宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
宇宙開拓時代。
人類は無数の企業を宇宙へ送り出した。
資源採掘企業。
燃料精製企業。
軍需産業。
宇宙建設会社。
惑星開発事業。
その全てが競い合うように宇宙へ進出し、数え切れないほどの人工衛星や作業施設を建造した。
だが、宇宙へ“作る”事には熱心だった人類も、“片付け”には驚くほど無頓着だった。
資源を掘り尽くした採掘衛星。
採算が取れなくなった精製ステーション。
企業戦争で破壊された軍事設備。
老朽化した輸送拠点。
そうした巨大構造物は、本来なら莫大な費用を掛けて解体・処分しなければならない。
しかし企業達は、利益にならない作業を嫌った。
結果不要になった施設の多くは、宇宙空間へそのまま放置された。
数十年。あるいは百年以上。
そうして積み重なった宇宙ゴミは、一部宙域を完全な“残骸地帯”へ変えてしまった。
それが――通称、“ダストスポット”。
「……相変わらず最悪の景色だな」
ラクーン号操縦席で、ジョンは苦い顔をしながら呟いた。
前方スクリーンいっぱいに広がるのは、宇宙ゴミの海だった。
巨大な金属塊。
砕けた資源衛星。
破損した太陽光パネル。
制御を失ったコンテナ群。
千切れた配線。
崩壊した居住ブロック。
名前も分からない機械の残骸。
それら全てが、静かに宇宙を漂っている。
光景だけ見れば幻想的ですらあった。
星明かりを反射する無数の残骸は、まるで宇宙に浮かぶ墓標の群れのようにも見える。
その美しさの正体は、企業達が放置した文明の死骸だった。
「うわぁ……」
操縦席後方から、ポッピーが思わず声を漏らす。
「これ全部ゴミなんですか……?」
「“元設備”だな」
デュミナスが淡々と答えた。
仮面越しの視線が前方スクリーンを見据えている。
「採掘企業や軍需企業が使い捨てた施設群だ。宇宙戦争時代の残骸も混じっている」
その時。
巨大な影が窓の外をゆっくり横切った。
「……でっか」
セリアが小さく呟く。
全長数キロ級の円筒形資源衛星だった。
かつて小惑星採掘用に使われていた施設なのだろう。
しかし現在は外壁の大半が剥がれ落ち、内部構造材がむき出しになっている。
巨大なドリル部分は折れ曲がり、回転機構も停止していた。
完全な死骸だ。
「企業ってロクでもねぇな……」
ジョンは吐き捨てるように言った。
「片付け費用ケチった結果がコレかよ」
「利益にならない事へ金を払いたがらないのは、どの時代も同じだ」
デュミナスは感情を交えずに返す。
ジョンは舌打ちした。
「おかげで通る側は命懸けだ」
ラクーン号は現在、通常航路を大きく外れた迂回ルートを航行していた。
本来なら、ここまで危険な宙域へ近づく必要はない。
だが。
「ライブ日程に間に合わせる為には、ここを抜けるしかない」
デュミナスが星図を表示する。
赤いラインが正規航路。
そして青いラインが現在のルート。
「正規航路はジャークスピアが待ち伏せしている可能性が高い。だが遠回りしすぎればイブバーチュ到着がライブ日程に間に合わない」
「だから危険地帯を突っ切るって?」
ジョンは眉をひそめる。
「合理的だろう」
「俺の胃には全然合理的じゃねぇよ……」
その時。
警報音が鳴った。
『接近物体』
「チッ」
ジョンが即座に操縦桿を引く。
ラクーン号が僅かにロールした。
次の瞬間。
船体すれすれを、高速回転する巨大金属片が通過していく。
ゴォン、と鈍い振動。
外壁へ小さな破片が掠めたのだ。
「ひっ……!」
ポッピーが思わず声を上げる。
「危なっ!」
「これだから嫌なんだよここは!」
ジョンは汗を拭いながら叫んだ。
宇宙空間において、“小さな破片”は凶器だ。
高速移動する数センチの金属片でも、装甲へ穴を開けるには十分。
ましてダストスポットでは、大小様々なデブリが不規則に漂っている。
予測不能。死角だらけ。
まるで宇宙そのものが牙を剥いているようだった。
ジョンはコンソールへ視線を走らせる。
レーダーは反応だらけだった。
「右舷前方、漂流パネル群」
セリアが補助モニターを確認する。
「了解」
「下方に熱源反応」
「旧型推進器だな」
「左側から大型デブリ接近」
「見えてる!」
ラクーン号がゆっくりと傾く。
巨大な廃棄アンテナの隙間を、紙一重で通過。
さらにその先では、崩壊した居住ブロックがゆっくり回転していた。
窓の向こうに、砕けた室内が見える。
家具。
食器。
誰かの生活の痕跡。
それらが真空の中で凍り付いていた。
「……何か怖いですね」
ポッピーが小さく呟く。
ジョンも少しだけ真顔になった。
「宇宙ってのはな」
彼は前を見たまま言う。
「便利だけど、“終わった物”をそのまま捨てとく場所でもあるんだよ」
誰もすぐには返事をしなかった。
静かな宇宙。漂う残骸。無数の文明の死骸。
その全てが、人工灯火も無い闇の中で静かに浮かんでいる。
そしてその間を。
ラクーン号は、慎重に、慎重に進んでいく。
周囲を漂う無数の残骸。
大型デブリの影。
崩壊した資源衛星。
静かな宇宙空間だというのに、操縦席の空気は張り詰めている。
ジョンは操縦桿を握ったまま、小さく肩を回した。
「クソ……肩凝ってきた……」
「集中力切らしたら死にますわよ?」
サクラがさらりと言う。
「縁起でもねぇ事言うな!」
その時だった。
レーダー画面へ新たな反応が映る。
『警告。前方宙域に高エネルギー反応多数』
「……何だ?」
ジョンが眉をひそめた。
セリアが即座にスキャン情報を解析する。
「金属反応複数。形状パターン一致」
一瞬の間。
そして。
「――宇宙機雷?」
ジョンの顔が引きつった。
前方モニターが拡大される。
そこには、暗闇に紛れるように浮かぶ球状物体があった。
黒い球体。
表面に展開されたセンサーアンテナ。
周囲へ伸びる細い感知ワイヤー。
間違いない。旧式宇宙機雷だ。
「うっわ……」
ポッピーが青ざめる。
「アレ爆発するんですよね?」
「する」
ジョンは即答した。
「しかも宇宙用機雷は威力バカ高い。直撃したらラクーン号なんざ一発で蒸発だ」
「サラッと怖い事言わないでください!」
レーダーには、次々と反応が表示されていく。
一つや二つではない。
数十。いや、百近い。
まるで機雷原だった。
「何でこんな場所に……」
ジョンが舌打ちする。
デュミナスは仮面の奥で目を細めていた。
「宇宙戦争時代の残存兵器だろう」
「こんなもん放置してんのかよ……」
「この宙域なら不思議ではない」
だが、デュミナスの声音には僅かな違和感が混じっていた。
その時。
「俺、行ってきますよ」
軽い調子で言ったのはシンヤだった。
彼は椅子から立ち上がる。
「このままだと進めないっしょ?」
「待てシンヤ」
ゴートが低く言う。
「危険だ」
「だいじょーぶだって」
シンヤは笑った。
「ビートアロウなら小回り効くし。機雷だけ狙撃して道作ればいいんだろ?」
そしてジョンへ親指を立てる。
「それにここで船ごと爆散されたら、俺も困るしな」
「軽いなぁお前……」
「イケメンは余裕が大事なんだよ」
そう言ってシンヤは格納庫へ向かっていく。
数分後。
ラクーン号下部ハッチが開放された。
白と青の流線型戦闘機――ビートアロウが姿を現す。
スラスター点火。
機体が静かに宇宙へ滑り出した。
『ピラー3、出るぜ』
通信越しのシンヤの声。
軽い。
だが操縦技術への自信が滲んでいた。
ビートアロウが加速する。
デブリ群の間を縫うように飛行しながら、前方機雷群へ接近していく。
「すげぇ……」
ジョンは思わず呟いた。
細かい姿勢制御。
滑るような軌道。
高速移動しながらも、周囲デブリとの距離を完璧に把握している。
さすが傭兵エース部隊だった。
『まず一個』
ビートアロウ機首レーザーバルカン発射。
青白い閃光。
直後。
前方機雷が爆発する。
宇宙空間に火球が咲いた。
『おっと連鎖注意っと』
シンヤは機体を翻しながら次々機雷を狙撃していく。
爆発。爆発。爆発。
静かな宇宙に閃光が連続した。
だがその光景を見ながら、デュミナスだけはじっと黙っていた。
「……?」
ジョンが気付く。
「どうした」
「妙だ」
デュミナスは低く言った。
「何が?」
「機雷の数だ」
仮面越しの視線が前方宙域を見据えている。
「不発弾が残っている事自体は珍しくない」
「だろうな」
「だが、これほど密集して残っているのは不自然だ」
ジョンの表情が変わる。
「……つまり?」
デュミナスが答える前だった。
レーダーが激しく反応した。
『新規熱源反応多数!』
「なっ――!?」
直後。
巨大な資源衛星の影。
漂流船の残骸。
崩壊したステーションの陰。
そこから次々と小型機が飛び出してくる。
丸い本体。無骨な作業アーム。そして後付けされた武装。
ダートポッド。
ジャークスピアの武装機だった。
『ヒャッハー!!』
『罠にハマったな観光客ゥ!!』
『ここは俺らの縄張りッスよォ!!』
『ライブ会場まで行けると思った? 甘ェ!』
ラップ口調の通信が一斉に飛び交う。
その数。
一機や二機ではない。
デブリの陰から、まるで湧き出るように現れる。
「チッ……!」
ジョンが顔をしかめた。
「機雷原は足止め用か!」
「恐らくな………やはり待ち伏せされていたか、ジャークスピア」
デュミナスは静かに言う。
そして。
仮面の奥の目が鋭く細められた。