宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
52.
宇宙は、どこまでも静かだった。
音の無い闇。
無限に広がる漆黒の空間の中で、砕けた人工衛星の破片や朽ちた輸送船の残骸が、何十年という時間をかけてゆっくりと漂い続けている。
巨大企業が使い捨てた資源衛星。
宇宙戦争時代に撃沈された巡洋艦。
放棄された居住ブロック。
役目を終えた工業プラント。
文明が生み出した“不要物”は、重力の束縛を失ったまま、永遠に宇宙を流れていた。
そんなデブリ群の合間を、一隻の小型宇宙船がのろのろと進んでいく。
ラクーン号。
ジャンク回収業を生業とするフリーランスの宇宙船だ。
船体はかなり年季が入っている。
外装は塗装が剥げ、所々に継ぎ接ぎの装甲板が貼り付けられていた。
修理痕。溶接跡。交換されたパーツ。
まるで中古部品の寄せ集めで無理矢理延命しているような船である。
事実、その通りだった。しかし、それでもラクーン号は宇宙を飛ぶ。
船体側面の作業アームが伸び、漂流していた金属コンテナを掴み上げる。ガコン、と鈍い音。
コンテナがカーゴスペースへ格納された。
その様子をモニター越しに確認しながら、ジョン・サトウは深々とため息を吐いた。
「……ショボい」
操縦席へぐったりと背中を預ける。
「今日の成果、マジでショボい……」
黒髪短髪。無精ひげ。着古したツナギ。
いかにも“場末の労働者”といった風貌の男だった。
ジョンは端末画面を操作し、今日回収したジャンクのリストを眺める。
壊れた通信機。
旧式バッテリー。
用途不明の金属板。
部品取り用の配線。
どれも二束三文の代物ばかりだ。
「これじゃ燃料代で消えるぞ……」
「最近ほんとハズレばっかりねぇ」
隣の席でコンソールを操作していたセリアが肩を竦めた。
紫色の長い髪。
ぴっちりしたボディスーツ。
豊かな胸。
一見すると派手な美女だが、その正体は中古のセクサロイドである。
もっとも、ジョンが違法改造を施した結果、現在ではラクーン号の副操縦士や整備補助までこなしていた。
セリアはホログラム画面を指で弾く。
「この宙域、最近は回収屋も増えたじゃない?」
「価値あるジャンクは先に持っていかれてるのよ、きっと」
「世知辛ぇ……」
ジョンは頭を掻いた。
「昔は軍艦の残骸とか結構拾えたんだけどなぁ」
「今じゃネジ拾って生活してる気分だ」
「実際そんなものじゃない?」
「言うな」
ラクーン号はデブリ帯を抜け、ゆっくりと進路を変更する。
メインモニターへ目的地情報が表示された。
宇宙ステーション・カドヤ。
この周辺宙域では有名なジャンク取引ステーションだった。
元々は、宇宙戦争時代に建造された小惑星防衛基地。
だが戦争終結後、軍が放棄。
その後、解体業者や回収屋達が勝手に住み着き、増築と改修を繰り返した結果、現在の巨大宇宙ステーションになったのである。
つまり、治安はお察しだった。
密輸屋。
中古武器商人。
回収業者。
違法改造屋。
賞金稼ぎ。
様々な連中が集まる、“まともじゃない人間の吹き溜まり”である。
ジョンも何度も利用していた。
理由は単純。
こういう場所は、ジャンクを買い叩きつつも現金払いだけは早いからだ。
ジョンはシートへだらしなく座りながらぼやく。
「今回も少しでも高く売れてくれりゃいいんだが……」
「生活厳しいの?」
「厳しい」
即答だった。
「今月マジでヤバい」
「この前も三日連続で保存食だったじゃない」
「仕方ねえだろ」
「物価上がってんだよ最近」
「燃料代も高いし、港湾使用料も高いし、税金も高いし……」
「宇宙って夢が無いわねぇ」
「最初からねえよ」
ジョンは苦々しく笑った。
その時だった。
操縦席モニターの片隅で流していたニュース番組から、キャスターの声が響く。
『次のニュースです。現在、居住コロニー“ネオ・サンディアス”において、オーラ教による教会建設を巡り、一部住民との間で対立が深刻化しています』
ジョンが嫌そうに顔をしかめた。この所、何度も見た話題だったからだ。
「またオーラ教かよ」
画面にはデモの映像が映し出される。
白い礼装を纏ったオーラ教信徒達。
彼らは「信仰の自由を守れ」と書かれた旗を掲げ、整然と行進していた。
一方で、住民側は怒号を飛ばしている。
『オーラ教側は、“宗教差別による迫害だ”と主張しています』
『銀河連合人権委員会も事態を重く見ており――』
キャスターは深刻そうな顔で続ける。
『長い歴史を持つ平和宗教であるオーラ教に対し、一部住民の過激な反発が問題視されています』
「平和宗教ねぇ……」
ジョンが鼻で笑った。
セリアもモニターを見る。
「あー……またやってるのね」
「最近ほんと増えてるじゃない、礼拝騒動」
ジョンは端末を操作し、SNS画面をニュースの横へ並べた。
そこには現地住民による動画や投稿が大量に流れている。
『深夜に集団礼拝して騒音』
『通路塞いで祈り始める』
『勝手に子供へ布教』
『サイボーグ差別発言』
『ゲームショップに抗議』
『アニメ広告を“不浄”扱い』
ジョンは呆れたように肩を竦めた。
「都合悪い部分は報道しないんだもんな、そんで“かわいそうな宗教団体”扱い」
「メディアってこういうの好きよねぇ」
セリアが苦笑する。
「スポンサー絡みじゃない?オーラ教って銀河連合からも支援金出てるんでしょ?」
「結局金かよ……」
ジョンはげんなりした顔になる。
オーラ教。
元々は自然との共生を説く宗教だったらしい。
だが現在では、過激化した信徒達が銀河中で問題を起こしていた。
強引な布教。
礼拝トラブル。
女性差別。
サイボーグ差別。
表現規制。
さらには児童婚問題まで囁かれている。
にも関わらず、銀河連合政府は「信仰の自由」を盾にほとんど放置状態だった。
結果、各地で軋轢だけが増えている。
「宗教も政治もロクでもねぇな……」
ジョンはぼやいた。
「関わると面倒しか起きねえ」
「それは本当にそう思うわ」
セリアも頷く。
その時、前方モニターへ巨大な影が映り込んだ。
宇宙ステーション・カドヤ。
巨大な小惑星基地を流用した無骨な宇宙ステーションだ。
岩塊をそのまま削り出したような外観。
旧時代の砲台跡。
無数の増設ブロック。
配管。
ネオン看板。
違法建築じみたドック施設。
そこには大量の宇宙船が群がっていた。
貨物船。
回収船。
傭兵船。
軍払い下げ艦。
まともな船より怪しい船の方が多い。
宇宙のスラム街。そんな表現がぴったりだった。
「相変わらず汚ぇなぁ……」
ジョンが呟く。
「こういう場所って、見てるだけで治安悪そうなのが伝わってくるわよねぇ」
セリアも苦笑した。
ラクーン号は姿勢制御スラスターを噴かせながら、ゆっくりとドックへ接近していく。
巨大なステーション外壁が目前へ迫る。
古びた装甲。
戦争時代の傷跡。
砲撃痕。
この場所が、かつて本当に戦場だった事を物語っていた。
やがて誘導ビーコンが点灯する。
『入港許可確認』
『第七ドックへ接岸してください』
無機質なアナウンスが響いた。
ジョンは操縦桿を握り直す。
「さて……」
「まずはジャンク売って、メシだな」
「今日はまともな物食べられるといいわねぇ」
「お前は飯は食わねえだろ」
「あら、そうだったわね?」
セリアがくすりと笑う。
ラクーン号はゆっくりと宇宙ステーション・カドヤのドックへ降下していった。
***
宇宙ステーション・カドヤの内部は、外観以上に雑然としていた。
かつて軍事基地だった頃の無骨な金属通路に、後付けのネオン看板や広告ホログラムが無秩序に張り付けられ、まるで廃墟と繁華街を無理矢理混ぜ合わせたような空間になっている。
頭上を走る配管からは時折蒸気が漏れ、空気は油と煙草と焼けた金属の臭いで淀んでいた。
通路を行き交う人々もまた雑多だ。
ジャンク屋。
密輸業者。
傭兵。
改造技師。
宇宙海賊崩れ。
いかにも“真っ当ではない仕事”で生きている者達ばかりである。
そんなカドヤの一角に設けられたジャンク買取所から、ジョンとセリアはようやく解放されていた。
「安っっっっす……」
ジョンは端末へ振り込まれた金額を見ながら、魂の抜けた声を漏らした。
「なんだよあの査定……『旧式だから値段つかねえ』じゃねえよ……だったら最初から買い取るなっつーの……」
セリアが苦笑する。
「でも一応黒字にはなったじゃない」
「燃料代と港湾使用料引いたらほぼ消えるけどな」
「夢が無いわねぇ」
「ジャンク屋なんてそんなもんだ」
ジョンは肩を落としたまま歩き続ける。
だが、その数分後。
ジョンはカドヤ内部の食堂街にある定食屋で、久々にまともな食事へありついていた。
「……うめぇ……」
ジョンが感動したように呟く。
目の前にあるのは合成肉のステーキ定食。
そう、合成肉。本物の肉ではない。
だが、保存食や栄養ゼリーに比べれば十分ご馳走だった。
セリアもストローでドリンクを飲みながら満足そうに息をつく。体内で分解して電力に変換しているのだ。
「やっぱり食事って大事よねぇ、この前の保存クラッカー生活、さすがに辛かったもの」
「しばらくクラッカー見たくねえ……」
「でもジョン、安かったからって箱買いしてたじゃない」
「仕方ねえだろ金無かったんだから」
「男の人ってそういう無茶するわよねぇ」
セリアは呆れ半分に笑った。
食事を終えた後、二人は腹ごなしも兼ねて、カドヤ内部をぶらついていた。
宇宙ステーション・カドヤの内部には、ジャンク市場が無数に存在する。
そこでは毎日、宇宙中から集められたガラクタが売買されていた。
壊れた義手。
旧式軍用端末。
戦艦の装甲板。
用途不明の電子部品。
中には違法品スレスレの代物も混じっている。
雑多な品物が山積みになった店先を眺めながら、ジョンはぶらぶら歩いていた。
「こういう所見てると、たまに掘り出し物あるんだよな」
「九割ゴミだけどね」
「一割あれば十分だ」
その時だった。
「あら?」
セリアがふと立ち止まる。
視線の先。
ジャンクの山の中に、妙な物体が埋もれていた。
丸っこい金属ボディ。
タイヤ式の移動ユニット。
前面に付いた簡易センサー。
そして上部には、まるでバケツを逆さに被せたような頭部パーツ。
「……お掃除ロボ?」
ジョンが眉をひそめた。
それはどう見ても家庭用お掃除ロボだった。
しかもかなり古い型だ。
ボディは傷だらけで、一部装甲も割れている。
完全に機能停止しているらしく、ランプ類も沈黙していた。
すると店主らしき中年男がニヤリと笑う。
「おっ、兄ちゃん見る目あるねぇ。そいつぁ特級品だぜ」
「どこがだよ」
ジョンは即座にツッコんだ。
店主は気にせず続ける。
「半壊した戦闘機の残骸と一緒に見つかったんだ。きっとどっかの軍が作った秘密兵器よぉ。はたまた軍用AIかもしれねえ。下手すりゃ超古代文明の遺産だ!」
「絶対違うわよねぇ」
セリアが即答した。
「どう見てもお掃除ロボじゃない」
「最近の詐欺って雑だな……」
ジョンも呆れた顔をする。
店主はむっとした。
「いやいや、兄ちゃん分かってねえなぁ!こういう一見ショボい奴ほどヤバい機能隠してたりするんだって!宇宙戦争時代の極秘AIとかよ!」
「だったら軍が回収してるだろ」
「ぐっ……」
痛い所を突かれたらしく、店主が詰まる。
セリアがくすくす笑った。
「でもまあ、見た目ちょっと可愛いわね。バケツ被ってるみたいで」
ジョンはしゃがみ込み、お掃除ロボを軽く小突く。
反応無し。
完全停止状態だ。
だが内部パーツまでは死んでいないかもしれない。
ジョンの頭の中で、商売勘が少しだけ働いた。
「……待てよ」
「ん?」
セリアが首を傾げる。
ジョンはロボをじっと見ながら呟いた。
「これ、レストアして売れば多少金になるか?古い家電マニアとか居るし」
「あー、レトロ家電趣味の人ねぇ。昔のお掃除ロボ集めてる変人、確かに居そう」
「基板だけでも使えるかもしれねえしな」
ジョンは立ち上がった。
「よし、買うか」
店主がニヤリと笑う。
「毎度あり!」
「ちなみに返品不可な!」
「最初から期待してねえよ」
ジョンは呆れながら端末をかざした。
安値で叩き売りされていたお掃除ロボが、ジョンの所有物となる。
その時のジョンは、まだ知らなかった。
このボロボロのお掃除ロボが、自分達をとんでもない騒動へ巻き込む事になるなどとは。