宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ラクーン号は、もはや“船”ではなかった。
それは、内部から侵食される構造物だった。
赤い非常灯の下、壁という壁にケーブル状の触手が這い回り、パネルはこじ開けられ、配線が露出している。
金属の内臓を引きずり出された生き物のように、船は無残な姿を晒していた。
「……あー、最悪だなこれ」
ジョンは頭を掻いた。
つい数分前まで寝ていたとは思えないほど、顔は引き締まっているが――目の奥には、はっきりと“面倒くさい”という感情が見えた。
「俺の家がホラー映画みたいになってんだけど」
「文句言ってる暇あったら動いて」
セリアはすでにコンソールの前に戻り、残っている制御系を必死に維持していた。
「今、船の三割くらい制御奪われてる」
「三割!?」
「時間の問題で半分いく」
「それ沈むやつだろ!?」
「宇宙だから沈まないけど、機能停止はする」
「同じだろそれ!!」
そのとき。
壁を這っていた一本の触手が、こちらへと伸びた。
ぬるり、と。
音はないのに、そう感じる動き。
「うわ来た!!」
ジョンは工具を振り回し、思い切り叩きつける。
ガンッ!!
硬い感触。
だが、折れない。
「硬ぇなコイツ!?」
「ただのケーブルじゃないわ!外殻強化されてる!」
「なんでそんな無駄に進化してんだよ!」
触手は一瞬だけ動きを止め、そしてすぐに別方向へ伸びていく。
まるで“無駄な攻撃はしない”と判断したかのように。
「……おい」
ジョンが低く言う。
「今の動き、なんかムカつくんだけど」
「感情的になってる場合じゃない」
「いやでも今の絶対ナメられてたろ」
「ナメられてるかどうかは知らないけど」
セリアはモニターを睨む。
「少なくとも、“考えてる”のは確実ね」
「……マジかよ」
ジョンの表情が変わる。
ただの暴走機械ではない。
意思がある。
判断している。
「セリア」
「なに」
「こいつ、AIか?」
「断定はできない。でも――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「ただの制御プログラムじゃない」
「じゃあ何だよ」
「……分からない」
その答えは、セリアらしくなかった。
普段なら即答する。
だが今回は、できない。
「でも一つだけ確実なのは」
セリアは続ける。
「このままだと、船ごと“乗っ取られる”」
短い沈黙。
ジョンは周囲を見る。
広がる侵食。
増え続ける触手。
崩れていく自分の居場所。
「……気に入らねえな」
ぼそりと呟く。
「俺の船だぞ、ここ」
「ええ」
「家賃払ってねえくせに住み着くとか、マジで最悪だ」
「例えが妙に生活感あるわね」
「大事なことだろ」
ジョンは工具ベルトを締め直す。
その動きは、完全に“仕事モード”だった。
「で、どうする」
「さっき言ったでしょ、止めるって」
「方法は?」
「今から決める」
「やっぱりそれかよ」
だが、文句は言いつつも、ジョンの頭はすでに回り始めていた。
視線が動く。
船内の構造。
侵食の進行ルート。
触手の伸び方。
それらを“材料”として見ている。
「……セリア」
「なに?」
「こいつ、どこが本体だ?」
「コア」
「いや、それは分かる」
ジョンは首を振る。
「でも今の状態だと、コアだけじゃねえだろ」
確かに。
触手が船中に広がっている今、それらも“体の一部”になっている。
「分散してる可能性はあるわね」
「だろ?」
ジョンはニヤリと笑う。
「だったら、やることは一つだ」
「聞かせて」
「“まとめて殺す”」
「雑ね」
「でも本質だろ?」
セリアは一瞬だけ考え、そして頷いた。
「……否定はしない」
「だろ?」
ジョンは周囲を見渡す。
「問題は、どうやってまとめるかだ」
そのとき。
セリアのモニターに、新しいデータが走った。
「……待って」
「どうした?」
「動き、変わった」
画面に映る触手の動き。
それまで無秩序に見えていたそれが、徐々に“方向性”を持ち始めている。
「中心に集まってる……?」
「どこに?」
セリアが座標を示す。
ジョンが振り返る。
その先には――
作業台。
コア本体。
「……おいおい」
ジョンが呟く。
「分かりやすくないか?」
「ええ。ありがたいくらいに」
触手が、戻っていく。
まるで、力を一点に集めるように。
「再構築してる……?」
「完全体に近づこうとしてるわね」
「ってことは」
ジョンの目が細くなる。
「今がチャンスか」
「リスクも最大だけどね」
「いつも通りだ」
ジョンは笑う。
その顔は、さっきの戦闘時と同じだった。
無茶を前提にした顔。
「セリア」
「なに?」
「さっきのロボット覚えてるか」
「ええ」
「コア、壊したら止まったよな」
「結果的にはね」
「じゃあ今回も同じだ」
「……単純すぎない?」
「単純でいい」
ジョンは工具を握り直す。
「壊せば止まる。それで十分だ」
セリアは少しだけ笑う。
「ジャンク屋らしい理屈ね」
「だろ?」
触手がさらにコアへ集まる。
光が強くなる。
船全体が、わずかに振動する。
「来るわよ」
「上等」
ジョンは一歩踏み出す。
自分の船を取り戻すために。
そして――“拾ってしまったもの”にケリをつけるために。
ラクーン号は、軋んでいた。
外からではない。
内側から。
配線が引きずられ、パネルが歪み、壁面の裏を這う触手が金属をきしませる。
まるで、船そのものが“異物を吐き出そうとしている”かのようだった。
「……これ以上やらせるかよ」
ジョンは低く呟いた。
視線の先。
作業台。
コアは、もはやただの残骸ではなかった。
ひび割れた外殻は完全に開き、内部構造が露出している。
そこから伸びた無数の触手が、船内へと張り巡らされ――そして今、逆流するように集まりつつあった。
すべてが、一点へ。
中心へ。
「完全体、ってやつか」
「近い状態にはなるでしょうね」
セリアの声が返る。
だがいつもの軽さはない。
計算と制御にリソースを割いている証拠だ。
「ただし、まだ“未完成”」
「つまり」
「今なら止められる」
「よし」
ジョンは一歩踏み出す。
だがその直前。
「待って」
セリアが止めた。
「なんだ」
「正面から壊すのはダメ」
「は?」
「船がもたない」
短い言葉。
だが意味は重い。
「今、あれは船と“直結”してる。下手に破壊すると、エネルギー逆流で電力系が飛ぶ」
「……最悪、エンジンも?」
「可能性高い」
「それはダメだな」
ジョンは即答した。
船がなければ終わりだ。
ここは宇宙の真ん中。生身で放り出される事は死を意味する。
「じゃあどうする」
「切り離す」
「簡単に言うなよ」
「簡単じゃない」
セリアの声が少し鋭くなる。
「でもそれしかない」
ジョンは頭を掻く。
そして、周囲を見る。
触手の流れ。
接続されているポイント。
電力の経路。
ジャンク屋の目が、それらを“構造”として捉える。
「……なるほどな」
「何か思いついた?」
「ああ」
ジョンはニヤリと笑った。
「切り離すってのは、要するに“線を抜く”ってことだろ?」
「乱暴に言えばね」
「だったら、もっと乱暴でいい」
「嫌な予感しかしないんだけど」
「任せろ」
ジョンは作業台の横を通り過ぎる。
向かったのは――
船内の電力分配盤。
「ちょっと、そこは……!」
「分かってるって」
パネルを開ける。
中には、複雑に絡み合ったケーブル群。
その中に。
明らかに“異質”なラインが混ざっている。
「これだな」
「それ、コアが侵入したラインよ」
「だろうな」
ジョンは工具を構える。
「切ればいいんだろ?」
「待って」
セリアが制止する。
「ただ切るだけじゃダメ」
「なんで」
「逆流するって言ったでしょ」
「……あー」
ジョンは一瞬考える。
そして、頷く。
「じゃあ、“逃がす”か」
「逃がす?」
「行き場なくなるから暴れるんだろ?」
「理屈としてはそうね」
「だったら出口作ればいい」
セリアは数秒沈黙した。
そして。
「……外に?」
「宇宙に」
「正気?」
「わりと」
ジョンは肩をすくめる。
「船の外に捨てる。それだけだ」
「簡単に言うわね……」
「でも一番確実だろ?」
確かに。
船内で爆発させるよりは、外に放り出した方が安全だ。
「……やる価値はある」
「だろ?」
ジョンは即座に動く。
「セリア、エアロック準備!」
「了解。外部排出ルート開く」
船内の一部隔壁が開き、エアロックへと繋がる通路が確保される。
「あと十秒!」
「十分!」
ジョンはケーブルを掴む。
だがその瞬間。
触手が反応した。
ビクン、と全体が震え、こちらへと向かってくる。
「来たか!」
「防御して!」
「無理だな!」
ジョンは笑う。
そして――
ケーブルを、引き抜いた。
バチィッ!!
火花が散る。
同時に、触手が暴走する。
行き場を失ったエネルギーが、船内で暴れ始める。
「今よ!」
「おう!」
ジョンは引き抜いたラインを、そのままエアロック側へ叩き込む。
接続。
即席の“排出路”。
「開けろ!!」
「開放!」
エアロックが開く。
瞬間。
空気が一気に引き抜かれる。
風が、宇宙へと流れ出す。
そして――
触手が、引っ張られる。
「おお……!」
コア本体が、抵抗する。
だが、流れは止まらない。
エネルギーも、物理構造も。
すべてが外へと引きずられていく。
「そのまま行け!!」
ジョンはさらにケーブルを引く。
コアが作業台から浮く。
固定具が軋み、外れる。
そして。
ズルリ、と。
完全に引き剥がされた。
「よし――!」
次の瞬間。
コアは、触手ごとエアロックへ吸い込まれ――
宇宙へと放り出された。
静寂。
すべてが、止まる。
触手も。
光も。
侵食も。
「……」
「……」
しばらくの沈黙。
やがて。
「……終わった?」
セリアが言う。
「たぶんな」
ジョンはその場に座り込んだ。
「今度こそ……終わっただろ」
船内は静かだった。
照明も安定し、システムも復帰し始めている。
傷は多い。
だが――
「船、無事よ」
セリアが報告する。
「致命傷なし。航行可能」
「……よかった」
ジョンは大きく息を吐いた。
「マジで、ヒヤヒヤした……」
「あなたのやり方、だいぶ綱渡りだったわよ」
「結果オーライだろ」
「今回はね」
セリアは小さくため息をつく。
そして、少しだけ笑った。
「でも、まあ……悪くなかった」
「だろ?」
ジョンは床に転がる。
今度はちゃんと、安心して。
「……で」
少しして、彼は言った。
「結局、あれって何だったんだ?」
「分からない」
「即答かよ」
「解析する前に捨てたでしょ」
「危なかったからな!」
「正解よ」
セリアは肩をすくめる。
「でも一つだけ言えるのは」
「なんだ」
「あれ、“ただの機械”じゃない」
ジョンは天井を見る。
「だろうな……」
しばらく沈黙。
そして。
「……売れなかったな」
「そこ?」
「そこ大事だろ」
「命と引き換えに?」
「いやまあ……」
ジョンは苦笑する。
「でもさ」
「うん」
「生きてるし、船もある」
「ええ」
「それで十分か」
セリアは少しだけ間を置いてから、答えた。
「……そうね」
ラクーン号は、再び静かな宇宙へと戻る。
何事もなかったかのように。
だが確かに。
そこには“何か”があった。
拾ってはいけないもの。
それでも拾ってしまうのが――ジャンク屋という生き物だった。