宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ワープブリッジ周辺宙域。
巨大リング構造物の周囲では、無数の宇宙船が避難行動を取っていた。
貨物船が慌てて進路を変え。
観光船がスラスターを噴かし。
警備艇が右往左往しながら警告通信を飛ばしている。
そんな混乱の中心で。
ジャークスピアのダートポッド部隊は、まるで獲物を見つけたハイエナのように騒ぎ立てていた。
『ヒャハハハ! 一機だけェ!?』
『ナメてんのかコラァ!!』
『こっちは数十機いるんスよォ!?』
『まとめて宇宙のゴミにしてやるぜェ!!』
ダートポッドの群れが散開する。
粗雑な改造砲台。
無秩序な編隊。
だが数だけは多い。
普通のパイロットなら、それだけで押し潰される。
だが、デュミナスのビートアロウは微動だにしなかった。
白い機体が宇宙空間に静止する。
まるで戦場全体を見下ろしているかのような落ち着き。
『……ふむ』
デュミナスの低い声が通信へ流れる。
『随分と騒がしい連中だ』
『何ィ!?』
ジャークスピア構成員が怒鳴る。
『テメェ、状況分かってんのかァ!?』
『一機で俺ら全員相手する気ッスか!?』
『無論だ』
あまりにも自然な返答だった。
一瞬。通信越しですら、ジャークスピア側が呆気に取られた空気が伝わってくる。
その直後。
『舐めやがってェ!!』
『やっちまえェ!!』
ダートポッド部隊が一斉突撃。
レーザー砲火が宇宙を埋め尽くした。
赤い光線。
ミサイル。
即席改造砲台から放たれる無数の弾幕。
ワープブリッジ周辺が光で染まる。
だが。
ビートアロウは、その弾幕の中へ自ら飛び込んだ。
「うおっ!?」
ジョンが思わず声を上げる。
普通なら自殺行為。
だがデュミナス機は違った。
機体が滑る。流れる。回る。
レーザーの隙間を、髪の毛一本分の精度で抜けていく。
まるで攻撃そのものが見えているかのようだった。
『なっ!?』
『避けたァ!?』
『全部読んでやがる!!』
ジャークスピア側が動揺する。
次の瞬間。
ビートアロウが急加速。
白い残光が宇宙を走った。
レーザーバルカン発射。
一機。
爆発。
さらに旋回。
二機目撃墜。
三機目。
四機目。
あまりにも速い。
ダートポッド側は照準すら追いついていなかった。
「す、すげぇ……」
ジョンが呆然と呟く。
ただ上手いだけではない。
動きに一切無駄が無い。
最短。最速。最効率。
まるで宇宙空間そのものを支配しているかのような飛び方だった。
しかも。
「待て……」
ジョンがモニターを凝視する。
「アイツ……」
ビートアロウの軌道。
撃墜位置。爆発方向。
それら全てが計算され尽くしていた。
撃墜されたダートポッドは、ワープブリッジ方向へ一切流れていない。
周囲民間船にも破片が飛ばない。
全て、外側宇宙空間へ弾き飛ばされている。
デュミナスは、ワープブリッジも民間船も一切傷つけないよう戦っていた。
セリアが目を丸くする。
「えっ……なにこれ……」
サクラがどこか誇らしげに微笑んだ。
「隊長は無駄を嫌いますの」
「いや無駄とかそういうレベルじゃねぇだろ……!」
ジョンは半ば悲鳴じみた声を出した。
戦いながら周囲被害まで完全制御している。
そんな芸当、人間業ではない。
『ひ、怯むなァ!!』
『囲め囲めェ!!』
ダートポッド部隊が再び包囲を試みる。
だが。
デュミナス機が急停止。
次の瞬間、機体が信じられない角度で反転した。
『えっ』
ジャークスピア構成員の間抜けな声。
レーザーバルカン連射。
三機同時撃墜。
爆発光が宇宙を染める。
その火炎を背に、ビートアロウが滑るように飛ぶ。
まるで演舞だった。
殺戮ですら、美しく見えるほどに。
『ば、化け物ォ!?』
『こんなの聞いてねぇッス!!』
『逃げ――』
逃げようとしたダートポッドの前へ、白い機体が回り込む。
『逃がす理由が無い』
低い声。
発砲。
撃墜。
爆発。
ジョンは唖然としていた。
「なんだアイツ……」
「スカイピラーズ隊長、デュミナス」
シンヤがニヤニヤしながら言う。
「元銀河連合軍エース候補生。模擬戦無敗記録持ち」
「は!?」
「しかも卒業主席ですわ」
サクラが付け加える。
「電子戦、空戦、宇宙戦、白兵戦、全部トップ成績」
「なんでそんな奴が傭兵やってんだよ……」
「色々あるんだよ、大人には」
シンヤが肩を竦める。
その間にも。
宇宙では一方的な虐殺が続いていた。
ダートポッドが撃墜される。
また一機。
さらに一機。
まるで熟練ハンターに狩られる害獣だった。
ニオークのガチノゲー改内部。
警報が鳴り響く。
『な、何故ですかァ!?』
ニオークが狼狽する。
『何故たかが一機にィ!?』
モニター上から味方反応が消えていく。
圧倒的多数。
それなのに、一方的に減っているのはジャークスピア側だった。
『認めませんよォ!!』
ガチノゲー改のドリルクローが高速回転を始める。
『選ばれし存在であるこの私がァ!!』
戦場の中央、そこに残る機影は二つだけ。
白と青の流線型戦闘機、ビートアロウ。
そして。
巨大機動兵器ガチノゲー改二号機。
鋼鉄のワタリガニを思わせる異形の巨体が、ゆっくりと前進する。
左クローへ換装された巨大ドリルが高速回転を始めた。
ギュィィィィィィィン――――。
不快な金属音が通信越しにすら伝わってくる。
回転するドリル先端が、周囲の光を歪ませていた。
『……認めませんよォ』
ニオーク・キュムレルの声が響く。
その声音には、焦りと苛立ちが混じっていた。
『認めませんとも』
ガチノゲー改の全身スラスターが噴射。
巨体がゆっくり加速を始める。
『この私が……選ばれし知性を持つこの私が……何故こんな俗物共に邪魔をされなければならないのですかァ!?』
ジョンは操縦席モニターを見ながら顔をしかめた。
「めんどくせぇタイプだなコイツ……」
「自意識が肥大化し過ぎていますわね」
サクラが冷静に言う。
シンヤは呆れたように肩を竦めた。
「ジャークスピアの中でも特に拗らせてる奴なんだよアイツ」
宇宙空間では、ガチノゲー改がさらに前進を続ける。
その巨体だけで圧迫感が凄まじい。
四十メートル級の鋼鉄兵器が迫ってくる様は、巨大怪獣そのものだった。
『アイドルだのライブだの』
ニオークは吐き捨てる。
『くだらないでしょう。実にくだらない』
ガチノゲー改前面のビーム砲群が展開。
赤い光が灯る。
『チャラチャラした小娘の歌遊びを守るために命を張るなど、滑稽極まりない!』
発射。
六門のビーム砲が一斉に火を噴いた。
極太の光線が宇宙を裂く。
ワープブリッジ脇を掠めながら、ビートアロウへ襲いかかる。
だがデュミナス機は、まるで水の上を滑るように機体を傾けた。
最小限の動き。
それだけで全弾回避。
光線が背後を通過し、遠方宇宙へ消えていく。
ワープブリッジにも、民間船にも、掠りもしない。
『なっ……!?』
ニオークが息を呑む。
デュミナスは静かだった。
『イタいと思うか?』
低い声が通信へ流れる。
『アイドルを守るため戦う事が』
『当然でしょう!?』
ニオークが即座に叫ぶ。
『そんなものに本気になる人間など愚かだ!』
『仕事なら』
デュミナスが言った。
『イタい事でもやらなければならない』
ビートアロウが加速する。
白い機体が残光となって宇宙を走った。
『我々は傭兵だ。依頼を受けた以上、依頼人を守る。契約を果たす。ただそれだけの話だ』
レーザーバルカン発射。
ガチノゲー改側面へ命中。
火花。爆発。
『ぐっ!?』
ニオークが呻く。
だがデュミナス機は既に次の軌道へ移っていた。
ビートアロウがガチノゲー改周囲を高速旋回する。
白い軌跡が何重にも宇宙へ描かれていく。
『そ、それだけの為に命を張ると!?』
『十分な理由だ』
デュミナスは即答した。
その声に一切の迷いは無い。
ジョンは少し驚いた。
デュミナスという男は、もっと冷徹なタイプだと思っていた。
だが違う。
合理的でありながら、自分なりの筋を持っている。
だからこそ強いのだと、少しだけ理解できた気がした。
『むしろ理解できないのは君だ』
デュミナスの声が続く。
『……何?』
『君は何の為に戦っている?』
『はァ!?』
『ジャークスピアの連中は少なくとも自分達の醜さを理解している』
ビートアロウ急加速。
ガチノゲー改後方へ回り込む。
レーザー連射。
背部装甲へ着弾。爆発。
『ぐぅっ!?』
『だが君は違う』
デュミナスは淡々と言った。
『自分を特別な存在だと思い込み、周囲を見下しているだけだ』
『黙れェ!!』
『中身が空っぽだから、周りに流される』
一瞬。
ニオークの呼吸が止まったような沈黙。
『周囲がアイドルを嫌うから、自分も嫌う。周囲が暴れるから、自分も暴れる。自分自身の意思が存在しない』
ビートアロウが再び回避機動。
ガチノゲー改のビームが虚空を薙ぐ。
『空虚な人間だ』
その言葉。
それは明らかにニオークの核心を突いていた。
『……黙れ』
低い声。
『黙れ黙れ黙れェェェェェェッ!!』
絶叫。
ガチノゲー改が突撃した。ドリルクロー高速回転。
巨大質量。狂気じみた勢い。
周囲のデブリを吹き飛ばしながら一直線に突っ込んでくる。
その迫力は凄まじかった。
ワープブリッジ周辺の宇宙船から悲鳴混じりの通信が飛ぶ。
『うわぁぁぁ!?』
『ぶつかるぞ!!』
『逃げろォ!!』
だが。デュミナス機は微動だにしない。
ギリギリまで引きつける。
ジョンは思わず息を止めた。
「おい……!」
そしてほんの一瞬。
ビートアロウが滑るように横移動した。
回避。
それだけ。
たったそれだけで、ガチノゲー改の突撃は空振りする。
『なっ!?』
ニオークが目を見開く。
その瞬間。
ビートアロウ急旋回。
レーザーバルカン連射。
狙いはドリル基部。
火花。爆発。
巨大ドリルが根本から吹き飛んだ。
『がァァァ!?』
ドリルクロー停止。
破損。
ガチノゲー改左腕部が爆炎を噴きながら崩壊する。
『ば、馬鹿なァ!?』
『鈍い』
デュミナスの声。
次の瞬間、ビートアロウがガチノゲー改下面へ潜り込んだ。
死角。
そこからレーザー連射。
脚部関節破壊。
右脚損傷。
左脚亀裂。
巨大機体が大きく姿勢を崩した。
『ぐおおおおっ!?』
ジョンは唖然としていた。
「解体してやがる……」
そう。
これは戦闘ではない。
巨大兵器を、戦いながら“分解”している。
必要な部分だけを。
的確に。
容赦なく。
ビーム砲破壊。
クロー切断。
推進器損傷。
装甲剥離。
ガチノゲー改は、まるで猛獣に肉を削ぎ取られるように破壊されていった。
『認めん……』
ニオークが呻く。
『認めませんよォ……!』
ガチノゲー改が最後の突撃を試みる。
だが。
その瞬間。
ビートアロウ下面装甲が展開した。
プロトンランチャー。
高出力粒子砲。
砲口が青白く発光する。
『終わりだ』
発射。
青白い光の奔流が宇宙を貫いた。
直撃。
ガチノゲー改中央部。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
大爆発。
『そんなァァァァァァァァッ!?』
ニオークの絶叫。
巨大機動兵器が内側から吹き飛ぶ。
クロー。
脚部。
装甲。
ビーム砲。
全てが爆炎と共に四散した。
最後に中央胴体が完全崩壊。
巨大火球がワープブリッジ宙域を照らし出す。
静寂。
そして。
『うおおおおおおっ!!』
『助かったァ!!』
『やったぞ!!』
周囲宇宙船から歓声が上がった。
民間通信回線が一気に沸騰する。
拍手。歓声。口笛。
様々な声が飛び交う。
ジョンは爆炎を背に静止するビートアロウを見つめた。
その姿は、まるで宇宙を守る騎士のようだった。
その時。
ワープブリッジ全体が眩く発光する。
『空間接続完了』
『ワープゲート起動します』
巨大リング中央。
歪んでいた空間が完全に開いた。
青白い光の渦。超空間航路。
その先には、惑星イブバーチュ宙域が繋がっている。
「開いた……!」
セリアが声を上げる。
『ラクーン号、急げ』
デュミナス機が帰還進路を取った。
ラクーン号格納庫が開放される。
ビートアロウ着艦。
ロック完了。
「行くぞ!」
ジョンが操縦桿を握る。
ラクーン号が加速。 青白い光の渦へ突入する。
船体が超空間光に包まれた。
ワープブリッジ内部。無数の光が流れていく。
そしてラクーン号は、惑星イブバーチュへ向けて超空間航路を駆け抜けていった。