宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
解放同盟衛星基地。
小惑星内部を丸ごと削り、迷路のように増築を繰り返して作られたその基地は、反政府組織の根城らしく雑多だった。
無骨な隔壁。
剥き出しの配線。
修理跡だらけの床。
中古品を寄せ集めた設備群。
格納庫では古びたHファイターが整備を受け、通路では武器を抱えた兵士達が慌ただしく行き交っている。
どこを見ても余裕などない。
貧乏で、危険で、いつ爆撃されてもおかしくない場所。
それが解放同盟の現実だった。
だがそんな基地の最深部に存在する一室だけは、別世界のような空気を放っていた。
赤い絨毯。
艶のある木製家具。
高級酒の並ぶキャビネット。
古い映画のポスター。
棚いっぱいに並んだアニメの映像媒体。
さらには等身大フィギュアまで置かれている。
まるで成金趣味とオタク文化をミキサーにかけて固めたような空間だった。
ギャタ・ザ・ダービー私室。
その中央に置かれた巨大ベッドの上では、つい先程まで行われていた行為の余韻が、まだ熱を持って残っていた。
シーツは乱れ、空気には甘い香水の香りが漂っている。
説明するまでもない。完全に事後だった。
ダービーはベッドヘッドへ身体を預け、大きく息を吐いていた。
「……ふぅ」
その小柄な外見だけを見れば、十代の少年にしか見えない。
しかし実際には六十を越えた老人であり、現在の肉体も高価な義体である。
そんな彼の隣では、銀髪のメイド型セクサロイド――マリアが、静かに乱れたシーツを整えていた。
白と黒を基調としたクラシカルなメイド服。
人間と見紛うほど自然な肌。
穏やかな微笑み。
彼女は淡々と、それでいてどこか慈しむような仕草でダービーの世話をしている。
「お疲れ様です、ダービー卿」
「ああ、ありがとうマリア」
ダービーは片手を軽く上げる。
すると空中に青白いホログラムが展開された。
立体映像。
そこに映し出されるのは、巨大宇宙要塞――ゴッド・オブ・ジャスティス。
衛星軌道上に浮かぶ、ガルダ党最大最悪の兵器である。
その表面には無数の砲台。
中央部には都市すら焼き払える超巨大レーザー主砲“オメガ砲”。
さらに内部構造図やエネルギーラインまで表示されている。
同志達が命懸けでかき集めた極秘データだった。
ダービーはそれを見つめながら、小さく鼻で笑う。
「まったく……趣味の悪い要塞だ。宗教国家というより悪の秘密基地じゃないか」
「ですが、実際に銀河連合からは“治安維持の為の防衛施設”として認可されているのですよね」
「そういう建前になっているね」
ダービーは肩を竦めた。
「実際には惑星全体を脅して従わせる為の巨大な棍棒だしかも建造費の一部は銀河連合の助成金だぞ?笑えない冗談だ」
マリアは静かに紅茶を差し出す。
ダービーはそれを受け取り、一口飲んだ。
「同志達は今も命懸けで動いている。武器を運び、情報を集め、仲間を逃がし、潜伏先を転々としている。なのに銀河連合は“宗教問題には介入しない”の一点張りだ………信仰の自由、か」
吐き捨てるような声だった。
ホログラムの中では、ゴッド・オブ・ジャスティスがゆっくり回転している。
それを眺めながら、ダービーは不意に口調を和らげた。
「……だが、勝てれば変わる」
その声には、戦士というより夢想家の響きがあった。
「ガルダ党を排除できたなら、ワタシはまず文化を戻したい」
「文化、ですか?」
「ああ」
ダービーは頷く。
「映画だ、アニメだ、漫画だ、ゲームだ、音楽だ……くだらないと言われようが、人間には娯楽が必要なんだよ」
彼は少し遠い目をした。
「子供の頃、初めて外星系のアニメを観た時を覚えている。世界が一気に広がった気分だった。宇宙にはこんなにも面白いものがあるのかと感動した」
その頃のバスタゴアはまだ自由だった。
輸入映画館があり。本屋があり。アニメショップがあり。若者達が文化を語り合っていた。
だが今は違う。
漫画は焚書。映画は検閲。音楽も思想審査。
ガルダ党に都合の悪い表現は全て“不浄”として排除される。
「文化を奪えば、人間は思考しなくなる」
ダービーは静かに言った。
「ガルダ党はそれを理解している。だから徹底的に潰す。本も、映像も、自由も」
マリアは穏やかに問いかける。
「だから貴方は戦っているのですね」
「もちろん正義感もあるさ」
ダービーは苦笑した。
「だが、結局はワタシもエゴの人間だ。自分の好きなものを守りたいだけかもしれない」
そう言いながらも、その目は真剣だった。
「ガルダ党を倒したら、まず外の世界の作品を大量に輸入する。配信サービスも作る。クリエイター学校も設立する………出版社も映像会社も必要だな」
語るほどに熱が入っていく。
「そして、いつかは………バスタゴア産のコンテンツを銀河へ輸出するんだ」
「この星を“宗教と圧政の星”ではなく、“文化の星”として生まれ変わらせる」
その顔は、革命家というより。
未来を夢見るオタクそのものだった。
マリアは微笑む。
「きっと実現できます」
「そうかな?」
「はい」
彼女は迷いなく頷いた。
「ダービー卿は、夢を語っている時が一番人間らしいですから」
ダービーは少し照れ臭そうに笑った。
「セクサロイドに人間らしいと言われる革命家か」
「それはそれで複雑だな」
「ですが、私は好きですよ」
「そういう所も含めて」
ダービーは小さく息を吐いた。
ホログラムの中では、ゴッド・オブ・ジャスティスが静かに回転している。
あの要塞を落とさなければ未来はない。
だが。
その先には確かに。
誰かが自由に映画を観て。
漫画を読み。
アニメに熱狂できる未来があった。
***
解放同盟衛星基地。
小惑星内部をくり抜いて作られた格納庫では、今日も慌ただしく人々が動き回っていた。
工具の駆動音。
溶接火花。
整備員達の怒鳴り声。
油と金属の匂い。
その喧騒の中で、ジョン・サトウは黙々と作業を続けていた。
目の前にあるのはHファイター。
銀河連合軍が一時代前に主力機として採用していた宇宙戦闘機であり、現在では中古市場に大量流出している旧式機だ。
もっとも。
解放同盟にとっては、その“旧式”ですら貴重な戦力だった。
灰色の機体表面には修理跡がいくつも走っている。
増設配線。
継ぎ接ぎの装甲。
流用品のスラスター。
まさしく貧乏レジスタンスの戦闘機という有様だった。
「……ったく」
ジョンは工具を回しながらぼやく。
「ジャンク屋やってたはずなのに、なんで反政府組織の戦闘機整備してんだ俺は」
レンチを締める音が響く。
ついこの前までは、宇宙を漂う残骸を拾い集めて食っていた。
危険ではあったが、少なくとも国家規模の戦争とは無縁だった。
だが今やどうだ。
銀河連合政府から半ば黙認されている宗教国家の反政府勢力に関わり、その軍事作戦に参加しようとしている。
人生、何が起こるか解らない。
「いやほんと、何でこうなった……」
ジョンは深々とため息を吐いた。
しかし、その手は止まらない。
Hファイターの整備を続けている。
理由は単純だった。
ここまで関わってしまった以上、中途半端が一番危険だからだ。
解放同盟が敗北すれば、自分達も“協力者”としてセントクルセイダースに追われる可能性が高い。
ならば。
せめて作戦を成功させ、Xファイルを銀河社会へ流出させ、混乱の隙にバスタゴアを脱出する。
それが最善だった。
ジョンはあくまで一般市民だ。
英雄になるつもりもない。
革命家になる気もない。
ただ、生き残りたいだけだった。
その時だった。
「ジョーン!」
明るい声が格納庫に響く。
振り返ると、アメリアがこちらへ歩いてきていた。
黒髪のボブカット。
チョーカー。
黒を基調としたゴス系ファッション。
相変わらず攻撃的な見た目だが、その表情は年相応に明るい。
「何やってんの?」
「見りゃ解るだろ、整備だよ」
「うわ、手ぇ真っ黒じゃん」
「整備士なんてこんなもんだ」
ジョンは苦笑する。
アメリアは興味津々といった様子でHファイターを見上げた。
「外の世界の船って、もっとピカピカしてるの?」
「ピンキリだな」
「金持ちの船は凄いぞ。高級ホテルみたいなのもある」
「へぇー……」
アメリアの目が輝く。
その反応は、まるで田舎の子供が旅行雑誌を見る時のようだった。
「他には?」
「他って?」
「外の世界の話!映画館とか!ゲームセンターとか!あとアニメショップ!」
食いつきが凄い。
ジョンは少し笑ってしまう。
「何だよアニメショップって」
「だって気になるじゃん!バスタゴアじゃ規制されてる作品いっぱいあるし!ネットも検閲だらけだし!」
アメリアはむくれながら言う。
「外の世界って、ほんとに自由なんでしょ?」
「まぁ、バスタゴアよりはな」
ジョンは工具箱へ腰掛けた。
「コロニーによっちゃ二十四時間営業の店とかあるし、映画館も山ほどある。ゲームの大会とかも普通に開かれてる。アイドルのライブとかもな」
「いいなぁ……」
アメリアはぽつりと呟いた。
その声には、純粋な憧れが滲んでいた。
ジョンはそこで初めて気付く。
彼女は十八歳だ。
普通なら。
友達と遊んで。恋愛して。将来を悩んで。
そんな青春を送っていてもおかしくない年齢だ。
だが彼女は戦っている。
命を懸けて。自由の為に。
「……戦争終わったらさ」
不意にアメリアが言った。
「大学行きたいんだ、あたし」
ジョンは目を瞬かせた。
「大学?」
「うん」
アメリアは少し照れ臭そうに笑う。
「昔は普通に通う予定だったんだけどね、親がオーラ教にハマっちゃって全部めちゃくちゃになったから」
「そら災難だったな」
「教団の幹部だっていう知らんオッサンの所に嫁に出されそうになったし」
「うへえ」
その口調は軽かった。
だが。その裏に色々なものがある事ぐらい、ジョンにも解った。
「何勉強したいんだ?」
「映像系かな?映画とかアニメとか好きだし。あとシナリオ書くのもちょっと興味ある」
「へぇ」
「変かな?」
「いや」
ジョンは首を横に振る。
「いい夢じゃねぇか」
アメリアは少し驚いた顔をした。
「……そうかな」
「ああ」
ジョンは笑う。
「きっと叶うさ。戦争終われば、いくらでもやり直せる」
その言葉に、アメリアはしばらく黙っていた。
やがて。
「……ありがと」
小さく笑った。
その笑顔は、年相応の少女そのものだった。
そして………少し離れた通路の影では。
セリアがその様子を静かに見つめていた。
紫色の長い髪。
ぴっちりしたスーツ。
人間そっくりの美貌。
だが彼女はセクサロイドだ。
本来なら感情は疑似的なものでしかない。
そう設計されている。
なのに。
今。
彼女のAI内部では、説明不能なノイズが走っていた。
胸部フレームの奥。
まるで内部回路を締め付けられるような感覚。
「……何なのかしら、これ」
セリアは小さく呟く。
ジョンとアメリアが楽しそうに話している。
それを見ていると、妙に落ち着かなかった。
処理優先順位が乱れる。
演算に誤差が出る。
まるで。
知らない感情が、内部へ入り込んできたようだった。