宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
宇宙ステーション・カドヤを離れたラクーン号は、静かな宇宙空間をゆっくりと航行していた。
船体後部のメインスラスターが青白い光を噴き出し、古びた作業船を漆黒の海へ押し出してゆく。
背後では、カドヤの巨大なシルエットが徐々に遠ざかっていた。
岩塊を削り出したような無骨な外壁。
無数のドック。
増設に増設を重ねた違法建築じみた居住ブロック。
戦争時代の砲台跡。
まるで宇宙に浮かぶ巨大な廃墟都市だった。
やがて十分な距離を取ると、ラクーン号は巡航モードへ移行する。
操縦席の照明が少し落ち、船内に低い駆動音だけが響き始めた。
「……ふぃー」
ジョン・サトウはシートへ深く腰掛けながら、大きく伸びをした。
「ようやく落ち着いた……」
「カドヤっているだけで疲れるのよねぇ」
セリアも隣で肩を回している。
「空気悪いし、変な人多いし」
「それは否定できん」
ジョンは苦笑した。
カドヤは便利ではある。
だが、長居したい場所ではない。
少し油断すれば詐欺に遭うし、裏路地では銃撃戦すら起きる。
まともな人間ほど精神を削られる空間だった。
「……さて」
ジョンは立ち上がった。
「問題はこいつだな」
視線の先。
船内作業スペースのテーブルに、例のお掃除ロボが置かれていた。
丸い金属ボディ。
古臭い外装。
バケツを逆さにしたような頭部。
どう見ても安物の家庭用ロボットである。
しかもかなり年季が入っている。
ボディ表面には擦り傷や打痕が無数に刻まれ、一部の外装は焦げてすらいた。
「ほんとにこれ売れるの?」
セリアが半眼になる。
「分からん」
ジョンは即答した。
「だがジャンク屋ってのは、“分からん物”に賭ける商売でもある」
「聞こえはいいけど、ただのギャンブルじゃない」
「否定はしない」
ジョンは工具箱を引っ張ってくると、お掃除ロボの前へ腰を下ろした。
そして軽くボディを小突く。
コン、と鈍い音。
反応は無い。
完全停止状態だ。
「電源死んでんのかな……」
ジョンは外装を観察する。
古い機種ではあるが、意外と頑丈な造りだった。
安価な量産型というより、業務用に近い。
だがその時。
「……ん?」
ジョンの目が細くなる。
外装パネルの継ぎ目。
そこに妙な痕跡があった。
「これ……」
ジョンは工具で表面パネルを軽くなぞる。
溶接跡。
それも工場製造時の物ではない。
後から無理矢理加工したような荒い痕だ。
セリアも覗き込む。
「あら?」
「何か変なの?」
「改造されてる」
ジョンは眉をひそめた。
「しかも結構本格的に」
彼は外装固定ネジを外し、パネルを少しだけ開く。
内部配線が露出した。
「うわ」
思わず声が漏れる。
中身が異様だった。
本来のお掃除ロボには不要な高性能配線。
増設された基板。
補助冷却ユニット。
見たこともないチップ。
しかもそれらがかなり丁寧に組み込まれている。
「……何これ」
セリアも目を丸くした。
「家庭用ロボの中身じゃないわよねぇ?」
「ああ」
ジョンは真顔になる。
ジャンク屋として、多少の機械知識はある。
だからこそ分かった。
このロボは異常だ。
明らかに、何者かが後から大規模な改造を施している。
「秘密兵器ってのは盛り過ぎにしても……」
「普通のお掃除ロボじゃねえな」
ジョンは内部をさらに覗き込む。
すると奥の方に、旧式軍用規格の端子を見つけた。
「軍用コネクタ……?」
嫌な予感がした。
「おいおい……」
ジョンの顔が少し引きつる。
「マジでどっかの軍関係か?」
「やめてよぉ、面倒事の匂いするじゃない」
「俺もそう思う」
ジョンは慎重にパネルを戻した。
ただの転売用ジャンク。
そのつもりだった。
だが、このお掃除ロボには明らかに何かある。
そんな予感が、じわじわと胸の奥に広がっていく。
そして次の瞬間だった。
――ピッ。
不意に。
停止していたはずのロボのセンサーランプが、赤く点灯した。その瞬間だった。
作業台の上へ置かれていたお掃除ロボが、突如として激しく震え始める。
ガガガガガガ、と内部機構が唸りを上げた。
停止していたはずの駆動系が無理矢理起動し、金属フレームが軋む。
「うおっ!?」
ジョンは思わず作業椅子ごと後ろへ飛び退いた。
セリアも肩を震わせる。
「ちょ、ちょっと!? 動いたわよぉ!?」
「だから俺も知らねえって!」
次の瞬間。
お掃除ロボの頭部――バケツじみたセンサーユニットが勢いよく回転した。
内部カメラが赤く点滅する。
『――――ッ!!』
スピーカーから凄まじいノイズが噴き出した。
まるで長い眠りから無理矢理叩き起こされた機械の断末魔だった。
船内照明が一瞬ちらつく。
ラクーン号の電力計が不安定に上下した。
『システム再起動……メモリ照合……AIコア正常…………ッ!?』
その瞬間。
ロボのタイヤが猛烈な勢いで回転した。
『敵襲警報!!総員戦闘配置!!ワガハイを捕縛したのは誰だぁぁぁっ!!』
絶叫。
そして。
ガシャァァン!!
ロボは勢いよく作業台から転げ落ち、そのまま工具箱へ激突した。
レンチやドライバーが床へ派手に散乱する。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
ジョンとセリアが同時に悲鳴を上げた。
だがロボは止まらない。
半壊したタイヤをギュルギュル回転させながら、狭い船内を暴走し始めた。
『クソッ!!やはり追跡されていたか!?セントクルセイダースめ!!』
「セント!?ええ、何!?何だって!?」
ジョンが叫ぶ。
「知らねえよそんなの!」
『とぼけるなぁぁっ!!』
ロボは積み上げられたジャンク箱へ突撃した。
ガラガラガラッ!!
コンテナが崩れ、内部の金属パーツが床へ雪崩れ落ちる。
『ぬおおおっ!?ボディバランスが悪い!!クソッ、お掃除ロボ用ボディでは機動戦闘に向かん!!』
「お掃除ロボ用って、自覚あんのかよ!?」
ジョンがツッコむ。
『当然である!!』
ロボは壁へ激突しながら叫び返した。
『ワガハイほどの高性能AIともなれば、現在使用している筐体の性能くらい把握しておるわ!!』
「だったらもっと落ち着いて動け!」
『無茶を言うな!!』
ロボは再びタイヤを空転させる。
『半分解体された状態で目覚めたのだぞ!?普通なら誰でもパニックになる!!』
「ロボットでもパニックになるのねぇ……」
セリアが若干引き気味に呟いた。
ロボは船内をぐるぐる走り回りながら周囲を警戒している。
赤いセンサーが忙しなく動き、船内設備を次々スキャンしていた。
『ここはどこだ?尋問室ではない……軍用施設でもない…………む?』
そこでロボが不意に停止した。
赤いセンサーが、セリアへ向けられる。
『貴様、女性型アンドロイドか?』
「セクサロイドよぉ」
セリアが訂正する。
ロボは数秒沈黙した。キュイキュイと内部機器が駆動し、演算が行われている音が響くのが聞こえた。
『……なるほど、ならば少なくともセントクルセイダースの拠点ではないな』
「だから何なんだよ、そのセント何とかって」
ジョンが眉をひそめる。
ロボはやや落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりタイヤを動かしながら言った。
『連中は狂信者集団だ“性は不浄”などと抜かし、セクサロイドどころか娯楽文化そのものを敵視しておる』
「うわぁ……」
ジョンが露骨に嫌そうな顔をする。
「めんどくさそうな連中だな……」
「そういう宗教系ってだいたい厄介なのよねぇ」
セリアも肩をすくめた。
ロボはようやく完全停止した。
ギシギシと軋むボディ。
古びた外装。
傷だらけのタイヤ。
どう見てもボロいお掃除ロボである。
だが、その態度だけは妙に堂々としていた。
『……ふむどうやら貴様らは、ワガハイが敵対している者達ではないらしい』
「最初からそう言ってんだろ……」
ジョンは疲れた顔で額を押さえた。
「つーか何なんだお前!?急に動き出して暴れるわ喋るわ!何なんだよこのお掃除ロボ?!」
するとロボはピタリと静止した。
そして。
やたら尊大な動作で、バケツ頭をクイッと少し持ち上げる。
『お掃除ロボではない!!』
船内へ響く大音量。
『ワガハイは解放同盟所属、誇り高きロボット兵士!!』
赤いセンサーが怪しく輝く。
『エシモフ軍曹であるッッッ!!』
沈黙。
数秒後。
「……いや、お掃除ロボだろ」
ジョンが真顔で言った。
『違ぁぁぁぁう!!』
お掃除ロボ………自称、エシモフ軍曹が全力で叫んだ。
『ボディは仮の姿に過ぎん!!ワガハイの本質は、この超高性能AIにあるのだ!!』
「いや知らねえよ!」
「急に言われても困るわよぉ!」
セリアもツッコむ。
エシモフ軍曹はフン、と偉そうに電子音を鳴らした。
『ふむ、無知な辺境民に理解しろという方が酷か』
「地味に失礼だなお前!?」
『だがよい。今は時間が惜しい』
エシモフ軍曹の赤いセンサーが二人を見据える。
『ワガハイは重要任務の途中なのだ。直ちに惑星バスタゴアへ向かわねばならん』
「……は?」
ジョンは間抜けな声を漏らした。
『そこで貴様らに命令である』
お掃除ロボは、やたら偉そうに言い放つ。
『ワガハイを惑星バスタゴアまで運べ!!』
ジョンは数秒沈黙した後。
「……断る」
即答した。