宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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 惑星イブバーチュ。

 銀河有数の娯楽惑星として知られるその星は、今日という日に限って異様な熱気に包まれていた。

 

 巨大都市群の中心区画。

 海沿いへ建造された超大型特設ライブ会場には、既に数十万人規模の観客が集結している。

 空中へ浮かぶホログラム広告。

 巨大モニターへ映し出されるライブ告知映像。

 通路を埋め尽くす人波。

 屋台から漂う香ばしい匂い。

 ライブグッズを抱えたファン達。

 その全てが、この日の為に存在しているかのようだった。

 

『ポッピーちゃーん!!』

『待ってたぞーーー!!』

『絶対生きてるって信じてた!!』

 

 会場のあちこちから歓声が飛ぶ。

 観客達の年齢は様々だ。

 学生らしき若者。

 仕事帰りらしいスーツ姿の男。

 家族連れ。

 サイボーグ化した身体を持つ者も少なくない。

 だが全員の視線は同じ場所を向いていた。

 ステージ。

 今日、この場所で歌う一人の少女を待っている。

 

 ポッピー・ラビット。

 

 銀河中で圧倒的な人気を誇るトップアイドル。

 数日前、彼女は宇宙空間で消息を絶った。

 移動中の宇宙船が襲撃され、行方不明。

 ニュースサイトでは死亡説すら流れ、銀河ネットには無数の憶測が飛び交っていた。

 ライブ中止も当然視されていた。

 だが。

 彼女は帰ってきた。

 そしてライブも予定通り開催される。

 その事実だけで、会場のボルテージは既に限界寸前だった。

 

 

 ***

 

 

 ライブ会場裏。

 関係者専用エリア。

 楽屋では、喧騒から切り離された静かな空気が流れていた。

 その中心で、ポッピーは椅子へ腰掛けている。

 白とピンクを基調にしたライブ衣装。

 フリルのついたウェイトレス風デザイン。

 胸元の大きなリボン。

 そして頭部から伸びた特徴的なウサギ耳。

 サイボーグ手術によって取り付けられた人工耳が、微かに揺れていた。

 鏡の前に座る彼女は静かだった。

 普段テレビで見せる、元気いっぱいの笑顔ではない。

 どこか張り詰めた表情。

 その耳には、遠くから聞こえてくる観客の歓声が届いていた。

 

「……」

 

 ポッピーは小さく息を吐いた。

 脳裏へ浮かぶのは、この数日間の記憶。

 宇宙船襲撃。

 鳴り響く警報。

 爆発。

 崩れる通路。

 逃げ惑うスタッフ達。

 暗い宇宙へ放り出されるように脱出した瞬間。

 冷たい脱出ポッドの中で感じた孤独。

 

 そして。

 ラクーン号。

 ジョン。

 セリア。

 スカイピラーズ。

 命懸けの逃避行。

 ジャークスピアとの戦い。

 どれもあまりに濃すぎて、ほんの数日前の出来事とは思えなかった。

 ポッピーは膝の上で拳を握る。

 

「……ほんと、色々あったなぁ」

 

 思わず苦笑が漏れた。

 怖かった。危なかった。

 何度も終わりを覚悟した。

 それでも自分はここにいる。

 ライブを開ける。ファンの前へ立てる。

 その事実が、胸の奥を熱くしていた。

 コンコン、と楽屋のドアがノックされる。

 

「ポッピーちゃん、五分前です!」

 

 スタッフの声。

 

「はいっ!」

 

 ポッピーは即座に立ち上がった。

 そして鏡を見る。

 そこに映っているのは、怯えた少女ではない。

 銀河中の期待を背負うトップアイドル。

 ポッピー・ラビットだった。

 彼女は両頬を軽く叩く。

 

「よーし……!」

 

 ウサギ耳がぴょこんと揺れる。

 

「行こう、ポッピー!」

 

 楽屋の扉が開いた。

 通路の向こうではスタッフ達が慌ただしく動き回っている。

 巨大ステージへ続く一本道。

 その先からは、凄まじい歓声が響いてきた。

 

『ポッピー!!』

『ポッピー!!』

『ポッピー!!』

 

 観客達によるコール。

 まるで地鳴りのようだった。

 舞台袖へ到着する。

 眩しいライトが漏れている。

 司会者のテンションの高い声が響いた。

 

『銀河中のみんなァーーーッ!!』

『お待たせしましたァァァッ!!』

 

 歓声。

 爆発的な大歓声。

 

『それでは登場していただきましょう!!』

『銀河のスーパーアイドル!!』

『ポッピー・ラビットーーーッ!!!』

 

 その瞬間。

 ポッピーは笑顔でステージへ飛び出した。

 

「みんなーーーーーっ!!!」

 

 閃光。

 爆音。

 大量の花火演出。

 照明が一斉に弾ける。

 観客席が沸騰した。

 

『うおおおおおおおおおおおおッ!!!』

 

 会場全体が震えている。

 ポッピーはステージ中央へ駆け出すと、大きく両手を振った。

 

「今日は来てくれてありがとーーーっ!!」

 

 返ってくる絶叫のような歓声。

 何万本ものペンライトが夜空を埋め尽くしている。

 その光景を見た瞬間。

 ポッピーの胸から、不安が消えた。

 ここが自分の居場所だ。

 彼女はマイクを握る。

 

「それじゃあみんな!最後まで全力で盛り上がっていくよーーーっ!!」

 

 イントロが流れ始める。

 重低音。

 ライト演出。

 歓声、そして。

 銀河最大級のライブが、ついに幕を開けた。

 

 

 ***

 

 

 惑星イブバーチュの大気圏外。

 青と白の雲を纏った巨大惑星を背後に、ラクーン号は静かに宇宙空間を航行していた。

 つい先程まであれほど激しい戦いが行われていたとは思えないほど、周囲の宙域は静まり返っている。

 遠方では、銀河連合艦隊がジャークスピア残党の拿捕作業を続けていた。

 拘束されたダートポッドやその乗組員が次々と連行されていく。

 破壊された戦艦の残骸が、星明かりを反射しながら漂っていた。

 だが、ラクーン号はそれらから距離を取り、静かにイブバーチュ宙域を離れつつあった。

 

 長かった騒動は終わった。

 ポッピー・ラビット襲撃事件。

 宇宙暴走族ジャークスピアとの戦い。

 スカイピラーズとの共同戦線。

 巨大戦艦との決戦。

 数日前まで、ただ宇宙のジャンクを拾って生活していただけのジョンにとっては、どう考えても人生規模で厄介すぎる事件だった。

 ラクーン号の古びた船体が小さく軋む。

 エンジンの低い振動音。

 時折鳴る電子音。

 狭い操縦席。

 その全部が、ようやく「いつもの空気」に戻りつつあった。

 操縦席では、セリアがコンソールを操作している。

 ぴっちりしたスーツ越しに伸びる細い指がホログラムパネルを滑っていく。

 

「航路安定」

「近辺に敵反応なし」

 

 セリアはそう告げると、椅子へ背中を預けながら後方モニターを見上げた。

 そこには、徐々に小さくなっていくイブバーチュの姿が映っている。

 惑星各地の夜景が、宇宙空間からでも宝石のように輝いて見えた。

 その光景を見つめながら、セリアがぽつりと言う。

 

「ねえ」

「何だよ」

「あんなに頑張ったのに、本当にライブ行かなくて良かったの?」

 

 その言葉に、ジョンは後方シートへだらしなく座ったまま顔をしかめた。

 片足をコンソールへ乗せ、いかにも疲れ切った様子で天井を見上げている。

 

「何が悲しくてトップアイドルのライブなんか行かなきゃならねえんだよ……」

「助けた相手のライブだよ?」

「だからだっての」

 

 ジョンは無精ひげを掻きながらぼやく。

 

「関係者席なんか行ってみろ。絶対ゴシップ記者に見つかる」

「そうかしら?」

「“人気アイドルを陰で支える謎の男!”とか、“熱愛発覚!”とか好き勝手書かれるに決まってる。俺ぁそういう面倒事は御免だ」

 

 心底嫌そうな声だった。

 セリアは肩を揺らして笑う。

 

「でもちょっと惜しそうだったじゃん」

「気のせいだ」

「ふーん?」

「気のせいだって」

 

 ジョンはそっぽを向く。

 だが、その直後。

 彼は手元のタブレット端末へ視線を落とした。

 そこへ表示されているのは、ポッピーの所属事務所から送られてきた正式契約報酬の振込データ。

 ジョンの目が徐々に見開かれていく。

 

「……へへ」

 

 口元が緩む。

 

「へへへ……」

 

 完全にニヤけていた。

 数字の桁数が明らかにおかしい。

 ゼロが多い。

 とにかく多い。

 

「いやぁ〜〜〜〜……」

 

 ジョンは端末を抱え込みながら笑う。

 

「世の中捨てたモンじゃねぇなぁ……」

「露骨」

「命懸けだったんだぞこっちは!」

「それはそうだけど」

「これだけありゃ半年は働かなくても生きていける……!」

「いや絶対無駄遣いするでしょ」

「しねえよ!」

 

 ジョンは即座に否定した。

 だがセリアは疑いの目を向ける。

 

「どうせ変なパーツ買うんでしょ」

「ロマンって言え」

「この前も“旧戦争時代のレアパーツだ!”ってゴミ買ってたじゃん」

「ゴミじゃねえ、希少品だ」

「三日後に爆発してたけど」

「あれは事故だ」

「船の壁に穴空いてたよ?」

「……」

 

 ジョンは気まずそうに目を逸らした。

 セリアが呆れたようにため息を吐く。

 その時だった。

 センサー画面へ高速接近する反応が表示された。

 

「ん?」

 

 ジョンが顔を上げる。

 直後。

 四つの白い機影がラクーン号の横を高速で通過した。

 ビートアロウ。

 スカイピラーズの戦闘機部隊だった。

 流線型の白い機体。

 青い差し色。

 高出力スラスターの光を尾のように引きながら、四機は美しい編隊飛行を行っている。

 その動きには一切の乱れが無い。

 まるで宇宙そのものを泳いでいるようだった。

 

「おっ」

 

 ジョンが思わず声を漏らす。

 四機のビートアロウはラクーン号の側面へ並ぶように飛行すると、そのまま機体ライトを点滅させ始めた。

 短く。

 長く。

 規則的に。

 セリアが目を細める。

 

「モールス信号だ」

「読めるのか?」

「まあね」

 

 セリアはライトの点滅を見つめる。

 そして小さく笑った。

 

「“GOOD JOB”だって」

 

 ジョンは一瞬ぽかんとした後、鼻で笑った。

 

「なんだそりゃ」

「褒めてくれてるんじゃない?」

「別に褒められるような事してねえよ」

「してたと思うけど」

 

 ジョンは照れ臭そうに頭を掻く。

 その間にも、四機のビートアロウは徐々に加速していく。

 白い機影が一直線に宇宙を駆ける。

 やがて四つの光は遠ざかり、星々の中へ溶け込むように消えていった。

 静寂。

 再びラクーン号だけが宇宙を進む。

 ジョンはシートへ深く座り直し、長く息を吐いた。

 

「……終わったな」

「うん」

 

 セリアも静かに頷く。

 ジャークスピアとの戦い。

 逃避行。

 宇宙戦。

 巨大戦艦との決戦。

 数日間とは思えないほど濃密な時間だった。

 だが、それも終わりだ。

 残ったのは、いつものボロ船と、冴えないジャンク屋の日常だけ。

 それでも不思議と悪くなかった。

 操縦席モニターでは、ライブ中継映像が流れている。

 眩しい照明。

 歓声。

 巨大ステージ。

 そして。

 笑顔で歌うポッピー・ラビット。

 

『みんなーーーーっ!!今日はありがとーーーーーっ!!』

 

 会場を揺らす大歓声。

 ペンライトの海。

 ポッピーの笑顔。

 その映像をぼんやり見つめながら、ジョンは小さく笑った。

 

「……ま、良かったんじゃねえか」

 

 ラクーン号は静かに加速する。

 巨大惑星イブバーチュがゆっくり遠ざかっていく。

 そして宇宙船は再び、果てしなく広がる星の海へ戻っていった。

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