宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
惑星バスタゴア中央行政区。
夜。
かつては観光都市として名を馳せたその区域は、今や完全にガルダ党とオーラ教の権力中枢へ変貌していた。
空には巨大な投光ドローンが浮かび、都市全体を昼のように照らしている。
通りには武装したセントクルセイダース兵士達。
巨大モニターにはオーラ教の教義映像。
市民達は皆、俯いたまま足早に歩いていた。
笑顔はない。
活気もない。
あるのは監視と恐怖だけだった。
その都市中心部。
漆黒の夜空へ突き刺さるように建造された巨大建築――ガルダ党中央議事堂。
白い大理石で構成されたその建物は、宗教施設と宮殿と要塞を無理矢理混ぜ合わせたような異様な威圧感を放っていた。
何百メートルもある尖塔。
黄金の装飾。
巨大なオーラ教の紋章。
入り口には武装兵士。
壁面には「オーラは最も偉大なり」という巨大な聖句。
民衆へ施しをする余裕は無いと言いながら、この建物だけは毎年のように増築され続けている。
まさに支配者達の城だった。
その最上階。
党首専用プライベートルーム。
重厚な自動扉の奥では、外の世界とは切り離されたような静寂が広がっていた。
高級絨毯。
芸術品。
香炉から漂う甘い煙。
古代宗教画。
そして部屋中央に鎮座する、異様に巨大なベッド。
モハメッド・ルカイダルは、その上へ深々と腰掛けていた。
筋肉質な巨体。褐色の肌。深い髭。獣じみた威圧感。
その姿は宗教家というより、暴力そのものだった。
片手には黄金の酒杯。
もう片方の手には、豪奢な数珠。
祈りと欲望を同時に握りしめるような男だった。
ベッドの端では、一人の少女が小さく身体を縮こまらせている。
まだ十三歳。
最近“妻”として迎えられたばかりだった。
華奢な肩。
震える指先。
高価な衣装を着せられてはいるが、その瞳に生気はない。
怯え。恐怖。諦め。
その全てを押し殺すように、少女は俯いていた。
そこへ、空中にホログラム通信が展開される。
映し出されたのは、青い強化服姿の男。
セントクルセイダース司令官、ジバード・ダルケン。
『モハメッド閣下』
通信越しでも伝わるほど、彼の態度には絶対的忠誠が滲んでいた。
モハメッドは酒を揺らしながら、ゆっくりと笑う。
「報告を聞こう、ジバード」
『はっ。オメガ砲による照射作戦、成功しました。解放同盟の衛星基地は完全に消滅。敵施設反応、現在ゼロです』
その瞬間。
モハメッドは満足そうに口元を歪めた。
「クク……ようやくネズミ共の巣を焼き払えたか」
彼は愉快そうに笑う。
まるで害虫駆除の報告でも聞いているようだった。
「どうだった?奴らは泣き叫んだか?」
『はい。通信回線は混乱と悲鳴で埋め尽くされておりました。実に見苦しい最期でした』
「当然だ」
モハメッドは鼻で笑った。
「オーラに逆らった時点で、奴らの末路など決まっていた。人は正しい教えに従っていれば幸福に生きられる。それを拒むから苦しむのだ」
ジバードも深く頷く。
『まさしく、閣下のお言葉通りです。この星に必要なのは自由ではなく秩序。秩序を守るには恐怖が必要です』
「うむ」
モハメッドは満足げだった。
その会話を聞きながら、ベッドの少女は小さく震えている。
自由。
幸福。
その言葉が、自分達には決して向けられていない事を理解しているからだ。
だが、彼女に発言権はない。
この部屋では。
この惑星では。
弱者はただ従うしかなかった。
『それと、もう一件』
ジバードが続ける。
『解放同盟に協力していた外部人間を一名拘束しました』
「ほう?」
『ジョン・サトウ。ジャンク回収船の船長です』
モハメッドの目が細くなる。
「外の人間か」
『はい。銀河連合側の工作員である可能性もあります』
「……くだらん」
モハメッドは即座に切り捨てた。
「異端者と行動を共にした時点で同罪だ。理由など聞く必要もない」
『では処遇はいかがなさいますか』
その問いに、モハメッドは少し考えるように目を閉じる。
そして。
ゆっくりと笑った。
「公開処刑にしろ」
『はっ』
「経典に従い、正式な異端審問を行え。民衆にも見せるのだ。オーラに逆らった者がどうなるかをな」
『承知しました。すぐ準備へ移行します』
モハメッドは酒を飲み干す。
「恐怖はよい。恐怖は人を従順にする。そして従順な民は実に扱いやすい」
その言葉には、一片の罪悪感も無かった。
本気で自分が正義だと信じている声。
だからこそ恐ろしい。
『閣下、いずれこの星は完全なる理想郷となるでしょう』
ジバードが恍惚とした声で言う。
『オーラのみが支配する清浄なる世界に』
「ああ」
モハメッドは深く頷いた。
「その為なら何万人死のうと構わん。歴史とはそういうものだ」
通信が終了する。
ホログラムが消え、部屋に静寂が戻った。
モハメッドはゆっくりと立ち上がった。
重い足音。
一歩。また一歩。
少女へ近づいていく。
少女の肩がびくりと震えた。
恐怖で呼吸が浅くなる。
涙が滲む。だが逃げられない。
逃げ場など、この惑星のどこにも無かった。
モハメッドは少女を見下ろす。
その視線は、人間を見る目ではない。
所有物を見る目だった。
「……怯えるな」
彼は笑った。
「オーラは慈悲深い」
その言葉とは裏腹に、少女の瞳から涙が零れ落ちる。
窓の外では、巨大な議事堂が夜空にそびえていた。
まるで惑星バスタゴアそのものを押し潰す、巨大な怪物のように。
***
惑星バスタゴア衛星軌道上に、それはさながら地上を見下ろす神のように佇んでいる。
宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティス。
それはもはや「要塞」という言葉ですら生温い、巨大な人工天体だった。
漆黒の宇宙に浮かぶ鋼鉄の城。
全長数キロにも及ぶ巨大構造体。
無数の砲塔。
要塞各部に刻まれたオーラ教の紋章。
中央部には、衛星基地を一撃で消し飛ばした超巨大レーザー砲――オメガ砲。
まるで神の怒りそのものを形にしたような存在だった。
その内部。
捕虜収容区画。
金属製の通路を、ジョンは乱暴に引きずられていた。
「歩け異端者!」
背中を蹴飛ばされる。
「ぐっ……!」
ジョンはよろめきながらも何とか転倒を堪えた。
両手には拘束具。
服も所々焦げている。
Hファイターがやられた時の衝撃で身体中が痛んでいた。
だが、それ以上に彼の神経を逆撫でしていたのは、周囲の空気だった。
通路の両脇には武装したセントクルセイダース兵達。
皆同じ青い強化服。
同じ円筒状ヘルメット。
同じ無機質な動き。
人間というより、宗教に操られる機械の群れのようだった。
「異端者だ」
「外の人間らしいぞ」
「運が悪かったな、ハハハ」
笑い声。
まるで他人事だった。
ジョンは歯を食いしばる。
(クソッ……)
銀河ニュースで見ていたオーラ教問題。
迷惑な宗教団体。
過激な信者。
その程度の認識だった。
だが実際に来てみれば違う。
これは宗教などではない。
暴力だ。
恐怖による支配だ。
思想を言い訳にした怪物達だった。
やがて兵士達は一つの独房前で立ち止まる。
重厚な鉄格子。
薄暗い室内。
床には毛布一枚。
最低限のトイレ設備。
まるで家畜小屋だった。
「入れ」
背中を突き飛ばされる。
ジョンは床へ転がった。
「ぐあっ!」
直後、鉄格子が閉まる。
ガシャン、と重たい音が響いた。
ジョンはゆっくり立ち上がる。
「……随分な扱いだな」
「異端者には十分だ」
兵士の一人が鼻で笑う。
「まあ生きてるだけ感謝する事だ」
「普通なら撃ち殺されてる」
「……優しいこって」
ジョンが皮肉を返すと、兵士達はゲラゲラ笑った。
「ハハハ!生意気な奴だ!」
「だが安心しろ! ちゃんと正式に処刑してやる!」
その笑い方が、妙に軽かった。
まるで居酒屋で下品な冗談を言っているような調子だった。
その中の一人が、ふと残念そうに肩を竦める。
「しかし男かよ、つまらんな。女ならもっと楽しめたのに」
別の兵士も笑う。
「違いない」
「処女なら死ぬ前に天国へ送ってやれたんだがなぁ」
「ガハハハ!」
下卑た笑い声。
ジョンは最初、その意味を理解できなかった。
だが。
すぐに繋がる。
オーラ教。
女性差別。
処女性への異常な執着。
そして、あの街で見た怯えた人々。
――理解してしまった。
オーラ教の教義では、非処女は天国に行けないという教えがあった事を考えると、彼等の言っている事の意味は。
(こいつら……)
ジョンの胃の奥が冷たくなる。
つまり。
女の捕虜なら。女の異端者なら。
こいつらはそれを“当然の権利”として扱うのだ。
しかも。
笑い話として。
仲間内の軽口として。
ジョンはゆっくり拳を握り締めた。
「……最低だなお前ら」
低い声だった。
兵士達は笑う。
「異端者に理解される必要はない、オーラの教えは絶対だ」
「不浄を浄化して何が悪い?」
ジョンは鉄格子越しに連中を睨みつける。
心の底から軽蔑していた。
宗教以前の問題だった。
人として腐っている。
(アメリア達が戦うわけだ……)
今なら分かる。
この星は狂っている。
その狂気が、権力そのものになってしまっている。
兵士達はひとしきり笑うと、そのまま去っていった。
独房に静寂が戻る。
ジョンは壁へ背中を預け、深く息を吐いた。
「……最悪だ」
ラクーン号は無事なのか。
セリアは逃げられたのか。
アメリア達は。
解放同盟は。
何も分からない。
そして自分は捕まった。
処刑される。
そう考えると、背筋が冷たくなった。
***
その頃。
要塞外壁付近。
大量のデブリが漂う宙域を、一体のお掃除ロボが静かに移動していた。
半壊したHファイター残骸。
破壊されたダートファイター。
金属片。
その中へ紛れ込むように、小さな車輪が進む。
『やれやれ……』
エシモフ軍曹だった。
お掃除ロボそのものの丸っこい外見。
傷だらけのボディ。
アンテナも曲がっている。
だが、そのカメラアイには未だ強い光が残っていた。
『ジョン君が捕まるとはのう……しかし、ワガハイを誰だと思っておる』
彼は要塞の搬入口へ視線を向ける。
そこでは大量のお掃除ロボ達が整備区画へ運び込まれていた。
掃除。
点検。
雑務。
巨大要塞を維持する為の作業ロボ群。
エシモフ軍曹は、その列へ自然に混ざり込む。
誰も気付かない。
なにせ見た目は完全に量産型お掃除ロボだからだ。
『さて、年寄りもまだまだ働くとするかの』
小さな車輪を回転させながら、エシモフ軍曹は静かに要塞内部へ侵入していく。
ジョン救出の為、たった一体で。