宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ダストスポット宙域。宇宙の墓場。
企業に捨てられた資源衛星。
老朽化して放棄された作業ステーション。
戦争で破壊された軍艦の残骸。
役目を終え、忘れ去られた無数の人工物が、静かな闇の中を漂っている。
その死骸の海で、ジャークスピアのダートポッド部隊が、獲物を包囲しようとしていた。
『ヒャハハハ!!』
『逃げ場ねェぞォ!!』
『ライブも夢もここで終わりッス!!』
『アイドル差し出せやオラァ!!』
下品なラップ口調の通信が回線を埋め尽くす。
無数のスラスター光。
ダートポッドの群れ。
大型デブリの陰から次々と現れる敵機を見て、ジョンは露骨に顔をしかめた。
「クソッ……ゴキブリみてぇに湧いてきやがる……」
ラクーン号操縦席のレーダーは、赤い反応で埋まりつつあった。
しかもここは普通の戦場ではない。
周囲には巨大デブリが無数に漂っている。
少しでも操縦を誤れば衝突。
だが動きを止めれば敵の的。
宇宙そのものが牙を剥いているような場所だった。
「ジョン、船を止めるな」
デュミナスが冷静に言う。
「停止した瞬間に包囲される」
「分かってる!」
ジョンは操縦桿を握り直した。
ラクーン号がゆっくり姿勢変更する。
その横を、巨大な鉄骨フレームが高速回転しながら通過していった。
警報音。
接近デブリ。
敵反応。
狭い操縦席の空気が、どんどん張り詰めていく。
その時だった。
「よっしゃ、そんじゃ行ってくるわ」
軽い調子でシンヤが立ち上がる。
「おい」
ジョンが振り返る。
「マジで出る気か?」
「逆に聞くけど、出ない理由ある?」
シンヤは肩を竦めた。
銀髪の長髪がふわりと揺れる。
「このまま囲まれてラクーン号ボコられる方が困るだろ」
「そりゃそうだが……」
「安心しなって」
シンヤはニヤリと笑う。
「こういうグチャグチャした戦場、俺けっこう好きなんだよね」
そう言うと彼は格納庫へ向かった。
ゴートが静かに後を追う。
「無茶はするな」
「はいはい」
「聞いていないな」
「当然」
サクラが溜め息をついた。
「本当に自由人ですわね……」
数分後。
ラクーン号下部格納ブロック。
警告灯が赤く点滅していた。
狭い格納庫内に収まる、白と青の流線型戦闘機――ビートアロウ。
通常の軍用機より細身で、鋭いシルエット。
宇宙戦闘だけでなく、大気圏内飛行まで想定した全領域対応機。
機体表面へ、格納庫ライトが白く反射している。
シンヤはコックピットへ飛び乗った。
『ピラー3、発進準備完了』
通信が入る。
操縦席でジョンが顔をしかめた。
「気軽に言うなぁ……」
『まあ見てなって』
シンヤの声は楽しそうですらあった。
『すぐ片付けるからさ』
格納庫ハッチ開放。
重い金属音。
宇宙の闇が広がる。
その向こうには、ダートポッド部隊のスラスター光が無数に浮かんでいた。
『敵機接近!!』
『出てきやがったぞォ!!』
『戦闘機一機で何する気だァ!?』
ジャークスピア側が騒ぎ始める。
だが。
シンヤはむしろ笑っていた。
『数だけ多いチンピラ共に、“本物”って奴を見せてやるよ』
次の瞬間。
ビートアロウのスラスターが爆発的な光を放つ。
機体が一直線に宇宙へ飛び出した。
加速。
一瞬でラクーン号から離脱。
その軌道は、まるで弾丸だった。
「うおっ……速ぇ……」
ジョンが思わず呟く。
ビートアロウは巨大デブリの隙間を縫うように飛行しながら、敵編隊へ突っ込んでいく。
『来やがった!!』
『囲め囲めェ!!』
『数で押し潰せば勝ちだァ!!』
ダートポッド部隊が一斉に動いた。
無数のレーザー。
飛び交うミサイル。
だが。
『遅い遅い』
シンヤは笑う。
ビートアロウが機体を捻る。
レーザー回避。
さらに急降下。
そのまま目前へ漂っていた巨大輸送船残骸の内部へ飛び込んだ。
「はぁ!?」
ジョンが目を剥く。
残骸内部は崩壊している。
狭い。
障害物だらけ。
しかも高速回転中。
普通なら自殺行為だ。
だがシンヤは躊躇しない。
『こういう所、ショートカットになるんだよ』
ビートアロウが暗い船内通路を高速通過する。
砕けた壁。
漂う配線。
散乱する金属片。
その全てを紙一重で回避していく。
追撃してきたダートポッド達が慌てて続いた。
そして。
一機目。側壁へ激突。
爆発。
二機目。回転していた大型配管へ衝突。
機体真っ二つ。
三機目。制御不能になり、そのまま別デブリへ突っ込む。
『ぎゃあああ!?』
『うわァァァ!!』
『止まれ止まれ止まれェ!!』
火花と爆炎が連続する。
その中をビートアロウだけが滑るように飛び抜けていった。
『あっははははは!!』
シンヤの笑い声が通信へ響く。
『ヘッタクソだなぁお前ら!!』
ジョンは半ば呆然としていた。
技術が異常だった。
空間把握能力。
反応速度。
機体制御。
全てが桁違いだ。
普通のパイロットなら数秒で死ぬ。
だがシンヤは違う。
むしろ、こういう狂った戦場ほど本領を発揮していた。
『右から来ますわ!』
サクラの警告。
大型デブリの陰から、新たなダートポッド部隊が飛び出す。
『今度こそ囲めェ!!』
『戦闘機一機で調子乗ってんじゃねェ!!』
『スクラップにしてやるゼェ!!』
無数のレーザーが放たれた。
だが。
『だから遅いって』
ビートアロウ急旋回。
レーザーの隙間を縫う。
さらに機体を反転。
今度は敵編隊の真下へ潜り込んだ。
『えっ――』
『下!?』
レーザーバルカン連射。
青白い閃光がダートポッドを貫く。
一機爆散。
二機目誘爆。
三機目は破片を浴びて制御不能。
さらに。
『ほい追加』
プロトンランチャー発射。
光の槍が敵編隊中央を吹き飛ばした。
爆発。
爆発。
爆発。
宇宙に火球が連続する。
『うわあああ!!』
『何なんだコイツ!?』
『速すぎるッス!!』
ジャークスピア側の統制が崩れ始める。
だがシンヤは止まらない。
ビートアロウが加速。
残骸の海を縫いながら、次々ダートポッドを撃墜していく。
まるで。この狂った宙域そのものを、自分の武器として使っているようだった。
無数のデブリが漂う闇の中で、爆炎が連続する。
ジャークスピアのダートポッドが、次々と撃墜されていく。
その中心に居るのは、たった一機のビートアロウだった。
『そらそらァ!!』
シンヤの声が通信回線へ響く。
ビートアロウが急旋回。
直後、後方から迫っていたダートポッド二機が互いに衝突した。
爆発。
火花。
飛び散る金属片。
『ぎゃあああ!?』
『避けろ避け――』
叫びは爆音に掻き消えた。
さらにシンヤは止まらない。
ビートアロウが巨大デブリの陰へ滑り込む。
追撃するジャークスピア機。
だが次の瞬間、残骸裏側からビートアロウが飛び出した時には、既に敵の背後を取っていた。
『はい残念』
レーザーバルカン連射。
ダートポッド爆散。
さらにその爆発へ別の機体が巻き込まれる。
『うおおお!?』
『どこから出てきやがった!?』
『速すぎッス!!』
通信が混乱に染まっていく。
操縦席でそれを見ていたジョンは、半ば呆然としていた。
「……何なんだアイツ」
思わず漏れる。
「強ぇとかそういうレベルじゃねぇぞ……」
戦闘機動が異常だった。
普通なら死角になるデブリ帯。
普通なら突っ込めない残骸内部。
普通なら回避不能な障害物群。
シンヤはそれら全てを利用していた。
戦場に存在する“危険”そのものを、自分だけの地形として使っている。
「すごい……」
ポッピーも息を呑んでいた。
戦闘知識など無い彼女ですら分かる。
あれは別格だ。
「右から二機」
デュミナスが静かに言う。
その瞬間、ビートアロウが機体を反転。
レーザー回避。
さらに急加速。
すれ違いざまに放たれたバルカンが、敵機のコックピット部分を正確に撃ち抜いた。
『うわァァァ!?』
『またやられ――』
爆発。
火球が宇宙に広がる。
シンヤは笑っていた。
『いやぁ、今日は調子良いな俺!』
「アイツ絶対楽しんでるだろ……」
ジョンは頭を抱えた。
戦場だというのに、シンヤには妙な余裕がある。
だが、その余裕を裏付けるだけの実力が確かにあった。
ビートアロウがさらに加速。
デブリの間を縫いながら敵機を追い詰める。
ジャークスピア側は完全にパニック状態だった。
『逃げろ逃げろォ!!』
『無理無理無理!!』
『コイツ人間じゃねェ!!』
『化け物ッス!!』
そして。
数分後。
宇宙に漂うのは、燃え尽きたダートポッドの残骸ばかりだった。
生き残った機体は蜘蛛の子を散らすように撤退していく。
その光景を見ながら、シンヤは満足げに鼻を鳴らす。
『よーし、大体片付いたかな』
ビートアロウがゆっくり旋回した。
『どうよジョン? 俺カッコよくなかった?』
「いやまあ、強いのは認めるけどよ……」
ジョンは苦笑する。
「何つーか、人間業に見えねぇんだよ」
『褒め言葉として受け取っとく』
シンヤは得意げだった。
その時だった。
操縦席の警報が鳴り響く。
『高エネルギー反応接近』
「……何?」
ジョンが眉をひそめる。
レーダー画面へ、新たな反応が映し出された。
巨大。
ダートポッドなど比較にならないサイズ。
しかも高速接近中。
「この反応……デカいぞ」
ジョンの表情が変わる。
デュミナスも仮面の奥で目を細めた。
「来るか」
『ん?』
シンヤが周囲を見回す。
『まだ居たの?』
その瞬間だった。
闇を裂くように、極太のビームが飛来する。
『ッ!?』
シンヤが反射的に回避。
ビートアロウの横を、巨大な光線が通過した。
直後。
背後の大型デブリが蒸発する。
「うおぉっ!?」
ジョンが叫ぶ。
爆発。
衝撃。
巨大な残骸が真っ二つに吹き飛んだ。
『何だ今の!?』
シンヤが急上昇する。
そして。
見上げた。
巨大デブリ群の向こう側。
そこに、“それ”は居た。
巨大な鋼鉄の怪物。
ワタリガニのような異形のシルエット。
全長四十メートル級。
機械化された巨大クロー。
装甲の隙間から漏れる赤い駆動光。
そして機体前面へ並ぶ、六門のビーム砲。
「馬鹿な!?ガチノゲーだと!?」
ジョンが驚愕し、その名を叫ぶ。
ガチノゲー改。
宇宙戦争時代の遺物を、ジャークスピアが改修した巨大機動兵器だった。
その巨体が。まるで宙域そのものへ君臨するように、デブリ帯の上へ鎮座していた。
通信が開く。
『ヒヒヒ……』
ノイズ混じりの笑い声。
『派手に暴れてくれたじゃねぇかだゾ……』
丸いサングラス。
坊主頭。
モニターへ映る男の顔。
ジャークスピア幹部――ロックス・ローズ。
『でもよォ……』
巨大クローがゆっくり開く。
『ここからが本番だゾ?』