宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
惑星バスタゴア。
その首都中心部にそびえるガルダ党中央議事堂は、太陽に照らされて異様な存在感を放っていた。
白亜の巨大建築。
幾何学的に並ぶ尖塔。
黄金色の装飾。
外壁にはオーラ教の紋章がこれでもかと刻まれ、巨大な礼拝塔が空へ突き刺さるように伸びている。
その周囲だけは、まるで別世界のようだった。
街の民衆が飢え、薄汚れた路地で肩を寄せ合いながら生きている一方で、ここだけは過剰なまでに豪奢だった。
ガルダ党。そしてオーラ教。
その権威を誇示する為だけに作られたような建物だった。
その議事堂最上階。
巨大なガラス窓を備えた執務室に、一人の男が立っていた。
モハメッド・ルカイダル。
惑星バスタゴア最高権力者。
オーラ教絶対主義国家を築き上げた男。
その彼が今、窓の向こうを見上げたまま微動だにしていなかった。
宇宙が燃えていた。
いや。
正確には。
ゴッド・オブ・ジャスティスが燃えていた。
衛星軌道上。
巨大な光の塊が膨れ上がり、夜空の一角を赤く染め上げている。
崩壊。
爆発。
誘爆。
超巨大宇宙要塞が、まるで恒星の死のように砕け散っていく。
その姿は地上からでもはっきり見えていた。
夜空に浮かぶ“神”が死んでいく。
そんな光景だった。
「……」
モハメッドは黙っていた。
普段なら怒鳴り散らしていただろう。
あるいは部下を処刑していたかもしれない。
だが今の彼は、ただ硬直していた。
信じられなかったのだ。
ゴッド・オブ・ジャスティス。
オメガ砲。
セントクルセイダース。
それは彼にとって絶対だった。
自分の支配を保証する神の杖。
恐怖による統治の象徴。
反抗する者全てを焼き払う裁きそのもの。
それが。
今。
燃えている。
崩れている。
壊れている。
「……ありえん」
掠れた声だった。
「ありえん……」
誰に言うでもなく呟く。
その額には脂汗が浮かんでいた。
宇宙でまた巨大爆発が起こる。
閃光が夜空を染めた。
それを見た瞬間。
モハメッドの脳裏に、ある現実が叩き付けられる。
――ゴッド・オブ・ジャスティスが失われる。
それは何を意味するのか。
理解した。
理解してしまった。
「……まずい」
顔色が変わる。
焦燥。
恐怖。
今まで他人へ向けていた感情が、自分へ返ってきた。
ゴッド・オブ・ジャスティスは単なる兵器ではない。
支配の象徴だった。
それを失えば、人々は気付く。
ガルダ党は絶対ではないと。
オーラ教は無敵ではないと。
恐怖は、崩れる。
そして恐怖で成り立った国家は、恐怖が消えれば終わる。
「衛兵!!」
モハメッドが怒鳴る。
執務室の扉が開き、セントクルセイダース兵士が駆け込んできた。
「はっ!」
「至急脱出艇を用意しろ!!議事堂地下格納庫だ!!オーラ教聖地宙域へ向かう!!」
モハメッドは早口でまくし立てる。
先程までの余裕は消えていた。
顔には焦りが浮かび、声も震えている。
「急げ!!すぐだ!!」
「は、はい!」
兵士が慌てて通信機へ手を伸ばす。
だが。
次の瞬間だった。
『緊急報告!!』
通信機から悲鳴のような声が響く。
『議事堂周辺に武装集団多数!!』
『反政府勢力です!!』
『数が多すぎます!!』
モハメッドの動きが止まった。
「……何?」
『市民達も加わっています!!』
『解放同盟が先導しています!!』
『包囲されました!!』
その言葉と同時に。
遠くから爆発音が響いた。
ドォン!!
窓ガラスが微かに震える。
続いて銃声。
怒号。
叫び。
今まで押さえ付けられていた人々の感情が、一気に噴き出したような音だった。
モハメッドがゆっくり窓へ近付く。
そして地上を見下ろした。
議事堂周辺の広場。
そこは既に人で埋め尽くされていた。
武器を持つ者。
旗を掲げる者。
怒号を上げる者。
解放同盟の戦闘員達。
そして一般市民達。
皆、議事堂を睨んでいた。
怒りの目で。
憎悪の目で。
今まで虐げられてきた者達の目だった。
モハメッドの喉が鳴る。
「……馬鹿な」
信じられなかった。
今まで民衆は怯えていた。
逆らわなかった。
頭を下げていた。
それが今、自分へ牙を向けている。
なぜか。
理由は明白だった。
ゴッド・オブ・ジャスティスが沈んだからだ。
絶対的暴力が失われた瞬間、人は恐怖から解放される。
そして恐怖から解放された人間は、今度は怒りを思い出す。
長年積み重ねられた怒りを。
搾取された怒りを。
踏み躙られた怒りを。
「……っ」
モハメッドは言葉を失った。
足が動かない。
頭では逃げなければならないと分かっている。
だが身体が硬直していた。
宇宙ではなおもゴッド・オブ・ジャスティスが爆発を続けている。
夜空を焼きながら。
崩れながら。
まるでガルダ党そのものが燃え落ちていくかのように。
そして地上では、議事堂を包囲する群衆の怒号がさらに大きくなっていた。
「打倒ガルダ党!!」
「自由を返せ!!」
「オーラは最も偉大なり、だと!?ふざけるな!!」
「子供達を返せ!!」
叫びが響く。
怒声が響く。
モハメッドはただ立ち尽くしていた。
今まで自分が見下してきた民衆の怒りを前に。
何一つ出来ないまま。
***
第二衛星基地。
小惑星内部をくり抜いて作られたその秘密基地は、これまで以上の喧騒に包まれていた。
格納庫では無数の作業員達が走り回り、損傷したHファイターの修理が急ピッチで進められている。
火花が散る。
工具の音が響く。
怒鳴り声と歓声が入り混じる。
だが、その空気はこれまでとは決定的に違っていた。
重苦しさが薄れていた。
皆の顔に、確かな高揚が浮かんでいた。
理由は一つ。
ゴッド・オブ・ジャスティス撃破。
それは、ただの戦果ではない。
これまで決して崩せなかった“支配の象徴”を破壊したという事実そのものが、解放同盟の人々を昂揚させていた。
「帰還機入ります!」
オペレーターの声が格納庫に響く。
次の瞬間、損傷だらけのHファイター二機がゆっくりと着艦してきた。
焼け焦げた装甲。
傷だらけの機体。
無数の被弾痕。
それでも二機は確かに生き延びて帰ってきた。
格納庫に歓声が広がる。
「戻ったぞ!!」
「アメリアだ!!」
「ジョンもいる!!」
「エシモフ軍曹もだ!!」
整備員達が駆け寄る。
医療班も待機している。
機体ハッチが開いた。
最初に降りてきたのはジョンだった。
疲労困憊だった。
服は煤だらけ。
顔には裂傷。
腕にも包帯代わりの応急処置が巻かれている。
それでも彼は生きていた。
「ジョーン!!」
誰かが叫ぶ。
続いてアメリアが降り立つ。
こちらも疲れてはいたが、その目には強い光が残っていた。
最後に、小型カートのように転がりながらエシモフ軍曹が降りてくる。
『ふぅ……流石に疲れたぞい』
その瞬間だった。
格納庫にいた解放同盟の人々が一斉に拍手を始める。
歓声。口笛。叫び。
「英雄だ!!」
「やってくれた!!」
「ゴッド・オブ・ジャスティスを落としたぞ!!」
「オメガ砲を止めたんだ!!」
誰かがジョンの肩を叩く。
誰かがアメリアを抱き締める。
エシモフ軍曹を持ち上げようとして『やめんか馬鹿者! 腰が壊れる!』と怒鳴られている者までいた。
まるで祭りだった。
絶望の中で戦ってきた彼等にとって、今日の勝利はそれほど大きかった。
「いや、俺は別に……」
ジョンは困惑気味だった。
英雄扱いなどされた事がない。
元々はただのジャンク屋なのだ。
こんな歓声を浴びる人生など想像した事もなかった。
だが。
その時。
人混みの向こうに、見慣れた紫色の髪が見えた。
セリアだった。
彼女は人混みの後ろで立ち尽くしていた。
その顔には、安堵と、不安と、怒りと、色々な感情が混ざっていた。
ジョンの姿を見た瞬間、彼女の瞳が揺れる。
「……ジョン」
その声を聞いた瞬間だった。
ジョンは反射的に走っていた。
周囲の声も、歓声も、全部置き去りにして。
「セリア!」
人混みを掻き分ける。
そして。
ようやく彼女の前へ辿り着いた瞬間、ジョンは迷わずセリアを抱き締めた。
「うおっ――」
勢いそのままの抱擁だった。
セリアの身体がぐらりと揺れる。
だが次の瞬間。
セリアもまた、強くジョンへ抱き付いていた。
「……馬鹿」
震える声だった。
「ほんとに馬鹿よ、あんた……」
「悪い……」
「悪いじゃないわよ……!」
セリアの声が掠れる。
彼女はジョンの背中へ腕を回し、そのままぎゅっと抱き締め返していた。
「心配したんだから……!死んだかと思った……!」
その声は、本気だった。
セクサロイド。
人工知能。
作られた感情。
そういう理屈など、今の彼女には関係なかった。
ジョンがいなくなる事が怖かった。
それだけだった。
ジョンもまた、セリアを抱き締め返す。
彼女が無事だった事に、心の底から安堵していた。
「……お前も無事でよかった」
「当たり前じゃない……」
セリアが鼻をすすりながら言う。
「ぐす………あたしを誰だと思ってんのよ?ラクーン号の操縦、舐めないでちょうだい」
そう言いつつも、彼女はジョンから離れようとしなかった。
二人はそのまましばらく抱き合っていた。
周囲の解放同盟メンバー達がニヤニヤしながら見守っている事にも気付かないまま。
一方。
少し離れた場所で。
アメリアはその光景を静かに見つめていた。
歓声は遠い。
周囲は騒がしい。
それなのに、何故かそこだけ時間がゆっくり流れているように見えた。
「……そっか」
小さく呟く。
自分でも気付いていた。
ジョンと話す時間が好きだった。
外の世界の話を聞くのも好きだった。
一緒に整備をする時間も。
戦場で背中を預ける瞬間も。
全部。
気付けば特別になっていた。
だけど。
今目の前にある光景を見れば、理解できてしまう。
入れない。
この二人の間には。
ジョンがセリアを見る目。
セリアがジョンへ向ける感情。
あれは、もう。
「……勝てないなぁ」
アメリアは苦笑した。
寂しそうに。
少しだけ泣きそうな顔で。
だが彼女は何も言わなかった。
言えるはずもなかった。
代わりに、静かに視線を逸らす。
そしてわざと明るい声を作り、近くの整備員へ叫んだ。
「ちょっとー!あたしの機体もちゃんと直しといてよー!」
周囲が笑う。
アメリアも笑う。
いつものように。
いつもの自分のように。
だがその胸の奥では、小さな失恋が静かに終わりを迎えていた。