宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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7.

 工場の奥に鎮座していたそれは――“戦車の死体”だった。

 ジーヘッド。

 かつて宇宙戦争時代に投入されたAI補助型戦闘車両。

 その面影は、確かに残っている。

 だが。

 

「……いや、無理だろこれ」

 

 ジョンは率直に言った。

 遠慮も配慮もない。

 ただの事実として。

 目の前の機体は、完全に“終わっていた”。

 装甲は剥がれ落ち、内部フレームは露出し、配線はむき出しで絡まり合っている。

 右側の履帯は完全に千切れ、駆動部は砂と錆にまみれていた。

 砲塔は斜めに傾き、主砲のレールガンは根元から歪んでいる。

 ミサイルランチャーはハッチが開いたまま固着し、中身は空か腐食かのどちらか。

 そして何より――

 静かだ。

 機械としての“気配”がない。

 

「これ、動くのか?」

「動かすのよ」

 

 ミューディは即答した。

 迷いがない。

 

「いや、だから――」

「動かす」

 

 重ねて言う。

 ジョンは口を閉じた。

 こういうタイプだと理解したからだ。

 止まらない。

 

「……で」

 

 セリアが機体に近づく。

 無遠慮に外装を叩き、内部を覗き込む。

 

「状態は?」

「最悪」

 

 ジョンが先に答える。

 

「フレーム歪み、駆動系死んでる、電源も怪しい。AIはたぶん――」

「死んでる」

 

 セリアがあっさり補足した。

 

「コア反応なし」

「だろうな」

 

 ジョンは腕を組む。

 

「これ直すなら、ほぼ新造だぞ」

「でも素材はある」

 

 ミューディが言う。

 周囲を指差す。

 工場の隅々に積まれたパーツの山。

 戦車の残骸、宇宙機の部品、用途不明の機械。

 

「寄せ集めか」

「得意でしょ?」

「まあな」

 

 ジョンは苦笑する。

 ジャンク屋の本領だ。

 

「でも問題はAIだ」

 

 ジョンは砲塔の基部を見上げる。

 

「ジーヘッドは補助AIがないとまともに動かねえ」

「そこは」

 

 セリアが振り返る。

 

「私がやる」

 

 静かな声だった。

 だが、確信がある。

 

「接続できるのか?」

「できるようにする」

「雑だな」

「いつも通りでしょ」

 

 否定できない。

 ジョンはため息をついた。

 

「……やるか」

「やるのよ」

 

 ミューディが笑う。

 その目は、完全に本気だ。

 

 作業はすぐに始まった。

 時間の感覚が消える。

 昼なのか夜なのかも分からない。

 工場の中は、常に金属音と火花に満ちていた。

 ギィィィン!!

 切断音。

 バチバチバチ!!

 溶接の火花。

 

「そこ押さえろ!」

「無理」

「無理じゃねえ!」

「力足りないのはそっちでしょ」

「ぐっ……!」

 

 ジョンが歯を食いしばる。

 フレームの矯正。

 歪んだ骨格を、無理やり元に戻す。

 

「もっと力いる」

 

 セリアが言う。

 

「これ以上は折れる!」

「折れても繋げばいい」

「雑!!」

 

 ミューディが横から工具を投げる。

 

「ほらそれ使って!」

「ナイス!」

 

 受け取り、そのままボルトを締める。

 汗が流れる。

 砂と油でべたつく。

 

「……なんでこんなことに」

「借金」

「それは知ってる」

 

 セリアが淡々と返す。

 容赦がない。

 

 数時間後。

 履帯が仮組みされる。

 さらに数時間後。

 砲塔の角度が戻る。

 そして。

 

「電源ライン、繋いだ!」

 

 ミューディが叫ぶ。

 

「ショートするなよ!?」

「たぶん大丈夫!」

「たぶん!?」

 

 ジョンが顔をしかめる。

 

「まあいい、来い!」

 

 三人がメインコンソール前に集まる。

 パネルは半分以上が交換品だ。

 だが、一応は形になっている。

 

「問題はここからね」

 

 セリアが言う。

 

「AIコアが死んでる以上、私が代替になる」

「負荷は?」

「高い」

「だろうな」

 

 ジョンは頷く。

 

「暴走すんなよ」

「その時は止めて」

「どうやってだよ」

「頑張って」

「雑すぎるだろ」

 

 ミューディが横で笑う。

 

「いいじゃん、面白そう」

「面白さで死にたくねえんだよ俺は」

 

 セリアがケーブルを手に取る。

 細く、しかし強化された接続ライン。

 

「いくわよ」

 

 彼女は迷わない。

 自分の首筋――接続ポートに、それを差し込む。

 カチリ。

 音がする。

 次の瞬間。

 ピィィィン……

 微かな起動音。

 ジーヘッドの内部で、何かが反応する。

 

「……来たか?」

 

 ジョンが息を呑む。

 セリアの目が、一瞬だけ光る。

 紫の瞳が、淡く発光する。

 

「接続開始」

 

 声が変わる。

 いつもより、少し機械的。

 

「システムスキャン……フレーム損傷率、六十二パーセント。駆動系――不安定。武装――」

 

 一瞬、間。

 

「……使える」

「マジか」

「条件付き」

 

 セリアの声が続く。

 

「私が制御する場合に限る」

「そりゃそうだ」

 

 ジョンは苦笑する。

 そのとき。

 ドン……ッ

 低い振動が、床を伝った。

 

「……おい」

 

 ジョンが顔を上げる。

 ジーヘッドの内部。

 暗闇だったはずのコックピット周辺に、微かな光が灯る。

 さらに。

 ギィィィ……

 軋む音。

 砲塔が、わずかに動いた。

 

「動いた!?」

 

 ミューディが叫ぶ。

 その声には、興奮が混じっている。

 

「まだよ」

 

 セリアの声。

 

「初期同期中」

 

 その瞬間。

 ブンッ――

 空気が震えた。

 ジーヘッドの主砲――レールガンが、微かに唸る。

 電磁加速装置が、息を吹き返したのだ。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 ジョンが慌てる。

 

「撃つなよ!?絶対撃つなよ!?」

「撃たない」

 

 セリアが即答する。

 

「まだ」

「“まだ”って言ったな今!?」

 

 さらに振動。

 履帯が、ゆっくりと回転する。

 砂が擦れる音。

 重い機体が、ほんのわずかに前へ動く。

 

「……すげえ」

 

 ミューディが呟く。

 その目は、完全に輝いている。

 

「本当に……動いてる」

 

 ジョンも言葉を失う。

 さっきまで“鉄屑”だったものが。

 今、確かに“兵器”として息を吹き返している。

 セリアの目の光が、ゆっくりと収まる。

 

「……同期完了」

 

 静かな宣言。

 そして。

 ジーヘッドは、完全に“起きた”。

 鉄屑だったものに、心臓が宿る。

 それは機械の心臓。

 そして――

 彼らの、最後の切り札だった。

 ジーヘッドは、確かに“動いた”。

 だが――

 

「動いたのはいいけどさ」

 

 ジョンは腕を組み、目の前の巨体を見上げる。

 

「これ、ちゃんと止まるよな?」

「止まるわよ」

 

 セリアは即答した。

 少しも迷いがない。

 

「たぶん」

「“たぶん”を付けるな」

 

 ジョンは即座に突っ込む。

 ミューディは横で楽しそうに笑っていた。

 

「いいじゃん、動いたんだし」

「動いただけで満足できるか」

「できる人もいるけどね」

「俺はできねえ」

 

 ジーヘッドは工場の奥で静かに待機している。

 だがその存在感は、明らかに“さっきまでの残骸”とは違っていた。

 鈍く光る装甲。

 低く唸る内部機構。

 そして、わずかに漂う熱気。

 生きている。

 そう錯覚するほどの圧力。

 

「とりあえず外に出すわよ」

 

 セリアが言う。

 

「ここで試すのは危険」

「それはそうだな……」

 

 ジョンは頷く。

 もし暴発でもしたら、この工場は一瞬で吹き飛ぶ。

 いや、この区画ごと消し飛びかねない。

 

「ミューディ、開けられるか?」

「任せて」

 

 彼女はシャッターの制御盤へ走る。

 ガチャガチャと操作。

 そして。

 ギギギギギ……

 重い音を立ててシャッターが上がる。

 外の光が差し込む。

 砂煙が舞い込む。

 

「よし……」

 

 ジョンは深く息を吐いた。

 

「いくぞ」

 

 ジーヘッドのコックピットへと乗り込む。

 内部は狭い。

 古い設計のせいか、無駄にごちゃごちゃしている。

 だが、最低限の操作系は整っていた。

 

「シート、硬っ」

「文句言わない」

 

 セリアの声がインカム越しに響く。

 すでに彼女は機体と接続済みだ。

 

「私がメイン制御。あなたは補助」

「補助って何すんだよ」

「頑張る」

「雑!!」

 

 ミューディの笑い声が外から聞こえる。

 

「準備いい?」

「よくないけどいい」

 

 ジョンはレバーに手をかける。

 

「セリア、頼むぞ」

「任せて」

 

 一拍。

 そして。

 

「――起動」

 

 その瞬間。

 ブゥゥゥン……!

 低い駆動音が、機体全体に響き渡る。

 振動が足元から伝わる。

 まるで巨大な心臓が脈打つような感覚。

 

「……来るぞ」

 

 ジョンが呟く。

 

「前進」

 

 セリアの声。

 履帯が回る。

 ギャリ……ギャリ……と重たい音。

 そして。

 ジーヘッドは、ゆっくりと動き出した。

 工場の外へ。

 砂の上へ。

 

「おお……」

 

 ミューディが歓声を上げる。

 

「ちゃんと動いてる!」

「一応な」

 

 ジョンは慎重に操作する。

 視界はモニター越し。

 古いが、問題なく使える。

 

「旋回いくわよ」

「おう」

 

 セリアが制御を切り替える。

 左履帯を減速。

 右履帯を加速。

 重たい機体が、ゆっくりと向きを変える。

 だが。

 その瞬間。

 ギュンッ!!

 

「――は?」

 

 予想外の加速。

 機体が一気に回転する。

 

「速っ!?」

「制御感度が高い!」

 

 セリアの声に、わずかな驚きが混じる。

 ジョンの体がシートに叩きつけられる。

 

「ちょ、待て待て待て!!」

「調整する!」

 

 だが遅い。

 ジーヘッドはそのまま勢いよく回転し――

 ズガンッ!!

 近くの鉄骨をぶち倒した。

 砂煙が舞う。

 

「やべええええ!?」

 

 ジョンが叫ぶ。

 

「大丈夫!?」

 

 ミューディの声。

 

「大丈夫じゃねえ!!」

「問題ない

 」

 セリアは冷静だ。

 

「まだ壊れてない」

「“まだ”って言うな!!」

 

 さらに。

 ブンッ!!

 砲塔が急旋回する。

 

「おい砲塔動かすな!!」

「試験よ」

「今やるな!!」

 

 レールガンが低く唸る。

 電磁音が空気を震わせる。

 

「撃つなよ!?絶対撃つなよ!?」

「撃たない」

 

 一拍。

 

「……たぶん」

「またそれか!!」

 

 ジーヘッドはその場でギクシャクと動く。

 だがその動きは――

 明らかに“過剰”だった。

 

「これ……」

 

 ジョンが息を呑む。

 

「反応速すぎるだろ」

「ええ」

 

 セリアも認める。

 

「入力に対する出力が過剰」

「つまり?」

「ちょっと動かしたつもりが全力で動く」

「最悪じゃねえか!!」

 

 再び前進。

 今度はゆっくり――のつもりだった。

 だが。

 ドゴォン!!

 一気に加速。

 砂を巻き上げながら突進する。

 

「止まれ止まれ止まれ!!」

「逆転入力!」

 

 履帯が急停止。

 だが慣性が消えない。

 ズザァァァァ!!

 長いブレーキ音。

 砂煙が巨大な壁のように立ち上がる。

 そして。

 ギリギリで停止。

 目の前には――建物の壁。

 あと数メートルで激突だった。

 

「……」

「……」

 

 沈黙。

 

「……死ぬかと思った」

 

 ジョンが呟く。

 

「まだ死んでない」

 

 セリアが返す。

 

「慰めになってねえ」

 

 ミューディが外で爆笑していた。

 

「なにこれ最高じゃん!!」

「最高じゃねえよ!!」

 

 ジョンが叫ぶ。

 

「制御不能だろこれ!!」

「でも強いよ」

 

 ミューディが言う。

 

「この加速、この反応……普通の戦車じゃ無理」

「それは分かるけどな……!」

 

 ジョンは深く息を吐く。

 そして、ゆっくりと呟いた。

 

「……ピーキーすぎるだろ」

「ええ」

 

 セリアも同意する。

 

「でも」

 

 一瞬、間。

 

「使いこなせば――最強」

 

 その言葉に。

 ジョンは少しだけ笑った。

 

「……そういうの、嫌いじゃねえ」

 

 暴れる鉄の怪物。

 だが、それは確かに“武器”だった。

 扱えれば、だが。

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