宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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62.

 小惑星帯宙域。解放同盟臨時衛星基地。

 それはかつて採掘施設として使われていた廃棄小惑星を改造した、急造同然の隠れ家だった。

 外壁には無数の補修跡。

 増設を繰り返した居住ブロック。

 剥き出しのパイプ。

 狭い格納庫。

 旧式の通信設備。

 以前の基地より遥かに小規模で、居住性も悪い。

 だが、それでも今の彼等にとっては貴重な避難場所だった。

 基地内部では、慌ただしく人々が行き交っている。

 

『負傷者を医療区画へ!』

『第三ドックの電力足りません!』

『輸送艇の収容急げ!』

『まだ戻ってない部隊は!?』

 

 怒号。

 足音。

 泣き声。

 そして疲労。

 衛星基地壊滅から数時間。

 解放同盟は辛うじて組織としての形を保っていた。

 だが、それは奇跡に近かった。

 

 基地司令室。

 ホログラムモニターの光が薄暗い室内を照らしている。

 その中央で、ギャタ・ザ・ダービーは静かに被害報告を見つめていた。

 少年のような外見。

 だが、その目だけは老獪な政治家のものだった。

 彼の周囲には、いつものようにメイド型セクサロイド達が控えている。

 しかし今日は誰も笑っていない。

 空気が重かった。

 

「……ふむ」

 

 ダービーは端末を操作する。

 表示されるのは絶望的な数字だった。

 喪失した艦艇。

 撃墜されたHファイター。

 死亡者。

 行方不明者。

 失われた物資。

 どれもこれも、解放同盟にとって致命傷に近い。

 

「ボレロ級二番艦、大破」

「輸送艇六隻喪失……」

「Hファイター部隊、稼働率三割以下か」

 

 小さく息を吐く。

 近くにいたメイド型セクサロイドの一人が、不安そうに尋ねた。

 

「ダービー卿……大丈夫でしょうか」

「大丈夫ではないとも」

 

 ダービーは苦笑した。

 

「今回ばかりはかなり痛い。正直、組織として立て直せるかも怪しいレベルだ」

 

 冗談めかした口調だったが、目は笑っていなかった。

 それでも彼は続ける。

 

「……だが、生き残った。それだけでもマシだ」

 

 静かな声だった。

 

「ゴッド・オブ・ジャスティスのオメガ砲は、文字通り街一つ消し飛ばす兵器だからね。全滅していてもおかしくなかった」

 

 司令室の空気が重く沈む。

 誰も反論できなかった。

 実際、一歩間違えば解放同盟はあの瞬間に終わっていたのだ。

 

 

 ***

 

 

 その頃、基地格納庫。

 辛うじて逃げ延びたラクーン号は、隅の整備スペースへ着艦していた。

 船体には無数の傷。

 外装も焦げている。

 慌ただしく整備員達が修復作業を行っていた。

 その船内。

 狭い居住スペースで、セリアは落ち着きなく歩き回っていた。

 

「……遅い」

 

 ぽつりと呟く。

 紫色の髪を揺らしながら、彼女は何度も通信端末を確認していた。

 しかし表示されるのは無機質な文字だけ。

 ――未接続。

 ジョンからの通信はない。

 最後に見たのは、敵に包囲されるHファイターの姿だった。

 その光景が頭から離れない。

 

「……大丈夫よね」

 

 呟いてみる。

 だが、自信は無かった。

 セリアは自分でも気付かないうちに、指を強く握り締めていた。

 AIであるはずの思考回路が、妙にざわつく。

 胸の奥が重い。

 不快なノイズみたいな感覚。

 以前なら理解できなかった感情だ。

 だが最近は、それが何なのか薄々分かってしまっている。

 

「バカ……なんであんな無茶するのよ……」

 

 いつものように軽口を叩きたかった。

 呆れた顔をしたかった。

 なのに今は、それすら出来ない。

 ジョンが死んだかもしれない。

 その可能性を考えるだけで、思考が不安定になる。

 その時だった。

 

『緊急通信!』

 

 基地内放送が響く。

 

『不明機から通信を受信!』

『識別コード照合中――』

 

 格納庫内がざわめいた。

 整備員達が顔を上げる。

 解放同盟兵達もモニターを見る。

 セリアもはっと顔を上げた。

 次の瞬間。

 

『発信者、エシモフ軍曹』

 

 一瞬、空気が止まる。

 

「……は?」

 

 セリアが目を見開く。

 周囲も騒然となった。

 

『エシモフ軍曹!?』

『生きてたのか!?』

『どこから通信してる!?』

 

 モニターへノイズが走る。

 やがて映し出されたのは――丸っこいお掃除ロボの顔面カメラだった。

 

『ふむ、繋がったか』

 

 聞き慣れた尊大な声。

 エシモフ軍曹だった。

 基地内がどっと騒がしくなる。

 

「軍曹!?」

「生きてたの!?」

 

 セリアが思わず叫ぶ。

 エシモフ軍曹はふんと鼻を鳴らした。

 

『当然である!ワガハイを誰だと思っておる?伊達に長年生き延びとらんわい』

 

 その口調に、逆に皆が安心する。

 いつものエシモフ軍曹だ。

 だが次の瞬間。

 セリアは最も聞きたかった事を口にした。

 

「ジョンは!?ジョンは無事なの!?」

 

 その問いに、エシモフ軍曹は一瞬だけ黙った。

 そして低く答える。

 

『……生きてはおる。じゃが、セントクルセイダースに捕まった』

 

 格納庫内の空気が一変した。

 セリアの顔から血の気が引く。

 

『現在、ゴッド・オブ・ジャスティス内部へ拘束されておる。おそらく処刑予定じゃ』

 

 重苦しい沈黙。

 そしてエシモフ軍曹は続けた。

 

『なので……今から助けに行く』

 

 通信モニター越しに、エシモフ軍曹はいつもの尊大な口調で言った。

 だが、その声音の奥には微かな緊張感が滲んでいる。

 周囲では解放同盟の面々が固唾を呑んで通信を見守っていた。

 セリアは身を乗り出す。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!何とかするって、あんた今どこにいるの!?」

『ゴッド・オブ・ジャスティス内部じゃ』

「はぁ!?」

 

 司令室が一気にざわつく。

 

『内部侵入成功済み。現在、敵清掃ロボ群へ偽装潜伏中である』

「いやいやいやいや!そんな軽く言う事じゃないでしょ!?」

 

 セリアが頭を抱える。

 一方、ダービーは逆に感心したように目を細めていた。

 

「相変わらず無茶をする御仁だ」

『無茶ではない。老人の知恵というやつじゃ』

 

 エシモフ軍曹はふん、と鼻を鳴らした。

 

『ともかく、そちらは予定通り作戦準備を進めよ。ゴッド・オブ・ジャスティス攻略作戦は変更無しじゃ』

「しかし軍曹」

 

 ダービーが真剣な声になる。

 

「貴方一人でジョン君を救出するつもりですか?」

『そのつもりじゃ。幸い、この要塞には穴が多い』

「穴?」

『うむ』

 

 エシモフ軍曹はどこか楽しそうに言った。

 

『最新鋭に見えて、中身は案外ガタガタじゃよ』

 

 セリアが不安げに言う。

 

「無茶しないでよ……」

『ワガハイはロボットじゃ。多少バラされても死なん』

「そういう問題じゃないっての……」

 

 セリアは小さく唇を噛む。

 だが、エシモフ軍曹はもう決めていた。

 

『では通信終了。また後で連絡する』

 

 プツリ、と通信が切れる。

 モニターが暗転。

 司令室に重苦しい沈黙が落ちた。

 

 

 ***

 

 

 

 そしてその頃。

 宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティス内部。

 巨大整備区画。

 無数の作業ロボが行き交う中、一台のお掃除ロボが静かに移動していた。

 丸いボディ。車輪移動。先端アーム。

 どこからどう見ても、ただのお掃除ロボ。

 だが中身は違う。

 

『さて……』

 

 エシモフ軍曹は電子音混じりに呟いた。

 

『まずは状況整理といくかの』

 

 彼は周囲を見渡す。

 巨大な通路。

 複雑な配線。

 宇宙戦争時代の設計思想そのままの無骨な構造。

 あまりにも古い。

 そして。

 

『……ほう』

 

 エシモフ軍曹はカメラアイを細めた。

 

『これは懐かしい』

 

 壁面端子。

 制御パネル。

 メンテナンス回路。

 そこかしこに、宇宙戦争時代の軍事技術を流用した痕跡が残っていた。

 

『なるほどなるほど。最新鋭要塞などと言っておるが、基礎設計は旧世代技術の継ぎ接ぎじゃな』

 

 彼はゆっくり進みながら分析する。

 オメガ砲。巨大外殻。強力な火力。

 確かに脅威ではある。

 しかし中枢制御系統そのものは、意外なほど古典的だった。

 

『これなら……技術者ならハッキングも容易い。むしろ問題は警備側の知識不足か』

 

 エシモフ軍曹は通路脇を移動する監視ドローンを見る。

 青白いランプ。

 単純な巡回アルゴリズム。

 低レベル暗号。

 

『ふむ、こやつらも民生品ベースじゃな』

 

 彼は呆れたように言った。

 

『市販警備ドローンを軍用転用しておるだけか。レストア品まで混ざっとる』

 

 さらに周囲のお掃除ロボ達も見る。

 型落ち。

 中古。

 パーツ流用。

 メモリ保護も甘い。

 

『セキュリティ意識が低いのう。これでは侵入してくださいと言っておるようなものじゃ』

 

 そしてエシモフ軍曹は、その理由にもすぐ気付く。

 

『……なるほど、そういう事か』

 

 要塞各所にはオーラ教の聖句が貼られていた。

 “自然に従え”。

 “魂を穢す機械に頼るな”。

 “過剰な科学は人を堕落させる”。

 そうした文言が、まるで呪文のように並んでいる。

 

『オーラ教の思想じゃな』

 

 エシモフ軍曹は呟いた。

 

『自然回帰思想、機械文明への忌避感、それ故に科学技術への理解が浅い』

 

 彼は少し皮肉げに笑う。

 

『要塞は使う、兵器も使う、だが本質的には技術を理解しておらん。だからこうなる』

 

 技術とは積み重ねだ。

 理解。

 研究。

 改善。

 それを怠れば、どれだけ巨大な兵器を持とうと中身は脆い。

 

『宗教に酔った連中にありがちな事じゃ』

 

 エシモフ軍曹は静かに前進する。

 無数のお掃除ロボの列に紛れながら。

 誰にも気付かれず。

 巨大要塞の奥深くへ。

 

『さて、そろそろ始めるとするかのう』

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