宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
工場の奥に鎮座していたそれは――“戦車の死体”だった。
ジーヘッド。
かつて宇宙戦争時代に投入されたAI補助型戦闘車両。
その面影は、確かに残っている。
だが。
「……いや、無理だろこれ」
ジョンは率直に言った。
遠慮も配慮もない。
ただの事実として。
目の前の機体は、完全に“終わっていた”。
装甲は剥がれ落ち、内部フレームは露出し、配線はむき出しで絡まり合っている。
右側の履帯は完全に千切れ、駆動部は砂と錆にまみれていた。
砲塔は斜めに傾き、主砲のレールガンは根元から歪んでいる。
ミサイルランチャーはハッチが開いたまま固着し、中身は空か腐食かのどちらか。
そして何より――
静かだ。
機械としての“気配”がない。
「これ、動くのか?」
「動かすのよ」
ミューディは即答した。
迷いがない。
「いや、だから――」
「動かす」
重ねて言う。
ジョンは口を閉じた。
こういうタイプだと理解したからだ。
止まらない。
「……で」
セリアが機体に近づく。
無遠慮に外装を叩き、内部を覗き込む。
「状態は?」
「最悪」
ジョンが先に答える。
「フレーム歪み、駆動系死んでる、電源も怪しい。AIはたぶん――」
「死んでる」
セリアがあっさり補足した。
「コア反応なし」
「だろうな」
ジョンは腕を組む。
「これ直すなら、ほぼ新造だぞ」
「でも素材はある」
ミューディが言う。
周囲を指差す。
工場の隅々に積まれたパーツの山。
戦車の残骸、宇宙機の部品、用途不明の機械。
「寄せ集めか」
「得意でしょ?」
「まあな」
ジョンは苦笑する。
ジャンク屋の本領だ。
「でも問題はAIだ」
ジョンは砲塔の基部を見上げる。
「ジーヘッドは補助AIがないとまともに動かねえ」
「そこは」
セリアが振り返る。
「私がやる」
静かな声だった。
だが、確信がある。
「接続できるのか?」
「できるようにする」
「雑だな」
「いつも通りでしょ」
否定できない。
ジョンはため息をついた。
「……やるか」
「やるのよ」
ミューディが笑う。
その目は、完全に本気だ。
作業はすぐに始まった。
時間の感覚が消える。
昼なのか夜なのかも分からない。
工場の中は、常に金属音と火花に満ちていた。
ギィィィン!!
切断音。
バチバチバチ!!
溶接の火花。
「そこ押さえろ!」
「無理」
「無理じゃねえ!」
「力足りないのはそっちでしょ」
「ぐっ……!」
ジョンが歯を食いしばる。
フレームの矯正。
歪んだ骨格を、無理やり元に戻す。
「もっと力いる」
セリアが言う。
「これ以上は折れる!」
「折れても繋げばいい」
「雑!!」
ミューディが横から工具を投げる。
「ほらそれ使って!」
「ナイス!」
受け取り、そのままボルトを締める。
汗が流れる。
砂と油でべたつく。
「……なんでこんなことに」
「借金」
「それは知ってる」
セリアが淡々と返す。
容赦がない。
数時間後。
履帯が仮組みされる。
さらに数時間後。
砲塔の角度が戻る。
そして。
「電源ライン、繋いだ!」
ミューディが叫ぶ。
「ショートするなよ!?」
「たぶん大丈夫!」
「たぶん!?」
ジョンが顔をしかめる。
「まあいい、来い!」
三人がメインコンソール前に集まる。
パネルは半分以上が交換品だ。
だが、一応は形になっている。
「問題はここからね」
セリアが言う。
「AIコアが死んでる以上、私が代替になる」
「負荷は?」
「高い」
「だろうな」
ジョンは頷く。
「暴走すんなよ」
「その時は止めて」
「どうやってだよ」
「頑張って」
「雑すぎるだろ」
ミューディが横で笑う。
「いいじゃん、面白そう」
「面白さで死にたくねえんだよ俺は」
セリアがケーブルを手に取る。
細く、しかし強化された接続ライン。
「いくわよ」
彼女は迷わない。
自分の首筋――接続ポートに、それを差し込む。
カチリ。
音がする。
次の瞬間。
ピィィィン……
微かな起動音。
ジーヘッドの内部で、何かが反応する。
「……来たか?」
ジョンが息を呑む。
セリアの目が、一瞬だけ光る。
紫の瞳が、淡く発光する。
「接続開始」
声が変わる。
いつもより、少し機械的。
「システムスキャン……フレーム損傷率、六十二パーセント。駆動系――不安定。武装――」
一瞬、間。
「……使える」
「マジか」
「条件付き」
セリアの声が続く。
「私が制御する場合に限る」
「そりゃそうだ」
ジョンは苦笑する。
そのとき。
ドン……ッ
低い振動が、床を伝った。
「……おい」
ジョンが顔を上げる。
ジーヘッドの内部。
暗闇だったはずのコックピット周辺に、微かな光が灯る。
さらに。
ギィィィ……
軋む音。
砲塔が、わずかに動いた。
「動いた!?」
ミューディが叫ぶ。
その声には、興奮が混じっている。
「まだよ」
セリアの声。
「初期同期中」
その瞬間。
ブンッ――
空気が震えた。
ジーヘッドの主砲――レールガンが、微かに唸る。
電磁加速装置が、息を吹き返したのだ。
「ちょ、ちょっと待て!」
ジョンが慌てる。
「撃つなよ!?絶対撃つなよ!?」
「撃たない」
セリアが即答する。
「まだ」
「“まだ”って言ったな今!?」
さらに振動。
履帯が、ゆっくりと回転する。
砂が擦れる音。
重い機体が、ほんのわずかに前へ動く。
「……すげえ」
ミューディが呟く。
その目は、完全に輝いている。
「本当に……動いてる」
ジョンも言葉を失う。
さっきまで“鉄屑”だったものが。
今、確かに“兵器”として息を吹き返している。
セリアの目の光が、ゆっくりと収まる。
「……同期完了」
静かな宣言。
そして。
ジーヘッドは、完全に“起きた”。
鉄屑だったものに、心臓が宿る。
それは機械の心臓。
そして――
彼らの、最後の切り札だった。
ジーヘッドは、確かに“動いた”。
だが――
「動いたのはいいけどさ」
ジョンは腕を組み、目の前の巨体を見上げる。
「これ、ちゃんと止まるよな?」
「止まるわよ」
セリアは即答した。
少しも迷いがない。
「たぶん」
「“たぶん”を付けるな」
ジョンは即座に突っ込む。
ミューディは横で楽しそうに笑っていた。
「いいじゃん、動いたんだし」
「動いただけで満足できるか」
「できる人もいるけどね」
「俺はできねえ」
ジーヘッドは工場の奥で静かに待機している。
だがその存在感は、明らかに“さっきまでの残骸”とは違っていた。
鈍く光る装甲。
低く唸る内部機構。
そして、わずかに漂う熱気。
生きている。
そう錯覚するほどの圧力。
「とりあえず外に出すわよ」
セリアが言う。
「ここで試すのは危険」
「それはそうだな……」
ジョンは頷く。
もし暴発でもしたら、この工場は一瞬で吹き飛ぶ。
いや、この区画ごと消し飛びかねない。
「ミューディ、開けられるか?」
「任せて」
彼女はシャッターの制御盤へ走る。
ガチャガチャと操作。
そして。
ギギギギギ……
重い音を立ててシャッターが上がる。
外の光が差し込む。
砂煙が舞い込む。
「よし……」
ジョンは深く息を吐いた。
「いくぞ」
ジーヘッドのコックピットへと乗り込む。
内部は狭い。
古い設計のせいか、無駄にごちゃごちゃしている。
だが、最低限の操作系は整っていた。
「シート、硬っ」
「文句言わない」
セリアの声がインカム越しに響く。
すでに彼女は機体と接続済みだ。
「私がメイン制御。あなたは補助」
「補助って何すんだよ」
「頑張る」
「雑!!」
ミューディの笑い声が外から聞こえる。
「準備いい?」
「よくないけどいい」
ジョンはレバーに手をかける。
「セリア、頼むぞ」
「任せて」
一拍。
そして。
「――起動」
その瞬間。
ブゥゥゥン……!
低い駆動音が、機体全体に響き渡る。
振動が足元から伝わる。
まるで巨大な心臓が脈打つような感覚。
「……来るぞ」
ジョンが呟く。
「前進」
セリアの声。
履帯が回る。
ギャリ……ギャリ……と重たい音。
そして。
ジーヘッドは、ゆっくりと動き出した。
工場の外へ。
砂の上へ。
「おお……」
ミューディが歓声を上げる。
「ちゃんと動いてる!」
「一応な」
ジョンは慎重に操作する。
視界はモニター越し。
古いが、問題なく使える。
「旋回いくわよ」
「おう」
セリアが制御を切り替える。
左履帯を減速。
右履帯を加速。
重たい機体が、ゆっくりと向きを変える。
だが。
その瞬間。
ギュンッ!!
「――は?」
予想外の加速。
機体が一気に回転する。
「速っ!?」
「制御感度が高い!」
セリアの声に、わずかな驚きが混じる。
ジョンの体がシートに叩きつけられる。
「ちょ、待て待て待て!!」
「調整する!」
だが遅い。
ジーヘッドはそのまま勢いよく回転し――
ズガンッ!!
近くの鉄骨をぶち倒した。
砂煙が舞う。
「やべええええ!?」
ジョンが叫ぶ。
「大丈夫!?」
ミューディの声。
「大丈夫じゃねえ!!」
「問題ない
」
セリアは冷静だ。
「まだ壊れてない」
「“まだ”って言うな!!」
さらに。
ブンッ!!
砲塔が急旋回する。
「おい砲塔動かすな!!」
「試験よ」
「今やるな!!」
レールガンが低く唸る。
電磁音が空気を震わせる。
「撃つなよ!?絶対撃つなよ!?」
「撃たない」
一拍。
「……たぶん」
「またそれか!!」
ジーヘッドはその場でギクシャクと動く。
だがその動きは――
明らかに“過剰”だった。
「これ……」
ジョンが息を呑む。
「反応速すぎるだろ」
「ええ」
セリアも認める。
「入力に対する出力が過剰」
「つまり?」
「ちょっと動かしたつもりが全力で動く」
「最悪じゃねえか!!」
再び前進。
今度はゆっくり――のつもりだった。
だが。
ドゴォン!!
一気に加速。
砂を巻き上げながら突進する。
「止まれ止まれ止まれ!!」
「逆転入力!」
履帯が急停止。
だが慣性が消えない。
ズザァァァァ!!
長いブレーキ音。
砂煙が巨大な壁のように立ち上がる。
そして。
ギリギリで停止。
目の前には――建物の壁。
あと数メートルで激突だった。
「……」
「……」
沈黙。
「……死ぬかと思った」
ジョンが呟く。
「まだ死んでない」
セリアが返す。
「慰めになってねえ」
ミューディが外で爆笑していた。
「なにこれ最高じゃん!!」
「最高じゃねえよ!!」
ジョンが叫ぶ。
「制御不能だろこれ!!」
「でも強いよ」
ミューディが言う。
「この加速、この反応……普通の戦車じゃ無理」
「それは分かるけどな……!」
ジョンは深く息を吐く。
そして、ゆっくりと呟いた。
「……ピーキーすぎるだろ」
「ええ」
セリアも同意する。
「でも」
一瞬、間。
「使いこなせば――最強」
その言葉に。
ジョンは少しだけ笑った。
「……そういうの、嫌いじゃねえ」
暴れる鉄の怪物。
だが、それは確かに“武器”だった。
扱えれば、だが。