宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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55.

 ラクーン号は、静かに惑星バスタゴア宙域へと進入していた。

 船体外壁へ微細な宇宙塵がぶつかる乾いた音が、時折コンコンと船内へ響く。

 メインモニターの向こう側には、青白い巨大惑星が浮かんでいた。

 惑星バスタゴア。

 辺境宙域に存在する移民惑星。

 かつてイギリス系移民団が中心となって開拓した、古い歴史を持つ星。

 本来ならば、辺境宙域における交易中継地点として栄えているはずの惑星だった。

 だが。

 ラクーン号の窓から見える光景は、ジョンが想像していた“そこそこ栄えてる移民惑星”とはまるで違っていた。

 

「……なんだよ、これ」

 

 ジョンは操縦席で呆然と呟く。

 視界の先。

 宙域全体へ、無数の残骸が漂っていた。

 砕け散った小惑星。

 真っ二つになった輸送船。

 大穴の空いた宇宙戦艦。

 焼け焦げた戦闘機。

 破断面を晒したデブリ群が、まるで墓標のように宇宙空間を漂っている。

 しかも、その数が異常だった。

 あちこちに爆発痕があり、破壊された艦艇が浮かび、戦闘機の残骸が帯のように広がっている。

 宙域そのものが巨大な戦場跡だった。

 

「うわぁ……」

 

 セリアも引き気味の声を漏らす。

 

「なにこれぇ……」

「まるで戦時中じゃねえか……」

 

 ジョンが顔をしかめた。

 ジャンク屋である以上、宇宙の事故現場を見る事自体は珍しくない。

 海賊被害。

 船舶事故。

 企業同士の小競り合い。

 そういった痕跡は宇宙にいくらでも転がっている。

 だが。

 目の前の光景は、その規模が違った。

 これは局地戦ではない。

 戦争だ。

 

『訂正しよう』

 

 後部座席に固定されたエシモフ軍曹が言う。

 

『“まるで”ではない。実際に内戦中である』

「笑えねえよ……」

 

 ジョンは額を押さえた。

 ラクーン号のレーダーには、周辺宙域の警告表示が大量に浮かんでいる。

 

 【戦闘残骸注意】

 【高濃度デブリ宙域】

 【航行危険区域】

 【機雷反応検知】

 

 辺境宙域特有の荒れた空間とはいえ、ここまで酷い状況は異常だった。

 

「銀河連合は何してんだよ」

 

 ジョンがぼやく。

 

「こんな戦争状態なら普通止めに来るだろ」

『来てはいる』

 

 エシモフ軍曹が淡々と答えた。

 

『“遺憾である”とな』

「うわ出た」

 

 ジョンが死んだ目になる。

 

「宇宙政治家の得意技」

「口だけぇ」

 

 セリアも呆れ顔だった。

 エシモフ軍曹は続ける。

 

『ガルダ党は銀河社会に対して“宗教国家”として振る舞っておる。オーラ教への弾圧を訴え、被害者面をして支援を引き出しているのだ。しかも辺境宙域の安定政権として一定の価値もある。ゆえに銀河連合も本腰を入れん』

「結果、内戦放置ってワケか」

 

 ジョンは嫌そうに吐き捨てた。

 モニターには、破壊された艦隊の残骸が流れていく。

 焼け焦げた船体。

 漂うコンテナ。

 凍りついた死。

 戦争の空気が、宇宙そのものへ染み付いているようだった。

 その時。

 

 ピピッ。

 

 センサーが反応した。

 

「ん?」

 

 ジョンが顔を上げる。

 レーダー画面へ複数の光点が出現していた。

 高速接近。

 数は六。

 しかも直線的な機動。

 

「何だこれ」

 

 セリアがモニターを拡大する。

 映し出されたのは、小型戦闘機群だった。

 丸みを帯びた機体。

 左右へ無理矢理取り付けられた飛行ウイング。

 作業機械を改造したようなアンバランスなシルエット。

 

「……ダサっ」

 

 ジョンが素直な感想を漏らす。

 

『ダートファイターだ』

 

 エシモフ軍曹が低い声で言った。

 

『ダートポッドを戦闘機へ改造したセントクルセイダースの主力機である』

 

 ジョンはモニターを見つめる。

 確かに元は作業機なのだろう。

 無骨というより雑。

 急造品めいた見た目だった。

 だが。

 その機体から漂う空気は明確に危険だった。

 武装。

 高速機動。

 軍用センサー。

 そして何より。

 こちらへ一直線に向かってくる殺気。

 

『……チッ』

 

 エシモフ軍曹の赤いセンサーが鋭く光る。

 

『早いな』

「知り合いか?」

『セントクルセイダース、敵だ』

 

 その声には明確な警戒が混じっていた。

 

『恐らくワガハイを追っている』

「はぁ!?」

 

 ジョンが素っ頓狂な声を上げる。

 

「ちょっと待て!」

「つまりアレ、俺達狙いって事か!?」

『その可能性が高い』

「おいぃぃぃぃ!!」

 

 ジョンが頭を抱えた。

 

「だから嫌だったんだよこういうの!!」

 

 その時だった。

 通信警告が鳴る。

 

 【UNKNOWN SIGNAL】

 

 モニター中央へ、青い強化服を纏った人影が映し出された。

 円筒状のヘルメット。

 顔の見えない無機質な装甲。

 感情を感じさせない姿。

 まるで人間そのものが機械へ変わったようだった。

 

『こちらセントクルセイダース』

 

 低く冷たい声。

 

『所属不明船へ告ぐ』

『直ちに停船せよ』

 

 ジョンはゴクリと唾を飲み込む。

 通信相手の背後には、無数のオーラ教旗が見えていた。

 

『貴船には解放同盟関係者潜伏の疑いがある』

『従わぬ場合、武力行使へ移行する』

 

 操縦席へ沈黙が落ちる。

 ジョンはゆっくり振り返った。

 

「……おい軍曹」

『何だ』

「お前、想像以上にヤバいモン運ばせてねえ?」

 

 ラクーン号の操縦席には、嫌な沈黙が流れていた。

 メインモニターの向こう側では、六機のダートファイターが扇状に展開しながらこちらを包囲している。

 灰色の装甲。

 作業ポッド由来の丸っこい機体。

 だが、その機首へ増設されたレーザー機銃は冗談抜きで人を殺すための武器だった。

 しかも相手は軍隊。しかも宗教キマり系の。

 ジョンの胃がキリキリ痛み始める。

 

『所属不明船』

 

 通信モニターの中で、青い強化服の兵士が冷たい声を発する。

 

『停船し、船内検査を受けよ』

『抵抗は許可しない』

「ど、どうするのよぉ……?」

 

 セリアが不安げにジョンを見る。

 

「どうするも何も……」

 

 ジョンは冷や汗を拭った。

 ラクーン号に武装はない。

 逃げ切れる速度もない。

 つまり現状、相手に逆らう選択肢が存在しなかった。

 

「……落ち着け俺」

 

 ジョンは深呼吸する。

 そして通信回線を開いた。

 

「あー、こちらラクーン号。俺達はただのジャンク屋だ。見ての通り武装も無いし、怪しいモンなんか積んじゃいねえよ」

 

 努めて平静を装う。

 余計な事は言わない。

 刺激しない。

 宇宙で厄介事を避けるコツは、“相手を興奮させない事”だ。

 

『航路目的は』

「ジャンク回収と部品売買」

『積荷内容は』

「鉄クズと中古パーツ」

『乗員数』

「二人と……」

 

 ジョンは一瞬だけ後ろを見る。

 エシモフ軍曹は工具箱の陰へ隠れていた。

 

「……お掃除ロボ一台」

『……』

 

 通信相手が僅かに沈黙する。

 ジョンの背中を汗が伝う。

 頼む。

 そのまま見逃してくれ。

 そんな願いも虚しく。

 

『船内スキャン開始』

 

 ダートファイターの一機が前へ出る。

 機首センサーが赤く発光した。

 

「うげっ」

「マズいわねぇ……」

 

 セリアが顔をしかめる。

 次の瞬間。

 通信相手の声色が変わった。

 

『……反応確認』

『セクサロイド搭乗を確認した』

 

 ジョンの顔が引きつる。

 

「は?」

『不浄機械の所持はオーラ法典第三条に違反する』

『直ちに武装解除し、投降せよ』

「いや待て待て待て!」

 

 ジョンが慌てて叫ぶ。

 

「セリアはただの旧式セクサロイドだぞ!?何でそれだけで――」

『性は不浄である!』

 

 冷たい声が返る。

 

『人の欲望を刺激する機械など存在してはならない』

『ましてや女型人工機械など論外だ』

「はぁ!?」

 

 セリアが素っ頓狂な声を上げた。

 

「ちょっとぉ!?何よその言い草!」

『不浄は浄化されねばならない』

 

 その瞬間。

 ダートファイター群が一斉に武器を展開した。

 レーザー機銃がラクーン号へ向けられる。

 ジョンの顔色が変わる。

 

「おいおいおいおい!!話通じねえのかこいつら!?」

『最終警告』

『不浄機械を破棄し投降せよ』

『従わぬ場合、貴船を浄化する』

「浄化って言い方やめろ怖えよ!!」

 

 ジョンが絶叫した。

 その時だった。

 

 ビーッ!!

 

 突如、宙域へ警報音が響く。

 セントクルセイダース側の通信が乱れた。

 

『後方高熱源!?』

『敵機接近――』

 

 次の瞬間。

 宇宙空間を赤いレーザー光が貫いた。

 ダートファイターの一機が爆散する。

 

「なっ!?」

 

 ジョンが目を見開く。

 さらにもう一撃。

 別のダートファイターが火球となって吹き飛んだ。

 残骸が宙域へ散る。

 

『解放同盟だ!!』

 

 セントクルセイダース側が叫ぶ。

 レーダーへ新たな光点が映った。

 高速接近する戦闘機群。

 銀色の機体。

 左右へ広がるH字型の主翼。

 旧式ながら鋭いシルエット。

 

『Hファイター……!』

 

 エシモフ軍曹が叫ぶ。

 その瞬間、通信モニターへ別の人物が映し出された。

 黒髪ボブカット。

 首元のチョーカー。

 ゴス系ファッションを思わせる黒いジャケット。

 年齢は十代後半くらい。

 鋭い目つきの少女だった。

 

『そこのオンボロ船!そのお掃除ロボ見せろ!!』

『お掃除ロボ言うな!!』

 

 エシモフ軍曹が即座に怒鳴る。

 すると少女は目を見開いた。

 

『軍曹!?エシモフ軍曹なの!?』

『おおアメリアか!!』

 

 エシモフ軍曹も叫び返す。

 

『無事だったか!』

「知り合いかよ!」

 

 ジョンがツッコむ。

 その間にも戦闘は続いていた。

 Hファイター隊がダートファイターへ突撃する。

 旧式ながら機動は鋭い。

 レーザーバルカンが火線を描き、ダートファイターを次々撃ち抜いていく。

 対するセントクルセイダース側も応戦。

 無数のレーザー光が宙域を飛び交った。

 

『チッ、撤退する!!』

『解放同盟が来たぞ!!』

 

 ダートファイター隊は陣形を崩し、後退を始める。

 やがてスラスター光を引きながら宙域の彼方へ消えていった。

 静寂。

 爆発残光だけが宇宙へ漂う。

 

「……た、助かった?」

 

 ジョンが呆然と呟く。

 

『まだよ』

 

 モニターの少女――アメリアが即答した。

 

『こんな場所で立ち止まってたらまた追手が来る』

『そっちの船、あたし達についてきて』

 

 彼女の背後には、複数のHファイターが展開している。

 

『解放同盟の衛星基地へ案内する。軍曹を連れてるなら、あんた達はもう“こっち側”だから』

「えぇぇぇぇ……」

 

 ジョンが盛大に嫌そうな顔をした。

 だが今さら断れる空気ではなかった。

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