宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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68.

 惑星バスタゴア。

 その首都中心部にそびえるガルダ党中央議事堂は、太陽に照らされて異様な存在感を放っていた。

 白亜の巨大建築。

 幾何学的に並ぶ尖塔。

 黄金色の装飾。

 外壁にはオーラ教の紋章がこれでもかと刻まれ、巨大な礼拝塔が空へ突き刺さるように伸びている。

 その周囲だけは、まるで別世界のようだった。

 街の民衆が飢え、薄汚れた路地で肩を寄せ合いながら生きている一方で、ここだけは過剰なまでに豪奢だった。

 ガルダ党。そしてオーラ教。

 その権威を誇示する為だけに作られたような建物だった。

 その議事堂最上階。

 巨大なガラス窓を備えた執務室に、一人の男が立っていた。

 

 モハメッド・ルカイダル。

 

 惑星バスタゴア最高権力者。

 オーラ教絶対主義国家を築き上げた男。

 その彼が今、窓の向こうを見上げたまま微動だにしていなかった。

 

 宇宙が燃えていた。

 いや。

 正確には。

 ゴッド・オブ・ジャスティスが燃えていた。

 衛星軌道上。

 巨大な光の塊が膨れ上がり、夜空の一角を赤く染め上げている。

 崩壊。

 爆発。

 誘爆。

 超巨大宇宙要塞が、まるで恒星の死のように砕け散っていく。

 その姿は地上からでもはっきり見えていた。

 夜空に浮かぶ“神”が死んでいく。

 そんな光景だった。

 

「……」

 

 モハメッドは黙っていた。

 普段なら怒鳴り散らしていただろう。

 あるいは部下を処刑していたかもしれない。

 だが今の彼は、ただ硬直していた。

 信じられなかったのだ。

 ゴッド・オブ・ジャスティス。

 オメガ砲。

 セントクルセイダース。

 それは彼にとって絶対だった。

 自分の支配を保証する神の杖。

 恐怖による統治の象徴。

 反抗する者全てを焼き払う裁きそのもの。

 それが。

 今。

 燃えている。

 崩れている。

 壊れている。

 

「……ありえん」

 

 掠れた声だった。

 

「ありえん……」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 その額には脂汗が浮かんでいた。

 宇宙でまた巨大爆発が起こる。

 閃光が夜空を染めた。

 それを見た瞬間。

 モハメッドの脳裏に、ある現実が叩き付けられる。

 

 ――ゴッド・オブ・ジャスティスが失われる。

 

 それは何を意味するのか。

 理解した。

 理解してしまった。

 

「……まずい」

 

 顔色が変わる。

 焦燥。

 恐怖。

 今まで他人へ向けていた感情が、自分へ返ってきた。

 ゴッド・オブ・ジャスティスは単なる兵器ではない。

 支配の象徴だった。

 それを失えば、人々は気付く。

 ガルダ党は絶対ではないと。

 オーラ教は無敵ではないと。

 恐怖は、崩れる。

 そして恐怖で成り立った国家は、恐怖が消えれば終わる。

 

「衛兵!!」

 

 モハメッドが怒鳴る。

 執務室の扉が開き、セントクルセイダース兵士が駆け込んできた。

 

「はっ!」

「至急脱出艇を用意しろ!!議事堂地下格納庫だ!!オーラ教聖地宙域へ向かう!!」

 

 モハメッドは早口でまくし立てる。

 先程までの余裕は消えていた。

 顔には焦りが浮かび、声も震えている。

 

「急げ!!すぐだ!!」

「は、はい!」

 

 兵士が慌てて通信機へ手を伸ばす。

 だが。

 次の瞬間だった。

 

『緊急報告!!』

 

 通信機から悲鳴のような声が響く。

 

『議事堂周辺に武装集団多数!!』

『反政府勢力です!!』

『数が多すぎます!!』

 

 モハメッドの動きが止まった。

 

「……何?」

『市民達も加わっています!!』

『解放同盟が先導しています!!』

『包囲されました!!』

 

 その言葉と同時に。

 遠くから爆発音が響いた。

 

 ドォン!!

 

 窓ガラスが微かに震える。

 続いて銃声。

 怒号。

 叫び。

 今まで押さえ付けられていた人々の感情が、一気に噴き出したような音だった。

 モハメッドがゆっくり窓へ近付く。

 そして地上を見下ろした。

 議事堂周辺の広場。

 そこは既に人で埋め尽くされていた。

 武器を持つ者。

 旗を掲げる者。

 怒号を上げる者。

 解放同盟の戦闘員達。

 そして一般市民達。

 皆、議事堂を睨んでいた。

 怒りの目で。

 憎悪の目で。

 今まで虐げられてきた者達の目だった。

 モハメッドの喉が鳴る。

 

「……馬鹿な」

 

 信じられなかった。

 今まで民衆は怯えていた。

 逆らわなかった。

 頭を下げていた。

 それが今、自分へ牙を向けている。

 なぜか。

 理由は明白だった。

 ゴッド・オブ・ジャスティスが沈んだからだ。

 絶対的暴力が失われた瞬間、人は恐怖から解放される。

 そして恐怖から解放された人間は、今度は怒りを思い出す。

 長年積み重ねられた怒りを。

 搾取された怒りを。

 踏み躙られた怒りを。

 

「……っ」

 

 モハメッドは言葉を失った。

 足が動かない。

 頭では逃げなければならないと分かっている。

 だが身体が硬直していた。

 宇宙ではなおもゴッド・オブ・ジャスティスが爆発を続けている。

 夜空を焼きながら。

 崩れながら。

 まるでガルダ党そのものが燃え落ちていくかのように。

 そして地上では、議事堂を包囲する群衆の怒号がさらに大きくなっていた。

 

「打倒ガルダ党!!」

「自由を返せ!!」

「オーラは最も偉大なり、だと!?ふざけるな!!」

「子供達を返せ!!」

 

 叫びが響く。

 怒声が響く。

 モハメッドはただ立ち尽くしていた。

 今まで自分が見下してきた民衆の怒りを前に。

 何一つ出来ないまま。

 

 

 ***

 

 

 第二衛星基地。

 小惑星内部をくり抜いて作られたその秘密基地は、これまで以上の喧騒に包まれていた。

 

 格納庫では無数の作業員達が走り回り、損傷したHファイターの修理が急ピッチで進められている。

 火花が散る。

 工具の音が響く。

 怒鳴り声と歓声が入り混じる。

 だが、その空気はこれまでとは決定的に違っていた。

 重苦しさが薄れていた。

 皆の顔に、確かな高揚が浮かんでいた。

 

 理由は一つ。

 ゴッド・オブ・ジャスティス撃破。

 それは、ただの戦果ではない。

 これまで決して崩せなかった“支配の象徴”を破壊したという事実そのものが、解放同盟の人々を昂揚させていた。

 

「帰還機入ります!」

 

 オペレーターの声が格納庫に響く。

 次の瞬間、損傷だらけのHファイター二機がゆっくりと着艦してきた。

 焼け焦げた装甲。

 傷だらけの機体。

 無数の被弾痕。

 それでも二機は確かに生き延びて帰ってきた。

 格納庫に歓声が広がる。

 

「戻ったぞ!!」

「アメリアだ!!」

「ジョンもいる!!」

「エシモフ軍曹もだ!!」

 

 整備員達が駆け寄る。

 医療班も待機している。

 機体ハッチが開いた。

 最初に降りてきたのはジョンだった。

 疲労困憊だった。

 服は煤だらけ。

 顔には裂傷。

 腕にも包帯代わりの応急処置が巻かれている。

 それでも彼は生きていた。

 

「ジョーン!!」

 

 誰かが叫ぶ。

 続いてアメリアが降り立つ。

 こちらも疲れてはいたが、その目には強い光が残っていた。

 最後に、小型カートのように転がりながらエシモフ軍曹が降りてくる。

 

『ふぅ……流石に疲れたぞい』

 

 その瞬間だった。

 格納庫にいた解放同盟の人々が一斉に拍手を始める。

 歓声。口笛。叫び。

 

「英雄だ!!」

「やってくれた!!」

「ゴッド・オブ・ジャスティスを落としたぞ!!」

「オメガ砲を止めたんだ!!」

 

 誰かがジョンの肩を叩く。

 誰かがアメリアを抱き締める。

 エシモフ軍曹を持ち上げようとして『やめんか馬鹿者! 腰が壊れる!』と怒鳴られている者までいた。

 まるで祭りだった。

 絶望の中で戦ってきた彼等にとって、今日の勝利はそれほど大きかった。

 

「いや、俺は別に……」

 

 ジョンは困惑気味だった。

 英雄扱いなどされた事がない。

 元々はただのジャンク屋なのだ。

 こんな歓声を浴びる人生など想像した事もなかった。

 

 だが。

 その時。

 人混みの向こうに、見慣れた紫色の髪が見えた。

 

 セリアだった。

 

 彼女は人混みの後ろで立ち尽くしていた。

 その顔には、安堵と、不安と、怒りと、色々な感情が混ざっていた。

 ジョンの姿を見た瞬間、彼女の瞳が揺れる。

 

「……ジョン」

 

 その声を聞いた瞬間だった。

 ジョンは反射的に走っていた。

 周囲の声も、歓声も、全部置き去りにして。

 

「セリア!」

 

 人混みを掻き分ける。

 そして。

 ようやく彼女の前へ辿り着いた瞬間、ジョンは迷わずセリアを抱き締めた。

 

「うおっ――」

 

 勢いそのままの抱擁だった。

 セリアの身体がぐらりと揺れる。

 だが次の瞬間。

 セリアもまた、強くジョンへ抱き付いていた。

 

「……馬鹿」

 

 震える声だった。

 

「ほんとに馬鹿よ、あんた……」

「悪い……」

「悪いじゃないわよ……!」

 

 セリアの声が掠れる。

 彼女はジョンの背中へ腕を回し、そのままぎゅっと抱き締め返していた。

 

「心配したんだから……!死んだかと思った……!」

 

 その声は、本気だった。

 セクサロイド。

 人工知能。

 作られた感情。

 そういう理屈など、今の彼女には関係なかった。

 ジョンがいなくなる事が怖かった。

 それだけだった。

 ジョンもまた、セリアを抱き締め返す。

 彼女が無事だった事に、心の底から安堵していた。

 

「……お前も無事でよかった」

「当たり前じゃない……」

 

 セリアが鼻をすすりながら言う。

 

「ぐす………あたしを誰だと思ってんのよ?ラクーン号の操縦、舐めないでちょうだい」

 

 そう言いつつも、彼女はジョンから離れようとしなかった。

 二人はそのまましばらく抱き合っていた。

 周囲の解放同盟メンバー達がニヤニヤしながら見守っている事にも気付かないまま。

 

 一方。

 少し離れた場所で。

 アメリアはその光景を静かに見つめていた。

 歓声は遠い。

 周囲は騒がしい。

 それなのに、何故かそこだけ時間がゆっくり流れているように見えた。

 

「……そっか」

 

 小さく呟く。

 自分でも気付いていた。

 ジョンと話す時間が好きだった。

 外の世界の話を聞くのも好きだった。

 一緒に整備をする時間も。

 戦場で背中を預ける瞬間も。

 全部。

 気付けば特別になっていた。

 だけど。

 今目の前にある光景を見れば、理解できてしまう。

 入れない。

 この二人の間には。

 ジョンがセリアを見る目。

 セリアがジョンへ向ける感情。

 あれは、もう。

 

「……勝てないなぁ」

 

 アメリアは苦笑した。

 寂しそうに。

 少しだけ泣きそうな顔で。

 だが彼女は何も言わなかった。

 言えるはずもなかった。

 代わりに、静かに視線を逸らす。

 そしてわざと明るい声を作り、近くの整備員へ叫んだ。

 

「ちょっとー!あたしの機体もちゃんと直しといてよー!」

 

 周囲が笑う。

 アメリアも笑う。

 いつものように。

 いつもの自分のように。

 だがその胸の奥では、小さな失恋が静かに終わりを迎えていた。

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