宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

57 / 59
57.

 応接室には、静かなクラシック音楽が流れていた。

 先程までと同じ部屋のはずなのに、空気は随分と変わっている。

 メイド型セクサロイド達が淹れた紅茶の香りは漂っているものの、その場を支配しているのは穏やかさではなく緊張感だった。

 テーブル中央には立体ホログラムが展開され、青白い光が室内を照らしている。

 その光を見つめながら、ギャタ・ザ・ダービーは静かに口を開いた。

 

「さて、まず最初に、一つだけ現実的な話をしておこう」

 

 ジョンはソファへ深く座り直す。

 嫌な予感がした。

 

「君達は既に、解放同盟へ協力した。エシモフ軍曹をここまで送り届け、セントクルセイダースとも接触している。つまり――」

 

 ダービーはさらりと言った。

 

「ガルダ党から見れば、もう立派な“反政府協力者”だ」

「……は?」

 

 ジョンの顔が引きつる。

 

「いや待て待て待て!俺達はただ巻き込まれただけだぞ!?」

「ガルダ党はそうは思わない」

 

 ダービーはきっぱりと言った。

 

「連中は極めて排他的で、疑り深い。一度でも解放同盟に協力した疑いを持たれれば、それだけで十分処刑理由になる」

「そんな……」

「まして、そこにいるセリア君はセクサロイドだ」

 

 ダービーはセリアを見る。

 

「オーラ教原理主義者達からすれば“存在そのものが不浄”だろう」

「酷い話よねぇ」

 

 セリアが呆れたように肩をすくめる。

 

「だったら最初から作るんじゃないって感じぃ」

「宗教とは大体そういうものだ」

 

 ダービーは苦笑した。

 

「自分達に都合の良い部分だけを信仰する」

 

 ジョンは頭を抱える。

 

「……つまり何だ?俺達、帰れない感じ?」

「帰る事自体はできる。だが、その後の安全は保証できない」

 

 ダービーは淡々と続ける。

 

「少なくとも、我々の庇護下にいた方が安全だ。解放同盟に正式協力しろとは言わない。だが現状、君達は我々の仲間側にいる方が生存率は高い」

「うわぁ……」

 

 ジョンはソファへ沈み込んだ。

 

「最悪だ……」

『だから言ったであろう』

 

 エシモフ軍曹が偉そうに腕を組む。

 お掃除ロボの身体で。

 

『最初から素直に来ておれば良かったのだ』

「元凶が言うな!」

 

 ジョンが即座にツッコミを入れる。

 するとダービーが小さく笑った。

 

「もっとも、我々も君達をただ利用するつもりはない。状況が落ち着けば、十分な報酬も用意しよう」

「……生きて帰れたらな」

 

 ジョンはぼやく。

 ダービーは否定しなかった。

 代わりにホログラムを操作する。

 そこに映し出されていたのは、惑星バスタゴアの宙域図だった。

 無数の航路。

 衛星軌道。

 軍事拠点。

 そして、その中心。

 まるで巨大な槍の穂先のような異様な構造物。

 

「これは……?」

 

 ジョンは思わず呟く。

 

「ゴッド・オブ・ジャスティス」

 

 ダービーが静かに答えた。

 

「ガルダ党最大の象徴にして、この惑星を支配する鎖そのものだ」

 

 ホログラムが拡大される。

 巨大だった。

 常識外れのサイズだった。

 複数のリング状構造物を持つ白銀の宇宙要塞。

 表面には無数の砲台。

 艦隊ドック。迎撃設備。

 そして中央には、異様に巨大な円筒状構造物が存在している。

 

「あれが主砲オメガ砲だ」

 

 ダービーが指差す。

 

「超長距離粒子収束レーザー兵器。バスタゴア宙域全域を射程圏内に収めている」

 

 ジョンは眉をひそめた。

 

「……つまり?」

「つまり」

 

 ダービーは笑みを消した。

 

「この惑星から逃げようとする船は、全て焼き払われる」

 

 静かな声だった。

 だが、その内容はあまりにも重い。

 ジョンは思わずモニターを見直した。

 あの巨大要塞が、この宙域そのものを監獄にしている。

 それがようやく理解できた。

 

「冗談だろ……」

「冗談ならどれだけ良かったか」

 

 ダービーは肩をすくめる。

 

「銀河連合は“治安維持設備”として建造費の一部を援助した。反乱鎮圧と海賊対策という名目でね」

「連合が金出してんのか?!」

「ああ。だが実際は、ガルダ党による惑星支配の象徴になった。連中はオメガ砲を背景にして人々を脅し続けている」

 

 ホログラムには複数の焼失した宇宙船の記録映像が映し出される。

 逃亡船。

 密輸船。

 反政府勢力の輸送艇。

 それらは皆、白い閃光と共に蒸発していた。

 ジョンは無意識に唾を飲み込んだ。

 

「そんなモンどうしろってんだよ……」

『だからこそ、ワガハイが必要だったのである』

 

 エシモフ軍曹が言った。

 作業机の上で偉そうに腕を組んでいる。

 

『ワガハイが輸送していたXファイルこそ、この戦いの切り札なのだからな!』

「思ってたんだけど……そのXファイルってやつ、一体何なんだ?」

 

 ジョンが問う。

 すると、部屋の空気が少しだけ重くなった。

 ダービーは数秒沈黙した後、静かに口を開く。

 

「……ガルダ党内部で行われている人身売買の記録だ」

「人身売買?」

「児童婚目的の、ね」

 

 ジョンの顔から表情が消える。

 セリアも眉をひそめた。

 ダービーは淡々と続ける。

 

「銀河各地から集められた孤児。誘拐された子供、難民キャンプから消えた少女達……それらがオーラ教幹部や支援者達へ売られている」

 

 ホログラムが切り替わる。

 そこには膨大なリストが表示されていた。

 名前。年齢。取引記録。輸送ルート。金額。

 あまりにも生々しいデータだった。

 

「これは……」

 

 ジョンは言葉を失う。

 

「全部実録データだ」

 

 ダービーの声は低い。

 

「エシモフ軍曹と同志達が命懸けで回収した。もしこれを銀河社会へ暴露できれば、ガルダ党もオーラ教も社会的信用を失う……少なくとも、今みたいに“敬虔な宗教団体”のフリはできなくなる」

 

 ジョンはモニターを見る。

 数字の羅列。

 だが、それは数字ではない。

 誰かの人生だ。

 誰かの娘だ。

 誰かの未来だ。

 

「……クソ野郎共が」

 

 思わずそんな言葉が漏れていた。

 セリアも珍しく真面目な顔をしている。

 

「最低ねぇ……」

「だから我々は戦っている」

 

 ダービーは静かに言った。

 

「自由の為でもある。文化の為でもある。だが何より、あの連中をこれ以上好き勝手させない為だ」

 

 その瞬間だけ。

 彼の軽薄そうな空気が消えた。

 富豪オタクの顔ではない。

 本物の革命家の顔だった。

 ジョンは少し黙る。

 そして、ふと口を開いた。

 

「でもよ、そのデータを持って逃げるのが無理なんだろ?」

「その通り」

 

 ダービーが頷く。

 

「だから我々は、先にゴッド・オブ・ジャスティスを潰す」

 

 ホログラムが再び切り替わる。

 今度は要塞構造図だった。

 複数の侵攻ルート。

 攻撃ポイント。

 艦隊配置。

 

「解放同盟の全戦力を投入し、宇宙要塞を攻略する。オメガ砲を無力化した上で、Xファイルを銀河ネットワークへ流出させる。それが我々の目指す作戦だ」

 

 ジョンは思わず乾いた笑いを漏らした。

 

「いやいやいや………サラッと言ってるけど無茶苦茶だろそれ。巨大要塞攻略って、戦争映画じゃねえんだぞ」

「実際戦争だからね」

 

 アメリアが横から言う。

 その声には妙な現実感があった。

 ダービーは静かに頷く。

 

「無論、勝率は高くない。正面戦力だけなら我々はガルダ党に劣る。だが――」

 

 彼は笑った。

 

「それでもやるしかない。誰かが始めなければ、この惑星は永遠に変わらないからだ」

 

 応接室に静寂が落ちる。

 ジョンはモニターの巨大要塞を見上げた。

 

 ゴッド・オブ・ジャスティス。

 圧政の象徴。

 この惑星を閉ざす監獄。

 そして解放同盟は、今からそれに喧嘩を売ろうとしているのだった。

 

 

 ***

 

 

 惑星バスタゴア。

 かつては“辺境の文化惑星”として知られたその星も、今では見る影もなかった。

 灰色の空。

 煤けた高層ビル群。

 錆び付いた高架道路。

 窓ガラスの割れた建築物。

 大通りを行き交う人々の顔に、生気はない。

 誰もが疲れ切っていた。

 俯き。怯え。感情を押し殺して歩いている。

 まるで“生きている”というより、“壊れないよう停止している”だけの機械のようだった。

 通りの端では、小さな子供が空き缶を拾っている。

 その隣では痩せた老人が座り込み、乾いた咳を漏らしていた。

 しかし、誰も助けない。

 助ける余裕がないのだ。

 広場の大型モニターでは、ガルダ党の宣伝映像が流れている。

 

『オーラは最も偉大なり!』

『ガルダ党は人民を幸福へ導く!』

『堕落した銀河文化から市民を守れ!』

 

 大音量のシュプレヒコールが響く。

 だが、それを聞いている市民達の表情は死んでいた。

 誰も信じていない。

 だが逆らえない。

 それがこの惑星の日常だった。

 そして、その街角には必ず居る。

 

 青い強化服。

 円筒状のヘルメット。

 レーザーライフル。

 セントクルセイダース。

 ガルダ党直属の武装部隊達が、街を監視するように立っていた。

 無言。

 無機質。

 まるで処刑機械だ。

 人々は彼等と目を合わせないように歩いていく。

 視線を向けただけで因縁を付けられ、拘束される事も珍しくないからだ。

 

 通りの一角では、一人の若者がセントクルセイダースに取り押さえられていた。

 

「ま、待ってくれ! 俺は何も――」

『礼拝への参加拒否を確認』

『思想矯正対象と判断』

 

 機械的な声。

 次の瞬間、若者は殴り倒される。

 周囲の市民達は視線を逸らした。

 誰も助けない。

 助ければ次は自分だからだ。

 

 そんな陰鬱な街並みの中で、異様なほど豪華な建築物が存在していた。

 純白の尖塔を持つ巨大教会。

 黄金装飾に彩られた政府庁舎。

 大理石の階段。

 磨き上げられた壁面。

 市民達が飢えている一方で、それらだけは異常なほど豊かだった。

 そして。

 その中心にそびえる巨大建築――ガルダ党中央議事堂。

 高層ビル群を見下ろすように建てられたその建物は、まるで王宮のようだった。

 

 議事堂内部。

 赤い絨毯が敷かれた広間を、一人の男がゆっくりと歩いていた。

 

 モハメッド・ルカイダル。

 

 ガルダ党党首。現バスタゴア最高指導者。

 褐色の肌。深く伸ばした髭。威圧感を放つ巨体。

 その目には、人間らしい温度が欠片も存在しない。

 彼は豪奢な椅子へ腰を下ろすと、目の前の大型モニターを起動した。

 映像が切り替わる。

 そこに映し出されたのは、宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティス内部だった。

 巨大ブリッジ。無数のモニター。厳重な警備。

 そして中央に立つ、一人の男。

 青い軍服。

 鋭い眼光。

 

 ジバード・ダルケン。

 

 セントクルセイダース司令官である。

 

『オーラは最も偉大なり』

「オーラは最も偉大なり」

 

 通信越しにジバードが敬礼する。

 モハメッドは満足げに頷いた。

 

「どうだ、反乱分子共の制圧状況は」

『現在、衛星宙域にて掃討作戦を実施中です。解放同盟の小規模拠点を三つ破壊しました。残党も時間の問題かと』

 

 ジバードの声に迷いはない。

 完全に勝利を信じ切っている声だった。

 モハメッドは愉快そうに笑った。

 

「素晴らしい。やはり貴様は優秀だな、ジバード」

『恐悦至極』

「反乱分子共には理解させねばならん。オーラに逆らう愚か者に未来はないとな」

 

 その声音には、残虐な愉悦が混じっていた。

 彼にとって粛清とは義務ではない。

 娯楽ですらあった。

 モハメッドは机に置かれた杯を手に取る。

 赤い液体が揺れる。

 

「そういえば」

 

 彼はふと思い出したように言った。

 

「近々、六十五人目の妻を迎える事になってな」

 

 ジバードは即座に頭を下げる。

 

『おめでとうございます』

「まだ十三だそうだ。実に慎ましく、敬虔な娘らしい」

 

 モハメッドは満足げに笑った。

 

「やはり女は若い方が良い。余計な知恵が付いていないからな」

 

 その言葉に、ジバードは一切疑問を抱かない。

 

『オーラの教えに従う素晴らしい婚姻です』

「ああ」

 

 モハメッドは深く頷いた。

 

「これこそ正しき秩序だ」

 

 窓の外には、疲弊した街が広がっている。

 飢えた市民。崩れた建物。貧困。暴力。

 だが、この男には見えていない。

 あるいは、見えていてもどうでもいい。

 自分こそが支配者。

 自分こそが秩序。

 そう信じ切っているからだ。

 

「では引き続き掃討を続けろ」

『了解しました』

 

 通信が切れる。

 静まり返る議事堂。

 モハメッドはゆっくりと椅子へ背を預けた。

 そして、窓の外の街並みを見下ろしながら嗤う。

 

「愚かな民共め、オーラに従っていれば幸福になれたものを」

 

 その笑みは、支配者のものだった。

 同時に、怪物の笑みでもあった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。