宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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5.

 ラクーン号は、もはや“船”ではなかった。

 それは、内部から侵食される構造物だった。

 赤い非常灯の下、壁という壁にケーブル状の触手が這い回り、パネルはこじ開けられ、配線が露出している。

 金属の内臓を引きずり出された生き物のように、船は無残な姿を晒していた。

 

「……あー、最悪だなこれ」

 

 ジョンは頭を掻いた。

 つい数分前まで寝ていたとは思えないほど、顔は引き締まっているが――目の奥には、はっきりと“面倒くさい”という感情が見えた。

 

「俺の家がホラー映画みたいになってんだけど」

「文句言ってる暇あったら動いて」

 

 セリアはすでにコンソールの前に戻り、残っている制御系を必死に維持していた。

 

「今、船の三割くらい制御奪われてる」

「三割!?」

「時間の問題で半分いく」

「それ沈むやつだろ!?」

「宇宙だから沈まないけど、機能停止はする」

「同じだろそれ!!」

 

 そのとき。

 壁を這っていた一本の触手が、こちらへと伸びた。

 ぬるり、と。

 音はないのに、そう感じる動き。

 

「うわ来た!!」

 

 ジョンは工具を振り回し、思い切り叩きつける。

 ガンッ!!

 硬い感触。

 だが、折れない。

 

「硬ぇなコイツ!?」

「ただのケーブルじゃないわ!外殻強化されてる!」

「なんでそんな無駄に進化してんだよ!」

 

 触手は一瞬だけ動きを止め、そしてすぐに別方向へ伸びていく。

 まるで“無駄な攻撃はしない”と判断したかのように。

 

「……おい」

 

 ジョンが低く言う。

 

「今の動き、なんかムカつくんだけど」

「感情的になってる場合じゃない」

「いやでも今の絶対ナメられてたろ」

「ナメられてるかどうかは知らないけど」

 

 セリアはモニターを睨む。

 

「少なくとも、“考えてる”のは確実ね」

「……マジかよ」

 

 ジョンの表情が変わる。

 ただの暴走機械ではない。

 意思がある。

 判断している。

 

「セリア」

「なに」

「こいつ、AIか?」

「断定はできない。でも――」

 

 一瞬、言葉を選ぶ。

 

「ただの制御プログラムじゃない」

「じゃあ何だよ」

「……分からない」

 

 その答えは、セリアらしくなかった。

 普段なら即答する。

 だが今回は、できない。

 

「でも一つだけ確実なのは」

 

 セリアは続ける。

 

「このままだと、船ごと“乗っ取られる”」

 

 短い沈黙。

 ジョンは周囲を見る。

 広がる侵食。

 増え続ける触手。

 崩れていく自分の居場所。

 

「……気に入らねえな」

 

 ぼそりと呟く。

 

「俺の船だぞ、ここ」

「ええ」

「家賃払ってねえくせに住み着くとか、マジで最悪だ」

「例えが妙に生活感あるわね」

「大事なことだろ」

 

 ジョンは工具ベルトを締め直す。

 その動きは、完全に“仕事モード”だった。

 

「で、どうする」

「さっき言ったでしょ、止めるって」

「方法は?」

「今から決める」

「やっぱりそれかよ」

 

 だが、文句は言いつつも、ジョンの頭はすでに回り始めていた。

 視線が動く。

 船内の構造。

 侵食の進行ルート。

 触手の伸び方。

 それらを“材料”として見ている。

 

「……セリア」

「なに?」

「こいつ、どこが本体だ?」

「コア」

「いや、それは分かる」

 

 ジョンは首を振る。

 

「でも今の状態だと、コアだけじゃねえだろ」

 

 確かに。

 触手が船中に広がっている今、それらも“体の一部”になっている。

 

「分散してる可能性はあるわね」

「だろ?」

 

 ジョンはニヤリと笑う。

 

「だったら、やることは一つだ」

「聞かせて」

「“まとめて殺す”」

「雑ね」

「でも本質だろ?」

 

 セリアは一瞬だけ考え、そして頷いた。

 

「……否定はしない」

「だろ?」

 

 ジョンは周囲を見渡す。

 

「問題は、どうやってまとめるかだ」

 

 そのとき。

 セリアのモニターに、新しいデータが走った。

 

「……待って」

「どうした?」

「動き、変わった」

 

 画面に映る触手の動き。

 それまで無秩序に見えていたそれが、徐々に“方向性”を持ち始めている。

 

「中心に集まってる……?」

「どこに?」

 

 セリアが座標を示す。

 ジョンが振り返る。

 その先には――

 作業台。

 コア本体。

 

「……おいおい」

 

 ジョンが呟く。

 

「分かりやすくないか?」

「ええ。ありがたいくらいに」

 

 触手が、戻っていく。

 まるで、力を一点に集めるように。

 

「再構築してる……?」

「完全体に近づこうとしてるわね」

「ってことは」

 

 ジョンの目が細くなる。

 

「今がチャンスか」

「リスクも最大だけどね」

「いつも通りだ」

 

 ジョンは笑う。

 その顔は、さっきの戦闘時と同じだった。

 無茶を前提にした顔。

 

「セリア」

「なに?」

「さっきのロボット覚えてるか」

「ええ」

「コア、壊したら止まったよな」

「結果的にはね」

「じゃあ今回も同じだ」

「……単純すぎない?」

「単純でいい」

 

 ジョンは工具を握り直す。

 

「壊せば止まる。それで十分だ」

 

 セリアは少しだけ笑う。

 

「ジャンク屋らしい理屈ね」

「だろ?」

 

 触手がさらにコアへ集まる。

 光が強くなる。

 船全体が、わずかに振動する。

 

「来るわよ」

「上等」

 

 ジョンは一歩踏み出す。

 自分の船を取り戻すために。

 そして――“拾ってしまったもの”にケリをつけるために。

 

 ラクーン号は、軋んでいた。

 外からではない。

 内側から。

 配線が引きずられ、パネルが歪み、壁面の裏を這う触手が金属をきしませる。

 まるで、船そのものが“異物を吐き出そうとしている”かのようだった。

 

「……これ以上やらせるかよ」

 

 ジョンは低く呟いた。

 視線の先。

 作業台。

 コアは、もはやただの残骸ではなかった。

 ひび割れた外殻は完全に開き、内部構造が露出している。

 そこから伸びた無数の触手が、船内へと張り巡らされ――そして今、逆流するように集まりつつあった。

 すべてが、一点へ。

 中心へ。

 

「完全体、ってやつか」

「近い状態にはなるでしょうね」

 

 セリアの声が返る。

 だがいつもの軽さはない。

 計算と制御にリソースを割いている証拠だ。

 

「ただし、まだ“未完成”」

「つまり」

「今なら止められる」

「よし」

 

 ジョンは一歩踏み出す。

 だがその直前。

 

「待って」

 

 セリアが止めた。

 

「なんだ」

「正面から壊すのはダメ」

「は?」

「船がもたない」

 

 短い言葉。

 だが意味は重い。

 

「今、あれは船と“直結”してる。下手に破壊すると、エネルギー逆流で電力系が飛ぶ」

「……最悪、エンジンも?」

「可能性高い」

「それはダメだな」

 

 ジョンは即答した。

 船がなければ終わりだ。

 ここは宇宙の真ん中。生身で放り出される事は死を意味する。

 

「じゃあどうする」

「切り離す」

「簡単に言うなよ」

「簡単じゃない」

 

 セリアの声が少し鋭くなる。

 

「でもそれしかない」

 

 ジョンは頭を掻く。

 そして、周囲を見る。

 触手の流れ。

 接続されているポイント。

 電力の経路。

 ジャンク屋の目が、それらを“構造”として捉える。

 

「……なるほどな」

「何か思いついた?」

「ああ」

 

 ジョンはニヤリと笑った。

 

「切り離すってのは、要するに“線を抜く”ってことだろ?」

「乱暴に言えばね」

「だったら、もっと乱暴でいい」

「嫌な予感しかしないんだけど」

「任せろ」

 

 ジョンは作業台の横を通り過ぎる。

 向かったのは――

 船内の電力分配盤。

 

「ちょっと、そこは……!」

「分かってるって」

 

 パネルを開ける。

 中には、複雑に絡み合ったケーブル群。

 その中に。

 明らかに“異質”なラインが混ざっている。

 

「これだな」

「それ、コアが侵入したラインよ」

「だろうな」

 

 ジョンは工具を構える。

 

「切ればいいんだろ?」

「待って」

 

 セリアが制止する。

 

「ただ切るだけじゃダメ」

「なんで」

「逆流するって言ったでしょ」

「……あー」

 

 ジョンは一瞬考える。

 そして、頷く。

 

「じゃあ、“逃がす”か」

「逃がす?」

「行き場なくなるから暴れるんだろ?」

「理屈としてはそうね」

「だったら出口作ればいい」

 

 セリアは数秒沈黙した。

 そして。

 

「……外に?」

「宇宙に」

「正気?」

「わりと」

 

 ジョンは肩をすくめる。

 

「船の外に捨てる。それだけだ」

「簡単に言うわね……」

「でも一番確実だろ?」

 

 確かに。

 船内で爆発させるよりは、外に放り出した方が安全だ。

 

「……やる価値はある」

「だろ?」

 

 ジョンは即座に動く。

 

「セリア、エアロック準備!」

「了解。外部排出ルート開く」

 

 船内の一部隔壁が開き、エアロックへと繋がる通路が確保される。

 

「あと十秒!」

「十分!」

 

 ジョンはケーブルを掴む。

 だがその瞬間。

 触手が反応した。

 ビクン、と全体が震え、こちらへと向かってくる。

 

「来たか!」

「防御して!」

「無理だな!」

 

 ジョンは笑う。

 そして――

 ケーブルを、引き抜いた。

 バチィッ!!

 火花が散る。

 同時に、触手が暴走する。

 行き場を失ったエネルギーが、船内で暴れ始める。

 

「今よ!」

「おう!」

 

 ジョンは引き抜いたラインを、そのままエアロック側へ叩き込む。

 接続。

 即席の“排出路”。

 

「開けろ!!」

「開放!」

 

 エアロックが開く。

 瞬間。

 空気が一気に引き抜かれる。

 風が、宇宙へと流れ出す。

 そして――

 触手が、引っ張られる。

 

「おお……!」

 

 コア本体が、抵抗する。

 だが、流れは止まらない。

 エネルギーも、物理構造も。

 すべてが外へと引きずられていく。

 

「そのまま行け!!」

 

 ジョンはさらにケーブルを引く。

 コアが作業台から浮く。

 固定具が軋み、外れる。

 そして。

 ズルリ、と。

 完全に引き剥がされた。

 

「よし――!」

 

 次の瞬間。

 コアは、触手ごとエアロックへ吸い込まれ――

 宇宙へと放り出された。

 静寂。

 すべてが、止まる。

 触手も。

 光も。

 侵食も。

 

「……」

「……」

 

 しばらくの沈黙。

 やがて。

 

「……終わった?」

 

 セリアが言う。

 

「たぶんな」

 

 ジョンはその場に座り込んだ。

 

「今度こそ……終わっただろ」

 

 船内は静かだった。

 照明も安定し、システムも復帰し始めている。

 傷は多い。

 だが――

 

「船、無事よ」

 

 セリアが報告する。

 

「致命傷なし。航行可能」

「……よかった」

 

 ジョンは大きく息を吐いた。

 

「マジで、ヒヤヒヤした……」

「あなたのやり方、だいぶ綱渡りだったわよ」

「結果オーライだろ」

「今回はね」

 

 セリアは小さくため息をつく。

 そして、少しだけ笑った。

 

「でも、まあ……悪くなかった」

「だろ?」

 

 ジョンは床に転がる。

 今度はちゃんと、安心して。

 

「……で」

 

 少しして、彼は言った。

 

「結局、あれって何だったんだ?」

「分からない」

「即答かよ」

「解析する前に捨てたでしょ」

「危なかったからな!」

「正解よ」

 

 セリアは肩をすくめる。

 

「でも一つだけ言えるのは」

「なんだ」

「あれ、“ただの機械”じゃない」

 

 ジョンは天井を見る。

 

「だろうな……」

 

 しばらく沈黙。

 そして。

 

「……売れなかったな」

「そこ?」

「そこ大事だろ」

「命と引き換えに?」

「いやまあ……」

 

 ジョンは苦笑する。

 

「でもさ」

「うん」

「生きてるし、船もある」

「ええ」

「それで十分か」

 

 セリアは少しだけ間を置いてから、答えた。

 

「……そうね」

 

 ラクーン号は、再び静かな宇宙へと戻る。

 何事もなかったかのように。

 だが確かに。

 そこには“何か”があった。

 拾ってはいけないもの。

 それでも拾ってしまうのが――ジャンク屋という生き物だった。

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