宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
宇宙は静かだった。
だが、その静寂は既に死んでいた。
小惑星帯の暗闇を切り裂くように、無数の青白い推進炎が迫ってくる。
ダートファイター群。
セントクルセイダースの主力戦闘機部隊である。
数は二十を超えていた。
さらにその後方。
巨大な艦影がゆっくりと姿を現す。
ムジカ級宇宙戦艦。
セントクルセイダースが運用する中型戦艦だった。
全長数百メートル。
灰色の艦体側面には四門の大型レーザー砲。
艦首にはオーラ教の紋章。
無数の砲塔とアンテナを備えたその姿は、まるで宇宙に浮かぶ鉄の城だった。
艦橋部分から通信が発せられる。
『異端者共へ告ぐ』
『貴様らはオーラの教えに逆らい、惑星秩序を乱した重大犯罪者である』
『直ちに投降せよ』
『抵抗した場合、浄化を執行する』
冷たい声だった。
そこに慈悲はない。
あるのは絶対的な正義を信じ込んだ狂信だけだった。
その通信を、解放同盟側は鼻で笑い飛ばしていた。
『こちら解放同盟迎撃隊!』
『いつものお題目だ、気にするな!』
『どうせ投降しても処刑だ!』
『だったら最後まで暴れてやれ!』
小惑星内部の隠し格納庫から、次々とHファイターが射出されていく。
古びた機体。
継ぎ接ぎだらけの装甲。
しかし、そのエンジンは力強く燃えていた。
生き延びる為に。
自由を掴む為に。
解放同盟の兵士達は宇宙へ飛び出していく。
「アメリア機、出る!」
最初に飛び出した黒いHファイターが急加速する。
機体側面に描かれた髑髏マーク。
アメリア機だ。
彼女は迷いなく操縦桿を倒した。
Hファイターが小惑星の陰を滑るように飛び、ダートファイター編隊へ突っ込んでいく。
『敵機接近!』
『速い――!?』
ダートファイター側が反応した時にはもう遅かった。
アメリア機のレーザーバルカンが火を噴く。
閃光。
直撃。
一機目のダートファイターが火球へ変わった。
さらに。
アメリアは爆発の横を掠めるように通過し、そのまま機体をロールさせる。
「どきなッ!」
レーザー連射。
二機目。
三機目。
立て続けに撃墜。
薄装甲のダートファイターは、一度捕まれば脆かった。
爆発光が暗黒の宇宙へ次々と広がる。
『な、何だこいつは!?』
『回り込まれている!』
『包囲しろ!』
しかしアメリアは止まらない。
小惑星の隙間を縫うように飛ぶ。
デブリを盾にする。
急制動からの急旋回。
まるで宇宙そのものを泳いでいるような機動だった。
「バケツ頭なんかに捕まってたまるかッ!」
彼女の声と同時にミサイル発射。
二発の小型ミサイルが尾を引き、逃げようとしたダートファイターへ命中する。
爆散。
破片が飛び散る。
『アメリア機、敵三機撃墜!』
『まだ行くよ!』
その戦いぶりに、ジョンは思わず呆気に取られていた。
「……あれで十八歳ってマジかよあいつ」
『非常に優秀であるな』
補助AIとして接続されたエシモフ軍曹が言う。
『若いが、実戦経験は豊富である。この内戦で育った子供達は皆、戦い慣れてしまっておる』
「笑えねぇ話だ……!」
その時、警報が鳴る。
『ジョン君!右後方!』
「っ!?」
ジョンは反射的に操縦桿を引いた。
直後。
赤いレーザーが機体脇を掠めていく。
『敵機だ!』
「このっ!」
振り返る。
一機のダートファイターが追尾していた。
ジョンは歯を食いしばる。
怖い。
当然だ。
数日前までただのジャンク屋だった男である。
本物の戦闘など経験した事がない。
だが。
やるしかなかった。
「エシモフ!」
『敵機動予測を送る!』
モニター上へ赤い軌道線が表示される。
ジョンはそれに合わせて機体を旋回。
小惑星表面ギリギリを滑空する。
『うおっ!?』
『何をする気だジョン君!?』
「振り落とす!」
ジョン機が急上昇。
追ってきたダートファイターも続く。
その瞬間。
ジョンはスラスター逆噴射。
急制動。
ダートファイターが前へ飛び出した。
「今だ!」
レーザーバルカン発射。
青白い閃光が敵機を貫く。
爆発。
ダートファイターが火球となって砕け散った。
「や、やった……!」
『初撃墜おめでとうである!』
「祝ってる場合か!」
だが、その顔には確かに興奮が浮かんでいた。
恐怖と隣り合わせの高揚。
生き残った実感。
戦場の熱。
そして戦闘宙域では今も無数の光が交差していた。
Hファイター隊とダートファイター隊。
レーザー。
爆炎。
破片。
怒号。
悲鳴。
戦場と化した小惑星帯を、無数の光が飛び交っていた。
暗黒の宇宙が、まるで巨大な火薬庫のように明滅している。
解放同盟のHファイター隊は必死に抵抗していた。
旧式機とはいえ、地の利はこちらにある。
複雑に入り組んだ小惑星帯を利用し、解放同盟側は巧みにダートファイターを翻弄していた。
「右から二機!」
『了解!』
アメリア機が急旋回する。
黒いHファイターがデブリの隙間を滑り抜け、敵編隊の横腹へ回り込んだ。
「まとめて落ちなッ!」
レーザーバルカン掃射。
青白い閃光が宇宙を切り裂く。
一機目のダートファイターが爆発。
直後、誘爆した破片が二機目へ突き刺さる。
『うわああああっ!?』
二機目も火球と化した。
アメリアはその爆炎の中を突っ切る。
まるで恐怖という感情が存在しないかのような操縦だった。
『輸送艇、第二ブロック離脱!』
『第三格納庫閉鎖完了!』
『住民避難急げ!』
通信回線では怒号が飛び交っている。
衛星基地内部では今も脱出作業が続いていた。
格納庫から次々と輸送艇が発進し、小惑星帯の奥へ散っていく。
解放同盟は逃げ慣れていた。
基地が見つかれば捨てる。
また別の場所へ移る。
それを何年も繰り返してきたのだ。
だからこそ、混乱しながらも機能していた。
だが。
被害が出ていないわけではない。
『うわっ!?』
一機のHファイターがレーザー直撃を受ける。
右翼が吹き飛ぶ。
『エンジン停止! 脱出――』
言い終える前に爆発。
機体が四散する。
ジョンは息を呑んだ。
「……っ」
人が死んだ。
ついさっきまで通信していた誰かが、一瞬で消えた。
それが戦争だった。
『気を散らすなジョン君!』
エシモフ軍曹の声が飛ぶ。
『戦場では余所見した者から死ぬぞ!』
「わ、分かってる!」
ジョンは操縦桿を握り直した。
だがその時だった。
通信回線へ、聞いた事もない警報音が割り込んできた。
『高エネルギー反応探知!』
『待っ――これは!?』
『まさか!!』
全員が一斉に空を見た。
惑星バスタゴア上空。
衛星軌道上。
そこに浮かんでいる巨大な影。
ゴッド・オブ・ジャスティス。
セントクルセイダース最大の宇宙要塞。
その中央部が、不気味な赤光を放っていた。
『オメガ砲……!?』
誰かが絶望したように呟く。
次の瞬間だった。
宇宙が、光った。
視界が真っ白になる。
超巨大レーザー。
恒星のような閃光が一直線に放たれ、小惑星帯を貫いた。
音はない。
だが。
空間そのものが裂けたような衝撃が走る。
そして。
解放同盟の衛星基地があった小惑星が――消えた。
轟音すら置き去りにする圧倒的破壊。
巨大な小惑星が内側から弾け飛び、灼熱化した岩石が四方八方へ吹き飛ぶ。
爆炎。
衝撃波。
光。
破壊。
あまりにも一方的な殲滅だった。
『基地が……』
『そんな……』
『避難がまだ――!』
通信回線が混乱で埋まる。
悲鳴。
怒号。
泣き声。
今まで冷静だった解放同盟側が、一気にパニックへ陥っていた。
ジョンも息を呑む。
「ラクーン号……!」
頭に浮かんだのは、自分の船だった。
セリア。
ラクーン号。
脱出できたのか。
間に合ったのか。
もしまだ基地内部にいたら――
「セリア!!」
その一瞬の隙だった。
『ジョン君、危ない!!』
「っ!?」
警告。
だが遅い。
背後から飛来したレーザーがジョン機へ直撃した。
衝撃。
コクピットが激しく揺れる。
「うわあああっ!?」
警報が鳴り響く。
『左翼損傷!』
『推進系異常!』
『敵機接近!』
「しまっ――」
次々とダートファイターが迫る。
ジョン機は回避しようとするが、損傷した機体は思うように動かない。
そこへワイヤー弾が撃ち込まれた。
ガギンッ!!
機体へ金属アンカーが突き刺さる。
「何だこれ!?」
『捕獲ワイヤーである!』
『まずいぞ!』
さらに二本、三本。
ワイヤーがHファイターを拘束していく。
推進力を奪われ、ジョン機が強引に引きずられていく。
「くそっ!離せ!!」
スラスター全開。
だが動かない。
敵機が多すぎる。
『ジョン!!』
通信回線にアメリアの声が響く。
彼女のHファイターがこちらへ向かってくる。
だが。
『来るな!!』
ジョンは叫んだ。
「お前まで捕まる!」
『でも――!』
「行けッ!!」
その瞬間、ダートファイター隊がアメリア機へ集中砲火を浴びせる。
彼女は舌打ちしながら急回避した。
爆発光が周囲を埋め尽くす。
『……っ!!』
アメリア機は歯噛みするように旋回し、小惑星帯の奥へ離脱していく。
ジョンは拘束されたまま、その背中を見送る事しかできなかった。
やがて。
複数のダートファイターがジョン機を完全包囲する。
レーザー砲口がこちらを向いていた。
逃げ場はない。
ジョンは荒い息を吐いた。
「……殺すのか?」
通信越しに問う。
すると。
セントクルセイダース兵は、どこか誇らしげに答えた。
『オーラ教は慈悲深い』
『無抵抗の者を無意味に殺したりはしない』
『貴様は正式な裁きを受けるのだ』
その声音には、本気で善行だと思っている響きがあった。
だからこそ不気味だった。
ジョンは乾いた笑みを浮かべる。
「ハッ、殺さないだと……今すぐには、だろ」
皮肉。だがセントクルセイダース兵は反応しない。
まるで理解していない。
あるいは、理解する必要すら感じていない。
拘束されたHファイターは、そのままダートファイター隊に曳航されていく。
遠くでは、衛星基地の残骸が今も燃えていた。
解放同盟の隠れ家は消えた。
そしてジョンは――敵に捕らえられてしまった。