって噂マジなんかな」
ひそひそ声が聞こえる。
ポッピーは帽子を深く被り直した。
その横顔から、いつもの明るさが少し消えている。
ジョンはそんな彼女をちらりと見る。
そして。
「……ま、見つかってるけどな」
小さく呟いた。
ポッピーは一瞬だけ目を丸くし。
それから、少しだけ笑った。
***
所変わって、フロッグ社ステーション中央ブロック。
騒がしいメインストリートから少し離れた場所に、小型通信ブースが並ぶ区画があった。
半透明の防音パネルに囲まれた簡易個室。
長距離通信料金は決して安くないが、宇宙船乗りや傭兵達が家族や取引先へ連絡を入れる為によく利用する設備だった。
「……大丈夫ですかね」
ポッピーは通信端末を見つめながら、小さく呟いた。
普段テレビや配信で見せる明るい笑顔とは違う。
年相応の、不安そうな少女の顔だった。
「ここなら安全圏だ」
後ろで壁へ寄りかかっていたデュミナスが言う。
「少なくとも、ジャークスピアが堂々と襲撃できる場所ではない」
「……はい」
ポッピーは小さく頷いた。
そして。
深呼吸。
通信番号入力。コール開始。
数秒後。
端末モニターへ、中年女性の顔が映し出された。
『――ポッピーちゃん!?』
悲鳴のような声だった。
『生きてたの!?』
「しゃ、社長……」
ポッピーの表情が一気に崩れる。
今にも泣き出しそうだった。
『どこに居るの!?怪我は!?本当に本人!?』
「だ、大丈夫です!無事です!」
通信先では完全に修羅場になっていた。
怒鳴り声。
誰かが走り回る音。
「見つかったぞ!」という叫び。
事務所側も相当混乱しているらしい。
『今すぐ位置情報送って!迎えを――』
「待ってください」
ポッピーは慌てて首を振る。
「今は護衛してもらってます」
『護衛?』
そこでデュミナスが前へ出た。
「スカイピラーズだ」
通信先の空気が一瞬止まる。
『……デュミナスさん?』
「ああ」
『本当に引き受けてくださったんですね……!』
「正式契約はまだ曖昧だがな」
横でジョンが「曖昧なんだ……」と小声で呟いた。
だが通信先の女性――恐らく事務所社長は、明らかに安堵していた。
『ありがとうございます……本当に……』
その時だった。
通信先から別の声が割り込んでくる。
『ですが社長!』
若い男の声。
『このままライブを続行するのは危険です!』
『ジャークスピアがまた襲撃してきたら――』
『既にスポンサー側も中止を――』
空気が変わる。
ポッピーの表情が強張った。
『……ポッピーちゃん』
社長が慎重に口を開く。
『今、イブバーチュ公演について再検討の話が出てるの』
「……」
『安全面の問題があるわ。スタッフも亡くなってる』
その言葉に、ポッピーは唇を噛んだ。
『ファンの安全も考えたら――』
「嫌です」
即答だった。
あまりにも早かった。
通信先の全員が一瞬黙る。
ポッピーは俯いたまま続けた。
「絶対にやります」
『でも――』
「やります」
今度ははっきり顔を上げる。
その目には強い意志が宿っていた。
「イブバーチュ公演、半年も前から準備してたんです」
声が震えている。
だが逃げてはいない。
「地方コロニーの子達もいっぱい来る予定で……ずっと楽しみにしてくれてて……だから」
ポッピーは拳を握った。
「こんな事で中止にしたくないんです」
通信先が静まり返る。
「確かに怖いです」
ポッピーは正直に言った。
「怖いですけど……でも」
そこで小さく笑う。
アイドルとしての笑顔ではない。
一人の仕事人としての顔だった。
「楽しみにしてくれてる人が居るなら、私はちゃんと行きたいです」
その言葉に。
ジョンは少しだけ目を見開いた。
もっと軽い人間だと思っていた。
人気アイドル。
キラキラした芸能人。
そういう印象しか無かった。
だが実際のポッピーは違う。
ちゃんと責任感がある。
覚悟もある。
命を狙われてなお、仕事を投げ出そうとしていない。
『……分かったわ』
やがて社長が静かに言った。
『あなたがそこまで言うなら、事務所も最後まで支える』
「ありがとうございます!」
『ただし絶対無茶しないこと!』
「はい!」
『本当に気を付けて……』
通信が終わる。
ブース内に静寂が戻った。
ポッピーは大きく息を吐いた。
「……緊張したぁ」
「頑固だな君は」
デュミナスが言う。
だがその声音には、少しだけ感心したような響きがあった。
「仕事熱心と言ってほしいです!」
ポッピーはむっと頬を膨らませる。
そのやり取りを見ていたジョンは、苦笑した。
「アイドルってもっとフワフワした奴らかと思ってた」
「失礼ですね!」
「悪い悪い」
その時。
船内通信端末へ着信が入る。
『こちら第七ドック』
整備員の声だった。
『ブースターユニット装着完了したぞー』
ジョンの顔が死んだ。
「うわ来た」
「戻るぞ」
デュミナスが踵を返す。
「アンタ他人事だと思ってるだろ絶対」
「気のせいだ」
***
数十分後。
ドックへ戻ったジョンは、その場で膝をつきかけた。
「……ダサ……」
ラクーン号後部へ巨大な外付けブースターユニットが増設されていた。
明らかに後付け感満載。
配線剥き出し。
補助フレーム増設。
無骨な追加装甲。
まるで小型トラックへ無理矢理ロケットエンジンを括り付けたような見た目だった。
「何だこれぇ……」
「速そうですわ!」
サクラが目を輝かせる。
「男のロマンだな!」
シンヤもテンションが高い。
「俺の船がぁ……」
ジョンだけが泣きそうだった。
だが。
既に作業は完了している。
後戻りはできない。
『発進許可確認』
管制音声が響く。
ジョンは半ば諦めた顔で操縦席へ座った。
「……行くぞ」
エンジン始動。
ラクーン号がゆっくりドックから離れる。
巨大なフロッグ社ステーションが遠ざかっていく。
その後方では、新たに取り付けられたブースターが低く唸り始めていた。
イブバーチュへの旅は、まだ始まったばかりだった。