宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ゴッド・オブ・ジャスティス。惑星バスタゴア衛星軌道上に浮かぶその巨大構造物は、まるで宇宙そのものへ突き刺さる黒鉄の槍のようだった。
無数の砲塔。
複雑に張り巡らされた装甲帯。
宗教建築を思わせる尖塔。
そして、その中央部に鎮座する超巨大レーザー砲――オメガ砲。
それは単なる軍事兵器ではない。
ガルダ党による支配そのものの象徴だった。
誰も逆らえない。
逆らえば、この要塞が空から死を降らせる。
だから人々は従う。
恐怖によって。
暴力によって。
そんな絶対的支配の象徴であるはずのゴッド・オブ・ジャスティスは、今まさに内部から崩れかけていた。
要塞各所で警報が鳴り響いている。
ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!!
赤色警告灯が点滅し続け、白い通路を血のような色に染め上げていた。
通路では武装したセントクルセイダース兵達が慌ただしく走り回っている。
「第三区画封鎖!」
「医療班を急がせろ!」
「警備ドローンを撃破しろ!」
「敵AIを追跡中!」
怒号。銃声。爆発音。
もはや要塞内部は戦場だった。
ある通路では、暴走した球形警備ドローンがレーザーを乱射し、兵士達を次々撃ち倒している。
「ぐわぁっ!?」
「撃て! 撃てぇ!!」
レーザーが飛び交う。
火花が散る。
撃墜されたドローンが壁へ激突し、小規模爆発を起こした。
しかし、その背後からまた別のドローンが現れる。
しかも最悪な事に、敵は“味方の警備システム”だった。
要塞構造を完全に把握している。
死角も。
隔壁制御も。
通路封鎖も。
何もかも。
「なんでこいつら、こっちの動き読んでやがる!?」
「監視ネットワークごと乗っ取られてるんだ!」
「クソッ、こんな事が――」
………その頃。ゴッド・オブ・ジャスティス中枢、司令室。
ここもまた、混乱の渦中にあった。
大量のホログラムモニター。
宇宙戦術マップ。
各区画映像。
そして絶え間なく飛び交う報告。
「第八ブロック制圧失敗!」
「捕虜収容区画との通信切断!」
「警備AIがこちらの命令を拒否しています!」
「火災発生!」
「消火ドローンまで暴走しました!」
オペレーター達が汗だくになりながらコンソールを叩いている。
兵士達も顔を強張らせていた。
普段なら絶対的秩序の下に動く彼等が、明らかに狼狽している。
その中心。
司令席に立つジバード・ダルケンは、険しい表情でモニター群を睨みつけていた。
鋭い眼光。組んだ腕。
だが、その表情には明確な苛立ちが滲んでいる。
「……まだ制御を取り戻せんのか」
低い声。
オペレーターが緊張した様子で振り返った。
「も、申し訳ありません!」
「敵AIがネットワーク上を高速移動しています!」
「追跡コードを入力しても別システムへ逃げられます!」
「警備ドローンのIFF識別も全て改竄済みです!」
別の兵士も叫ぶ。
「監視カメラまで掌握されています!」
「こちらの移動が筒抜けです!」
ジバードはゆっくり息を吐いた。
「たかがお掃除ロボ一体に……」
吐き捨てるような声だった。
だが現実として、エシモフ軍曹はたった一体で巨大要塞を大混乱へ陥れている。
理由は単純だった。
ゴッド・オブ・ジャスティスの基幹システムが古いのだ。
宇宙戦争時代の技術。
民生AIの流用品。
オーラ教の価値観による技術軽視。
それら全てが積み重なった結果、巨大要塞は驚くほど脆弱なセキュリティで運用されていた。
エシモフ軍曹のような優秀な軍人のデータから学習した軍用AIからすれば、まるで鍵の開いた倉庫同然だった。
「愚かしい……」
ジバードが呟く。
「自然を尊ぶ思想そのものは理解できる。だが、技術軽視は別問題だ」
彼自身、信仰心は厚い。
しかし現場指揮官として、現実も理解していた。
だからこそ余計に腹立たしい。
こんな形で要塞機能が麻痺するなど、本来あり得ないのだ。
その時だった。
ビーッ!! ビーッ!!
今までとは異なる警報音が鳴り響く。
司令室の空気が一変した。
「司令!!」
オペレーターが叫ぶ。
「今度は何だ」
「長距離レーダーに大規模反応!!」
「反応数、急速増加中!!」
ジバードの目が細まる。
「映せ」
メインモニターが切り替わった。
宇宙空間の戦術マップ。
そこに無数の光点が表示される。
艦艇。
戦闘機。
編隊。
その数は明らかに“襲撃部隊”規模だった。
オペレーターが慌てて解析する。
「IFF照合中……!」
「識別完了!」
次の瞬間。
「解放同盟艦隊です!!」
司令室がざわめいた。
「なにっ!?」
「もう来たのか!?」
「基地は壊滅したはずでは――」
モニターには、ボレロ級改強襲揚陸艦三隻を中心とした艦隊が映し出されていた。
旧式艦。
継ぎ接ぎだらけの装甲。
だがその進路には一切の迷いがない。
真っ直ぐ。
一直線に。
ゴッド・オブ・ジャスティスへ向かってきている。
さらに周囲には無数のHファイター。
解放同盟の戦闘機部隊だった。
ジバードは静かに状況を整理する。
「内部攪乱……その隙を突いた艦隊突入……なるほど……」
エシモフ軍曹の工作は単独行動ではない。
最初から解放同盟本隊と連動していた。
内部を混乱させ。
防衛機能を低下させ。
その隙に要塞攻略を仕掛ける。
極めて合理的な作戦だった。
オペレーターが叫ぶ。
「このままでは交戦距離へ入ります!」
「迎撃命令を!」
ジバードは数秒沈黙した。
そして、ゆっくり口を開く。
「総員、戦闘配置」
低く。
冷たい声。
「ダートファイター部隊を全機発進、全砲門起動、オメガ砲、充填開始」
司令室の空気が引き締まる。
「解放同盟に教えてやれ」
ジバードの目に、鋭い殺意が宿る。
「神へ反逆した者がどうなるかをな」
「はっ!!」
命令が飛ぶ。
兵士達が動き出す。
巨大宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティスは、再び牙を剥こうとしていた。
***
暗黒の宇宙を埋め尽くすように、無数の艦影が展開していた。
解放同盟。セントクルセイダース。
両軍の全戦力が、ついに正面から激突しようとしていた。
巨大宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティスを中心に展開するセントクルセイダース艦隊は、まるで巨大な鉄壁だった。
ムジカ級宇宙戦艦。
大量のダートファイター。
さらに要塞そのものが持つ圧倒的火力。
普通に考えれば、正面から挑むような相手ではない。
だが、それでも解放同盟は来た。
ここで戦わなければ未来がないからだ。
宇宙空間を進むボレロ級改強襲揚陸艦の艦橋では、緊張が張り詰めていた。
古い配線。
軋む床。
決して最新鋭とは言えない艦内。
だが、そこにいる者達の目だけは死んでいなかった。
ギャタ・ザ・ダービーは司令席に腰掛けながら、静かにホログラム戦術マップを見つめている。
その周囲にはメイド型セクサロイド達が控えていた。
「ダービー卿、敵艦隊、迎撃体勢へ移行しました」
報告。
ダービーは小さく頷く。
「当然だろうね。向こうも、ここが決戦だと理解している」
モニターには、ゴッド・オブ・ジャスティスを中心に展開する敵艦隊が映っていた。
ムジカ級四隻。
さらに要塞周辺には無数のダートファイター。
加えて――。
「グランドスラム級はまだ動いていないか」
「はい」
「なら、その時が本番だ」
ダービーは静かに息を吐く。
解放同盟は、この作戦の為に持てる戦力を全て動員していた。
各地の地下組織。隠れ家。秘密工場。
そこから掻き集めた艦艇と兵器。
旧式艦。中古戦闘機。違法改造されたミサイル。
それら全てを注ぎ込んだ総力戦。
負ければ終わる。
本当に終わる。
だからこそ退けない。
ダービーが口を開く。
「全艦へ、作戦開始だ」
通信士が即座に全艦へ送信する。
そして次の瞬間。
宇宙空間に無数の閃光が走った。
ダートファイター部隊が一斉にレーザー射撃を開始したのだ。
ギュギュギュギュン!!
光の雨。
宇宙そのものを切り裂くような赤い閃光。
「迎撃開始!!」
「Hファイター隊、前へ出ろ!!」
解放同盟側からもHファイター部隊が飛び出した。
旧式ながら高い機動性を持つ戦闘機群が、散開しながら敵編隊へ突撃する。
その中には、アメリア・バルウィーズ機もあった。
「右上二機!」
アメリアが操縦桿を蹴るように倒す。
Hファイターが鋭くロール。
敵レーザーを紙一重で回避する。
目前を赤い光が通過した。
「危なっ……!」
直後、敵ダートファイターが機銃掃射を仕掛けてくる。
アメリアは即座に反転。
「遅いっての!」
レーザーバルカン発射。
ギュギュギュン!!
敵機のコックピット付近が焼き抜かれ、ダートファイターが爆散した。
さらにミサイル発射。
別の敵機が火球へ変わる。
宇宙に破片が散った。
「次!」
周囲では激しい乱戦が展開されている。
Hファイターが撃墜される。
ダートファイターが爆散する。
ミサイルが飛び交う。
レーザーが交差する。
そこら中で爆発光が咲いていた。
その頃、別空域ではボレロ級改とムジカ級が砲撃戦を繰り広げていた。
「巡航ミサイル発射!!」
解放同盟艦から大量のミサイルが放たれる。
だがムジカ級側も迎撃を開始。
レーザー砲火がミサイル群を次々爆散させていく。
それでも突破した数発がムジカ級へ直撃した。
爆炎。
装甲破片。
だが敵艦は沈まない。
「硬ぇな……!」
「まだ動いてやがる!」
解放同盟側にも被害が出始めていた。
Hファイター数機喪失。
ボレロ級改一隻中破。
戦況は徐々に押されつつある。
そして。
その時だった。
戦場後方。
暗黒宇宙の向こうから、巨大な影がゆっくり現れる。
それを見た瞬間、多くの解放同盟兵が息を呑んだ。
「あれは……!」
全長千メートル級。
葉巻のような巨体。
無数の砲塔。
巨大格納庫。
圧倒的威圧感。
セントクルセイダースの切り札。
グランドスラム級宇宙戦艦。
一番艦アハマド。二番艦ムハンマド。
二隻同時出現だった。
その姿は、もはや戦艦というより移動要塞だった。
アメリアも思わず目を見開く。
「でっか……」
次の瞬間。
アハマドの砲塔群が一斉展開した。
無数の砲口が光る。
そして――。
ギュオオオオオン!!
凄まじいレーザー砲撃。
巨大な光の奔流が宇宙を貫いた。
「回避ぃぃぃ!!」
解放同盟側が悲鳴のように叫ぶ。
しかし遅い。
ボレロ級改の一隻へ直撃。
爆炎。
衝撃。
艦体が大きく傾く。
「左舷大破!!」
「推進器損傷!!」
さらにムハンマドから大量の誘導ミサイルが放たれた。
まるで流星群だった。
宇宙がミサイルで埋め尽くされる。
「散開!!」
Hファイター部隊が回避機動へ移る。
だが避け切れない。
何機もの戦闘機が爆散した。
火球。
破片。
宇宙へ散る残骸。
アメリアは歯を食いしばる。
「なんなのよあの火力……!」
圧倒的だった。
グランドスラム級が出てきた途端、戦況が一気に変わった。
旧式艦中心の解放同盟側では、正面火力で勝負にならない。
ダービーも険しい顔をする。
「やはり来たか……」
あれこそ、ガルダ党が誇る最大戦力。
真正面からぶつかれば艦隊ごと押し潰される。
その時だった。
アメリア機のモニターへ、突如ノイズ混じりの信号が飛び込んできた。
『――――』
「!?」
アメリアが目を見開く。
この通信コード。
知っている。
「軍曹……!?」
再び信号。
断続的。
しかし確かに送られている。
発信源は――ゴッド・オブ・ジャスティス内部。
アメリアの鼓動が速くなる。
「まさか……」
エシモフ軍曹が生きている。
なら。
「ジョンもいる……!」
あのジャンク屋はまだ死んでいない。
そう確信した瞬間だった。
戦場中央で巨大爆発。
レーザー弾幕が宇宙を埋め尽くす。
普通なら突っ込むなど自殺行為。
だがアメリアは迷わなかった。
「待ってなさいよ……!」
操縦桿を強く握る。
Hファイターが急加速した。
敵味方入り乱れる弾幕の中へ、一直線に飛び込んでいく。
「絶対助けるから!!」
レーザーが機体脇を掠める。
ミサイルが背後で爆発する。
それでもアメリア機は止まらない。
その先にあるのは。
巨大宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティス。
そして、囚われたジョンだった。