宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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63.

 宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティス。

 その深部に存在する捕虜収容区画は、まるで墓場のように静まり返っていた。

 金属製の壁。

 冷たい空気。

 規則的に明滅する白色灯。

 生命感の薄い人工空間の中で、ジョン・サトウは独房の壁に背を預けながら座り込んでいた。

 狭い。圧迫感がある。

 時計も窓も無い閉鎖空間では、時間の感覚すら曖昧になってくる。

 唯一、天井隅の監視カメラだけが、ずっとこちらを見下ろしていた。

 

「……クソ」

 

 ジョンは小さく毒づいた。

 疲労は限界に近い。

 Hファイターでの戦闘。

 捕縛。尋問。

 そしてこの監禁生活。

 まともな食事も睡眠も取れていない。

 

 だが肉体的な疲れ以上に、精神的な不快感の方が大きかった。

 セントクルセイダース。

 オーラ教。

 あの連中の思想。

 兵士達の会話。

 女をモノ扱いする態度。

 宗教を盾にした暴力。

 思い出すだけで胸糞が悪くなる。

 

「宗教ってのはもっとこう……人を救うもんじゃねぇのかよ……」

 

 もちろん銀河には様々な宗教・思想がある。

 ジョン自身、別に信仰を否定する気は無かった。

 だが少なくとも、この要塞の中にあるものは、彼の知る“宗教”とは程遠かった。

 むしろ暴力と恐怖を正当化するための道具にしか見えなかった。

 

 その時だった。

 ガコン、と独房のロックが解除される音が響く。

 重い鉄格子が横へスライドした。

 

「立て」

 

 通路の向こうにはセントクルセイダース兵士が二人立っていた。

 青い強化服。

 円筒状ヘルメット。

 レーザーライフル。

 まるで感情の無い機械兵のような姿。

 ジョンはゆっくり顔を上げた。

 

「……何だよ飯の時間か?」

「違う時間だ」

 

 兵士の一人が短く答える。

 もう片方はどこか愉快そうだった。

 

「貴様も光栄に思うといい」

「これから大勢の人間がお前を見る」

「は?」

 

 嫌な予感がした。

 ジョンは眉をひそめながら立ち上がる。

 手首には拘束具。

 逃げようにも逃げられない。

 兵士達に囲まれたまま、ジョンは通路を歩かされていく。

 冷たい金属廊下。

 無機質な照明。

 途中ですれ違うセントクルセイダース兵達が、興味深そうにこちらを見ていた。

 

「外星人の捕虜か」

「異端者らしいぞ」

「公開処刑だってな」

「派手に死ぬかな」

 

 その言葉に、ジョンの顔が険しくなる。

 

(公開処刑……?)

 

 やがて一行は大型エレベーターへ乗り込んだ。

 重低音。

 浮遊感。

 エレベーターは長時間かけて上昇していく。

 その間、誰も喋らなかった。

 ジョンは無言で前を睨み続ける。

 そして。

 やがてエレベーターが停止した。

 扉が開いた瞬間――。

 

「……っ」

 

 強烈な光がジョンの視界を焼いた。

 次いで押し寄せる轟音。

 歓声。

 怒号。

 熱狂。

 ジョンは思わず目を細める。

 

「なんだよ……ここ……」

 

 そこは巨大な円形スタジアムだった。

 観客席が幾重にも並び、そこを大量の人間が埋め尽くしている。

 セントクルセイダース兵。

 オーラ教信徒。

 党関係者。

 誰もが熱に浮かされたような顔をしていた。

 頭上には巨大モニター。

 空中には撮影ドローン。

 スタジアム全体を照らす白色照明。

 

(……なるほどな)

 

 その中央。

 円形舞台のど真ん中に――一本の剣が置かれていた。

 長大な刀身。

 過剰な金装飾。

 宗教的な紋章。

 実戦用というより、儀式用の処刑剣だった。

 ジョンはそれを見た瞬間、全てを理解する。

 

(そういう事かよ)

 

 周囲を見渡す。

 無数のカメラ。

 実況用モニター。

 放送機材。

 そして観客席の熱狂。

 兵士の一人が誇らしげに言った。

 

「現在、この儀式は惑星バスタゴア全土へ中継されている。異端者の末路を民衆へ示すためにな」

 

 ジョンは思わず乾いた笑いを漏らした。

 

「ハッ……公開処刑ショーって訳か」

「神聖なる浄化の儀式だ」

 

 兵士が即座に訂正する。

 

「貴様の穢れた魂も、これで救済される」

「ありがた迷惑だな」

 

 ジョンは吐き捨てる。

 兵士がライフルを押し付けた。

 

「黙れ異端者!」

 

 怒声。

 だがジョンは怯まなかった。

 むしろ、周囲の熱狂ぶりに冷めた気分になっていた。

 観客席からシュプレヒコールが響く。

 

「オーラは最も偉大なり!」

「オーラは最も偉大なり!」

「異端者に裁きを!」

 

 まるでスポーツ観戦だ。

 祭りだ。

 人が殺されるというのに、皆楽しそうに笑っている。

 ジョンは胸の奥に重たい嫌悪感を覚えた。

 

(狂ってやがる……)

 

 宗教。

 権力。

 暴力。

 それらが完全に混ざり合い、人間を壊している。

 これが今のバスタゴアなのだ。

 ジョンはゆっくり空を見上げる。

 巨大スタジアム。

 眩しい照明。

 監視ドローン。

 逃げ場は無い。

 

「……さて」

 

 彼は小さく息を吐いた。

 

「どうしたもんかな、こりゃ」

 

 歓声が渦巻いていた。

 巨大スタジアム全体が、熱狂と狂気に満ちている。

 

「オーラは最も偉大なり!」

「異端者に裁きを!」

「浄化!浄化!」

 

 怒号にも似たシュプレヒコールが壁を震わせる。

 ジョン・サトウは円形舞台の中央に立たされたまま、苦々しい顔で観客席を見回していた。

 無数の視線。無数の歓声。

 まるで人間扱いされていない。

 見世物だ。

 処刑される瞬間を期待されている。

 

「……最低だな」

 

 その時だった。

 スタジアム反対側のゲートが、重々しい音を立てて開く。

 ゴゴゴゴ……という低い駆動音。

 照明が一斉にそちらを照らす。

 

 現れたのは、一人のセントクルセイダース兵士だった。

 青い強化服。

 円筒型ヘルメット。

 そして右手には、長い剣。

 銀色の刀身が照明を反射して鈍く輝いている。

 観客席から歓声が上がった。

 

「裁きの剣士だ!」

「異端者を浄化しろ!」

「オーラの名の下に!」

 

 兵士はゆっくりと歩いてくる。

 一歩。

 また一歩。

 まるで儀式そのものを楽しむかのように。

 やがて舞台中央近くまで来た兵士が、剣先をジョンへ向けた。

 

「異端者ジョン・サトウ、貴様には慈悲深きオーラの教えに従い、最後の機会が与えられる」

 

 機械越しの声。

 感情の見えない口調。

 ジョンは顔をしかめた。

 

「……最後の機会?」

「無罪になりたければ戦いに勝て」

 

 ジョンは一瞬黙る。

 視線が舞台中央へ向いた。

 そこに置かれた一本の剣。

 ようやく意味を理解する。

 

「……なるほど、そういう趣向かよ」

 

 ただ処刑するだけではない。

 戦わせる。

 見世物として盛り上げる。

 その上で殺す。

 ジョンは乾いた笑いを漏らした。

 

「つくづく趣味悪ぃな、お前ら」

「オーラの試練を侮辱するか」

「試練ってより、公開リンチだろ」

 

 兵士は答えない。

 ただ剣を構えたまま立っている。

 観客席はさらに盛り上がっていた。

 

「戦え!」

「異端者!」

「死ね!」

 

 ジョンは小さく舌打ちしながら、中央の剣へ歩み寄る。

 金属製の柄。

 意外と重い。

 まともな剣なんて触った事もない。

 ジョンはただのジャンク屋だ。

 銃なら多少扱える。

 だが白兵戦など専門外だった。

 

「マジかよ……」

 

 剣を握る手に汗が滲む。

 対する兵士の構えは洗練されていた。

 無駄がない。

 訓練されている。

 一目見ただけで素人との差が分かる。

 

(勝てる訳ねぇだろ……)

 

 だが。

 ここで剣を捨てれば、その場で撃ち殺されるだけだ。

 ジョンは息を吐き、ぎこちなく剣を構えた。

 

「始め!」

 

 高らかな宣言。

 次の瞬間だった。

 兵士が一気に踏み込む。

 

「っ!?」

 

 速い。

 ジョンが反応するより先に剣閃が走る。

 

 ガギィン!!

 

 火花。

 衝撃。

 ジョンの腕が痺れた。

 

「ぐっ……!」

 

 重い。

 完全に力負けしている。

 兵士は間髪入れず二撃目、三撃目を繰り出す。

 鋭い斬撃。

 正確な体運び。

 ジョンは必死に受け止めるだけで精一杯だった。

 

 ガン!ギィン!ギャリッ!!

 

 金属音が響く。

 観客席は大興奮だった。

 

「いいぞ!」

「やれ!」

「異端者を斬れ!」

 

 ジョンは歯を食いしばる。

 

(クソ……!)

 

 完全に遊ばれている。

 兵士の動きには余裕があった。

 本気で殺しに来ているというより、“見せ場”を作っている。

 観客を盛り上げるための試合。

 つまりジョンは、ただの余興だ。

 

「っらぁ!!」

 

 ジョンはヤケクソ気味に剣を振るう。

 だが。

 兵士は最小限の動きでそれを受け流した。

 

「遅い」

 

 直後。

 腹部へ蹴り。

 

「がっ!?」

 

 ジョンの身体が吹き飛ぶ。

 床を転がる。

 肺の空気が一気に吐き出された。

 

「ぐ……ぅ……!」

 

 痛み。

 呼吸困難。

 それでも立ち上がろうとするジョンへ、兵士がゆっくり歩み寄る。

 

「貴様のような異端者に、オーラの加護は無い」

「……うるせぇよ……」

 

 ジョンは血の混じった唾を吐いた。

 再び剣を構える。

 だが次の瞬間、兵士の剣が閃く。

 

 ガギィッ!!

 

 ジョンの剣が弾き飛ばされた。

 

「しまっ――」

 

 直後。

 強烈な拳が顔面へ叩き込まれる。

 

「がぁっ!!」

 

 視界が白く弾けた。

 ジョンの身体が再び床へ転がる。

 観客席が爆発的な歓声に包まれる。

 

「浄化だ!」

「異端者は弱い!」

「オーラは最も偉大なり!」

 

 ジョンはふらつきながら起き上がる。

 頬から血が流れていた。

 身体中が痛む。

 腕も痺れている。

 対する兵士はほぼ無傷。

 圧倒的だった。

 

(強ぇ……)

 

 訓練された兵士と、ただのジャンク屋。

 最初から勝負になっていない。

 それでも。

 ジョンはゆっくり立ち上がった。

 

「……まだだ」

 

 兵士が剣を構え直す。

 観客席の熱狂は最高潮に達していた

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