宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ジャークスピア旗艦艦橋。
艦内へ鳴り響いていた怒号が、不意に止まった。
代わりに流れたのは、恐怖に震える報告だった。
『ほ、報告ッス……!』
『ラクーン号、イブバーチュ領域へ侵入……』
『追撃部隊も損害多数……見失ったッス……』
一瞬。
静寂。
艦橋内にいた構成員達が恐る恐るヤジーを見る。
ヤジー・ドッコは黙っていた。
艦長席へ深く腰掛けたまま俯いている。
その表情は見えない。
だが肩だけが小刻みに震えていた。
『……あ?』
低い声。
その一言だけで艦橋の空気が凍りつく。
『見失ったァ?』
ヤジーがゆっくり立ち上がる。
顔には笑み。
しかし目は全く笑っていなかった。
『お前よォ。今、見失ったって言ったか?』
『は、はいッス……』
『イブバーチュ領域に――』
最後まで言わせなかった。
ヤジーが部下の一人の胸ぐらを掴み、そのまま片腕で吊り上げる。
『ひっ――』
構成員の喉から情けない悲鳴が漏れる。
足が虚しく宙を蹴った。
『オレ達は何の為にここまで来たと思ってんだ?』
ヤジーの口元が歪む。
『楽しそうなヤツを見るとムカつく。人気者を見るとブチ壊したくなる。幸せそうな連中を泣かせると気持ちいい。だからオレ達はジャークスピアなんだろォ!?』
怒声が艦橋を震わせる。
『なのに逃がしたァ!?』
ヤジーの腕へ力が込められた。
嫌な音が鳴る。
『がっ……!!』
構成員の顔色が紫色へ変わる。
周囲の誰も動けない。
止めれば次は自分だ。
『無能がァ!!』
さらに力が入る。
骨が軋む。
そして。
ぶつり、と何かが潰れる音と共に、構成員の身体から力が抜けた。
ヤジーは死体を床へ投げ捨てる。
艦橋内は完全な沈黙に包まれた。
誰も息をする事すら躊躇う。
ヤジーは荒く息を吐きながら前方モニターを睨みつけた。
そこには。
なおも自分達を翻弄し続ける四機のビートアロウ。
白い同型機達が爆炎の中を高速で飛び回っている。
ヤジーの顔が怒りに歪む。
『……お前らだ。お前らが邪魔するからこうなった』
その声には、もはや剥き出しの殺意しか無かった。
『だったらまとめて消し飛べェ!!』
次の瞬間。
巨大戦艦全体が展開した。
装甲が開く。
砲門がせり出す。
増設ビーム砲台が起動。
艦体各部へ赤いエネルギーラインが走った。
宇宙戦艦そのものが巨大な砲台要塞へ変貌する。
『全砲門開放!!あの忌々しい戦闘機部隊を宇宙の塵にしろォ!!』
轟音。
無数のビーム砲が一斉発射された。
宇宙空間が閃光で埋め尽くされる。
さらに大量の誘導ミサイルが白煙を引きながら飛来。
それは戦闘というより災害だった。
『散開!!』
デュミナスの指示。
四機のビートアロウが瞬時に散る。
白い機影が弾幕の隙間を縫うように飛び回る。
しかし。
火力が桁違いだった。
『うおおおっ!?』
シンヤ機が急旋回。
直後、極太ビームが機体脇を通過する。
熱量だけで警告灯が点灯した。
『クソッ、火力がおかしいだろ!?』
『右方向、高熱源接近!!』
サクラの警告。
ゴート機が即座にロール回避。
次の瞬間、さっきまでいた空間を大量のミサイルが通過していく。
爆発。
閃光。
衝撃波。
宇宙空間そのものが揺れているようだった。
回避。
回避。
また回避。
四機は攻撃に移れない。
少しでも動きを止めれば蒸発する。
『ヒャハハハハ!!』
通信越しにヤジーの狂った笑い声が響く。
『逃げろ逃げろォ!!』
『避け続けろYO!!』
『そのまま燃え尽きろォ!!』
ビームが宇宙を薙ぐ。
ミサイルが追尾する。
圧倒的火力。
だが。
『……待ってくださいまし』
サクラの声。
通信回線へ高速入力音が流れ始める。
サクラ機が後方へ下がりながら敵戦艦の解析を開始していた。
『砲門配置……熱循環……エネルギー流量……』
モニターへ無数の解析ウィンドウが展開される。
サクラの目が細まった。
『見えましたわ』
『何か分かったか』
デュミナスが問う。
『あの戦艦、火力偏重設計ですわ。大型砲を増設しすぎて熱処理が完全に破綻していますの』
表示される熱源マップ。
戦艦内部では膨大な熱エネルギーが循環していた。
『つまり?』
シンヤが叫ぶ。
『排熱が生命線という事ですわ』
サクラが艦体中央下部を拡大表示する。
厚い装甲内部。
その奥。
巨大構造物。
『メイン排気ダクト。通常時は内部へ隠されていますが、限界火力運用中は強制排熱の為に一定時間露出しますの』
デュミナスの声が低くなる。
『そこが弱点か』
『はい』
サクラが頷く。
『あそこを破壊できれば、内部熱暴走で自滅しますわ』
一瞬。通信回線が静かになる。
そしてデュミナスが静かに口を開いた。
『各機聞け』
その声だけで空気が引き締まる。
『敵旗艦撃滅を開始する』
シンヤが笑う。
『待ってました!』
サクラも口元を吊り上げる。
『派手に行きましょうか!』
ゴートが短く返した。
『了解ッ!』
四機のビートアロウが再び隊列を組む。
爆炎の宇宙。
巨大戦艦を前に、白い四機が一直線に加速した。
スカイピラーズによる戦艦撃滅作戦が始まった。
『オラオラオラァ!!』
ジャークスピア旗艦。
巨大戦艦はなおも砲火を撒き散らしていた。
艦体各部の砲門が赤熱し、次々とビームを発射する。
極太の光線が宇宙空間を焼き裂き、ミサイル群が狂ったように飛び回る。
もはや戦術も何も無い。
圧倒的火力で全てを押し潰す。
それだけだった。
『ヒャハハハハ!!』
艦橋でヤジーが狂気じみた笑い声を上げる。
『どうしたどうしたァ!?逃げ回るだけかYO!!』
モニターの中では、四機のビートアロウが弾幕の中を飛び続けていた。
白い機体が閃光を掠める。
回避。
急旋回。
再加速。
だが反撃はしてこない。
それがヤジーには、完全に押し込んでいるように見えていた。
『その程度かァ!?結局テメェらも数だけの雑魚と変わんねぇなァ!!』
戦艦主砲が再び発射される。
極太ビームが宇宙を薙ぎ払った。
直後。
デュミナス機が紙一重で回避する。
その背後でデブリ群が蒸発した。
シンヤが歯を剥く。
『っぶねぇなクソ!!』
『だが――』
その時だった。
サクラの声が通信へ響く。
『来ますわ』
次の瞬間。
ジャークスピア戦艦各部の装甲が開いた。
ゴゴゴゴ……という重低音。
艦体下部。中央部。側面。
各所で巨大な排気口が露出する。
内部から赤熱した熱気が噴き出した。
『強制排熱確認!!』
サクラが叫ぶ。
『熱源探知完了!!』
モニターへ赤いポイントが浮かび上がる。
艦体中央下部。
巨大なメイン排気ダクト。
弱点。
それが完全に露出していた。
デュミナスの目が鋭く細まる。
『全機、攻撃開始』
『『『了解ッ!!』』』
シンヤ機が真っ先に加速した。
白いビートアロウが弾丸のように突っ込む。
『止めろォ!!』
『撃ち落とせェ!!』
ジャークスピア部隊が迎撃を開始。
だが遅い。
シンヤ機が高速機動で砲火を掻い潜る。
続けてゴート機が前へ出た。
重厚な機動で敵射線を強引に押し割る。
レーザーが装甲を掠め、火花が散る。
それでも止まらない。
『道は開ける』
低い声。
その背後からサクラ機が滑り込む。
『電子妨害開始』
次の瞬間。
敵迎撃システムが乱れた。
『レーダー死んだ!?』
『照準補正効かねぇッス!!』
『何ィ!?』
混乱。
その隙。
最後方からデュミナス機が一直線に加速した。
四機のビートアロウ。
完全な連携。
白い流星群が巨大戦艦へ迫る。
『プロトンランチャー、照準固定』
デュミナスの声。
『撃て』
四機同時。
機体下部ハッチ展開。
プロトンランチャー発射。
四条の閃光が宇宙を貫いた。
巨大なエネルギー弾が一直線に排気ダクトへ突き刺さる。
一瞬。
静止。
そして。
戦艦中央部が膨れ上がった。
『……あ?』
ヤジーが目を見開く。
艦橋警報が一斉に鳴り響いた。
『熱暴走発生!!』
『炉心圧力限界突破!!』
『ダクト閉鎖不能!!』
『艦体各部誘爆――』
『ふざけんなァァァァ!!』
ヤジーの怒号。
しかし遅い。
次の瞬間。
巨大宇宙戦艦が内側から爆発した。
轟音。閃光。
まず中央部が吹き飛ぶ。
続けて各部弾薬庫が誘爆。
炎が艦体を突き破り、巨大な裂け目が走る。
装甲が弾け飛ぶ。
砲塔が千切れる。
艦橋が爆炎に飲まれる。
最後。
全長三百メートルの巨艦そのものが巨大火球となって炸裂した。
宇宙空間へ超巨大爆発が広がる。
衝撃波が周囲の残骸を吹き飛ばした。
『旗艦がァ!?』
『ヤジーさんがやられたYO!?』
『逃げろォ!!』
統率を失ったジャークスピア残党が一斉に逃走を開始する。
だが。
その瞬間だった。
宙域外周部。
無数の光が現れる。
大型艦隊。
整然と並ぶ銀色の戦艦群。
『こちら銀河連合治安維持艦隊』
『ジャークスピア構成員へ告げる』
『貴様らは完全包囲されている』
『武装解除し投降せよ』
銀河連合艦隊だった。
悪党にもはや逃げ場は無い。
『うわァァァ!?』
『連合だァ!!』
『終わったYO!!』
ジャークスピア残党達が次々拘束されていく。
その様子を遠くから見届けながら、四機のビートアロウが静かに並んだ。
白い四機の戦闘機。
同型でありながらパイロットの個性が反映されたのか、四機それぞれが全く異なる存在感を放っている。
通信回線。
デュミナスが静かに口を開く。
『各機状況確認』
『損害軽微』
『任務完了だ』
シンヤが笑う。
『いやー派手だったねぇ』
『気持ちよかったですわ♪』
サクラも上機嫌だった。
最後にゴートが短く頷く。
『終わったな』
そして。
デュミナスが最後に告げる。
『スカイピラーズ、ミッションコンプリート!』