宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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45.

 長く続いたダストスポット宙域を抜けた時。

 ラクーン号の前方に広がった光景へ、ジョンは思わず目を細めた。

 

「おぉ……」

 

 暗黒の宇宙空間。

 その中に、巨大なリング構造物が浮かんでいた。

 ワープブリッジ。

 銀河各地を繋ぐ超長距離航行システム。

 人類が宇宙進出を本格化させた時代に建造され、今では銀河文明の物流と交通を支える重要インフラとなっている存在だった。

 巨大な円環。

 リング直径は数キロメートル級。

 その内周には青白い発光ラインが幾重にも走り、中心部では空間そのものが揺らいでいるように見える。

 周囲には大小様々な宇宙船が集まっていた。

 貨物船。観光船。民間シャトル。軍用輸送艦。

 それぞれが順番待ちをしながら、ゆっくりとワープブリッジへ進入していく。

 セリアが操縦席横のモニターを操作しながら言った。

 

「ワープブリッジって、見るたびに変な感じするわよねぇ」

「まあな」

 

 ジョンは頷く。

 

「昔の人間からしたら、宇宙の穴通って別の星系まで一瞬で移動しますって、完全にオカルトだろ」

 

 ワープブリッジ。

 それは別地点に設置された同型施設同士を空間接続し、宇宙船を超高速移動させるシステムだった。

 いわば宇宙の高速道路。

 通常航行なら数ヶ月、場合によっては数年かかる距離を、数十分から数時間程度まで短縮する銀河文明の生命線である。

 無論、どこへでも飛べる訳ではない。

 事前に対になるワープブリッジが建造されている宙域限定。

 しかも莫大な維持費がかかる為、主要航路にしか設置されていない。

 だが、それでもこのシステムが銀河社会を根底から変えた事実は揺るがない。

 ワープブリッジの存在によって、人類は本格的に銀河規模文明へ到達したのだ。

 

「イブバーチュ方面行きブリッジは混雑気味ですわね」

 

 サクラがモニターを覗き込みながら呟く。

 

「ライブの影響かもしれませんわ」

「そりゃ今、銀河中で話題になってるだろうしなぁ」

 

 シンヤが肩を竦めた。

 実際、周囲の船から聞こえてくる通信でも、ポッピーの名前が何度も出ている。

 

『マジで生きてたらしいぞ』

『ジャークスピアに襲われたんじゃなかったのか?』

『ライブ本当にやるんだってよ』

『根性あるなあのアイドル』

 

 そんな会話が飛び交っていた。

 その時。

 船内モニターへニュース映像が映し出される。

 銀河ニュースネットワーク。

 派手な電子ロゴ。

 そして女性キャスターの真面目な声。

 

『続報です。行方不明となっていた銀河アイドル、ポッピー・ラビットさんの生存が、所属事務所によって正式発表されました』

 

 ポッピーがぴくりと肩を震わせた。

 モニターには、事務所ビル前で会見を行うスタッフ達の映像が映る。

 

『事務所側は、ポッピーさんが現在安全を確保している事を説明。また、一部で中止も検討されていた惑星イブバーチュでのライブについて、“予定通り開催する”と発表しました』

 

 ニュース画面が切り替わる。

 惑星イブバーチュ。

 美しい海と巨大観光都市で有名なリゾート惑星。

 ライブ会場予定地には既に巨大ステージが建設されており、多数のファンが現地入りしている様子が映されていた。

 

『ライブ強行開催に対しては、安全面を不安視する声も上がっています。一方でファンからは、“待っている”“絶対行く”など応援の声も多く――』

 

 ポッピーはその映像を、じっと見つめていた。

 普段の明るい笑顔とは違う。

 真剣な表情。

 その横顔には、アイドルとしての責任感のようなものが滲んでいた。

 

「……良かった」

 

 小さく呟く。

 

「中止になってなくて」

 

 ジョンは腕を組みながらモニターを見上げた。

 

「普通なら中止だろこんなの」

「でも」

 

 ポッピーは前を向く。

 

「待ってる人が居るなら、やらなきゃ」

 

 その声に迷いは無かった。

 セリアが苦笑する。

 

「プロだねぇ」

「そりゃ銀河トップアイドルだからな」

 

 シンヤも感心したように言う。

 

「普通の十四歳なら泣いて逃げてるぜ?」

「泣きましたよ?」

 

 ポッピーはむすっと頬を膨らませた。

 

「脱出ポッドの中でめちゃくちゃ泣きました!」

「そこは否定しないんだ」

 

 ジョンが呆れる。

 少しだけ。

 船内の空気が和らいだ。

 だが。

 デュミナスだけはモニターを見つめたまま、静かに言った。

 

「……開催を公表した以上、向こうも動く」

 

 その声で空気が再び引き締まる。

 ジョンが顔をしかめた。

 

「ジャークスピアか」

「ああ」

 

 デュミナスは頷く。

 

「奴らにとっては、ライブを妨害する最後の好機だ」

 

 ワープブリッジの青白い光が、ラクーン号の船体を照らしていた。

 その先にあるのは、惑星イブバーチュ。

 ライブ会場。

 そして恐らく、ジャークスピアとの決戦。

 ラクーン号は順番待ちの列へ加わりながら、ゆっくりと巨大リングへ接近していった。

 

 巨大なワープブリッジが、静かに光を強めていく。

 リング内周を走る発光ラインが順番に点灯し、まるで巨大機械そのものが目覚めていくようだった。

 ラクーン号は管制誘導に従い、待機レーンへ接続される。

 周囲にも数十隻単位の宇宙船が並んでいた。

 銀河中から集まった様々な船が、イブバーチュ方面行きのワープ開始を待っている。

 

『こちらワープブリッジ管制。まもなく空間接続シーケンスを開始します』

 

 無機質なアナウンスが響く。

 

『各船は固定位置を維持してください。エネルギー充填中の航路離脱は重大事故を招く恐れがあります』

 

 ブリッジ中央部。

 青白い空間歪曲光が徐々に強まっていく。

 ワープブリッジは膨大なエネルギーを必要とする設備だ。

 起動前には必ずエネルギー充填段階が入る。

 その間、航路上の船は事実上ほぼ無防備になる。

 

「……なんか嫌なタイミングだな」

 

 ジョンがぼそりと呟いた。

 

「襲うなら今ですって言ってるようなもんじゃねぇか」

「実際その通りですわね」

 

 サクラもモニターを見ながら頷く。

 デュミナスは腕を組んだまま、周囲宙域を注視していた。

 仮面の奥の視線だけが、静かに鋭い。

 その時だった。

 

 ――ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 

 突如。

 管制アラームがワープブリッジ全域へ鳴り響いた。

 赤色警報灯が一斉に点灯する。

 

『警告! 警告!』

『高エネルギー反応接近!』

『未確認武装勢力を確認!』

 

 空気が変わる。

 ジョンが顔をしかめた。

 

「来やがったか……!」

 

 モニターに複数の高速接近反応が映る。

 デブリ帯の陰。

 ワープブリッジ外周設備の裏。

 そこから次々とダートポッドが飛び出してきた。

 武装改造型。

 ジャークスピア機。

 数十機規模。

 しかも。

 その後方。

 巨大な影がゆっくりと姿を現す。

 鋼鉄の脚部。

 巨大なクロー。

 機械化されたワタリガニじみた異形。

 ガチノゲー改。

 ただし前回撃破されたロックス機とは別個体。

 左クロー部分が巨大ドリルへ換装された二号機だった。

 

『フハハハハハ!』

 

 通信回線に甲高い笑い声が響く。

 

『愚民共が群れておりますねェ!!』

 

 モニターに映し出されたのは、細身の男。

 痩せた顔。

 神経質そうなメガネ。

 そして、自分に酔ったような笑み。

 ニオーク・キュムレル。

 ジャークスピア幹部。

 

『我々ジャークスピアの邪魔をし続けた愚かなアイドル護送部隊ィ!』

 

 ガチノゲー改が巨大クローを広げる。

 

『選ばれし天才であるこの私が、直々に終わらせて差し上げましょう!!』

 

「うわ、面倒くさそうなの来たな……」

 

 ジョンが露骨に嫌そうな顔をする。

 

『聞こえてますよォ!?』

「地獄耳かよ!」

 

 周囲のダートポッド部隊も一斉に散開する。

 

『イブバーチュ前で騒ぎ散らすぜェ!』

『ライブぶっ壊してバズるッス!!』

『キラキラ共を宇宙の藻屑にィ!!』

 

 ジャークスピア特有のラップ口調通信が飛び交う。

 ワープブリッジ周辺は一気に騒然となった。

 民間船が慌てて回避行動を取る。

 管制通信が錯綜する。

 

『各船は待避を――』

『ワープシーケンス中断不可!』

『警備隊はまだか!?』

『エネルギー充填率七十三パーセント!』

 

 混乱。

 悲鳴。

 怒号。

 その中でデュミナスだけは静かだった。

 

「……なるほど」

 

 仮面の奥の視線がニオーク機を捉える。

 

「ワープブリッジ起動前を狙ったか」

「どうする?」

 

 ジョンが尋ねる。

 デュミナスは即答した。

 

「決着をつける必要がある」

「は?」

「ワープブリッジ起動中に戦闘を続ければ、施設側が緊急停止する可能性が高い」

 

 サクラがすぐに補足する。

 

「そうなると再起動まで数時間から半日以上かかりますわ」

「つまりライブに間に合わなくなる可能性があるって事か」

「そういう事だ」

 

 デュミナスは踵を返した。

 その動きに迷いは無い。

 

「私が出よう」

 

 シンヤがニヤリと笑う。

 

「お、ついに隊長自ら?」

「久しぶりですわね」

 

 ゴートも静かに頷く。

 ジョンは目を瞬かせた。

 

「お前が?」

「不満かね?」

「いや……」

 

 ジョンは少し考えてから言った。

 

「正直、一番強そうだから安心した」

 

 一瞬だけ。

 デュミナスが小さく笑った気がした。

 

「それは光栄だ」

 

 そのまま彼は格納庫へ向かう。

 旧地球連合空軍ジャケットの裾が静かに揺れた。

 

 格納庫内。

 白と青のビートアロウが待機している。

 他機と同型。

 だが。

 機体から漂う空気が違った。

 長年使い込まれた歴戦の機体。

 数え切れない戦場を潜り抜けてきたような重みがあった。

 デュミナスがコクピットへ乗り込む。

 

『ピラー1、出る』

 

 低い声。

 次の瞬間。

 ビートアロウのエンジンが咆哮した。

 カタパルト接続。

 ロック解除。

 

『発進どうぞ!』

 

 セリアの声。

 白い機体が加速する。

 そして。

 ビートアロウは一直線に宇宙へ飛び出した。

 その姿を見ながら、ジョンは思わず呟く。

 

「……頼むぜ、エースさんよ」

 

 宇宙空間では。

 ニオークのガチノゲー改が、不気味にドリルクローを回転させながら待ち構えていた。

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