宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
6.
【前回のあらすじ】
フリーのジャンク屋ジョン・サトウは、相棒であるセクサロイドのセリアと共に、廃棄された宇宙ステーションで戦利品を漁っていた。
そこで遭遇したのは、ヤシガニ型の無人戦闘ロボット。
死闘の末にこれを撃破し、コアユニットを回収することに成功する。
だが、その“お宝”はただのスクラップではなかった。
船内に持ち帰ったコアは自己修復を開始し、やがて船のシステムへ侵食。
触手のような構造でラクーン号を内側から乗っ取ろうとする。
ジョンとセリアは船内での死闘の末、コアをエアロックから宇宙へと放逐。辛くも勝利を収めた。
――しかし。
その代償として、ラクーン号は深刻なダメージを負うことになる。
***
そして、現在。
ラクーン号は――ボロボロだった。
「……見なきゃよかった」
ジョンは整備ハッチを開けたまま、深いため息をついた。
視界いっぱいに広がるのは、機械の墓場のような光景だ。
焼け焦げた配線が束になって垂れ下がり、ところどころでスパークの痕跡が黒くこびりついている。
フレームは歪み、明らかに設計図とは違う角度でねじ曲がっている箇所がいくつもあった。
さらには――
「なんでこれ、溶けてんだよ……」
触手に侵食されていた部分の金属が、まるで蝋のように歪んで固まっている。
人間の感覚では説明しづらい“壊れ方”。
あのコアが残した痕跡は、確実に普通ではなかった。
「だから言ったでしょ、綱渡りだって」
後ろから、セリアの声が飛ぶ。
いつものように軽い口調だが、今回はほんの少しだけ棘がある。
「結果的に助かったからいいじゃねえか」
「結果論ね」
「人生そんなもんだろ」
ジョンは肩をすくめるが、その表情は冴えない。
工具を片手に持ったまま、しばらく無言で船内を見渡す。
ここは彼の“家”であり、“仕事場”であり、“唯一の拠点”だ。
それが今や、半壊している。
「……で」
セリアが淡々と続ける。
「見積もりは?」
「……聞きたいか?」
「聞きたくないけど聞く」
ジョンは観念したように端末を操作する。
内部スキャンと修理ログを統合した、ざっくりとした修復コスト。
それが、ホログラムで表示された。
そして。
「……は?」
セリアが、珍しく言葉を失った。
紫の瞳が、わずかに見開かれる。
「ゼロ、一個多くない?」
「俺もそう思った」
「これ、軽く船買えるわよ」
「半分くらい作り直しだからな……」
ジョンは乾いた笑いを漏らす。
笑っていない。
笑うしかないだけだ。
「で?」
セリアが腕を組む。
「どうするの?」
「……ローン組んだ」
「は?」
間髪入れずの返答だった。
「もう組んだ」
「早いわね!?」
「悩んでも変わらねえからな」
「開き直りが早すぎる」
「判断力はあるんだよ」
「その方向が正しいかはともかく」
短い沈黙が落ちる。
船内の機械音だけが、妙に大きく感じられた。
「……で」
セリアがぽつりと聞く。
「返せるの?」
「返せるわけねえだろ」
「でしょうね」
即答だった。
ジョンは壁に背中を預け、ずるずると座り込む。
「ジャンク回収でコツコツやっても、これ無理だぞ……」
「十年コースね」
「そんなに生きてる気がしない」
「それもそう」
慰めはない。
現実だけがある。
「……一発逆転だな」
ジョンがぼそりと呟く。
「はい出ました危険思想」
「でも事実だろ」
「まあね」
セリアも否定しない。
この額は、堅実にどうこうできる範囲を超えている。
必要なのは、奇跡か、無茶か、その両方だ。
そのときだった。
ピコン、と軽い電子音が鳴る。
「ん?」
ジョンが顔を上げる。
モニターに自動受信された広域ニュースが表示されていた。
娯楽チャンネルの一つ。
普段なら流し見するだけの情報だ。
だが。
「……なんだこれ」
映し出されたのは――
砂嵐のように舞う土煙。
轟音。
そして。
巨大な“戦車”。
『――今年もやってきた!惑星ガルパ・ウエスターシティ名物!タンクバトル大会!!』
派手なナレーション。
画面の中で、戦車同士が砲撃を交わす。
爆発。衝撃波。観客の歓声。
どう見ても命がけの競技だ。
「……うわ」
ジョンは顔をしかめる。
「なにこれ、物騒すぎるだろ」
「楽しそうじゃない」
セリアは真逆の反応を示した。
「は?」
「賞金、見てみなさい」
「賞金?」
ジョンは言われるまま表示を切り替える。
そして。
固まった。
「……おい」
「なに」
「これ、桁合ってるか?」
「合ってるわよ」
表示された数字。
それは。
さっき見た修理費と――ほぼ同じ額だった。
「マジかよ」
ジョンの目が、ゆっくりと輝き始める。
「優勝すれば」
「ええ」
「一発で全部チャラ」
「理論上はね」
沈黙。
数秒。
そして。
「……行くか」
ぽつりと呟く。
「でしょうね」
セリアは即答した。
「止めないのかよ」
「止めても行くでしょ」
「まあな」
「なら協力する方が効率的」
合理的すぎる判断。
だが、間違ってはいない。
「でも戦車どうすんだよ」
「現地で何とかするしかないわね」
「いつも通りだな」
「いつも通りね」
ジョンはゆっくりと立ち上がる。
さっきまでの絶望は、どこかへ消えていた。
代わりにあるのは――
無謀な賭けへの高揚。
「よし、決まりだ」
「行き先は?」
「惑星ガルパ」
「航路設定するわ」
セリアが操作を開始する。
ラクーン号が、ゆっくりと向きを変える。
傷だらけの船体が、それでも前へ進む。
「借金返済バトル、スタートだな」
「ネーミングセンス最悪ね」
「いいだろ別に」
ジョンは笑う。
不安はある。
だが、それ以上に――
“やるしかない”という現実がある。
「……なあセリア」
「なに?」
「俺、勝てると思うか?」
少しだけ真面目な声。
セリアは一瞬だけ考えた。
そして。
「五分五分」
「微妙だな」
「でも」
ほんの少しだけ、柔らかく続ける。
「負けるよりはマシでしょ」
「それはそうだ」
ジョンは頷く。
宇宙のどこかで。
またしても、無茶な挑戦が始まる。
今度の舞台は――砂の惑星。
そして相手は、戦車。
ジャンク屋の運命は、またしても“拾い物”に賭けられることになった。
***
惑星ガルパは、“乾いているのに重い”星だった。
ラクーン号のハッチが開いた瞬間、外気が一気に流れ込む。
それは単なる熱風ではない。微細な砂粒を含んだ、ざらついた空気だ。
肌に触れる感触が、どこか不快にまとわりつく。
「……うわ」
ジョンは思わず顔をしかめた。
鼻の奥がむずむずする。喉に引っかかるような感覚。
「なんだこれ……息しづらくないか」
「粒子濃度が高いのよ」
セリアは先に降り立ち、外の空気を分析している。
「大気自体は問題ないけど、砂塵が多い。要するに――」
一拍置いて、あっさり言う。
「空気が汚い」
「最悪の言い方だな」
ジョンは苦笑しつつも、外へ降りた。
靴底が砂を踏みしめる。
サラサラではない。どこか湿り気を含んだような、重たい砂。
視線を上げる。
そこに広がっていたのは――ウエスターシティ。
街、というより“積み上げた廃材の集合体”だった。
金属板を無理やり接ぎ合わせた壁。
斜めに傾いたまま補強された建物。
配管や電線が外に剥き出しのまま、蜘蛛の巣のように絡み合っている。
統一感はない。美しさもない。
だが――
妙な迫力がある。
『――タンクバトル大会、本日も絶賛開催中!!観客の皆様、命の保証はいたしません!!』
スピーカーから流れるナレーションは、妙にテンションが高い。
そしてその直後。
ドンッ!!
遠くで爆発音。
わずかに地面が震えた。
「……今の冗談じゃないよな?」
「ええ、たぶん実弾」
セリアは淡々と答える。
「観客向けのデモ戦よ」
「デモでそれかよ……」
ジョンは思わず空を見上げる。
砂煙の向こうに、巨大な影が動いているのが見えた。
戦車だ。
しかも、ただの戦車ではない。
砲塔がやけに大きく、装甲も分厚い。
「……やべえ場所来たな」
「今さらでしょ」
セリアは軽く肩をすくめる。
「帰る?」
「帰ったら借金返せねえだろ」
「正論ね」
二人は歩き出した。
通りに入ると、さらに雑多さが増す。
露店、酒場、即席の整備ブース。
武器らしきものを堂々と売っている店すらある。
人も多い。
観光客、傭兵、整備士、そして――明らかに危ない連中。
視線が刺さる。
好奇心、警戒、値踏み。
「……なあ」
ジョンが小声で言う。
「めっちゃ見られてない?」
「見られてるわね」
「なんか嫌なんだけど」
「よそ者は目立つのよ」
セリアは気にした様子もない。
「そのうち慣れる」
「慣れたくねえなあ」
そのまま歩くこと数分。
ジョンがふと足を止めた。
「……あそこ」
視線の先。
通りの外れにある、小さな整備工場。
看板は半分外れ、文字もかすれている。
壁には打痕と焦げ跡。
シャッターには無数の傷。
だが、完全に廃墟ではない。
中に、動きがある。
そして。
「だから言ってるでしょ!!ここは渡さないって!!」
少女の怒鳴り声が響いた。
「……トラブルだな」
「関わる気?」
セリアが横目で見る。
ジョンは少し考えて――
「まあ、ちょっとだけ」
と答えた。
そして、扉を押し開ける。
中は、さらに荒れていた。
工具が散乱し、パーツが積み上がり、油の匂いが濃い。
その中央で、三人が向き合っている。
「ガキは黙ってろって言ってんだろ!」
「ガキじゃない!!ミューディ・ユッカーよ!!」
少女――ミューディは一歩も引かない。
ドレッドヘアが揺れ、目は鋭く光っている。
タンクトップに短パンというラフな格好。
だが、その体つきは――明らかに目を引く。
「……」
ジョンの視線が止まる。
じーっと見る。
数秒。
さらにじーっと見る。
そして。
「……いい」
ボソッと漏れる。
口元が緩む。
完全にニヤけている。
次の瞬間。
ゴンッ!!
「いってぇ!?」
セリアの肘が、容赦なく脇腹にめり込んだ。
「見すぎ」
「いや、だって」
「黙って」
「はい……」
条件反射で従う。
ミューディは一瞬きょとんとした後、クスッと笑った。
「なにそれ、教育されてんの?」
「まあな……」
ジョンは咳払いして誤魔化し、前に出る。
そして、わざとらしく肩を鳴らした。
「で」
声を低くする。
「女の子に手ぇ上げるとか、カッコ悪くねえか?」
言ってみたかった。
完全にそれっぽいセリフ。
自分でも少し気持ちよくなっている。
男たちがゆっくり振り返る。
「……誰だテメェ」
「通りすがりの――」
一拍置いて。
「ジャンク屋だ」
決まった。
ジョンの中では完璧だった。
だが。
「帰れ」
即答だった。
「いや、そういうわけにも――」
「帰れって言ってんだよ」
「……」
ジョンの中で、何かが引っかかる。
ここで引くとダサい。
というか、もうカッコつけてしまった。
引けない。
「……やるか」
結局そうなる。
ミューディの目が輝く。
「お、やる気じゃん」
ジョンは工具を握る。
構える。
「来いよ」
男が一歩前に出る。
「後悔すんなよ?」
「しねえよ」
次の瞬間。
ドゴッ!!
「ぐほぁっ!?」
ジョンが吹っ飛んだ。
空気が抜ける音とともに、身体が宙を舞う。
そして床を転がり、壁に激突。
「がっ……!」
「は?」
ミューディが固まる。
ジョンはよろよろと起き上がろうとする。
「い、今のは……」
言い訳する前に。
ボコッ!ドスッ!バキッ!
「ぐえっ!!」
「弱っ!!」
ミューディが思わず叫ぶ。
「なんで出てきたの!?」
「流れで……!」
完全にノリだった。
ジョンはあっさりボコボコにされる。
パンチを受け、蹴られ、再び床に転がる。
情けない。
非常に情けない。
「もういい」
セリアが一歩前に出た。
静かに。
だが、空気が変わる。
「そこまで」
「は?」
男が振り返る。
「なんだお前」
「パートナー」
短く答える。
そして、ゆっくりと近づく。
「退いて」
「は?女がしゃしゃ――」
言葉は途中で止まった。
ガシッ。
セリアの手が、男の腕を掴む。
「……え?」
ミシッ。
「いっっっ!?!?」
異様な音。
人間の関節ではあり得ない圧力。
「離してほしい?」
無機質な声。
だが、どこか冷たい。
「は、離せ……!」
「分かった」
ドンッ!!
そのまま床に叩きつける。
もう一人が慌てて突っ込んでくる。
「なにしやが――」
拳を振るう。
だが、当たらない。
セリアは最小の動きで回避し――腹部に掌打。
「ぐっ……!」
空気が抜ける。
さらに、軽く持ち上げて。
壁に押し付ける。
ドンッ。
逃げ場はない。
「……まだやる?」
静かな声。
二人は完全に沈黙した。
「……帰る」
「賢明」
解放。
男たちは一目散に逃げていった。
静寂。
そして。
「……」
「……」
ミューディがゆっくり振り返る。
床には――
うずくまるジョン。
「……なにしてんのあんた」
「いや……ちょっと油断した」
「完全に負けてたよね」
「流れ的に勝つ予定だった」
「予定って何」
セリアがため息をつく。
「無駄にダメージ受けないで」
「フォロー早くない?」
「必要なかったでしょ」
「まあな……」
ジョンは痛む体をさすりながら立ち上がる。
そして。
「で」
ミューディが腕を組む。
「名前は?」
「ジョン」
「ジョンね」
ニヤリと笑う。
「タンクバトル出るんでしょ?」
「まあな」
「ならちょうどいい」
指を突きつける。
「ドン・ジーツーをぶっ潰して!」
「ドン・ジーツーって誰?」
即答。
ミューディが呆れる。
「この街で一番最悪なやつ」
吐き捨てるように言う。
「元軍人で、今は金持ち。土地を奪うのが趣味」
「ここも?」
「そう」
短く頷く。
「大会で勝てば手を引くって言ってる」
「分かりやすいな」
ジョンは頷く。
そして少しだけ考え――
「いいぜ」
と答えた。
「どうせ金もいるしな」
「決まり!」
ミューディは笑う。
そして、奥を指差した。
「じゃあ来て」
工場の奥へ進む。
空気がさらに濃くなる。
油と鉄の匂い。
そして。
「……おい」
ジョンが足を止めた。
そこにあったのは――
巨大な残骸。
戦車。
だが、完全に壊れている。
装甲は剥がれ、内部は露出し、履帯は崩壊。
砲塔は傾き、もはや動くとは思えない。
「これ……」
「そう」
ミューディは笑う。
「ジーヘッド」
誇らしげに。
「半壊だけどね」
沈黙。
数秒。
「……無理じゃね?」
「やるのよ」
セリアが即答した。
こうして。
無謀な計画が、動き出した。