宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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42.

 宇宙開拓時代。

 人類は無数の企業を宇宙へ送り出した。

 資源採掘企業。

 燃料精製企業。

 軍需産業。

 宇宙建設会社。

 惑星開発事業。

 その全てが競い合うように宇宙へ進出し、数え切れないほどの人工衛星や作業施設を建造した。

 だが、宇宙へ“作る”事には熱心だった人類も、“片付け”には驚くほど無頓着だった。

 資源を掘り尽くした採掘衛星。

 採算が取れなくなった精製ステーション。

 企業戦争で破壊された軍事設備。

 老朽化した輸送拠点。

 そうした巨大構造物は、本来なら莫大な費用を掛けて解体・処分しなければならない。

 しかし企業達は、利益にならない作業を嫌った。

 結果不要になった施設の多くは、宇宙空間へそのまま放置された。

 数十年。あるいは百年以上。

 そうして積み重なった宇宙ゴミは、一部宙域を完全な“残骸地帯”へ変えてしまった。

 それが――通称、“ダストスポット”。

 

「……相変わらず最悪の景色だな」

 

 ラクーン号操縦席で、ジョンは苦い顔をしながら呟いた。

 前方スクリーンいっぱいに広がるのは、宇宙ゴミの海だった。

 巨大な金属塊。

 砕けた資源衛星。

 破損した太陽光パネル。

 制御を失ったコンテナ群。

 千切れた配線。

 崩壊した居住ブロック。

 名前も分からない機械の残骸。

 それら全てが、静かに宇宙を漂っている。

 光景だけ見れば幻想的ですらあった。

 星明かりを反射する無数の残骸は、まるで宇宙に浮かぶ墓標の群れのようにも見える。

 その美しさの正体は、企業達が放置した文明の死骸だった。

 

「うわぁ……」

 

 操縦席後方から、ポッピーが思わず声を漏らす。

 

「これ全部ゴミなんですか……?」

「“元設備”だな」

 

 デュミナスが淡々と答えた。

 仮面越しの視線が前方スクリーンを見据えている。

 

「採掘企業や軍需企業が使い捨てた施設群だ。宇宙戦争時代の残骸も混じっている」

 

 その時。

 巨大な影が窓の外をゆっくり横切った。

 

「……でっか」

 

 セリアが小さく呟く。

 全長数キロ級の円筒形資源衛星だった。

 かつて小惑星採掘用に使われていた施設なのだろう。

 しかし現在は外壁の大半が剥がれ落ち、内部構造材がむき出しになっている。

 巨大なドリル部分は折れ曲がり、回転機構も停止していた。

 完全な死骸だ。

 

「企業ってロクでもねぇな……」

 

 ジョンは吐き捨てるように言った。

 

「片付け費用ケチった結果がコレかよ」

「利益にならない事へ金を払いたがらないのは、どの時代も同じだ」

 

 デュミナスは感情を交えずに返す。

 ジョンは舌打ちした。

 

「おかげで通る側は命懸けだ」

 

 ラクーン号は現在、通常航路を大きく外れた迂回ルートを航行していた。

 本来なら、ここまで危険な宙域へ近づく必要はない。

 だが。

 

「ライブ日程に間に合わせる為には、ここを抜けるしかない」

 

 デュミナスが星図を表示する。

 赤いラインが正規航路。

 そして青いラインが現在のルート。

 

「正規航路はジャークスピアが待ち伏せしている可能性が高い。だが遠回りしすぎればイブバーチュ到着がライブ日程に間に合わない」

「だから危険地帯を突っ切るって?」

 

 ジョンは眉をひそめる。

 

「合理的だろう」

「俺の胃には全然合理的じゃねぇよ……」

 

 その時。

 警報音が鳴った。

 

『接近物体』

「チッ」

 

 ジョンが即座に操縦桿を引く。

 ラクーン号が僅かにロールした。

 次の瞬間。

 船体すれすれを、高速回転する巨大金属片が通過していく。

 ゴォン、と鈍い振動。

 外壁へ小さな破片が掠めたのだ。

 

「ひっ……!」

 

 ポッピーが思わず声を上げる。

 

「危なっ!」

「これだから嫌なんだよここは!」

 

 ジョンは汗を拭いながら叫んだ。

 宇宙空間において、“小さな破片”は凶器だ。

 高速移動する数センチの金属片でも、装甲へ穴を開けるには十分。

 ましてダストスポットでは、大小様々なデブリが不規則に漂っている。

 予測不能。死角だらけ。

 まるで宇宙そのものが牙を剥いているようだった。

 ジョンはコンソールへ視線を走らせる。

 レーダーは反応だらけだった。

 

「右舷前方、漂流パネル群」

 

 セリアが補助モニターを確認する。

 

「了解」

「下方に熱源反応」

「旧型推進器だな」

「左側から大型デブリ接近」

「見えてる!」

 

 ラクーン号がゆっくりと傾く。

 巨大な廃棄アンテナの隙間を、紙一重で通過。

 さらにその先では、崩壊した居住ブロックがゆっくり回転していた。

 窓の向こうに、砕けた室内が見える。

 家具。

 食器。

 誰かの生活の痕跡。

 それらが真空の中で凍り付いていた。

 

「……何か怖いですね」

 

 ポッピーが小さく呟く。

 ジョンも少しだけ真顔になった。

 

「宇宙ってのはな」

 

 彼は前を見たまま言う。

 

「便利だけど、“終わった物”をそのまま捨てとく場所でもあるんだよ」

 

 誰もすぐには返事をしなかった。

 静かな宇宙。漂う残骸。無数の文明の死骸。

 その全てが、人工灯火も無い闇の中で静かに浮かんでいる。

 そしてその間を。

 ラクーン号は、慎重に、慎重に進んでいく。

 周囲を漂う無数の残骸。

 大型デブリの影。

 崩壊した資源衛星。

 静かな宇宙空間だというのに、操縦席の空気は張り詰めている。

 ジョンは操縦桿を握ったまま、小さく肩を回した。

 

「クソ……肩凝ってきた……」

「集中力切らしたら死にますわよ?」

 

 サクラがさらりと言う。

 

「縁起でもねぇ事言うな!」

 

 その時だった。

 レーダー画面へ新たな反応が映る。

 

『警告。前方宙域に高エネルギー反応多数』

「……何だ?」

 

 ジョンが眉をひそめた。

 セリアが即座にスキャン情報を解析する。

 

「金属反応複数。形状パターン一致」

 

 一瞬の間。

 そして。

 

「――宇宙機雷?」

 

 ジョンの顔が引きつった。

 前方モニターが拡大される。

 そこには、暗闇に紛れるように浮かぶ球状物体があった。

 黒い球体。

 表面に展開されたセンサーアンテナ。

 周囲へ伸びる細い感知ワイヤー。

 間違いない。旧式宇宙機雷だ。

 

「うっわ……」

 

 ポッピーが青ざめる。

 

「アレ爆発するんですよね?」

「する」

 

 ジョンは即答した。

 

「しかも宇宙用機雷は威力バカ高い。直撃したらラクーン号なんざ一発で蒸発だ」

「サラッと怖い事言わないでください!」

 

 レーダーには、次々と反応が表示されていく。

 一つや二つではない。

 数十。いや、百近い。

 まるで機雷原だった。

 

「何でこんな場所に……」

 

 ジョンが舌打ちする。

 デュミナスは仮面の奥で目を細めていた。

 

「宇宙戦争時代の残存兵器だろう」

「こんなもん放置してんのかよ……」

「この宙域なら不思議ではない」

 

 だが、デュミナスの声音には僅かな違和感が混じっていた。

 その時。

 

「俺、行ってきますよ」

 

 軽い調子で言ったのはシンヤだった。

 彼は椅子から立ち上がる。

 

「このままだと進めないっしょ?」

「待てシンヤ」

 

 ゴートが低く言う。

 

「危険だ」

「だいじょーぶだって」

 

 シンヤは笑った。

 

「ビートアロウなら小回り効くし。機雷だけ狙撃して道作ればいいんだろ?」

 

 そしてジョンへ親指を立てる。

 

「それにここで船ごと爆散されたら、俺も困るしな」

「軽いなぁお前……」

「イケメンは余裕が大事なんだよ」

 

 そう言ってシンヤは格納庫へ向かっていく。

 数分後。

 ラクーン号下部ハッチが開放された。

 白と青の流線型戦闘機――ビートアロウが姿を現す。

 スラスター点火。

 機体が静かに宇宙へ滑り出した。

 

『ピラー3、出るぜ』

 

 通信越しのシンヤの声。

 軽い。

 だが操縦技術への自信が滲んでいた。

 ビートアロウが加速する。

 デブリ群の間を縫うように飛行しながら、前方機雷群へ接近していく。

 

「すげぇ……」

 

 ジョンは思わず呟いた。

 細かい姿勢制御。

 滑るような軌道。

 高速移動しながらも、周囲デブリとの距離を完璧に把握している。

 さすが傭兵エース部隊だった。

 

『まず一個』

 

 ビートアロウ機首レーザーバルカン発射。

 青白い閃光。

 直後。

 前方機雷が爆発する。

 宇宙空間に火球が咲いた。

 

『おっと連鎖注意っと』

 

 シンヤは機体を翻しながら次々機雷を狙撃していく。

 爆発。爆発。爆発。

 静かな宇宙に閃光が連続した。

 だがその光景を見ながら、デュミナスだけはじっと黙っていた。

 

「……?」

 

 ジョンが気付く。

 

「どうした」

「妙だ」

 

 デュミナスは低く言った。

 

「何が?」

「機雷の数だ」

 

 仮面越しの視線が前方宙域を見据えている。

 

「不発弾が残っている事自体は珍しくない」

「だろうな」

「だが、これほど密集して残っているのは不自然だ」

 

 ジョンの表情が変わる。

 

「……つまり?」

 

 デュミナスが答える前だった。

 レーダーが激しく反応した。

 

『新規熱源反応多数!』

「なっ――!?」

 

 直後。

 巨大な資源衛星の影。

 漂流船の残骸。

 崩壊したステーションの陰。

 そこから次々と小型機が飛び出してくる。

 丸い本体。無骨な作業アーム。そして後付けされた武装。

 ダートポッド。

 ジャークスピアの武装機だった。

 

『ヒャッハー!!』

『罠にハマったな観光客ゥ!!』

『ここは俺らの縄張りッスよォ!!』

『ライブ会場まで行けると思った? 甘ェ!』

 

 ラップ口調の通信が一斉に飛び交う。

 その数。

 一機や二機ではない。

 デブリの陰から、まるで湧き出るように現れる。

 

「チッ……!」

 

 ジョンが顔をしかめた。

 

「機雷原は足止め用か!」

「恐らくな………やはり待ち伏せされていたか、ジャークスピア」

 

 デュミナスは静かに言う。

 そして。

 仮面の奥の目が鋭く細められた。

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