宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ジョン・サトウにとって、“惑星バスタゴア”という名前は、遠い教科書の中に出てくる単語の一つに過ぎなかった。
学生時代、退屈な社会科の授業で習った記憶がある。
辺境宙域に存在する移民惑星。
かつてイギリス系移民団が中心となって開拓した植民星。
古い産業基盤と港湾宙域を持ち、辺境宙域では比較的栄えている星。
――確か、そんな説明だった。
だが、それ以上の印象は無い。
ジョンにとって宇宙とは、広すぎる世界だった。
無数の星。
無数の国家。
無数の企業。
そして無数のトラブル。
いちいち全部に関わってなどいられない。
ジャンク屋として生きていくには、“自分と関係ない事には深入りしない”という姿勢が何より大切だった。
だからバスタゴアも、ただの遠い惑星でしかない。
ニュースで名前を聞く事はあった。
観光広告を見た事もある。
だが、それだけだ。
まさか自分がそんな惑星の騒乱へ巻き込まれるなど、数時間前までは想像すらしていなかった。
「……で?」
ジョンは腕を組みながら、目の前のロボを睨みつけた。
「何で俺達がそんな星まで行かなきゃならねえんだ」
ラクーン号の作業スペース。
狭い船内には機械油の臭いが漂い、エンジンの低い駆動音が壁越しに響いている。
散乱していた工具やジャンクはようやく片付けられ、先程までの騒ぎが嘘のように静かになっていた。
その中央。
簡易修理台の上に、例のお掃除ロボ――エシモフ軍曹は鎮座している。
丸いボディ。
小さなタイヤ。
バケツみたいな頭部。
どう見ても旧式家庭用お掃除ロボだった。
ただし先程セリアが応急修理した事で、半壊していた外装はある程度まともな状態へ戻っている。
もっとも、ボロい事には変わりなかったが。
「配線は直したけどぉ、外装はもう限界ねぇ」
セリアが工具を置きながら言った。
「そもそもこのボディ、相当前の型じゃない?」
『当然である』
エシモフ軍曹が偉そうに答える。
『ワガハイのボディは旧世代型家事支援ロボ“ハウスキーパーⅣ”ベースだからな』
「ベースっていうかそのまんまじゃねえか」
『細かい事を気にするな』
エシモフ軍曹はフン、と電子音を鳴らした。
『重要なのは中身だ。ワガハイのAIこそが本体なのである』
「いやその割に見た目の説得力ゼロなんだよな……」
ジョンは頭を掻く。
正直、未だに状況が飲み込めていない。
中古ジャンクとして買ったお掃除ロボが、突然喋り出した。
しかも自分を“軍曹”と名乗っている。
どう考えても頭がおかしい。
だが、その一方で。
このロボがただの冗談や玩具ではない事も、ジョンは理解していた。
内部構造。
増設された基板。
軍用規格の端子。
異様に高度なAI。
少なくとも普通の家電ではない。
それだけは確かだった。
「……で?」
ジョンは改めて問いかける。
「そのバスタゴアって星で、お前は何やってたんだ」
エシモフ軍曹の赤いセンサーがゆっくり点滅した。
先程までの騒がしさが少し収まる。
『現在、惑星バスタゴアは内戦状態にある』
「内戦?」
ジョンが眉をひそめる。
そんな話はニュースで聞いた覚えがない。
『当然だ』
エシモフ軍曹は低い声で答えた。
『銀河連合メディアはほとんど報じておらん。せいぜい“宗教対立による地域紛争”程度にぼかされている』
「わ、嫌な感じ……」
セリアが顔をしかめた。
エシモフ軍曹は続ける。
『現在のバスタゴアは“ガルダ党”という連中に支配されている』
「ガルダ党?」
『奴らはオーラ教を絶対視し、惑星全体へ圧政を敷いているのだ』
ジョンは少しだけ目を細めた。
オーラ教。
その名前には聞き覚えがある。
つい先程までラクーン号のテレビで見ていたニュース。
コロニーへ教会建設を強行し、住民と揉めていた宗教団体だ。
『女性への教育制限、表現規制、信仰の強要、思想弾圧、気に入らぬ者への拷問と粛清………それが現在のバスタゴアだ』
エシモフ軍曹の声には、明確な怒りが混じっていた。
『オーラ教は本来、自然との調和を説く宗教だった。だがガルダ党はそれを利用し、人々を支配する道具へ変えたのだ』
ジョンは思わず黙り込む。
ニュース越しでは見えない現実。
そして、銀河社会があえて見ないふりをしている現実。
『ワガハイは、そのガルダ党へ抵抗する“解放同盟”の一員である』
エシモフ軍曹が言った。
「反政府組織ってやつか」
『そういうことだ。現在、解放同盟はバスタゴア各地で武装蜂起を続けている』
セリアが少し不安そうな顔になる。
「ねぇ、それってつまり……今バスタゴアって、かなり危ない場所なんじゃないの?」
『危険だ』
エシモフ軍曹は即答した。
『戦闘区域も多い。毎日のように人が死んでいる。だからこそ、ワガハイは急がねばならん』
ジョンは嫌そうに顔をしかめる。
「……ますます行きたくねえ」
『だが行かねばならん』
エシモフ軍曹は言い切った。
『ワガハイは現在、“Xファイル”輸送任務を任されている』
「エックスファイル?」
『機密事項だ』
「言うと思ったよ」
ジョンは呆れた。
エシモフ軍曹は少しだけ間を置く。
そして静かに続けた。
『ワガハイは任務中、セントクルセイダースに追撃された。護衛戦力は壊滅。輸送機も撃墜された。ワガハイだけが辛うじて生き残り、漂流していた所を貴様らに拾われたのだ』
ラクーン号のエンジン音が低く響く。
船内が静まり返る。
ジョンは深くため息を吐いた。
「……面倒事の匂いしかしねえ」
「今さらだけど、とんでもない物拾っちゃったわねぇ……」
セリアも苦笑する。
すると。
エシモフ軍曹は、不意に静かになった。
そして。
ゆっくりと頭部を下げる。
先程までの尊大さが薄れた声。
『……先程は失礼した』
「ん?」
『貴様らを脅すような真似をした事だ』
ジョンとセリアが少し目を丸くする。
エシモフ軍曹はさらに続けた。
『ワガハイも焦っていた』
『この任務は、それほど重要なのだ』
そして。
赤いセンサーが二人を真っ直ぐ見つめる。
『頼む。ワガハイを惑星バスタゴアまで送り届けてほしい。今はもう、貴様らだけが頼りなのだ』
ジョンはしばらく何も言わなかった。
ただ、目の前のお掃除ロボを見つめる。
ボロボロの外装。
継ぎ接ぎだらけのボディ。
なのに、その声だけは妙に真剣だった。
「……あー……」
ジョンは頭を抱える。
嫌な予感しかしなかった。
ラクーン号の作業スペースに、重たい沈黙が落ちていた。
エンジンの低い振動音だけが、壁越しに微かに響いている。
ジョンは腕を組み、難しい顔で黙り込んでいた。
目の前には、お掃除ロボ。
否――エシモフ軍曹。
見た目はどう考えても中古家電でしかない。
だが、その中身がただ事ではない事くらい、ジョンにも分かる。
軍事用AI。
反政府組織。
内戦。
極秘任務。
聞こえてくる単語が軒並み危険すぎた。
「……」
ジョンは深く息を吐く。
そして。
「やっぱ無理だ」
はっきりと言った。
『……何?』
「悪いが他をあたってくれ」
ジョンは頭を掻きながら続ける。
「事情は分かった。そのガルダ党だか何だかがロクでもない連中ってのもな。でもだからって、俺達がそんな内戦に首突っ込む理由はねえ」
ラクーン号は武装商船でも軍艦でもない。
ただのジャンク回収船だ。
ジョンも傭兵ではない。
英雄でも革命家でもない。
その辺にいる、どこにでもいるしがない宇宙ジャンク屋である。
「ちょっと、ジョン」
セリアが少し困った顔になる。
「ここまで頼んでるのに見捨てるの?薄情じゃない?」
「薄情で結構、俺は映画の主人公じゃない」
ジョンは即答した。
その声には、珍しく強い現実感が混じっていた。
「反政府組織に協力したなんて知られたら、今度は俺達まで危険人物扱いだ。銀河連合にマークされる可能性だってある」
ジョンはモニターの消えたテレビを顎で示す。
「オーラ教が気に入らねえのは俺も同じだ。けどな、だからって銀河連合政府を敵に回すような真似はしたくねえ」
それがジョンの本音だった。
宇宙で生きる一般市民にとって、銀河連合という存在は絶対だ。
港湾利用。
航路認可。
身分登録。
仕事。
物流。
宇宙市民の生活は、全部連合政府のシステムで回っている。
それに睨まれたら終わりだ。
仕事は消える。口座は凍結される。港へ入れなくなる。
最悪、“反社会的協力者”として逮捕される可能性すらある。
「俺はただのジャンク屋なんだよ」
ジョンは静かに言った。
「銀河の正義とか革命とか、そういうデカい話に関わるつもりはねえ」
セリアが少し黙る。
反論したそうな顔だった。
だが、ジョンの言っている事も理解はできる。
宇宙では、“厄介事に関わらない”という判断は、生き残るために必要な知恵だった。
しばし沈黙が落ちる。
やがて。
『……そうか』
エシモフ軍曹が低い声で呟いた。
赤いセンサーが静かに点滅する。
『それが貴様の答えか』
「ああ」
ジョンは頷く。
「悪いな」
『……』
エシモフ軍曹はしばらく動かなかった。
やがて。
不意に。
船内モニターが一斉に点灯した。
ピピピピピッ!!
警報音。
ラクーン号の天井ランプが赤く染まる。
「は?」
ジョンが目を見開く。
操縦席側のモニターへ大量のウィンドウが展開されていた。
見慣れないコード。
アクセスログ。
システム侵入警告。
「ちょっ、何これぇ!?」
セリアが叫ぶ。
その時だった。
『ラクーン号、制御システムへ接続完了』
エシモフ軍曹の声が船内スピーカーから響く。
『機関部アクセス取得、航法システム掌握、自爆シーケンス準備開始』
「はぁぁぁぁぁっ!?」
ジョンが絶叫した。
「お前何してんだこのポンコツ!!」
『ポンコツではない!!』
エシモフ軍曹が怒鳴り返す。
同時に、モニターへ赤い文字が浮かぶ。
【SELF-DESTRUCT SYSTEM ONLINE】
「いや待て待て待て待て!!」
ジョンが顔色を変えた。
「自爆って何だよ!?」
『そのままの意味だ!!』
エシモフ軍曹の声が響く。
『ワガハイを運ばんと言うなら、貴様らごと船を爆破する!!』
「最低すぎるだろ!?」
「さっき謝ってたじゃないのぉ!!」
セリアも叫ぶ。
だがエシモフ軍曹の声は、どこか苦しげだった。
『……ワガハイも本意ではない』
その声には、先程までの尊大さが無かった。
『だが、行かねばならんのだ。この任務は絶対に失敗できない』
赤い警告灯が船内を照らす。
ジョンの額に冷や汗が浮かぶ。
ラクーン号は、ジョンにとって全財産だった。
家であり。
職場であり。
人生そのものだ。
それを失えば終わる。
そもそも、宇宙で自爆すればジョンもセリアもラクーン号と運命を共にする事となる。
『頼む』
エシモフ軍曹の声が響く。
『こんな汚い手を使ってでも、ワガハイはバスタゴアへ行かねばならん………頼む、ワガハイにこんな事をさせんでくれ』
その言葉には、切実さが滲んでいた。
ジョンは歯噛みする。
モニターには自爆カウントが表示されている。
残り時間。
04:58。
「クソッ……!」
ジョンは頭を抱えた。
「何で俺がこんな目に……!」
「ジョンぅ!」
セリアが焦った声を上げる。
カウントは減っていく。
04:21。
04:20。
04:19。
「……分かった!!」
ジョンがとうとう叫んだ。
「行く!!行けばいいんだろ!!そのバスタゴアって惑星に!!」
その瞬間。
警報音が止まった。
赤いランプが消える。
モニターの自爆表示も消滅した。
静寂。
数秒後。
『……感謝する』
エシモフ軍曹が静かに言った。
ジョンはその場へ崩れ落ちる。
「クソがぁぁぁぁ……」
心底嫌そうな声だった。
「よりによって反政府組織に拉致られた気分だ……」
「まあでもぉ」
セリアが苦笑しながら肩をすくめる。
「見捨てるよりは後味いいんじゃない?」
「全然良くねえよ……」
ジョンは死んだ目で天井を見上げた。
こうして。
ラクーン号は、またも厄介極まりない任務へ巻き込まれる事になったのである。