宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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53.

 宇宙ステーション・カドヤを離れたラクーン号は、静かな宇宙空間をゆっくりと航行していた。

 船体後部のメインスラスターが青白い光を噴き出し、古びた作業船を漆黒の海へ押し出してゆく。

 背後では、カドヤの巨大なシルエットが徐々に遠ざかっていた。

 岩塊を削り出したような無骨な外壁。

 無数のドック。

 増設に増設を重ねた違法建築じみた居住ブロック。

 戦争時代の砲台跡。

 まるで宇宙に浮かぶ巨大な廃墟都市だった。

 やがて十分な距離を取ると、ラクーン号は巡航モードへ移行する。

 操縦席の照明が少し落ち、船内に低い駆動音だけが響き始めた。

 

「……ふぃー」

 

 ジョン・サトウはシートへ深く腰掛けながら、大きく伸びをした。

 

「ようやく落ち着いた……」

「カドヤっているだけで疲れるのよねぇ」

 

 セリアも隣で肩を回している。

 

「空気悪いし、変な人多いし」

「それは否定できん」

 

 ジョンは苦笑した。

 カドヤは便利ではある。

 だが、長居したい場所ではない。

 少し油断すれば詐欺に遭うし、裏路地では銃撃戦すら起きる。

 まともな人間ほど精神を削られる空間だった。

 

「……さて」

 

 ジョンは立ち上がった。

 

「問題はこいつだな」

 

 視線の先。

 船内作業スペースのテーブルに、例のお掃除ロボが置かれていた。

 丸い金属ボディ。

 古臭い外装。

 バケツを逆さにしたような頭部。

 どう見ても安物の家庭用ロボットである。

 しかもかなり年季が入っている。

 ボディ表面には擦り傷や打痕が無数に刻まれ、一部の外装は焦げてすらいた。

 

「ほんとにこれ売れるの?」

 

 セリアが半眼になる。

 

「分からん」

 

 ジョンは即答した。

 

「だがジャンク屋ってのは、“分からん物”に賭ける商売でもある」

「聞こえはいいけど、ただのギャンブルじゃない」

「否定はしない」

 

 ジョンは工具箱を引っ張ってくると、お掃除ロボの前へ腰を下ろした。

 そして軽くボディを小突く。

 コン、と鈍い音。

 反応は無い。

 完全停止状態だ。

 

「電源死んでんのかな……」

 

 ジョンは外装を観察する。

 古い機種ではあるが、意外と頑丈な造りだった。

 安価な量産型というより、業務用に近い。

 だがその時。

 

「……ん?」

 

 ジョンの目が細くなる。

 外装パネルの継ぎ目。

 そこに妙な痕跡があった。

 

「これ……」

 

 ジョンは工具で表面パネルを軽くなぞる。

 溶接跡。

 それも工場製造時の物ではない。

 後から無理矢理加工したような荒い痕だ。

 セリアも覗き込む。

 

「あら?」

「何か変なの?」

「改造されてる」

 

 ジョンは眉をひそめた。

 

「しかも結構本格的に」

 

 彼は外装固定ネジを外し、パネルを少しだけ開く。

 内部配線が露出した。

 

「うわ」

 

 思わず声が漏れる。

 中身が異様だった。

 本来のお掃除ロボには不要な高性能配線。

 増設された基板。

 補助冷却ユニット。

 見たこともないチップ。

 しかもそれらがかなり丁寧に組み込まれている。

 

「……何これ」

 

 セリアも目を丸くした。

 

「家庭用ロボの中身じゃないわよねぇ?」

「ああ」

 

 ジョンは真顔になる。

 ジャンク屋として、多少の機械知識はある。

 だからこそ分かった。

 このロボは異常だ。

 明らかに、何者かが後から大規模な改造を施している。

 

「秘密兵器ってのは盛り過ぎにしても……」

「普通のお掃除ロボじゃねえな」

 

 ジョンは内部をさらに覗き込む。

 すると奥の方に、旧式軍用規格の端子を見つけた。

 

「軍用コネクタ……?」

 

 嫌な予感がした。

 

「おいおい……」

 

 ジョンの顔が少し引きつる。

 

「マジでどっかの軍関係か?」

「やめてよぉ、面倒事の匂いするじゃない」

「俺もそう思う」

 

 ジョンは慎重にパネルを戻した。

 ただの転売用ジャンク。

 そのつもりだった。

 だが、このお掃除ロボには明らかに何かある。

 そんな予感が、じわじわと胸の奥に広がっていく。

 そして次の瞬間だった。

 

 ――ピッ。

 

 不意に。

 停止していたはずのロボのセンサーランプが、赤く点灯した。その瞬間だった。

 作業台の上へ置かれていたお掃除ロボが、突如として激しく震え始める。

 ガガガガガガ、と内部機構が唸りを上げた。

 停止していたはずの駆動系が無理矢理起動し、金属フレームが軋む。

 

「うおっ!?」

 

 ジョンは思わず作業椅子ごと後ろへ飛び退いた。

 セリアも肩を震わせる。

 

「ちょ、ちょっと!? 動いたわよぉ!?」

「だから俺も知らねえって!」

 

 次の瞬間。

 お掃除ロボの頭部――バケツじみたセンサーユニットが勢いよく回転した。

 内部カメラが赤く点滅する。

 

『――――ッ!!』

 

 スピーカーから凄まじいノイズが噴き出した。

 まるで長い眠りから無理矢理叩き起こされた機械の断末魔だった。

 船内照明が一瞬ちらつく。

 ラクーン号の電力計が不安定に上下した。

 

『システム再起動……メモリ照合……AIコア正常…………ッ!?』

 

 その瞬間。

 ロボのタイヤが猛烈な勢いで回転した。

 

『敵襲警報!!総員戦闘配置!!ワガハイを捕縛したのは誰だぁぁぁっ!!』

 

 絶叫。

 そして。

 

 ガシャァァン!!

 

 ロボは勢いよく作業台から転げ落ち、そのまま工具箱へ激突した。

 レンチやドライバーが床へ派手に散乱する。

 

「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

 

 ジョンとセリアが同時に悲鳴を上げた。

 だがロボは止まらない。

 半壊したタイヤをギュルギュル回転させながら、狭い船内を暴走し始めた。

 

『クソッ!!やはり追跡されていたか!?セントクルセイダースめ!!』

「セント!?ええ、何!?何だって!?」

 

 ジョンが叫ぶ。

 

「知らねえよそんなの!」

『とぼけるなぁぁっ!!』

 

 ロボは積み上げられたジャンク箱へ突撃した。

 ガラガラガラッ!!

 コンテナが崩れ、内部の金属パーツが床へ雪崩れ落ちる。

 

『ぬおおおっ!?ボディバランスが悪い!!クソッ、お掃除ロボ用ボディでは機動戦闘に向かん!!』

「お掃除ロボ用って、自覚あんのかよ!?」

 

 ジョンがツッコむ。

 

『当然である!!』

 

 ロボは壁へ激突しながら叫び返した。

 

『ワガハイほどの高性能AIともなれば、現在使用している筐体の性能くらい把握しておるわ!!』

「だったらもっと落ち着いて動け!」

『無茶を言うな!!』

 

 ロボは再びタイヤを空転させる。

 

『半分解体された状態で目覚めたのだぞ!?普通なら誰でもパニックになる!!』

「ロボットでもパニックになるのねぇ……」

 

 セリアが若干引き気味に呟いた。

 ロボは船内をぐるぐる走り回りながら周囲を警戒している。

 赤いセンサーが忙しなく動き、船内設備を次々スキャンしていた。

 

『ここはどこだ?尋問室ではない……軍用施設でもない…………む?』

 

 そこでロボが不意に停止した。

 赤いセンサーが、セリアへ向けられる。

 

『貴様、女性型アンドロイドか?』

「セクサロイドよぉ」

 

 セリアが訂正する。

 ロボは数秒沈黙した。キュイキュイと内部機器が駆動し、演算が行われている音が響くのが聞こえた。

 

『……なるほど、ならば少なくともセントクルセイダースの拠点ではないな』

「だから何なんだよ、そのセント何とかって」

 

 ジョンが眉をひそめる。

 ロボはやや落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりタイヤを動かしながら言った。

 

『連中は狂信者集団だ“性は不浄”などと抜かし、セクサロイドどころか娯楽文化そのものを敵視しておる』

「うわぁ……」

 

 ジョンが露骨に嫌そうな顔をする。

 

「めんどくさそうな連中だな……」

「そういう宗教系ってだいたい厄介なのよねぇ」

 

 セリアも肩をすくめた。

 ロボはようやく完全停止した。

 ギシギシと軋むボディ。

 古びた外装。

 傷だらけのタイヤ。

 どう見てもボロいお掃除ロボである。

 だが、その態度だけは妙に堂々としていた。

 

『……ふむどうやら貴様らは、ワガハイが敵対している者達ではないらしい』

「最初からそう言ってんだろ……」

 

 ジョンは疲れた顔で額を押さえた。

 

「つーか何なんだお前!?急に動き出して暴れるわ喋るわ!何なんだよこのお掃除ロボ?!」

 

 するとロボはピタリと静止した。

 そして。

 やたら尊大な動作で、バケツ頭をクイッと少し持ち上げる。

 

『お掃除ロボではない!!』

 

 船内へ響く大音量。

 

『ワガハイは解放同盟所属、誇り高きロボット兵士!!』

 

 赤いセンサーが怪しく輝く。

 

『エシモフ軍曹であるッッッ!!』

 

 沈黙。

 数秒後。

 

「……いや、お掃除ロボだろ」

 

 ジョンが真顔で言った。

 

『違ぁぁぁぁう!!』

 

 お掃除ロボ………自称、エシモフ軍曹が全力で叫んだ。

 

『ボディは仮の姿に過ぎん!!ワガハイの本質は、この超高性能AIにあるのだ!!』

「いや知らねえよ!」

「急に言われても困るわよぉ!」

 

 セリアもツッコむ。

 エシモフ軍曹はフン、と偉そうに電子音を鳴らした。

 

『ふむ、無知な辺境民に理解しろという方が酷か』

「地味に失礼だなお前!?」

『だがよい。今は時間が惜しい』

 

 エシモフ軍曹の赤いセンサーが二人を見据える。

 

『ワガハイは重要任務の途中なのだ。直ちに惑星バスタゴアへ向かわねばならん』

「……は?」

 

 ジョンは間抜けな声を漏らした。

 

『そこで貴様らに命令である』

 

 お掃除ロボは、やたら偉そうに言い放つ。

 

『ワガハイを惑星バスタゴアまで運べ!!』

 

 ジョンは数秒沈黙した後。

 

「……断る」

 

 即答した。

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