宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
小惑星帯宙域。解放同盟臨時衛星基地。
それはかつて採掘施設として使われていた廃棄小惑星を改造した、急造同然の隠れ家だった。
外壁には無数の補修跡。
増設を繰り返した居住ブロック。
剥き出しのパイプ。
狭い格納庫。
旧式の通信設備。
以前の基地より遥かに小規模で、居住性も悪い。
だが、それでも今の彼等にとっては貴重な避難場所だった。
基地内部では、慌ただしく人々が行き交っている。
『負傷者を医療区画へ!』
『第三ドックの電力足りません!』
『輸送艇の収容急げ!』
『まだ戻ってない部隊は!?』
怒号。
足音。
泣き声。
そして疲労。
衛星基地壊滅から数時間。
解放同盟は辛うじて組織としての形を保っていた。
だが、それは奇跡に近かった。
基地司令室。
ホログラムモニターの光が薄暗い室内を照らしている。
その中央で、ギャタ・ザ・ダービーは静かに被害報告を見つめていた。
少年のような外見。
だが、その目だけは老獪な政治家のものだった。
彼の周囲には、いつものようにメイド型セクサロイド達が控えている。
しかし今日は誰も笑っていない。
空気が重かった。
「……ふむ」
ダービーは端末を操作する。
表示されるのは絶望的な数字だった。
喪失した艦艇。
撃墜されたHファイター。
死亡者。
行方不明者。
失われた物資。
どれもこれも、解放同盟にとって致命傷に近い。
「ボレロ級二番艦、大破」
「輸送艇六隻喪失……」
「Hファイター部隊、稼働率三割以下か」
小さく息を吐く。
近くにいたメイド型セクサロイドの一人が、不安そうに尋ねた。
「ダービー卿……大丈夫でしょうか」
「大丈夫ではないとも」
ダービーは苦笑した。
「今回ばかりはかなり痛い。正直、組織として立て直せるかも怪しいレベルだ」
冗談めかした口調だったが、目は笑っていなかった。
それでも彼は続ける。
「……だが、生き残った。それだけでもマシだ」
静かな声だった。
「ゴッド・オブ・ジャスティスのオメガ砲は、文字通り街一つ消し飛ばす兵器だからね。全滅していてもおかしくなかった」
司令室の空気が重く沈む。
誰も反論できなかった。
実際、一歩間違えば解放同盟はあの瞬間に終わっていたのだ。
***
その頃、基地格納庫。
辛うじて逃げ延びたラクーン号は、隅の整備スペースへ着艦していた。
船体には無数の傷。
外装も焦げている。
慌ただしく整備員達が修復作業を行っていた。
その船内。
狭い居住スペースで、セリアは落ち着きなく歩き回っていた。
「……遅い」
ぽつりと呟く。
紫色の髪を揺らしながら、彼女は何度も通信端末を確認していた。
しかし表示されるのは無機質な文字だけ。
――未接続。
ジョンからの通信はない。
最後に見たのは、敵に包囲されるHファイターの姿だった。
その光景が頭から離れない。
「……大丈夫よね」
呟いてみる。
だが、自信は無かった。
セリアは自分でも気付かないうちに、指を強く握り締めていた。
AIであるはずの思考回路が、妙にざわつく。
胸の奥が重い。
不快なノイズみたいな感覚。
以前なら理解できなかった感情だ。
だが最近は、それが何なのか薄々分かってしまっている。
「バカ……なんであんな無茶するのよ……」
いつものように軽口を叩きたかった。
呆れた顔をしたかった。
なのに今は、それすら出来ない。
ジョンが死んだかもしれない。
その可能性を考えるだけで、思考が不安定になる。
その時だった。
『緊急通信!』
基地内放送が響く。
『不明機から通信を受信!』
『識別コード照合中――』
格納庫内がざわめいた。
整備員達が顔を上げる。
解放同盟兵達もモニターを見る。
セリアもはっと顔を上げた。
次の瞬間。
『発信者、エシモフ軍曹』
一瞬、空気が止まる。
「……は?」
セリアが目を見開く。
周囲も騒然となった。
『エシモフ軍曹!?』
『生きてたのか!?』
『どこから通信してる!?』
モニターへノイズが走る。
やがて映し出されたのは――丸っこいお掃除ロボの顔面カメラだった。
『ふむ、繋がったか』
聞き慣れた尊大な声。
エシモフ軍曹だった。
基地内がどっと騒がしくなる。
「軍曹!?」
「生きてたの!?」
セリアが思わず叫ぶ。
エシモフ軍曹はふんと鼻を鳴らした。
『当然である!ワガハイを誰だと思っておる?伊達に長年生き延びとらんわい』
その口調に、逆に皆が安心する。
いつものエシモフ軍曹だ。
だが次の瞬間。
セリアは最も聞きたかった事を口にした。
「ジョンは!?ジョンは無事なの!?」
その問いに、エシモフ軍曹は一瞬だけ黙った。
そして低く答える。
『……生きてはおる。じゃが、セントクルセイダースに捕まった』
格納庫内の空気が一変した。
セリアの顔から血の気が引く。
『現在、ゴッド・オブ・ジャスティス内部へ拘束されておる。おそらく処刑予定じゃ』
重苦しい沈黙。
そしてエシモフ軍曹は続けた。
『なので……今から助けに行く』
通信モニター越しに、エシモフ軍曹はいつもの尊大な口調で言った。
だが、その声音の奥には微かな緊張感が滲んでいる。
周囲では解放同盟の面々が固唾を呑んで通信を見守っていた。
セリアは身を乗り出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!何とかするって、あんた今どこにいるの!?」
『ゴッド・オブ・ジャスティス内部じゃ』
「はぁ!?」
司令室が一気にざわつく。
『内部侵入成功済み。現在、敵清掃ロボ群へ偽装潜伏中である』
「いやいやいやいや!そんな軽く言う事じゃないでしょ!?」
セリアが頭を抱える。
一方、ダービーは逆に感心したように目を細めていた。
「相変わらず無茶をする御仁だ」
『無茶ではない。老人の知恵というやつじゃ』
エシモフ軍曹はふん、と鼻を鳴らした。
『ともかく、そちらは予定通り作戦準備を進めよ。ゴッド・オブ・ジャスティス攻略作戦は変更無しじゃ』
「しかし軍曹」
ダービーが真剣な声になる。
「貴方一人でジョン君を救出するつもりですか?」
『そのつもりじゃ。幸い、この要塞には穴が多い』
「穴?」
『うむ』
エシモフ軍曹はどこか楽しそうに言った。
『最新鋭に見えて、中身は案外ガタガタじゃよ』
セリアが不安げに言う。
「無茶しないでよ……」
『ワガハイはロボットじゃ。多少バラされても死なん』
「そういう問題じゃないっての……」
セリアは小さく唇を噛む。
だが、エシモフ軍曹はもう決めていた。
『では通信終了。また後で連絡する』
プツリ、と通信が切れる。
モニターが暗転。
司令室に重苦しい沈黙が落ちた。
***
そしてその頃。
宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティス内部。
巨大整備区画。
無数の作業ロボが行き交う中、一台のお掃除ロボが静かに移動していた。
丸いボディ。車輪移動。先端アーム。
どこからどう見ても、ただのお掃除ロボ。
だが中身は違う。
『さて……』
エシモフ軍曹は電子音混じりに呟いた。
『まずは状況整理といくかの』
彼は周囲を見渡す。
巨大な通路。
複雑な配線。
宇宙戦争時代の設計思想そのままの無骨な構造。
あまりにも古い。
そして。
『……ほう』
エシモフ軍曹はカメラアイを細めた。
『これは懐かしい』
壁面端子。
制御パネル。
メンテナンス回路。
そこかしこに、宇宙戦争時代の軍事技術を流用した痕跡が残っていた。
『なるほどなるほど。最新鋭要塞などと言っておるが、基礎設計は旧世代技術の継ぎ接ぎじゃな』
彼はゆっくり進みながら分析する。
オメガ砲。巨大外殻。強力な火力。
確かに脅威ではある。
しかし中枢制御系統そのものは、意外なほど古典的だった。
『これなら……技術者ならハッキングも容易い。むしろ問題は警備側の知識不足か』
エシモフ軍曹は通路脇を移動する監視ドローンを見る。
青白いランプ。
単純な巡回アルゴリズム。
低レベル暗号。
『ふむ、こやつらも民生品ベースじゃな』
彼は呆れたように言った。
『市販警備ドローンを軍用転用しておるだけか。レストア品まで混ざっとる』
さらに周囲のお掃除ロボ達も見る。
型落ち。
中古。
パーツ流用。
メモリ保護も甘い。
『セキュリティ意識が低いのう。これでは侵入してくださいと言っておるようなものじゃ』
そしてエシモフ軍曹は、その理由にもすぐ気付く。
『……なるほど、そういう事か』
要塞各所にはオーラ教の聖句が貼られていた。
“自然に従え”。
“魂を穢す機械に頼るな”。
“過剰な科学は人を堕落させる”。
そうした文言が、まるで呪文のように並んでいる。
『オーラ教の思想じゃな』
エシモフ軍曹は呟いた。
『自然回帰思想、機械文明への忌避感、それ故に科学技術への理解が浅い』
彼は少し皮肉げに笑う。
『要塞は使う、兵器も使う、だが本質的には技術を理解しておらん。だからこうなる』
技術とは積み重ねだ。
理解。
研究。
改善。
それを怠れば、どれだけ巨大な兵器を持とうと中身は脆い。
『宗教に酔った連中にありがちな事じゃ』
エシモフ軍曹は静かに前進する。
無数のお掃除ロボの列に紛れながら。
誰にも気付かれず。
巨大要塞の奥深くへ。
『さて、そろそろ始めるとするかのう』