宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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ラクーン号の休日〜シーユー・ネクスト・タイム〜
70.


 宇宙は静かだった。

 静か過ぎる、と言ってもいい。

 窓の外に広がるのは、どこまでも続く黒。恒星の光を受けて瞬く無数の星々だけが、その暗闇の中に存在感を浮かび上がらせている。

 

 ラクーン号は、その宇宙の海をゆっくりと進んでいた。

 船体各所からは年季の入った駆動音が聞こえてくる。決して高級船ではない。むしろ中古と改造を繰り返した継ぎ接ぎ船だ。外装には細かな傷が無数に走り、増設されたコンテナや作業アームが、いかにも“宇宙のジャンク屋”らしい姿を作り上げていた。

 だがジョンにとっては家だった。

 狭くて、油臭くて、配線がむき出しで、時々変な警告音が鳴る。

 それでも慣れた場所だった。

 

「……反応薄いな」

 

 操縦席に座るジョンが、ぼやくように言った。

 目の前のレーダー画面には、小惑星帯と大量のデブリ反応が映っている。

 しかし、そのほとんどは価値のない鉄屑だ。

 

「この辺、昔は戦場だったって聞いたんだけどなぁ」

「戦争から何十年経ってると思ってるのよ」

 

 隣の席でセリアが肩を竦める。

 紫色の長髪を揺らしながら、彼女はモニターを操作していた。

 ぴっちりとしたスーツ越しに身体のラインが浮き出ているが、ジョンはもう見慣れている。

 

「価値あるものなんて、とっくの昔に漁られてるわよぉ」

「それでもたまに当たりがあるんだよ」

 

 ジョンは欠伸を噛み殺した。

 

「前だって軍用ジェネレーター拾っただろ」

「あれ半分爆発してたじゃない」

「直したら売れた」

「危うくラクーン号ごと吹っ飛ぶ所だったけど?」

「結果オーライだ」

 

 セリアは呆れたようにため息をつく。

 

「ほんと、よく生きてるわねぇあんた……」

 

 ラクーン号は小惑星帯の隙間を縫うように進んでいく。

 窓の外では、無数の岩塊がゆっくりと漂っていた。

 その合間に混ざるように、古びた金属片が見える。

 宇宙戦争時代の残骸だ。

 砲塔。

 装甲板。

 推進ノズル。

 撃墜された戦闘機のコックピット。

 人類は昔から、宇宙で派手に戦争をしては、その残骸を宇宙へ撒き散らしてきた。

 そしてジョンのようなジャンク屋は、その死骸を漁って食っている。

 

「ん?」

 

 ふと、ジョンが眉をひそめた。

 レーダーに大型反応が映る。

 通常のデブリ群とは明らかに違うサイズ。

 

「セリア、拡大」

「はいはい」

 

 モニターが切り替わる。

 そこに映し出されたのは――巨大な残骸だった。

 戦艦。

 しかもかなり大型だ。

 船体は中央から真っ二つに裂け、内部構造が剥き出しになっている。装甲は焼け爛れ、各所に巨大な穴が開いていた。

 それでもなお、その威容は圧倒的だった。

 

「うわ……」

 

 ジョンが思わず声を漏らす。

 

「でっか……」

「宇宙戦争時代の艦かしら」

 

 セリアがデータを解析する。

 

「型式古いわねぇ。百年以上前じゃない?」

「まだこんなの残ってたのか」

 

 ラクーン号がゆっくりと戦艦残骸へ接近してゆく。

 近付けば近付くほど、その巨大さが分かった。

 ラクーン号など、まるで魚に張り付く寄生虫だ。

 戦艦の装甲には、無数の砲撃痕が残っている。

 恐らく激しい戦闘の末に撃沈されたのだろう。

 ジョンは少しだけ真顔になった。

 

「……ここで何人死んだんだろうな」

「さぁ」

 

 セリアは淡々としている。

 

「でも宇宙戦争って、そういうものだったんでしょ?」

「まぁな」

 

 ジョンは頬を掻いた。

 歴史の教科書で習った程度の知識しかない。

 銀河全域を巻き込んだ大戦争。

 莫大な死者。

 大量破壊兵器。

 今なお残るデブリ帯。

 その名残が、今目の前にある。

 だが。

 ジャンク屋としては感傷ばかりにも浸っていられない。

 

「で、売れそうなもんは?」

 

 ジョンの言葉に、セリアが呆れ顔になる。

 

「切り替え早いわねぇ……」

「飯の種だからな」

 

 ラクーン号のサーチライトが残骸内部を照らす。

 剥き出しの内部構造。

 千切れたケーブル。

 凍り付いた配管。

 その奥。

 ジョンの目が、あるものを捉えた。

 

「……待て」

「え?」

「あれ」

 

 ジョンが指差す。

 戦艦中央部。

 船体深く。

 巨大な円筒構造。

 焼け焦げながらも、形を保っている。

 セリアが目を細めた。

 

「……嘘」

「残ってるぞ」

 

 二人の声が重なる。

 戦艦のエンジンブロックだった。

 しかも。

 かなり綺麗な状態で。

 

「マジかよ……!」

 

 ジョンの目が一気に輝く。

 

「おいおいおいおい! これ当たりどころじゃねぇぞ!」

「ちょ、落ち着きなさいよ!」

「落ち着いてられるか! 軍用大型エンジンだぞ!?」

 

 ジョンは即座に操縦桿を握り直した。

 

「セリア! 作業アーム準備!」

「はいはい!」

「慎重に行くぞ! 下手に触って爆発したら終わりだ!」

「誰のせいでそんな心配しなきゃいけないのよ……」

 

 ラクーン号側面のハッチが開く。

 作業用アームがゆっくりと展開された。

 ライトが巨大エンジンを照らす。

 傷だらけではある。

 だが核心部分は無事だ。

 奇跡的と言っていい。

 

「へへ……こりゃ久々の大当たりだ……!」

 

 ジョンは興奮で笑いを堪えきれなかった。

 

 

 ***

 

 

 宇宙ステーション・ヘルメス七番港。

 複数のコロニー航路が交差する中継地点として作られたその宇宙ステーションは、昼も夜も関係なく騒がしかった。

 貨物船が出入りし、作業ポッドが飛び交い、宇宙服姿の労働者達が慌ただしく行き交う。

 巨大な円筒型居住ブロックの内壁には、企業広告のホログラムが何層にも浮かび上がっていた。

 

『銀河連合公認ローン!』 『あなたの義体、もっと美しく!』 『次世代量子通信サービス開始!』

 

 極彩色の広告が次々と切り替わるその様子は、もはや情報の洪水だった。

 そんな喧騒の中を、ジョンは上機嫌で歩いていた。

 

「いやぁ〜〜〜……」

 

 思わず顔が緩む。

 隣を歩くセリアが呆れ半分に笑う。

 

「ずいぶんご機嫌じゃない」

「そりゃな」

 

 ジョンは懐の携帯端末を軽く叩いた。

 

「見ろよこれ」

 

 端末画面に表示されている数字。

 そこに並んでいるのは、先ほど振り込まれたばかりの買取金額だった。

 宇宙戦争時代の大型軍用エンジン。

 しかもコア部分が比較的無事。

 買取センター側もかなり興奮していた。

 査定担当など、最初は胡散臭そうな顔をしていたくせに、エンジンの型番を確認した瞬間、目の色を変えていたほどだ。

 

『こ、これ本物か!?』

『偽物持ち込んでどうするんだよ』

『いや、しかし……こんな状態の良い物がまだ残っていたとは……!』

 

 などと騒ぎながら、最終的には相場以上の金額を提示してきた。

 ジョンとしても断る理由はない。

 結果。

 ラクーン号の修理費や燃料代を差し引いても、かなり余裕のある利益になった。

 

「いやぁ……働いた後の金って最高だな……」

 

 ジョンは心底幸せそうに呟いた。

 

「しばらくカップ麺生活から脱出できる……」

「基準が低いのよあんたは」

 

 セリアは肩を竦める。

 

「どうせまた変なジャンク買うんでしょ?」

「いや今回はちゃんと有意義に使う」

「ほんとぉ?」

「本当だって」

 

 ジョンは笑いながら歩く。

 宇宙ステーション内部は、人工重力と空調のおかげで地上とほとんど変わらない環境になっていた。

 通路には飲食店が並び、香ばしい匂いが漂ってくる。

 焼き肉。

 フライドチキン。

 合成香辛料の刺激臭。

 どれもこれも、宇宙生活者向けに濃い味付けがされている。

 その匂いに腹を刺激されながら歩いていた、その時だった。

 ジョンの携帯端末が軽快な電子音を鳴らす。

 

「ん?」

 

 画面を見る。

 そこには通知が表示されていた。

 

『映画配信サービス・V-FIRST  契約期限終了まであと一日!』

「……あ」

 

 ジョンが間抜けな声を出す。

 

「どうしたの?」

「いや、そういや加入してたんだった」

 

 ジョンは通知画面を開いた。

 銀河最大手の映画配信サービス。

 旧作から最新作まで大量の映像作品を視聴できるサブスクだ。

 だが、ジョンは普段そこまで映画を見る方ではない。

 なんとなく登録して、なんとなく放置していた。

 

「明日で切れるのねぇ」

「すっかり忘れてた」

 

 ジョンは顎を擦る。

 

「……せっかくだし」

「?」

 

 その瞬間。

 ジョンの顔に、妙に悪ガキっぽい笑みが浮かんだ。

 

「セリア」

「なによ」

「明日休みにするか」

「え?」

「今日はもう働かん」

 

 ジョンは端末をポケットへ突っ込む。

 

「金も入ったし、たまにはこう……文化的なことをしよう」

「文化的?」

「映画鑑賞会だよ」

 

 セリアが瞬きをする。

 

「映画?」

「オールナイトで」

「……は?」

「どうせ明日休みだ。夜更かししながら映画見るぞ」

 

 ジョンは妙に楽しそうだった。

 

「ジャンク屋なんて不健康な仕事してんだから、たまには息抜きも必要だろ」

「それで夜更かしするの?」

「ロマンだろ」

「意味分かんないわよ……」

 

 だがセリアも、どこか楽しそうだった。

 ラクーン号でだらだら映画を見る。

 ただそれだけ。

 だが、宇宙を漂いながら生きる彼らにとっては、そういう時間は案外貴重だった。

 ジョンは周囲を見回す。

 

「となると必要なのは――」

「ポップコーンとコーラ?」

「分かってるじゃねぇか」

「映画館気分ってわけね」

「大事なんだよ雰囲気は」

 

 ジョンは指を立てる。

 

「あとジャンクフードもいるな」

「絶対身体に悪いわぁ……」

「今更だろ」

 

 そう言いながら、二人は宇宙ステーション内の商業ブロックへ向かって歩き出した。

 通路の先には、大型売店のネオンが見える。

 ポップコーン。

 コーラ。

 スナック菓子。

 そして徹夜用の安い栄養ドリンク。

 ジャンク屋の、ささやかな休日が始まろうとしていた。

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