宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ダストスポット宙域。
無数の残骸が漂う闇の中。
ガチノゲー改は、まるで古代の怪物のような威圧感を放っていた。
全長四十メートル。
巨大機動兵器。
戦争時代の亡霊。
その巨体がゆっくりと姿勢を変えるたび、周囲のデブリが重力に引かれるように軋みながら流れていく。
赤いセンサー光が、獲物を探す肉食獣の目のように明滅していた。
『どうしたどうしたァ?』
ロックスの声が通信へ響く。
『さっきまでの勢いはどこ行ったんだゾォ?』
次の瞬間。
ガチノゲー改前面のビーム砲が発光した。
『ッ!』
シンヤが即座に機体をロールさせる。
極太のビームが宇宙を焼き払った。
轟音。
閃光。
熱量。
ビームが通過した後方で、巨大デブリ群がまとめて蒸発する。
ラクーン号操縦席でジョンが顔を引き攣らせた。
「冗談だろおい……」
さっきまで相手にしていたダートポッドとは、次元が違う。
火力が異常だった。
まともに掠めただけでビートアロウですら終わる。
『ヒャハハハハ!!』
ロックスが笑う。
『避けろ避けろォ!!踊れ踊れだゾォ!!』
六門のビーム砲が連続発射される。
光線が乱舞する。
デブリ帯そのものが砕け散っていく。
シンヤは歯を食いしばった。
『クソッ……!!』
ビートアロウが急加速。
巨大残骸の陰へ飛び込む。
だが次の瞬間。
ガチノゲー改のビームが残骸ごと貫通した。
爆発。衝撃波。
ビートアロウが吹き飛ばされる。
『ぐっ!?』
警報。
火花。
コックピットが激しく揺れる。
シンヤは無理やり機体を立て直した。
『マジかよ……火力おかしいだろ……!』
額に汗が滲む。
今までの余裕が薄れ始めていた。
相手は巨大だ。
鈍重にも見える。
だが火力が違いすぎる。
しかもデブリごと破壊してくるせいで、この宙域最大の利点である障害物利用が成立しない。
隠れても消し飛ばされる。
回避を続けるしかない。
『どうしたァ!?』
ロックスの叫び。
『さっきみたいにヒョイヒョイ飛んでみろだゾ!!』
ガチノゲー改が巨大クローを振るう。
クローが大型デブリを掴み、そのまま投げつけてきた。
「うおっ!?」
ジョンが叫ぶ。
直径数十メートル級の残骸が高速回転しながら飛来する。
シンヤは咄嗟に回避。
だが、そこへビーム。
『ッ!?』
爆発。
ビートアロウが衝撃で横転した。
警報音が鳴り響く。
『機体損傷警告』
『左翼被弾』
『姿勢制御低下』
「シンヤ!!」
ジョンが叫ぶ。
『だ、大丈夫……!!』
だが声に余裕は無かった。
ビートアロウ左翼から火花が散っている。
推進バランスが崩れ、機体が不安定に揺れていた。
『ヒヒヒ……』
ロックスが笑う。
『逃げ回るだけじゃ勝てねぇだゾ?』
ガチノゲー改がゆっくり前進する。
巨大な鋼鉄の蟹が、宇宙の闇を這う。
その威圧感は圧倒的だった。
ビートアロウ一機では、火力差が大きすぎる。
シンヤもそれを理解していた。
『……チッ』
操縦桿を握る手へ力が入る。
だが諦めるつもりは無い。
ビートアロウが再加速。
ガチノゲー改の死角へ回り込もうとする。
しかし。
『見えてんだゾォ!!』
巨大クローが振り下ろされた。
『うおっ!?』
回避が間に合わない。
クローがビートアロウを掠める。
衝撃。機体が吹き飛んだ。
ビートアロウが回転しながらデブリ群へ突っ込む。
火花。装甲破片。警報音がさらに激しくなる。
『ぐ……っ!!』
シンヤの表情が歪む。
コックピットへ赤い警告灯が点滅していた。
『マズいなこれ……』
機体損傷率上昇。
出力低下。
このままでは次で終わる。
だがロックスは容赦しない。
『終わりだァ!!』
六門のビーム砲が、一斉にシンヤ機へ向けられた。
逃げ場が無い。
デブリ帯に追い込まれている。
回避不能。
ラクーン号操縦席で、ジョンが息を呑んだ。
「シンヤァ!!」
その時だった。
横合いから、青白い閃光が走る。
レーザー。正確な射撃。
ガチノゲー改のビーム砲一門へ直撃した。
『なァ!?』
ロックスが叫ぶ。
次の瞬間。
白と青の機影が高速で飛び込んでくる。
もう一機のビートアロウ。
通信が開いた。
『……派手にやられているな』
低く、落ち着いた声。
ゴートだった。
『一人で格好をつけようとするからだ』
『ゴートぉ!!』
シンヤの声が一気に明るくなる。
ゴート機はシンヤ機の前へ出るように旋回した。
まるで盾のように。
そして。
ガチノゲー改を真正面から睨み据える。
『ピラー2、戦闘参加する』
静かな宣言。
しかしその声には、鋼鉄のような重みがあった。
『ヒャハハハハ!!』
ロックスの狂った笑い声が通信回線を震わせる。
『どうしたァ!? さっきまでの勢いがねぇじゃねぇかだゾォ!!』
ガチノゲー改前面に並ぶ六門のビーム砲が赤熱した。
次の瞬間。
六本の極太ビームが宇宙を焼き払う。
光。熱。爆発。
デブリ帯そのものが蒸発していく。
その光景を見て、ジョンは操縦席で思わず顔を引き攣らせた。
「ふざけた火力しやがる……!」
巨大な輸送船残骸が、まるで紙細工のように吹き飛んでいく。
まともに直撃すれば、ラクーン号など一瞬で消し炭だ。
だが。
二機のビートアロウは、その暴力的な砲火の中を縫うように飛翔していた。
『そっち行った!』
シンヤ機が急旋回。
巨大デブリの陰へ滑り込む。
その直後、背後をビームが掠めた。
爆発したデブリの破片が豪雨のように飛び散る。
普通なら回避不能。
だがシンヤは笑っていた。
『危なっ。今ちょっと焦げたんだけど!?』
『喋る余裕があるなら問題ない』
ゴート機が反対側から飛来する。
レーザーバルカン連射。
ガチノゲー改の側面装甲へ火花が散った。
『チマチマうぜぇんだゾ!!』
ロックスが吠える。
巨大クローが横薙ぎに振るわれた。
その一撃だけで、周囲のデブリがまとめて吹き飛ぶ。
だが。
二機は既にその場に居ない。
シンヤ機が上。
ゴート機が下。
まるで獲物を翻弄する猛禽類のように、立体的に飛び回っていた。
「すげぇ……」
ジョンは思わず呟く。
連携が異常だった。
どちらかが囮になれば、もう片方が死角へ入り込む。
ロックスがシンヤを狙えば、ゴートが撃つ。
ゴートへ砲口を向ければ、今度はシンヤが背後へ回り込む。
しかも二人とも、デブリ帯を完全に利用していた。
障害物だらけの空間を、まるで自分の庭のように飛び回っている。
『おらおらどうしたァ!?』
シンヤ機がわざとガチノゲー改の正面を横切る。
『そのデカい図体飾りか!?』
『ガキが調子乗るんじゃねぇだゾォ!!』
ロックスが完全に頭へ血を上らせる。
ガチノゲー改が猛烈な勢いで追撃を開始した。
巨大クローがデブリを粉砕しながら迫る。
その光景はまるで、巨大な鋼鉄の怪物が宇宙そのものを喰い荒らしているようだった。
シンヤ機はわざとギリギリの距離を保ちながら逃げ続ける。
『ほらほら、捕まえてみろって!』
『ぶっ潰してやるだゾォ!!』
ジョンはそこで気づいた。
「……待て」
レーダー。
シンヤ機の進路。
その先。
大量の反応。
「まさか――」
デュミナスが静かに言う。
「誘導している」
その声は落ち着いていた。
最初から分かっていたように。
ガチノゲー改はシンヤ機を追い、デブリ帯奥深くへ突っ込んでいく。
そこには。
宇宙機雷。
ジャークスピアが仕掛けていた罠が、そのまま残されていた。
無数。しかも高密度。
『ロックスさん前ェ!!』
残存していたジャークスピア構成員の絶叫が通信へ響く。
『あァ!?』
ロックスが前を見る。
その瞬間。
シンヤ機急上昇。
ゴート機離脱。
二機のビートアロウが左右へ散開した。
そして。
巨大なガチノゲー改だけが、そのまま機雷原へ突っ込む。
『しま――』
閃光。
轟音。
爆発。
爆発。
爆発。
宇宙機雷が連鎖誘爆を始めた。
凄まじい火球が宇宙を埋め尽くす。
ガチノゲー改の巨体が爆炎に飲まれた。
『ぐおおおおおおお!?』
ロックスの悲鳴。
右脚部爆散。左クロー損傷。前面装甲亀裂。
巨大な鋼鉄の蟹が、内部から引き裂かれていく。
誘爆は止まらない。
次々と機雷が爆発し、ガチノゲー改の装甲を剥ぎ取っていく。
ジョンは息を呑んだ。
「うわ……」
戦艦クラスの機動兵器が、火炎の中でのたうち回っている。
その光景は、獣が群れの軍隊アリに食い荒らされているかのようですらあった。
『クソがァァァ!!』
ロックスが絶叫する。
『こんな卑怯な真似しやがってェ!!』
『卑怯?』
シンヤが笑う。
『チンピラに言われたくねーなぁ』
『戦場に正々堂々なんて無い』
ゴートが静かに続ける。
『終わりだ』
二機のビートアロウが並ぶ。
白と青の機体。
その下部装甲が展開する。
プロトンランチャー。高出力粒子砲。
砲口が赤熱する。
ロックスが目を見開いた。
『待――』
『遅い』
二機同時発射。
青白い奔流が宇宙を貫いた。
プロトンランチャーが、機雷爆発で損傷したガチノゲー改中央部へ直撃する。
一瞬。
沈黙。
次の瞬間。
ガチノゲー改内部から、膨れ上がるように光が漏れ出した。
『あ……?』
ロックスの間抜けな声。
そして。
大爆発。
轟音が宇宙を震わせる。
巨大機動兵器が内側から吹き飛んだ。
クローが千切れ飛ぶ。
脚部が砕け散る。
六門のビーム砲がバラバラに爆散する。
最後に中央胴体が崩壊し、巨大な火球が宇宙空間へ広がった。
その光は、一瞬だけダストスポットを昼のように照らした。
やがて。
残ったのは、燃えながら漂う鋼鉄の破片だけだった。
『ロックスさんがやられたァ!?』
『撤退だ撤退ィ!!』
『無理無理無理!!』
『逃げるッス!!』
残っていたジャークスピア機が一斉に逃走を始める。
スラスター光が蜘蛛の子を散らすようにデブリ帯奥へ消えていった。
『……逃げ足だけは速ぇな』
シンヤが呆れたように言う。
「追いますか?」
サクラが尋ねる。
「不要だ」
デュミナスが即答した。
「我々な目的はラクーン号の護衛だ。余計な戦闘は避ける」
その間にも、セリアとサクラは残存機雷の除去作業を続けていた。
「右側ルート安全確認ー」
「こちらも除去完了ですわ」
宇宙機雷が次々と爆破されていく。
やがて。
ラクーン号前方航路から脅威反応が消失した。
ジョンは深く息を吐く。
「……生きた心地しなかったぞ」
「まだダストスポットを抜けた訳ではない」
デュミナスが静かに言った。
「気を抜くな」
「へいへい……」
ラクーン号がゆっくり前進を再開する。
その左右へ、二機のビートアロウが並んだ。
白と青の戦闘機が護衛するように飛行する。
漂うデブリ。
燃え尽きた残骸。
そして静かな宇宙。
激戦を終えたラクーン号は、再びダストスポットの外へ向けて進み始めた。