宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
要塞の内部は、もはや完全な戦場と化していた。
赤色警報灯が絶え間なく点滅を繰り返し、白い金属製通路を血のような赤色へ染め上げている。
耳障りな警報音。
遠くで響く爆発。
レーザー銃声。
怒号。
さらに換気システムを通して流れ込んでくる焦げ臭い匂いが、要塞全体の混乱をより生々しく感じさせていた。
通路脇には破壊された警備ドローンが転がっている。
壁にはレーザー痕。
天井からは火花が散っていた。
セントクルセイダース兵達が右往左往しながら駆け回り、各所で交戦が発生している。
その混乱の只中を、ジョン・サトウは必死に走っていた。
「はぁっ……!はぁっ……!」
荒い呼吸。
肺が焼けるように熱い。
汗が額を流れ落ちる。
右手には没収されていたレーザーピストル。
その銃口はまだ微かに熱を帯びていた。
背後では、エシモフ軍曹がキャタピラ音を響かせながら続いている。
『ジョン君、次を左だ!』
「お前ほんとに道合ってんだろうな!?」
『疑う暇があったら脚を動かせい!』
怒鳴り返す軍曹。
ジョンは舌打ちしながら角を曲がった。
直後だった。
前方通路から武装したセントクルセイダース兵達が飛び出してくる。
「いたぞ!!」
「捕虜だ!!」
「異教徒を逃がすな!!」
円筒形ヘルメットの奥から響く怒声。
兵士達は即座にレーザーライフルを構えた。
「撃てぇぇ!!」
ギュン!! ギュギュン!!
赤い閃光が通路を埋め尽くす。
「うおっ!?」
ジョンは咄嗟に床へ滑り込んだ。
レーザーが頭上を通過する。
壁が爆ぜる。
金属片が飛び散った。
「っぶねぇ!!」
そのまま体勢を立て直し、ジョンも反撃する。
ギュン!!
一発。
兵士の胸部へ命中。
「ぐあっ!?」
一人が倒れる。
だが残りは止まらない。
「構うな!」
「包囲しろ!!」
「オーラは最も偉大なり!!」
狂信的な叫び。
ジョンは顔をしかめた。
「何なんだよこいつら……!」
まるで感情が壊れている。
普通の兵士なら、混乱する要塞内部でここまで統率して突っ込んでは来ない。
だがセントクルセイダースは違った。
恐怖より信仰が先に来る。
だから厄介だった。
『走れジョン君!』
エシモフ軍曹が叫ぶ。
ジョンは再び走り出した。
背後ではレーザー弾が追ってくる。
金属床を蹴る足音。
荒い息。
心臓が激しく脈打つ。
その時だった。
エシモフ軍曹が突然停止した。
「……は?」
ジョンが振り返る。
すると軍曹は、通路脇の大型アクセス端末へアームを伸ばしていた。
「おい!?」
『少し待て』
「待てじゃねぇ!」
『メインコンピューターへ接続する』
「今!?」
ジョンは思わず叫ぶ。
「今そんな事してる場合かよ!?」
だが軍曹は落ち着き払っていた。
『今だからこそだ』
次の瞬間。
軍曹のボディ側面が開き、内部から細い接続ケーブルが伸びる。
それが端末へ突き刺さった。
ピシッ、と火花。
直後、モニターへ大量の文字列が流れ始める。
「おいおいおい……」
ジョンが引き攣る。
モニター上では凄まじい速度でコードが展開されていた。
認証突破。
アクセス権限取得。
ファイアウォール無効化。
システム階層移行。
ジョンには何一つ理解できない。
だが、エシモフ軍曹が要塞中枢へ侵入している事だけは解った。
『ふむ……』
軍曹の赤いセンサーアイが淡く点滅する。
『予想通りだ』
「何がだよ!?」
『セキュリティが甘い。宇宙戦争時代の設計をそのまま流用しておる。これでは玄関の鍵を開けっ放しにしているようなものだ』
「感心してる場合か!?」
ジョンは叫びながら通路奥を警戒する。
遠くから足音が響いていた。
「侵入者はこの辺りだ!」
「逃がすな!」
「包囲しろ!!」
来る。
ジョンは舌打ちした。
「軍曹!マジで急げ!!」
『もう少しだ』
「その“もう少し”が危ねぇんだよ!!」
ジョンは通路角から身を乗り出し、追ってきた兵士達へレーザーを撃ち込む。
ギュン!!
「ぐっ!?」
一人が倒れる。
だが後続が多い。
兵士達は壁を盾にしながら前進してきた。
「異教徒め!」
「大人しく処刑されろ!!」
「神へ逆らう者に慈悲はない!!」
「十分慈悲ねぇだろうが!!」
ジョンが怒鳴り返す。
だが兵士達は止まらない。
まるで機械だ。
ジョンは額の汗を乱暴に拭った。
「クソッ……!」
弾数も有限。
囲まれれば終わる。
その時だった。
エシモフ軍曹のセンサーが強く明滅する。
『――完了した』
「最初からそれを言え!!」
ジョンが叫ぶ。
軍曹はケーブルを引き抜いた。
端末画面が一瞬だけ不気味に明滅する。
何かが書き換わった。
そんな嫌な予感だけが残った。
だが軍曹は内容を説明しない。
ただ、どこか満足げだった。
『さて、これで良い』
「何したんだよ」
『保険だ』
「だから何の!」
『後で役に立つ』
ジョンは嫌そうな顔をした。
「お前の“役に立つ”っていまいち信用ならねぇんだよな……」
『褒め言葉として受け取っておこう』
「褒めてねぇ!!」
そんなやり取りをしながらも、二人は再び走り出す。
背後ではセントクルセイダース兵達が迫っている。
前方では要塞全体が軋み続けている。
外では艦隊戦。
内部では混乱。
巨大宇宙要塞ゴッド・オブ・ジャスティスは、確実に崩壊へ向かいつつあった。
そして、その引き金の一つを引いたのが――今まさにジョンの隣を走る、お掃除ロボの姿をした老軍曹である事を、まだ誰も知らなかった。
ゴッド・オブ・ジャスティス内部。
警報音はなおも鳴り響いていた。
赤色灯が激しく点滅し、白い金属通路を血のような色へ染め上げている。
あちこちで火花が散り、遠くでは爆発音が響く。
要塞全体が混乱に包まれていた。
その中を、ジョン・サトウとエシモフ軍曹は全力で走り続けていた。
「はぁっ……! はぁっ……!」
肺が焼ける。
脚が重い。
だが止まれない。
止まれば捕まる。
ジョンはレーザーピストルを握ったまま、通路を駆け抜けた。
『急げジョン君!』
「言われなくても急いでる!!」
エシモフ軍曹が先導する。
その小さなお掃除ロボのボディが、信じられない速度でローラーを回転させていた。
角を曲がる。
さらに進む。
その時だった。
目の前の巨大隔壁がゆっくり開き始める。
ゴゴゴゴ……。
重々しい駆動音。
ジョンが顔を上げる。
そして次の瞬間、思わず目を見開いた。
「……うお」
そこは巨大格納庫だった。
天井は遥か上方。
無数の作業アーム。
補給用コンテナ。
整備用クレーン。
そして何より。
そこに並んでいる機体群。
ダートファイター。作業ポッド。
さらには――。
「Hファイター……!」
解放同盟から鹵獲されたのであろうHファイターが、格納庫端へ数機並べられていた。
そのうち一機には損傷も少ない。
ジョンは即座に理解する。
「アレ使うぞ!」
『うむ!』
二人は格納庫を横切るように走った。
しかし。
「いたぞぉ!!」
怒号。
次の瞬間、周囲通路から大量のセントクルセイダース兵が雪崩れ込んできた。
レーザーライフルを構え、一斉に包囲を形成する。
「動くな!!」
「異教徒!!」
「逃げ場はないぞ!!」
ジョンが立ち止まる。
「チッ……!」
完全に囲まれていた。
数が多すぎる。
格納庫中央という開けた場所では遮蔽物も少ない。
兵士達は半円状に広がりながら距離を詰めてくる。
青い強化服。円筒ヘルメット。無機質な姿。
その異様な威圧感に、ジョンは思わず奥歯を噛み締めた。
「ここまでかよ……」
兵士の一人がライフルを向ける。
「投降しろ」
「オーラの慈悲により、即刻殺しはせん」
「ただし抵抗した場合は別だ」
「はっ」
ジョンは鼻で笑った。
「その後どうせ処刑するんだろ」
「黙れ異教徒!!」
兵士達が一斉に銃口を向ける。
緊張。殺気。
今にも撃たれそうな空気。
その時だった。
突然、格納庫警報が変わった。
ビーッ!! ビーッ!!
『未確認機接近!!』
『格納庫へ侵入!!』
「何!?」
兵士達が動揺する。
次の瞬間。
格納庫外壁が爆発した。
ドガァァァン!!
金属片と火花が吹き飛ぶ。
煙の中から、一機のHファイターが突っ込んでくる。
「なっ――!?」
青白い機体。
翼を広げたH型シルエット。
アメリア機だった。
「どぉぉぉりゃああああ!!」
アメリアの叫び。
Hファイターが格納庫床スレスレを高速滑空する。
レーザーバルカン発射。
ギュギュギュギュン!!
「ぐああっ!?」
「ぎゃあっ!!」
セントクルセイダース兵達が次々吹き飛ぶ。
さらに機体が横滑りしながら兵士達を蹴散らしていく。
まるで鉄の暴風だった。
「ジョン!!」
コクピット越しにアメリアが叫ぶ。
「早く乗って!!」
「アメリア!?」
ジョンが目を見開く。
『来てくれると信じておったぞ!』
「軍曹は黙ってて!!早く!!」
アメリアが怒鳴る。
ジョンは思わず苦笑した。
「助かった!!」
二人は即座に鹵獲Hファイターへ飛び乗る。
ジョンが操縦席へ滑り込み、エシモフ軍曹も補助席側へ固定された。
『久々だなこの感覚は』
「感慨に浸ってる場合か!」
ジョンは急いで起動操作を叩き込む。
メイン電源。
推進系。
武装系。
幸い機体状態は悪くない。
『エンジン始動』
『システムオールグリーン』
機械音声。
ジョンがニヤリと笑う。
「よぉし!」
その時、背後から兵士達が再び現れる。
「撃てぇぇぇ!!」
レーザーの雨。
「離脱する!!」
ジョンはスロットルを最大まで押し込んだ。
Hファイターが爆音と共に加速する。
アメリア機も並走。
二機のHファイターは格納庫外へ飛び出した。
直後。
宇宙空間が広がる。
漆黒の闇。
爆発光。
レーザーの雨。
そこでは未だ艦隊戦が続いていた。
「うわっ……!」
ジョンが息を呑む。
あちこちで艦が燃えている。
Hファイターが爆散している。
まさに地獄だった。
その時。
巨大な影が視界を覆う。
「……は?」
ジョンが凍り付く。
目前にいたのは――。
グランドスラム級宇宙戦艦。
一番艦アハマド。
巨大だった。
もはや山だ。
いや、小型コロニーに近い。
無数の砲塔。重厚装甲。巨大スラスター。
圧倒的威圧感。
ジョンは思わず呟いた。
「デカ過ぎんだろおい……」
『ジョン君』
エシモフ軍曹が静かに言う。
『良い機会ではないか?』
「……あぁ?」
その瞬間。
ジョンはニヤリと笑った。
「確かにな」
ここまで散々追い回された。
殺されかけた。
処刑までされかけた。
なら。
少しくらい仕返ししてもいい。
「ミサイル全弾ロック」
『了解』
Hファイターのミサイルベイが開く。
ロックオン警告。
照準固定。
狙うのは艦後部。
巨大スラスター群。
「プレゼントだ」
ジョンは引き金を引いた。
ゴシュウウウウ!!
搭載ミサイル全弾発射。
無数の軌跡が宇宙を駆ける。
アハマド側も迎撃を開始した。
レーザー砲火。
迎撃弾幕。
だが近距離過ぎた。
数発が突破する。
そして。
直撃。
ドゴォォォォン!!
巨大爆発。
アハマド後部スラスターの一基が吹き飛んだ。
……ジョンの計算としては、その程度の損傷を与えたぐらいであった。しかし、事態は思いもしない方向に動く事になる。
『推進器損傷!!』
『艦姿勢制御不能!!』
アハマドが大きく傾く。
その巨体が制御を失い、横滑りを始める。
「お、おいおいおい!?」
さらにその進行方向には――二番艦ムハンマド。
回避が間に合わない。
そして、巨大戦艦同士が激突した!
ゴゴゴゴゴゴォォォン!!!
凄まじい衝撃。
装甲が砕ける。
火花と爆炎が宇宙へ広がった。
巨大艦同士が絡み合うように衝突し、戦場全体が一瞬騒然となる。
ジョンはその光景を見ながら、思わず口を開けていた。
「……やっべ」
アメリア機から通信。
『アンタ最高ぉぉぉぉ!!』
アメリアのテンションがやたら高い。
『見た!? 今の見た!?超デカい戦艦同士ぶつかったんだけど!?やばっ! めちゃくちゃやばいって!!』
『快挙であるな!』
「軍曹まで乗るな!!」
ジョンは思わず叫ぶ。
「いやこれ絶対後で賠償とか問われるタイプのやつだろ!!俺元は第三者なんだぞ!?戦艦同士衝突とかシャレになってねぇって!!何でそんなテンション高いんだよお前ら!?」
だがアメリアは大笑いしていた。
「敵艦なんだからいいじゃん!!」
『うむ、実に爽快だ』
「俺だけ感覚おかしいのか!?」
そんな騒ぎをしながらも、二機のHファイターは大混乱に陥った戦場を高速で飛び去っていく。
背後では、衝突した巨大戦艦同士がなおも火花と爆炎を撒き散らしていた。