宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ワープブリッジ内部。
超空間航路を進むラクーン号の船体が、青白い光の奔流に包まれていた。
窓の外では、無数の光線が後方へ流れていく。
通常空間では決して見る事のできない景色。
空間そのものが引き伸ばされ、歪み、光の河となって流れていくような幻想的光景だった。
ラクーン号のエンジンは低い振動音を響かせながら安定航行を続けている。
操縦席。
ジョンはシートへ深く身体を預け、大きく息を吐いた。
「……はぁぁぁ……」
肺の奥に溜まっていた疲労を吐き出すような声だった。
ダストスポットでの戦闘。
ワープブリッジ宙域でのジャークスピア襲撃。
ここ数日、まともに気を休められた時間など殆ど存在しない。
モニターへ現在航行情報が表示されている。
――目的地到着予測。
惑星イブバーチュ宙域まで、あと三十分。
「あと三十分か……」
ジョンがぼやく。
「ようやく終わりが見えてきたな」
セリアが隣で伸びをした。
ぴっちりしたスーツ越しに身体のラインが大きく反る。
「やっとライブ会場に着くんだもんねぇ」
「ああ……」
ジョンは頭を掻く。
「ここまで長すぎるだろ」
最初はただのジャンク回収だった。
漂流していた脱出ポッドを拾い。
その中に、行方不明のアイドルが入っていて。
気づけば宇宙暴走族と戦争じみた騒動を繰り広げている。
どこで人生を間違えたのかと本気で考えたくなる。
後部座席からポッピーが顔を出した。
「でも、もうすぐです!」
ウサギ耳がぴこぴこと揺れる。
「イブバーチュに着けばライブ会場ですよ!」
「お前元気だなぁ……」
「アイドルですから!」
満面の笑み。
ジョンは苦笑した。
普通の十四歳なら、とっくに泣いていてもおかしくない。
なのにポッピーは、ライブを成功させる事しか頭に無い。
責任感。意地。プロ意識。
その全部が、この少女を支えているのだろう。
「まあ、ここまで来ればもう大丈夫だろ」
シンヤが気楽そうに言った。
「ワープブリッジ入っちまえば追跡も難しいし、イブバーチュは警備も厳しいからな」
「確かにですわ」
サクラも頷く。
「もうジャークスピアも手を出しづらいでしょう」
「だよなぁ」
ジョンも同意する。
「さすがにここまで来てまだ追ってくるとか――」
「油断は禁物だ」
低い声が割り込んだ。
デュミナスだった。
格納庫側ハッチから操縦席へ入ってくる。
先ほどまでビートアロウの点検を行っていたらしい。
旧地球連合空軍ジャケットの袖を軽く捲りながら、静かに席へ腰掛けた。
ジョンが眉をひそめる。
「まだ何かあるってのか?」
「ジャークスピアは普通の犯罪者ではない」
デュミナスはモニターを見つめたまま答えた。
「連中は嫌がらせそのものを目的に行動する」
「……」
「利益だけで動く相手なら、ここで諦める可能性もある」
「だが連中は違う」
その声音には断言があった。
「ライブを台無しにする事そのものが目的だ」
「……確かに」
ポッピーが小さく頷く。
表情が少し曇っていた。
ジャークスピア達の執着は、金や名誉ではない。
他人の楽しみを壊す事。幸せそうな人間を不幸にする事。
それそのものを喜びとしている。
だから厄介なのだ。
「ま、隊長は基本疑り深いんだよ」
シンヤが肩を竦める。
「そのおかげで今まで生き残ってきたんだけどな」
「生き残る為には最悪を想定する必要がある」
デュミナスは静かに言った。
「特に追い詰められた相手は、常識外れの行動を取る」
ジョンは少し黙った。
確かに。
今までのジャークスピアの行動を思い返せば、何をしてきてもおかしくはない。
だが同時に、もうすぐ終わるという安堵感もあった。
イブバーチュへ到着すれば、人の多い都市圏だ。
警備も軍も存在する。
今までのような無法地帯とは違う。
「……頼むから何も起きないでくれよ」
ジョンがぼやく。
「俺もう疲れたぞ」
「同感ですわ」
サクラがため息をつく。
「わたくしもそろそろベッドでゆっくり寝たいです」
「俺は酒飲みたい……」
シンヤも口々に言う。
その時。キッチン側から香ばしい匂いが漂ってきた。
ゴートが淹れたコーヒーだった。
大男とは思えないほど丁寧な手つきで、各自へカップを配っていく。
「熱いから気をつけろ」
「ありがとうございます!」
ポッピーが嬉しそうに受け取った。
ジョンもカップを受け取る。
湯気が立ち上る。
船内へコーヒーの香りが広がった。
「……なんかアンタ、本当に家庭的だよな」
ジョンが呟く。
ゴートは少し考え、
「戦場では落ち着ける時間が必要だ」
とだけ答えた。
短い言葉。
だが妙に重みがある。
超空間航路の青白い光が船内を淡く照らしていた。
静かなエンジン音。コーヒーの香り。わずかな笑い声。
それは、戦い続きだった彼らにとって久しぶりの休息時間だった。
青白い光の奔流の中を、ラクーン号は安定飛行を続けていた。船内には先ほどまでと同じ、わずかに緩んだ空気が漂っている。
コーヒーカップを片手に雑談する者。壁へ背を預けて休む者。戦闘続きだった彼らにとって、この三十分は久しぶりに訪れた平穏だった。
やがて操縦席モニターへ表示が切り替わる。
『超空間航行終了まで三十秒』
『通常空間復帰シーケンス開始』
機械音声が流れた。
ジョンが操縦桿を握り直す。
「お、着くか」
前方モニターの光が徐々に強くなる。
青白い空間が歪み始めた。
超空間航路出口。
イブバーチュ宙域へ繋がるゲートだ。
シンヤが軽く肩を回す。
「いやー、やっと終わりだな」
「今度こそですね」
ポッピーもほっとしたように笑う。
デュミナスだけは腕を組み、静かに前方を見据えていた。
その横顔に油断は一切無い。
『通常空間へ復帰します』
次の瞬間。
ラクーン号の船体が大きく揺れた。
青白い光が弾け飛ぶ。
視界が一瞬白く染まり――通常宇宙空間。
イブバーチュ付近宙域へとラクーン号は飛び出した。
「……っ」
ジョンが目を細める。
窓の向こう。
そこには巨大な惑星イブバーチュが浮かんでいた。
青と緑に彩られた観光惑星。
無数の都市光が表面に瞬いている。
「おお……」
セリアが感嘆の声を漏らす。
「綺麗……」
惑星周囲には宇宙船用の航路ビーコンが無数に展開されていた。
大型旅客船。
輸送船。
観光用クルーザー。
ライブ開催を目前に控え、多くの宇宙船がイブバーチュへ集まりつつある。
「やっと着いた……」
ジョンが安堵混じりに呟く。
だが。その時だった。
「……待って」
セリアの声。
妙に硬い声音だった。
ジョンが振り返る。
「どうした?」
セリアは窓の向こうを凝視していた。
紫色の髪の隙間から覗く表情が曇っている。
「何か変……」
「変?」
「航路の船の動きがおかしい」
その一言で。
デュミナスの目つきが変わった。
「映像を拡大しろ」
サクラが即座に端末を操作する。
前方モニターが切り替わった。
イブバーチュへ続くメイン航路。
本来なら大型船が列を成して進んでいるはずの場所。
だが。
そこに映っていたのは。
「……なんだよ、これ」
ジョンが息を呑む。
大量の機影。
無数のダートポッド。
武装改造された機体群が航路全体を埋め尽くしていた。
数十。
いや、百近い。
まるで宇宙そのものを塞ぐ壁だった。
しかも、その中央には。
一隻の巨大艦。
全長三百メートル級。
黒く汚れた旧式宇宙戦艦が、王のように宙域中央へ鎮座している。
艦体各部には無数の増設スピーカー。派手なグラフィティ。
巨大文字で描かれた“JERKSPEAR”のロゴ。
「宇宙戦艦……!」
ポッピーの顔が青ざめる。
ジョンも思わず唾を飲み込んだ。
「あれが……ジャークスピアの旗艦かよ……」
「……ヤジー・ドッコ」
デュミナスが低く呟く。
次の瞬間。
通信回線が強制接続された。
ノイズ。
爆音。
耳障りな重低音のビート。
ラップミュージックが船内へ流れ込んでくる。
『YO!YO!YOォ!!』
巨大モニターへ男の姿が映った。
濃い顔立ち。
派手なアクセサリー。
ラッパーのような服装。
下品な笑み。
ヤジー・ドッコだった。
『ようやく会えたなァ?銀河のアイドル様よォ!』
背後ではジャークスピア構成員達が騒ぎ立てている。
『ヒャハハハ!!』
『ライブ前に終演ッスかァ!?』
『最高の炎上案件だYO!!』
ヤジーが両腕を広げた。
『俺様ァ、ジャークスピア総長!ヤジー・ドッコ!今日は特別公演だぜェ!?』
ニヤリと笑う。
『題名は――“アイドル宇宙葬ライブ”!!』
「ふざけやがって……!」
ジョンが顔をしかめる。
ポッピーも拳を握り締めていた。
ヤジーはそんな反応を見て楽しそうに笑う。
『YOYO、そんな怖い顔すんなよォ、簡単な話だ』
宇宙戦艦背部。
巨大主砲メガブラスター砲がゆっくり展開される。
鈍く光る砲口。
その威圧感だけで空気が凍る。
『そのウサ耳アイドルを引き渡せ!そしたら他の連中は見逃してやる。だが断るなら――』
ヤジーがニヤリと笑った。それにジャークスピア構成員達が下衆な笑みを浮かべて続く。
『オンボロ宇宙船もまとめて轟沈!』
『ライブ会場も宇宙ごと大炎上!』
『最高にブチ上がるラストステージにしてやるZE!!』
重低音の笑い声が通信回線へ響く。
その瞬間。ラクーン号船内の空気が、一気に張り詰めた。
やっとの思いで任務遂行の直前まで来て、ジャークスピアの本隊と言う最悪の障害が立ち塞がったのである。