宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
惑星バスタゴア宙域。
恒星の光すら届きにくい暗黒の空間を、複数の青白い推進炎が一直線に走り抜けていた。
ダートファイター。
セントクルセイダースが主力機として大量運用している宇宙戦闘機である。
とはいえ、その正体は極めて安っぽい。
銀河中で土木作業や資源採掘に使われている民間用作業ポッド――ダートポッドを無理やり軍用改造しただけの代物だった。
丸い本体。
簡易フレーム。
薄い装甲。
そこへ飛行用ウイングと大型推進器、レーザー機銃、簡易ミサイルラックを取り付けただけ。
防御力は皆無。
まともな軍用機と撃ち合えば数発で爆散する。
だが安い。
とにかく安い。
大量生産できる。
そして操縦者が死んでも補充が効く。
ガルダ党にとって重要なのはそこだった。
オーラ教へ心酔した兵士を大量に宇宙へ飛ばし、“異端”を圧殺する。
その為だけに存在する機体。
それがダートファイターだった。
宇宙空間を進む編隊は、まるで猛禽類の群れのようだった。
機体下面のセンサーライトが暗闇を走査し、小惑星群を青白く照らしていく。
先頭を飛ぶ指揮官機のコクピットでは、一人のセントクルセイダース兵が無言でモニターを睨みつけていた。
青い強化服。
円筒状ヘルメット。
感情を押し殺したような姿。
その様相は、もはや人間というより宗教的機械人形だった。
『第三哨戒群より各機へ』
通信回線に低い声が響く。
『これまでの交戦記録を再分析した結果、反乱分子共は小惑星帯内部に補給拠点を隠している可能性が高い』
『周辺宙域を徹底捜索せよ』
各機から即座に応答が返る。
『了解』
『オーラは最も偉大なり』
『異端者共へ裁きを』
まるで祈りの唱和だった。
推進炎が一斉に瞬く。
編隊は巨大な小惑星帯へ侵入していった。
そこは天然の迷宮だった。
無数の岩塊。
資源採掘で削られた小惑星。
過去の宇宙戦争で破壊された巡洋艦の残骸。
朽ち果てた輸送コンテナ。
漂流する金属片。
デブリ。
それらが複雑に重なり合い、巨大な立体迷路を形成している。
普通の民間船なら、こんな危険地帯へ近づこうともしない。
だが、だからこそ隠れ家には最適だった。
ダートファイター隊は慎重に速度を落とす。
レーダー波照射。
熱源探査。
重力偏差測定。
通信傍受。
各機のセンサー情報がリアルタイムで共有されていく。
『反応なし』
『こちらも異常なし』
『デブリのみ確認』
淡々とした報告が続く。
しかし。
指揮官機の隊員は眉をひそめていた。
『……妙だな』
『何がですか』
『前回交戦した解放同盟機の退避ルートだ』
モニター上に航跡データが表示される。
『この辺りで急激にセンサー反応が消えている』
『通常航行では有り得ん』
『意図的に隠れている可能性が高い』
『つまり――』
『近いぞ』
その時だった。
一機のダートファイターから声が上がる。
『待て』
『微弱熱源反応を探知』
空気が変わる。
『座標を送れ』
『送信しました』
モニター上に赤いポイントが表示される。
小惑星帯中心部。
一際巨大な岩塊。
一見すればただの小惑星だ。
だが。
『熱源が不自然です』
『自然冷却パターンではありません』
『人工排熱の可能性大』
指揮官機が即座に命令を飛ばす。
『全機、距離を維持しろ』
『スキャン出力最大』
『対象を拡大投影する』
小惑星の映像が拡大される。
粗い岩肌。
クレーター。
ひび割れ。
その中に。
不自然な直線があった。
『……ハッチだ』
誰かが呟く。
さらに解析が進む。
偽装シャッター。
排熱ダクト。
通信アンテナ。
金属反応。
人工構造物。
次々と浮かび上がる。
そして。
決定的なものが検出された。
『艦船反応確認!』
『内部に複数の機動兵器らしき熱源!』
『間違いない――』
指揮官機の声が低く響く。
『解放同盟の隠匿基地だ』
一瞬、通信回線が静まり返る。
次の瞬間。
兵士達の声に熱が混じった。
『ついに見つけたぞ……!』
『異端者共の巣穴だ!』
『オーラの敵を根絶やしにしろ!』
武装システム起動。
レーザー機銃通電。
ミサイルロック準備。
ダートファイター隊が陣形を変える。
暗黒の宇宙で、複数の赤い照準光が小惑星へ向けられた。
『司令部へ緊急打電』
『反乱分子の衛星基地を発見』
『繰り返す、解放同盟基地を発見した』
通信士の声は興奮に震えていた。
それはまるで。
神敵を狩る狂信者の歓喜だった。
小惑星帯の静寂が崩れていく。
ついに。
解放同盟の隠れ家は見つかってしまった。
***
警報が鳴り響いていた。
赤色灯が明滅し、衛星基地内部をけたたましいサイレンが満たしている。
『緊急警報! 緊急警報!』
『セントクルセイダース部隊接近!』
『全戦闘員は直ちに迎撃態勢へ移行せよ!』
『非戦闘員は第三ブロックより脱出開始!』
通路を人々が駆け抜ける。
武器コンテナを運ぶ者。
負傷者を支える者。
データ端末を抱えて走る通信員。
格納庫では整備員達が怒鳴り声を飛ばしながらHファイターへ弾薬を積み込んでいた。
だが。
その混乱は、意外なほど秩序立っていた。
誰もパニックになっていない。
叫び声も、泣き声もない。
全員が“こういう事態”に慣れていた。
解放同盟にとって、基地発見は珍しい事ではない。
むしろ日常だった。
見つかれば捨てる。
また別の隠れ家を作る。
それを延々と繰り返してきたのだ。
「第四倉庫の爆薬搬出急げ!」
「医療班は二番シャトルへ!」
「通信ログ全部消去しろ!」
「残せる物だけ持ってけ!時間がない!」
怒号が飛び交う。
それでも動きには無駄がない。
まるで何十回も訓練した避難演習のようだった。
その様子を見ながら、ジョンは格納庫でHファイターの乗降ラダーへ足をかけていた。
「……マジで戦争だな」
思わず呟く。
数日前までジャンク屋だった男の台詞とは思えなかった。
しかし、もう現実逃避している余裕はない。
格納庫シャッターの向こうでは、既に複数の爆発光が見えていた。
セントクルセイダースの先遣隊が攻撃を開始しているのだ。
その時、アメリアが駆け寄ってきた。
「ジョン!」
息を切らしながら、彼女はヘルメットを抱えている。
「敵の数、多い!ダートファイターだけじゃない、後続も来る!」
「だから時間稼ぎが必要ってわけか」
「うん……!」
ジョンは苦々しく笑った。
結局こうなる。
逃げる為には戦わなければならない。
実に宇宙らしい理不尽だった。
すると、近くの整備台からエシモフ軍曹の声が響いた。
『ジョン君!ワガハイも同行するぞ!』
「はぁ!?」
ジョンは思わず振り返る。
半球状のボディ。
短いアーム。
バケツみたいな頭。
どう見ても掃除ロボでしかないエシモフ軍曹が、整備員用カートへ乗せられてこちらへ運ばれてきていた。
『Hファイターの補助AIスロットへワガハイを接続する!戦術支援、索敵補助、射撃補正、全て可能である!』
「いや待て、お前そういう事できんの!?」
『伊達に伝説の軍人シュン・ヒラノの技術を継承しておらん!ワガハイは高性能なのだ!』
「見た目がお掃除ロボなんだよなぁ……」
ジョンは頭を抱えた。
シュン・ヒラノというのは宇宙戦争時代に活躍した名パイロットであり、エシモフ軍曹がその戦闘データを学習しているというのは以前より聞いていた。
しかし、いかんせん見た目がお掃除ロボである以上、どうしても頼り甲斐を感じることができない。
だが、今は文句を言っている暇もない。
整備員達が手際よくエシモフ軍曹をHファイター後部の補助ユニットへ接続していく。
『接続開始、戦術リンク正常!ふはは!実に懐かしい感覚である!』
「テンション高ぇなこのロボ……」
ジョンは呆れながらコクピットへ乗り込む。
薄暗い内部。
古びた計器。
擦り切れた操縦桿。
中古機体特有の油臭さ。
だがエンジンだけはしっかり整備されていた。
解放同盟にとって、Hファイターは命綱なのだ。
『ジョン君』
エシモフ軍曹の声が響く。
『すまぬ。本来なら、君のような一般市民を巻き込むべきではなかった』
「今さらだろ」
ジョンはシートへ深く座り込む。
「ここまで来たら、もう運命共同体だ」
『……恩に着る』
その時。
格納庫入口からセリアが走ってきた。
「ジョン!」
紫の髪を揺らしながら、彼女は不安げにこちらを見る。
「本当に行くの?」
「ああ」
「危険よ?」
「危険じゃない状況なんて最初から無かったろ」
ジョンは苦笑した。
「セリア、お前はラクーン号へ戻れ。皆と一緒に脱出しろ」
「でも――」
「俺が出ていったら船を動かせるのはお前だ」
ジョンは真っ直ぐセリアを見る。
「ラクーン号まで失ったら俺達終わりなんだよ」
セリアは黙り込んだ。
人工知能による高速演算。
損耗率計算。
生存率。
様々な数字が頭を駆け巡る。
だが、そのどれとも違うノイズが彼女の内部でざわついていた。
「……ちゃんと戻ってきなさいよ」
絞り出すような声だった。
ジョンは笑う。
「善処する」
「それ死亡フラグっぽいからやめてくれない?」
「知らねぇよ」
その時。
格納庫全体へ警報が轟いた。
『敵機接近!』
『第一防衛ライン突破!』
『迎撃機発進急げ!』
ジョンはヘルメットを被る。
キャノピー閉鎖。
計器起動。
エンジン始動。
Hファイターが低く唸りを上げた。
『行くぞジョン君!』
「おうよ!」
カタパルトへ機体が固定される。
前方シャッターが開き、宇宙が見えた。
暗黒。
そして遠方に瞬くレーザー光。
既に戦闘は始まっている。
『発進シークエンス開始』
『Hファイター、出る!』
轟音。
次の瞬間、ジョン機はカタパルトから射出された。
青白い推進炎を吹かせ、暗黒の宇宙へ飛び出していく。
その姿を。
セリアは格納庫の隅から静かに見送っていた。
遠ざかっていくHファイター。
小さくなっていく機影。
胸部内部で、また妙なノイズが走る。
締め付けられるような感覚。
不安。
焦燥。
寂しさ。
AI辞書に存在する感情定義が次々と照合されていく。
だが、完全一致する答えは出ない。
「……ちゃんと帰ってきなさいよ、バカ」
セリアは小さく呟いた。
その声は、爆音に掻き消されて誰にも届かなかった。