宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
応接室には、静かなクラシック音楽が流れていた。
先程までと同じ部屋のはずなのに、空気は随分と変わっている。
メイド型セクサロイド達が淹れた紅茶の香りは漂っているものの、その場を支配しているのは穏やかさではなく緊張感だった。
テーブル中央には立体ホログラムが展開され、青白い光が室内を照らしている。
その光を見つめながら、ギャタ・ザ・ダービーは静かに口を開いた。
「さて、まず最初に、一つだけ現実的な話をしておこう」
ジョンはソファへ深く座り直す。
嫌な予感がした。
「君達は既に、解放同盟へ協力した。エシモフ軍曹をここまで送り届け、セントクルセイダースとも接触している。つまり――」
ダービーはさらりと言った。
「ガルダ党から見れば、もう立派な“反政府協力者”だ」
「……は?」
ジョンの顔が引きつる。
「いや待て待て待て!俺達はただ巻き込まれただけだぞ!?」
「ガルダ党はそうは思わない」
ダービーはきっぱりと言った。
「連中は極めて排他的で、疑り深い。一度でも解放同盟に協力した疑いを持たれれば、それだけで十分処刑理由になる」
「そんな……」
「まして、そこにいるセリア君はセクサロイドだ」
ダービーはセリアを見る。
「オーラ教原理主義者達からすれば“存在そのものが不浄”だろう」
「酷い話よねぇ」
セリアが呆れたように肩をすくめる。
「だったら最初から作るんじゃないって感じぃ」
「宗教とは大体そういうものだ」
ダービーは苦笑した。
「自分達に都合の良い部分だけを信仰する」
ジョンは頭を抱える。
「……つまり何だ?俺達、帰れない感じ?」
「帰る事自体はできる。だが、その後の安全は保証できない」
ダービーは淡々と続ける。
「少なくとも、我々の庇護下にいた方が安全だ。解放同盟に正式協力しろとは言わない。だが現状、君達は我々の仲間側にいる方が生存率は高い」
「うわぁ……」
ジョンはソファへ沈み込んだ。
「最悪だ……」
『だから言ったであろう』
エシモフ軍曹が偉そうに腕を組む。
お掃除ロボの身体で。
『最初から素直に来ておれば良かったのだ』
「元凶が言うな!」
ジョンが即座にツッコミを入れる。
するとダービーが小さく笑った。
「もっとも、我々も君達をただ利用するつもりはない。状況が落ち着けば、十分な報酬も用意しよう」
「……生きて帰れたらな」
ジョンはぼやく。
ダービーは否定しなかった。
代わりにホログラムを操作する。
そこに映し出されていたのは、惑星バスタゴアの宙域図だった。
無数の航路。
衛星軌道。
軍事拠点。
そして、その中心。
まるで巨大な槍の穂先のような異様な構造物。
「これは……?」
ジョンは思わず呟く。
「ゴッド・オブ・ジャスティス」
ダービーが静かに答えた。
「ガルダ党最大の象徴にして、この惑星を支配する鎖そのものだ」
ホログラムが拡大される。
巨大だった。
常識外れのサイズだった。
複数のリング状構造物を持つ白銀の宇宙要塞。
表面には無数の砲台。
艦隊ドック。迎撃設備。
そして中央には、異様に巨大な円筒状構造物が存在している。
「あれが主砲オメガ砲だ」
ダービーが指差す。
「超長距離粒子収束レーザー兵器。バスタゴア宙域全域を射程圏内に収めている」
ジョンは眉をひそめた。
「……つまり?」
「つまり」
ダービーは笑みを消した。
「この惑星から逃げようとする船は、全て焼き払われる」
静かな声だった。
だが、その内容はあまりにも重い。
ジョンは思わずモニターを見直した。
あの巨大要塞が、この宙域そのものを監獄にしている。
それがようやく理解できた。
「冗談だろ……」
「冗談ならどれだけ良かったか」
ダービーは肩をすくめる。
「銀河連合は“治安維持設備”として建造費の一部を援助した。反乱鎮圧と海賊対策という名目でね」
「連合が金出してんのか?!」
「ああ。だが実際は、ガルダ党による惑星支配の象徴になった。連中はオメガ砲を背景にして人々を脅し続けている」
ホログラムには複数の焼失した宇宙船の記録映像が映し出される。
逃亡船。
密輸船。
反政府勢力の輸送艇。
それらは皆、白い閃光と共に蒸発していた。
ジョンは無意識に唾を飲み込んだ。
「そんなモンどうしろってんだよ……」
『だからこそ、ワガハイが必要だったのである』
エシモフ軍曹が言った。
作業机の上で偉そうに腕を組んでいる。
『ワガハイが輸送していたXファイルこそ、この戦いの切り札なのだからな!』
「思ってたんだけど……そのXファイルってやつ、一体何なんだ?」
ジョンが問う。
すると、部屋の空気が少しだけ重くなった。
ダービーは数秒沈黙した後、静かに口を開く。
「……ガルダ党内部で行われている人身売買の記録だ」
「人身売買?」
「児童婚目的の、ね」
ジョンの顔から表情が消える。
セリアも眉をひそめた。
ダービーは淡々と続ける。
「銀河各地から集められた孤児。誘拐された子供、難民キャンプから消えた少女達……それらがオーラ教幹部や支援者達へ売られている」
ホログラムが切り替わる。
そこには膨大なリストが表示されていた。
名前。年齢。取引記録。輸送ルート。金額。
あまりにも生々しいデータだった。
「これは……」
ジョンは言葉を失う。
「全部実録データだ」
ダービーの声は低い。
「エシモフ軍曹と同志達が命懸けで回収した。もしこれを銀河社会へ暴露できれば、ガルダ党もオーラ教も社会的信用を失う……少なくとも、今みたいに“敬虔な宗教団体”のフリはできなくなる」
ジョンはモニターを見る。
数字の羅列。
だが、それは数字ではない。
誰かの人生だ。
誰かの娘だ。
誰かの未来だ。
「……クソ野郎共が」
思わずそんな言葉が漏れていた。
セリアも珍しく真面目な顔をしている。
「最低ねぇ……」
「だから我々は戦っている」
ダービーは静かに言った。
「自由の為でもある。文化の為でもある。だが何より、あの連中をこれ以上好き勝手させない為だ」
その瞬間だけ。
彼の軽薄そうな空気が消えた。
富豪オタクの顔ではない。
本物の革命家の顔だった。
ジョンは少し黙る。
そして、ふと口を開いた。
「でもよ、そのデータを持って逃げるのが無理なんだろ?」
「その通り」
ダービーが頷く。
「だから我々は、先にゴッド・オブ・ジャスティスを潰す」
ホログラムが再び切り替わる。
今度は要塞構造図だった。
複数の侵攻ルート。
攻撃ポイント。
艦隊配置。
「解放同盟の全戦力を投入し、宇宙要塞を攻略する。オメガ砲を無力化した上で、Xファイルを銀河ネットワークへ流出させる。それが我々の目指す作戦だ」
ジョンは思わず乾いた笑いを漏らした。
「いやいやいや………サラッと言ってるけど無茶苦茶だろそれ。巨大要塞攻略って、戦争映画じゃねえんだぞ」
「実際戦争だからね」
アメリアが横から言う。
その声には妙な現実感があった。
ダービーは静かに頷く。
「無論、勝率は高くない。正面戦力だけなら我々はガルダ党に劣る。だが――」
彼は笑った。
「それでもやるしかない。誰かが始めなければ、この惑星は永遠に変わらないからだ」
応接室に静寂が落ちる。
ジョンはモニターの巨大要塞を見上げた。
ゴッド・オブ・ジャスティス。
圧政の象徴。
この惑星を閉ざす監獄。
そして解放同盟は、今からそれに喧嘩を売ろうとしているのだった。
***
惑星バスタゴア。
かつては“辺境の文化惑星”として知られたその星も、今では見る影もなかった。
灰色の空。
煤けた高層ビル群。
錆び付いた高架道路。
窓ガラスの割れた建築物。
大通りを行き交う人々の顔に、生気はない。
誰もが疲れ切っていた。
俯き。怯え。感情を押し殺して歩いている。
まるで“生きている”というより、“壊れないよう停止している”だけの機械のようだった。
通りの端では、小さな子供が空き缶を拾っている。
その隣では痩せた老人が座り込み、乾いた咳を漏らしていた。
しかし、誰も助けない。
助ける余裕がないのだ。
広場の大型モニターでは、ガルダ党の宣伝映像が流れている。
『オーラは最も偉大なり!』
『ガルダ党は人民を幸福へ導く!』
『堕落した銀河文化から市民を守れ!』
大音量のシュプレヒコールが響く。
だが、それを聞いている市民達の表情は死んでいた。
誰も信じていない。
だが逆らえない。
それがこの惑星の日常だった。
そして、その街角には必ず居る。
青い強化服。
円筒状のヘルメット。
レーザーライフル。
セントクルセイダース。
ガルダ党直属の武装部隊達が、街を監視するように立っていた。
無言。
無機質。
まるで処刑機械だ。
人々は彼等と目を合わせないように歩いていく。
視線を向けただけで因縁を付けられ、拘束される事も珍しくないからだ。
通りの一角では、一人の若者がセントクルセイダースに取り押さえられていた。
「ま、待ってくれ! 俺は何も――」
『礼拝への参加拒否を確認』
『思想矯正対象と判断』
機械的な声。
次の瞬間、若者は殴り倒される。
周囲の市民達は視線を逸らした。
誰も助けない。
助ければ次は自分だからだ。
そんな陰鬱な街並みの中で、異様なほど豪華な建築物が存在していた。
純白の尖塔を持つ巨大教会。
黄金装飾に彩られた政府庁舎。
大理石の階段。
磨き上げられた壁面。
市民達が飢えている一方で、それらだけは異常なほど豊かだった。
そして。
その中心にそびえる巨大建築――ガルダ党中央議事堂。
高層ビル群を見下ろすように建てられたその建物は、まるで王宮のようだった。
議事堂内部。
赤い絨毯が敷かれた広間を、一人の男がゆっくりと歩いていた。
モハメッド・ルカイダル。
ガルダ党党首。現バスタゴア最高指導者。
褐色の肌。深く伸ばした髭。威圧感を放つ巨体。
その目には、人間らしい温度が欠片も存在しない。
彼は豪奢な椅子へ腰を下ろすと、目の前の大型モニターを起動した。
映像が切り替わる。
そこに映し出されたのは、宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティス内部だった。
巨大ブリッジ。無数のモニター。厳重な警備。
そして中央に立つ、一人の男。
青い軍服。
鋭い眼光。
ジバード・ダルケン。
セントクルセイダース司令官である。
『オーラは最も偉大なり』
「オーラは最も偉大なり」
通信越しにジバードが敬礼する。
モハメッドは満足げに頷いた。
「どうだ、反乱分子共の制圧状況は」
『現在、衛星宙域にて掃討作戦を実施中です。解放同盟の小規模拠点を三つ破壊しました。残党も時間の問題かと』
ジバードの声に迷いはない。
完全に勝利を信じ切っている声だった。
モハメッドは愉快そうに笑った。
「素晴らしい。やはり貴様は優秀だな、ジバード」
『恐悦至極』
「反乱分子共には理解させねばならん。オーラに逆らう愚か者に未来はないとな」
その声音には、残虐な愉悦が混じっていた。
彼にとって粛清とは義務ではない。
娯楽ですらあった。
モハメッドは机に置かれた杯を手に取る。
赤い液体が揺れる。
「そういえば」
彼はふと思い出したように言った。
「近々、六十五人目の妻を迎える事になってな」
ジバードは即座に頭を下げる。
『おめでとうございます』
「まだ十三だそうだ。実に慎ましく、敬虔な娘らしい」
モハメッドは満足げに笑った。
「やはり女は若い方が良い。余計な知恵が付いていないからな」
その言葉に、ジバードは一切疑問を抱かない。
『オーラの教えに従う素晴らしい婚姻です』
「ああ」
モハメッドは深く頷いた。
「これこそ正しき秩序だ」
窓の外には、疲弊した街が広がっている。
飢えた市民。崩れた建物。貧困。暴力。
だが、この男には見えていない。
あるいは、見えていてもどうでもいい。
自分こそが支配者。
自分こそが秩序。
そう信じ切っているからだ。
「では引き続き掃討を続けろ」
『了解しました』
通信が切れる。
静まり返る議事堂。
モハメッドはゆっくりと椅子へ背を預けた。
そして、窓の外の街並みを見下ろしながら嗤う。
「愚かな民共め、オーラに従っていれば幸福になれたものを」
その笑みは、支配者のものだった。
同時に、怪物の笑みでもあった。