宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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59.

 惑星バスタゴア宙域。

 恒星の光すら届きにくい暗黒の空間を、複数の青白い推進炎が一直線に走り抜けていた。

 

 ダートファイター。

 

 セントクルセイダースが主力機として大量運用している宇宙戦闘機である。

 とはいえ、その正体は極めて安っぽい。

 銀河中で土木作業や資源採掘に使われている民間用作業ポッド――ダートポッドを無理やり軍用改造しただけの代物だった。

 丸い本体。

 簡易フレーム。

 薄い装甲。

 そこへ飛行用ウイングと大型推進器、レーザー機銃、簡易ミサイルラックを取り付けただけ。

 防御力は皆無。

 まともな軍用機と撃ち合えば数発で爆散する。

 だが安い。

 とにかく安い。

 大量生産できる。

 そして操縦者が死んでも補充が効く。

 ガルダ党にとって重要なのはそこだった。

 オーラ教へ心酔した兵士を大量に宇宙へ飛ばし、“異端”を圧殺する。

 その為だけに存在する機体。

 それがダートファイターだった。

 

 宇宙空間を進む編隊は、まるで猛禽類の群れのようだった。

 機体下面のセンサーライトが暗闇を走査し、小惑星群を青白く照らしていく。

 先頭を飛ぶ指揮官機のコクピットでは、一人のセントクルセイダース兵が無言でモニターを睨みつけていた。

 青い強化服。

 円筒状ヘルメット。

 感情を押し殺したような姿。

 その様相は、もはや人間というより宗教的機械人形だった。

 

『第三哨戒群より各機へ』

 

 通信回線に低い声が響く。

 

『これまでの交戦記録を再分析した結果、反乱分子共は小惑星帯内部に補給拠点を隠している可能性が高い』

『周辺宙域を徹底捜索せよ』

 

 各機から即座に応答が返る。

 

『了解』

『オーラは最も偉大なり』

『異端者共へ裁きを』

 

 まるで祈りの唱和だった。

 推進炎が一斉に瞬く。

 編隊は巨大な小惑星帯へ侵入していった。

 

 そこは天然の迷宮だった。

 無数の岩塊。

 資源採掘で削られた小惑星。

 過去の宇宙戦争で破壊された巡洋艦の残骸。

 朽ち果てた輸送コンテナ。

 漂流する金属片。

 デブリ。

 それらが複雑に重なり合い、巨大な立体迷路を形成している。

 普通の民間船なら、こんな危険地帯へ近づこうともしない。

 だが、だからこそ隠れ家には最適だった。

 ダートファイター隊は慎重に速度を落とす。

 レーダー波照射。

 熱源探査。

 重力偏差測定。

 通信傍受。

 各機のセンサー情報がリアルタイムで共有されていく。

 

『反応なし』

『こちらも異常なし』

『デブリのみ確認』

 

 淡々とした報告が続く。

 しかし。

 指揮官機の隊員は眉をひそめていた。

 

『……妙だな』

『何がですか』

『前回交戦した解放同盟機の退避ルートだ』

 

 モニター上に航跡データが表示される。

 

『この辺りで急激にセンサー反応が消えている』

『通常航行では有り得ん』

『意図的に隠れている可能性が高い』

『つまり――』

『近いぞ』

 

 その時だった。

 一機のダートファイターから声が上がる。

 

『待て』

『微弱熱源反応を探知』

 

 空気が変わる。

 

『座標を送れ』

『送信しました』

 

 モニター上に赤いポイントが表示される。

 小惑星帯中心部。

 一際巨大な岩塊。

 一見すればただの小惑星だ。

 だが。

 

『熱源が不自然です』

『自然冷却パターンではありません』

『人工排熱の可能性大』

 

 指揮官機が即座に命令を飛ばす。

 

『全機、距離を維持しろ』

『スキャン出力最大』

『対象を拡大投影する』

 

 小惑星の映像が拡大される。

 粗い岩肌。

 クレーター。

 ひび割れ。

 その中に。

 不自然な直線があった。

 

『……ハッチだ』

 

 誰かが呟く。

 さらに解析が進む。

 偽装シャッター。

 排熱ダクト。

 通信アンテナ。

 金属反応。

 人工構造物。

 次々と浮かび上がる。

 そして。

 決定的なものが検出された。

 

『艦船反応確認!』

『内部に複数の機動兵器らしき熱源!』

『間違いない――』

 

 指揮官機の声が低く響く。

 

『解放同盟の隠匿基地だ』

 

 一瞬、通信回線が静まり返る。

 次の瞬間。

 兵士達の声に熱が混じった。

 

『ついに見つけたぞ……!』

『異端者共の巣穴だ!』

『オーラの敵を根絶やしにしろ!』

 

 武装システム起動。

 レーザー機銃通電。

 ミサイルロック準備。

 ダートファイター隊が陣形を変える。

 暗黒の宇宙で、複数の赤い照準光が小惑星へ向けられた。

 

『司令部へ緊急打電』

『反乱分子の衛星基地を発見』

『繰り返す、解放同盟基地を発見した』

 

 通信士の声は興奮に震えていた。

 それはまるで。

 神敵を狩る狂信者の歓喜だった。

 小惑星帯の静寂が崩れていく。

 ついに。

 解放同盟の隠れ家は見つかってしまった。

 

 

 ***

 

 

 警報が鳴り響いていた。

 赤色灯が明滅し、衛星基地内部をけたたましいサイレンが満たしている。

 

『緊急警報! 緊急警報!』

『セントクルセイダース部隊接近!』

『全戦闘員は直ちに迎撃態勢へ移行せよ!』

『非戦闘員は第三ブロックより脱出開始!』

 

 通路を人々が駆け抜ける。

 武器コンテナを運ぶ者。

 負傷者を支える者。

 データ端末を抱えて走る通信員。

 格納庫では整備員達が怒鳴り声を飛ばしながらHファイターへ弾薬を積み込んでいた。

 だが。

 その混乱は、意外なほど秩序立っていた。

 誰もパニックになっていない。

 叫び声も、泣き声もない。

 全員が“こういう事態”に慣れていた。

 解放同盟にとって、基地発見は珍しい事ではない。

 むしろ日常だった。

 見つかれば捨てる。

 また別の隠れ家を作る。

 それを延々と繰り返してきたのだ。

 

「第四倉庫の爆薬搬出急げ!」

「医療班は二番シャトルへ!」

「通信ログ全部消去しろ!」

「残せる物だけ持ってけ!時間がない!」

 

 怒号が飛び交う。

 それでも動きには無駄がない。

 まるで何十回も訓練した避難演習のようだった。

 その様子を見ながら、ジョンは格納庫でHファイターの乗降ラダーへ足をかけていた。

 

「……マジで戦争だな」

 

 思わず呟く。

 数日前までジャンク屋だった男の台詞とは思えなかった。

 しかし、もう現実逃避している余裕はない。

 格納庫シャッターの向こうでは、既に複数の爆発光が見えていた。

 セントクルセイダースの先遣隊が攻撃を開始しているのだ。

 その時、アメリアが駆け寄ってきた。

 

「ジョン!」

 

 息を切らしながら、彼女はヘルメットを抱えている。

 

「敵の数、多い!ダートファイターだけじゃない、後続も来る!」

「だから時間稼ぎが必要ってわけか」

「うん……!」

 

 ジョンは苦々しく笑った。

 結局こうなる。

 逃げる為には戦わなければならない。

 実に宇宙らしい理不尽だった。

 すると、近くの整備台からエシモフ軍曹の声が響いた。

 

『ジョン君!ワガハイも同行するぞ!』

「はぁ!?」

 

 ジョンは思わず振り返る。

 半球状のボディ。

 短いアーム。

 バケツみたいな頭。

 どう見ても掃除ロボでしかないエシモフ軍曹が、整備員用カートへ乗せられてこちらへ運ばれてきていた。

 

『Hファイターの補助AIスロットへワガハイを接続する!戦術支援、索敵補助、射撃補正、全て可能である!』

「いや待て、お前そういう事できんの!?」

『伊達に伝説の軍人シュン・ヒラノの技術を継承しておらん!ワガハイは高性能なのだ!』

「見た目がお掃除ロボなんだよなぁ……」

 

 ジョンは頭を抱えた。

 シュン・ヒラノというのは宇宙戦争時代に活躍した名パイロットであり、エシモフ軍曹がその戦闘データを学習しているというのは以前より聞いていた。

 しかし、いかんせん見た目がお掃除ロボである以上、どうしても頼り甲斐を感じることができない。

 だが、今は文句を言っている暇もない。

 整備員達が手際よくエシモフ軍曹をHファイター後部の補助ユニットへ接続していく。

 

『接続開始、戦術リンク正常!ふはは!実に懐かしい感覚である!』

「テンション高ぇなこのロボ……」

 

 ジョンは呆れながらコクピットへ乗り込む。

 薄暗い内部。

 古びた計器。

 擦り切れた操縦桿。

 中古機体特有の油臭さ。

 だがエンジンだけはしっかり整備されていた。

 解放同盟にとって、Hファイターは命綱なのだ。

 

『ジョン君』

 

 エシモフ軍曹の声が響く。

 

『すまぬ。本来なら、君のような一般市民を巻き込むべきではなかった』

「今さらだろ」

 

 ジョンはシートへ深く座り込む。

 

「ここまで来たら、もう運命共同体だ」

『……恩に着る』

 

 その時。

 格納庫入口からセリアが走ってきた。

 

「ジョン!」

 

 紫の髪を揺らしながら、彼女は不安げにこちらを見る。

 

「本当に行くの?」

「ああ」

「危険よ?」

「危険じゃない状況なんて最初から無かったろ」

 

 ジョンは苦笑した。

 

「セリア、お前はラクーン号へ戻れ。皆と一緒に脱出しろ」

「でも――」

「俺が出ていったら船を動かせるのはお前だ」

 

 ジョンは真っ直ぐセリアを見る。

 

「ラクーン号まで失ったら俺達終わりなんだよ」

 

 セリアは黙り込んだ。

 人工知能による高速演算。

 損耗率計算。

 生存率。

 様々な数字が頭を駆け巡る。

 だが、そのどれとも違うノイズが彼女の内部でざわついていた。

 

「……ちゃんと戻ってきなさいよ」

 

 絞り出すような声だった。

 ジョンは笑う。

 

「善処する」

「それ死亡フラグっぽいからやめてくれない?」

「知らねぇよ」

 

 その時。

 格納庫全体へ警報が轟いた。

 

『敵機接近!』

『第一防衛ライン突破!』

『迎撃機発進急げ!』

 

 ジョンはヘルメットを被る。

 キャノピー閉鎖。

 計器起動。

 エンジン始動。

 Hファイターが低く唸りを上げた。

 

『行くぞジョン君!』

「おうよ!」

 

 カタパルトへ機体が固定される。

 前方シャッターが開き、宇宙が見えた。

 暗黒。

 そして遠方に瞬くレーザー光。

 既に戦闘は始まっている。

 

『発進シークエンス開始』

『Hファイター、出る!』

 

 轟音。

 次の瞬間、ジョン機はカタパルトから射出された。

 青白い推進炎を吹かせ、暗黒の宇宙へ飛び出していく。

 

 その姿を。

 セリアは格納庫の隅から静かに見送っていた。

 遠ざかっていくHファイター。

 小さくなっていく機影。

 胸部内部で、また妙なノイズが走る。

 締め付けられるような感覚。

 不安。

 焦燥。

 寂しさ。

 AI辞書に存在する感情定義が次々と照合されていく。

 だが、完全一致する答えは出ない。

 

「……ちゃんと帰ってきなさいよ、バカ」

 

 セリアは小さく呟いた。

 その声は、爆音に掻き消されて誰にも届かなかった。

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