宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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 ラクーン号は、解放同盟のHファイター部隊に挟まれるようにしながら、静かにバスタゴア宙域を航行していた。

 前方モニターの向こう側では、青白い惑星バスタゴアがゆっくりと回転している。

 その周囲には、無数の戦争の傷跡が広がっていた。

 焼け焦げた戦艦の残骸。

 粉々に砕けた輸送船。

 爆発で真っ二つになった小惑星。

 宇宙空間へ撒き散らされたデブリ群が、薄暗い星明かりを反射しながら漂っている。

 まるで巨大な墓場だった。

 しかも、その光景は局地的なものではない。

 宙域のあちこちに破壊痕が存在している。

 長期間に渡って戦争が継続している証拠だった。

 

「……想像以上にヤバい場所だな」

 

 操縦席でジョンが呟く。

 ラクーン号の窓越しに、砲撃跡だらけの巡洋艦残骸がゆっくり流れていく。

 船体番号すら焼き消えている。

 完全な死骸だ。

 

「こんな状態で普通に人が住んでんのかよ……」

『住んでおる』

 

 後部座席に固定されたエシモフ軍曹が答えた。

 

『そして死んでもおる』

 

 淡々とした声だった。

 だが、その言葉の重みは妙に強かった。

 ラクーン号はさらに進む。

 すると、先導していたHファイター隊が進路を変更した。

 大型デブリ帯の陰へ潜り込むように飛行を始める。

 

「ん?」

 

 ジョンが眉をひそめる。

 

「やたら入り組んだ場所行くな……」

『追跡対策だろうな』

 

 エシモフ軍曹が答える。

 

『セントクルセイダースは監視網を敷いておる。基地位置を知られる訳にはいかんのだ』

 

 ラクーン号はデブリ帯を抜ける。

 その先で。

 

「……おお」

 

 ジョンが思わず声を漏らした。

 巨大な小惑星が浮かんでいた。

 一見すると、ただの岩塊。

 だが、よく見ると違う。

 表面に人工的な装甲ラインが走っている。

 迷彩加工されたハッチ。

 隠蔽シャッター。

 レーダー撹乱用アンテナ。

 そして。

 小惑星表面が静かに展開し、内部格納口が姿を現した。

 

「秘密基地かよ……」

 

 ジョンが呆れる。

 ラクーン号はHファイターに誘導されながら、小惑星内部へ進入した。

 内部空間は想像以上に広かった。

 岩盤をくり抜いて作られた巨大ドック。

 無骨な照明。

 無数の整備足場。

 あちこちで火花を散らす溶接作業。

 古びた輸送車両。

 整備中のHファイター。

 そして、そこを行き交う人々。

 武装した兵士。整備士。疲れ切った顔の老人。若い女。サイボーグ。

 十代くらいの少年少女までいる。

 誰もが疲弊していた。

 だが、その目だけは死んでいなかった。

 戦場特有の空気が基地全体へ染みついている。

 

「マジでレジスタンスなんだな……」

 

 ジョンは半ば呆れたように言った。

 ラクーン号がゆっくり着艦する。

 固定アームが船体を保持し、エンジン停止音が響いた。

 

「よし、と……」

 

 ジョンはシートベルトを外す。

 

「厄介事のド真ん中に到着っと」

「他人事みたいに言わないでよぉ」

 

 セリアが呆れ顔で立ち上がる。

 

「もう完全に巻き込まれてるじゃなぁい」

「知ってる」

 

 ジョン達はハッチを開き、格納庫へ降り立った。

 乾いた空気。

 金属臭。

 オイルの匂い。

 軍事基地というより、巨大な工場のようだった。

 その時。

 先程までHファイターへ乗っていた少女が、ヘルメットを脇に抱えながらこちらへ歩いてきた。

 

 黒髪ボブカット。

 首元のチョーカー。

 黒を基調としたゴス系ファッション。

 鋭い目つき。

 だが、その表情は意外と年相応だった。

 

「軍曹!」

 少女――アメリアが声を上げる。

 

「よく無事だったね!」

『当然である!』

 

 エシモフ軍曹が偉そうに答える。

 

『ワガハイを誰だと思っておる!』

「いや普通に半壊してたじゃん」

『細かい事を言うな!』

 

 周囲の解放同盟員達から小さな笑いが漏れる。

 どうやらエシモフ軍曹はかなり慕われているらしい。

 その時だった。

 アメリアの視線がジョンへ向く。

 

「……で」

「そっちの人、本当に外から来たの?」

「ん?」

「外宇宙の人でしょ?」

 

 アメリアがぐいっと距離を詰めてくる。

 近い。

 

「どこの宙域出身?」

「第三外縁コロニー群だけど」

「え、都会じゃん!」

「いや別に都会でも――」

「銀河ネット自由に見れる?」

「見れるけど」

「漫画とか普通に買える?」

「買えるな」

「コスプレイベントって本当にあるの!?」

「あるけど」

「うわぁ……!」

 

 アメリアの目が完全に輝いていた。

 さっきまで戦闘機で敵を撃墜していた人間とは思えない。

 完全に年頃の少女だった。

 

「ねえねえ、同人誌とか――」

「質問多いな!?」

 

 ジョンが思わずツッコむ。

 アメリアは全く気にしていない。

 

「だって外から来た人なんて滅多に来ないし!しかも中央寄りの宙域出身とか初めて見る!」

「そんな珍しいか?」

「珍しいよ!」

 

 アメリアは即答した。

 

「ガルダ党のせいで外との交流ほとんど無いし、ネット規制も酷いし……漫画もアニメも大量に発禁だし、オーラ教に反するって理由でコスプレイベントも潰されたし」

 

 その言葉には、年相応の不満が滲んでいた。

 普通の少女なら当たり前に楽しめたはずのもの。

 それを奪われた人間の声だった。

 その時。

 

「へぇ〜」

 

 横からセリアがじとっとした目を向ける。

 

「ずいぶん仲良くなってるじゃなぁい?」

「え?」

「ジョンったら若い女の子と楽しそうねぇ?」

「何でそうなる」

「別にぃ?」

 

 セリアは明らかに面白くなさそうだった。

 

「私は中古のセクサロイドだからお邪魔かしらぁ?」

「急にめんどくせえな!?」

 

 ジョンが頭を抱える。

 アメリアはきょとんとしていた。

 

「……仲良いんだね、二人」

「全然」

「腐れ縁よぉ」

 

 その時。

 武装した解放同盟員が近づいてきた。

 

「アメリア、ダービー卿がお待ちだ」

 

 アメリアが表情を引き締める。

 

「了解」

 

 そしてジョン達へ振り返った。

 

「ついてきて」

「何処へだ?」

「解放同盟の指導者の一人に会ってもらう」

 

 

 ***

 

 

 ジョン達は、アメリアに案内されながら小惑星基地の内部通路を進んでいた。

 岩盤を削って作られた通路は無骨そのものだった。

 むき出しの配線。

 補修跡だらけの床。

 薄暗い照明。

 壁際には弾薬箱や燃料コンテナが積まれ、作業服姿の整備員達が忙しなく行き交っている。

 あちこちから工具音や溶接音が響き、油と金属の臭いが鼻についた。

 まるで巨大な工場だ。

 だが、その空気の奥底には常に緊張感が漂っていた。

 ここが戦場の最前線である事を、誰もが理解している。

 

「……マジでレジスタンス基地なんだな」

 

 ジョンが周囲を見回しながら呟く。

 

「もっとこう、秘密結社っぽいの想像してた」

「秘密結社みたいなもんだよ」

 

 アメリアが肩をすくめる。

 

「でも実際は貧乏人と追い詰められた人の寄せ集め。物資も人手も慢性的に不足してるし、みんな毎日ギリギリ」

 

 その口調は軽い。

 だが、言葉の内容は重かった。

 ジョンは少し黙る。

 通路の隅では、十代くらいの少年少女が古びたライフルを整備していた。

 別の場所では、義手姿の男が片腕だけで弾薬箱を運んでいる。

 誰も彼も、“普通の人生”からは程遠い。

 この基地そのものが、バスタゴアという惑星の歪みの集合体だった。

 やがて一行は基地奥部へ辿り着く。

 そこでジョンは思わず足を止めた。

 

「……何だここ」

 

 急に雰囲気が変わったのだ。

 赤い絨毯。

 木目調の装飾壁。

 クラシック調の照明。

 古い映画ポスターまで飾られている。

 軍事基地というより、高級ホテルのラウンジだった。

 

「ダービー卿の趣味」

 

 アメリアが即答する。

 

「映画とか古いアニメとか大好きなんだよね、あの人」

「嫌な予感しかしねえ……」

 

 ジョンが額を押さえる。

 アメリアは扉の前で立ち止まり、軽くノックした。

 

「ダービー卿、軍曹を連れてきました」

「入りたまえ」

 

 若い少年のような声が返ってくる。

 扉が開く。

 そして。

 

「……は?」

 

 ジョンは素で固まった。

 応接室中央のソファに座っていたのは、どう見ても十代前半ほどの少年だった。

 金髪。

 整った顔立ち。

 高級スーツ。

 だが、問題はそこではない。

 その周囲である。

 メイド服姿の女性型セクサロイド達が、ずらりと並んでいた。

 紅茶を淹れる者。

 肩を揉む者。

 菓子を運ぶ者。

 完全にハーレムだった。

 

「うわぁ……」

 

 ジョンが引き気味に呟く。

 

「想像以上にアレな光景だな」

「でしょう?」

 

 セリアが半目になる。

 

「女の敵って感じぃ」

「はっはっはっ!」

 

 少年――ギャタ・ザ・ダービーは楽しそうに笑った。

 

「率直で実によろしい!」

 

 彼は優雅な動作で立ち上がる。

 少年の姿をしているのに、その仕草には妙な貫禄があった。

 

「ようこそ解放同盟第七衛星基地へ。ワタシはギャタ・ザ・ダービー。同志達からはダービー卿と呼ばれている」

 

 丁寧に一礼する。

 ジョンは少し目を瞬かせた。

 妙に洗練されている。

 そこらの成金とは違う。

 長年“上の世界”で生きてきた人間特有の空気があった。

 

「まずは礼を言わせてほしい」

 

 ダービーは穏やかな声で言った。

 

「エシモフ軍曹をここまで送り届けてくれた事、心より感謝する」

 

 そして視線をエシモフ軍曹へ向ける。

 

「軍曹も、無事で本当に良かった。キミを失えば解放同盟にとって大きな損失だった」

『当然である!』

 

 エシモフ軍曹が偉そうに胸を張る。

 お掃除ロボの身体で。

 

『ワガハイを誰だと思っておる!あの程度で死ぬワガハイではない!』

「実際かなり半壊してたけどね」

 

 セリアが呟く。

 

『細かい事を言うな!』

 

 周囲から少し笑いが漏れる。

 ジョンは頭を掻いた。

 

「いやまあ……礼を言われるような事でもないけどな。半分脅迫されて来たようなもんだし」

「それでも来てくれた」

 

 ダービーはさらりと言う。

 

「十分だよ」

 

 その態度には不思議な柔らかさがあった。

 もっと血なまぐさい革命家を想像していたジョンは少し拍子抜けする。

 だが同時に、この男が只者ではない事も何となく理解できた。

 ジョンは改めてダービーを見る。

 

「……しかしアンタ、本当に子供みたいだな」

「実年齢は六十を越えている」

「は?」

「義体だよ」

 

 ダービーは自分の身体を軽く叩いた。

 

「富豪という仕事は色々面倒でね。暗殺対策も兼ねている」

 

 さらっと恐ろしい事を言う。

 ジョンは乾いた笑いを浮かべた。

 その時、セリアが周囲のメイド型セクサロイド達を見回す。

 

「それにしても凄い趣味ねぇ。全員セクサロイド?」

「そうだ」

「隠す気ゼロじゃない」

「隠す必要がないのでね」

 

 ダービーは紅茶を口にする。

 

「世間から見ればワタシは悪党同然だ。反政府勢力へ資金提供し、武装蜂起を支援し、ガルダ党と敵対している。ならば悪党らしく振る舞った方が自然だろう?」

「開き直ってんなぁ……」

 

 ジョンが呆れる。

 するとダービーは肩をすくめた。

 

「それに、生身の女を侍らせる趣味は無い」

「何で?」

 

 ジョンが素朴に聞く。

 ダービーは少し遠い目をした。

 

「富豪として生きているとな。三次元の女の醜さを嫌というほど見る」

「醜さ?」

「金目当て、権力目当て、保身、裏切り……愛など所詮は打算だ」

 

 その口調は妙に重かった。

 恐らく実体験なのだろう。

 

「その点、二次元とセクサロイドは素晴らしい。裏切らない、理想を壊さない、真実の愛はそこにしかない」

「うわぁ……」

 

 ジョンは思わず苦笑した。

 

「なんかアンタ、拗らせたオタクみてえだな」

「否定はしない」

 

 ダービーは堂々と言い切った。

 

「むしろ誇りだ」

 

 ジョンはセリアと顔を見合わせる。

 もっと恐ろしい革命家を想像していた。

 だが実際に現れたのは。人生を拗らせに拗らせた結果、妙な方向へ達観してしまった富豪オタクだった。

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