宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティス。
その深部に存在する捕虜収容区画は、まるで墓場のように静まり返っていた。
金属製の壁。
冷たい空気。
規則的に明滅する白色灯。
生命感の薄い人工空間の中で、ジョン・サトウは独房の壁に背を預けながら座り込んでいた。
狭い。圧迫感がある。
時計も窓も無い閉鎖空間では、時間の感覚すら曖昧になってくる。
唯一、天井隅の監視カメラだけが、ずっとこちらを見下ろしていた。
「……クソ」
ジョンは小さく毒づいた。
疲労は限界に近い。
Hファイターでの戦闘。
捕縛。尋問。
そしてこの監禁生活。
まともな食事も睡眠も取れていない。
だが肉体的な疲れ以上に、精神的な不快感の方が大きかった。
セントクルセイダース。
オーラ教。
あの連中の思想。
兵士達の会話。
女をモノ扱いする態度。
宗教を盾にした暴力。
思い出すだけで胸糞が悪くなる。
「宗教ってのはもっとこう……人を救うもんじゃねぇのかよ……」
もちろん銀河には様々な宗教・思想がある。
ジョン自身、別に信仰を否定する気は無かった。
だが少なくとも、この要塞の中にあるものは、彼の知る“宗教”とは程遠かった。
むしろ暴力と恐怖を正当化するための道具にしか見えなかった。
その時だった。
ガコン、と独房のロックが解除される音が響く。
重い鉄格子が横へスライドした。
「立て」
通路の向こうにはセントクルセイダース兵士が二人立っていた。
青い強化服。
円筒状ヘルメット。
レーザーライフル。
まるで感情の無い機械兵のような姿。
ジョンはゆっくり顔を上げた。
「……何だよ飯の時間か?」
「違う時間だ」
兵士の一人が短く答える。
もう片方はどこか愉快そうだった。
「貴様も光栄に思うといい」
「これから大勢の人間がお前を見る」
「は?」
嫌な予感がした。
ジョンは眉をひそめながら立ち上がる。
手首には拘束具。
逃げようにも逃げられない。
兵士達に囲まれたまま、ジョンは通路を歩かされていく。
冷たい金属廊下。
無機質な照明。
途中ですれ違うセントクルセイダース兵達が、興味深そうにこちらを見ていた。
「外星人の捕虜か」
「異端者らしいぞ」
「公開処刑だってな」
「派手に死ぬかな」
その言葉に、ジョンの顔が険しくなる。
(公開処刑……?)
やがて一行は大型エレベーターへ乗り込んだ。
重低音。
浮遊感。
エレベーターは長時間かけて上昇していく。
その間、誰も喋らなかった。
ジョンは無言で前を睨み続ける。
そして。
やがてエレベーターが停止した。
扉が開いた瞬間――。
「……っ」
強烈な光がジョンの視界を焼いた。
次いで押し寄せる轟音。
歓声。
怒号。
熱狂。
ジョンは思わず目を細める。
「なんだよ……ここ……」
そこは巨大な円形スタジアムだった。
観客席が幾重にも並び、そこを大量の人間が埋め尽くしている。
セントクルセイダース兵。
オーラ教信徒。
党関係者。
誰もが熱に浮かされたような顔をしていた。
頭上には巨大モニター。
空中には撮影ドローン。
スタジアム全体を照らす白色照明。
(……なるほどな)
その中央。
円形舞台のど真ん中に――一本の剣が置かれていた。
長大な刀身。
過剰な金装飾。
宗教的な紋章。
実戦用というより、儀式用の処刑剣だった。
ジョンはそれを見た瞬間、全てを理解する。
(そういう事かよ)
周囲を見渡す。
無数のカメラ。
実況用モニター。
放送機材。
そして観客席の熱狂。
兵士の一人が誇らしげに言った。
「現在、この儀式は惑星バスタゴア全土へ中継されている。異端者の末路を民衆へ示すためにな」
ジョンは思わず乾いた笑いを漏らした。
「ハッ……公開処刑ショーって訳か」
「神聖なる浄化の儀式だ」
兵士が即座に訂正する。
「貴様の穢れた魂も、これで救済される」
「ありがた迷惑だな」
ジョンは吐き捨てる。
兵士がライフルを押し付けた。
「黙れ異端者!」
怒声。
だがジョンは怯まなかった。
むしろ、周囲の熱狂ぶりに冷めた気分になっていた。
観客席からシュプレヒコールが響く。
「オーラは最も偉大なり!」
「オーラは最も偉大なり!」
「異端者に裁きを!」
まるでスポーツ観戦だ。
祭りだ。
人が殺されるというのに、皆楽しそうに笑っている。
ジョンは胸の奥に重たい嫌悪感を覚えた。
(狂ってやがる……)
宗教。
権力。
暴力。
それらが完全に混ざり合い、人間を壊している。
これが今のバスタゴアなのだ。
ジョンはゆっくり空を見上げる。
巨大スタジアム。
眩しい照明。
監視ドローン。
逃げ場は無い。
「……さて」
彼は小さく息を吐いた。
「どうしたもんかな、こりゃ」
歓声が渦巻いていた。
巨大スタジアム全体が、熱狂と狂気に満ちている。
「オーラは最も偉大なり!」
「異端者に裁きを!」
「浄化!浄化!」
怒号にも似たシュプレヒコールが壁を震わせる。
ジョン・サトウは円形舞台の中央に立たされたまま、苦々しい顔で観客席を見回していた。
無数の視線。無数の歓声。
まるで人間扱いされていない。
見世物だ。
処刑される瞬間を期待されている。
「……最低だな」
その時だった。
スタジアム反対側のゲートが、重々しい音を立てて開く。
ゴゴゴゴ……という低い駆動音。
照明が一斉にそちらを照らす。
現れたのは、一人のセントクルセイダース兵士だった。
青い強化服。
円筒型ヘルメット。
そして右手には、長い剣。
銀色の刀身が照明を反射して鈍く輝いている。
観客席から歓声が上がった。
「裁きの剣士だ!」
「異端者を浄化しろ!」
「オーラの名の下に!」
兵士はゆっくりと歩いてくる。
一歩。
また一歩。
まるで儀式そのものを楽しむかのように。
やがて舞台中央近くまで来た兵士が、剣先をジョンへ向けた。
「異端者ジョン・サトウ、貴様には慈悲深きオーラの教えに従い、最後の機会が与えられる」
機械越しの声。
感情の見えない口調。
ジョンは顔をしかめた。
「……最後の機会?」
「無罪になりたければ戦いに勝て」
ジョンは一瞬黙る。
視線が舞台中央へ向いた。
そこに置かれた一本の剣。
ようやく意味を理解する。
「……なるほど、そういう趣向かよ」
ただ処刑するだけではない。
戦わせる。
見世物として盛り上げる。
その上で殺す。
ジョンは乾いた笑いを漏らした。
「つくづく趣味悪ぃな、お前ら」
「オーラの試練を侮辱するか」
「試練ってより、公開リンチだろ」
兵士は答えない。
ただ剣を構えたまま立っている。
観客席はさらに盛り上がっていた。
「戦え!」
「異端者!」
「死ね!」
ジョンは小さく舌打ちしながら、中央の剣へ歩み寄る。
金属製の柄。
意外と重い。
まともな剣なんて触った事もない。
ジョンはただのジャンク屋だ。
銃なら多少扱える。
だが白兵戦など専門外だった。
「マジかよ……」
剣を握る手に汗が滲む。
対する兵士の構えは洗練されていた。
無駄がない。
訓練されている。
一目見ただけで素人との差が分かる。
(勝てる訳ねぇだろ……)
だが。
ここで剣を捨てれば、その場で撃ち殺されるだけだ。
ジョンは息を吐き、ぎこちなく剣を構えた。
「始め!」
高らかな宣言。
次の瞬間だった。
兵士が一気に踏み込む。
「っ!?」
速い。
ジョンが反応するより先に剣閃が走る。
ガギィン!!
火花。
衝撃。
ジョンの腕が痺れた。
「ぐっ……!」
重い。
完全に力負けしている。
兵士は間髪入れず二撃目、三撃目を繰り出す。
鋭い斬撃。
正確な体運び。
ジョンは必死に受け止めるだけで精一杯だった。
ガン!ギィン!ギャリッ!!
金属音が響く。
観客席は大興奮だった。
「いいぞ!」
「やれ!」
「異端者を斬れ!」
ジョンは歯を食いしばる。
(クソ……!)
完全に遊ばれている。
兵士の動きには余裕があった。
本気で殺しに来ているというより、“見せ場”を作っている。
観客を盛り上げるための試合。
つまりジョンは、ただの余興だ。
「っらぁ!!」
ジョンはヤケクソ気味に剣を振るう。
だが。
兵士は最小限の動きでそれを受け流した。
「遅い」
直後。
腹部へ蹴り。
「がっ!?」
ジョンの身体が吹き飛ぶ。
床を転がる。
肺の空気が一気に吐き出された。
「ぐ……ぅ……!」
痛み。
呼吸困難。
それでも立ち上がろうとするジョンへ、兵士がゆっくり歩み寄る。
「貴様のような異端者に、オーラの加護は無い」
「……うるせぇよ……」
ジョンは血の混じった唾を吐いた。
再び剣を構える。
だが次の瞬間、兵士の剣が閃く。
ガギィッ!!
ジョンの剣が弾き飛ばされた。
「しまっ――」
直後。
強烈な拳が顔面へ叩き込まれる。
「がぁっ!!」
視界が白く弾けた。
ジョンの身体が再び床へ転がる。
観客席が爆発的な歓声に包まれる。
「浄化だ!」
「異端者は弱い!」
「オーラは最も偉大なり!」
ジョンはふらつきながら起き上がる。
頬から血が流れていた。
身体中が痛む。
腕も痺れている。
対する兵士はほぼ無傷。
圧倒的だった。
(強ぇ……)
訓練された兵士と、ただのジャンク屋。
最初から勝負になっていない。
それでも。
ジョンはゆっくり立ち上がった。
「……まだだ」
兵士が剣を構え直す。
観客席の熱狂は最高潮に達していた