宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ラクーン号の居住ブロックは、相変わらず狭かった。
元々が作業船である以上、快適性など最初から考慮されていない設計なのだ。
配線の露出した天井。
最低限のベッド。
使い込まれた簡易テーブル。
壁際には工具箱とジャンクパーツが山積みになっており、まともな生活空間とは言い難い。
だが、その雑多さこそがジョン達にとっては“いつもの空間”だった。
そんな居住ブロックの中央。
ラクーン号のメインモニター前に、ジョンとセリアは陣取っていた。
「よし」
ジョンは満足そうに頷く。
「準備完了」
「無駄に気合い入ってるわねぇ……」
セリアは呆れ半分で周囲を見回した。
簡易テーブルの上には、宇宙ステーションで買い込んできたジャンクフードが並べられている。
山盛りのポップコーン。
特大サイズのコーラボトル。
油と塩が過剰に効いたスナック菓子。
さらには、徹夜対策なのか栄養ドリンクまで用意されていた。
どう考えても健康には悪そうな光景である。
「完全に子供の夜更かし大会じゃない」
「こういうのは雰囲気が大事なんだよ」
ジョンはポップコーンを一つ摘まみ、口へ放り込む。
軽い破裂音。
人工バターの風味が口の中に広がる。
「映画ってのはな、ちゃんとジャンクフード食いながら見るから楽しいんだ」
「偏見すごいわねぇ」
「あと部屋を暗くする」
ジョンは照明を落とした。
船内の光量が一段階暗くなる。
すると自然と、メインモニターの存在感が増した。
黒い画面が、静かに待機状態で光っている。
まるで小さな映画館だった。
「おぉ……」
ジョンがちょっと感動した声を漏らす。
「なんかそれっぽいな」
「安っぽい映画館だけどねぇ」
「言うな」
セリアは苦笑しながらジョンの隣へ腰掛けた。
ぴっちりしたスーツ越しに組まれる脚。
紫髪がモニター光を反射して揺れる。
ジョンは一瞬だけそちらを見たが、すぐ視線を逸らした。
セリアはそんな反応に気づきつつ、わざと何も言わない。
「で、何見るの?」
「そこなんだよなぁ」
ジョンは端末を操作する。
V-FIRSTのホーム画面。
大量の映画タイトルが並んでいた。
戦争映画。
SF。
恋愛。
ホラー。
怪獣映画。
低予算B級作品。
配信作品数だけは異常に多い。
「探すの面倒だから――」
ジョンは機能一覧をスクロールする。
そして。
「あ、これでいいや」
指先で選択。
『ランダム連続再生』
AIが勝手に作品を選び、延々と流し続ける機能だ。
俗に“何見るか考えるの面倒な人向け機能”とも呼ばれている。
「適当すぎない?」
「一期一会ってやつだ」
「絶対意味違うわよ」
ジョンは笑いながら再生ボタンを押した。
数秒の暗転。
ノイズ。そして。
突然、メインモニターいっぱいに宇宙空間が映し出された。
無数のレーザー光。
爆発。
高速で飛び交う戦闘機群。
巨大戦艦の砲撃。
轟音混じりの重低音BGM。
「おっ」
ジョンの目が少し輝く。
「これ――」
戦闘機の特徴的なシルエット。
古臭い宇宙戦争時代デザイン。
そして銀河連合軍のエンブレム。
ジョンはすぐに気づいた。
「コスモファイターだ!」
「有名なの?」
セリアがポップコーンを摘まみながら聞く。
「あー、まあ昔の超有名シリーズ」
ジョンはモニターを見つめたまま答える。
「宇宙戦争時代の戦記映画だよ。エースパイロットが活躍するやつ」
「へぇ」
「古典名作扱いされてる」
ジョン自身、そこまで熱狂的ファンではない。
だがタイトルくらいは知っていた。
宇宙時代を生きる人間なら、一度は名前を聞くレベルの有名作品だ。
戦争映画好きの間では特に人気が高い。
すると画面内で爆発が起き、タイトルロゴが現れる。
『COSMO FIGHTER 3』
金属質な重低音と共に表示されたタイトル。
セリアが首を傾げた。
「3?」
「ああ」
「前作見てなくて大丈夫なの?」
当然の疑問だった。
三作目から見始めるなど普通は入りづらい。
だがジョンは気軽にコーラを飲みながら答える。
「大丈夫大丈夫」
「そうなの?」
「このシリーズ、一作ごとにほぼ独立してる世界観だから」
「へぇー」
「主人公とか時代とか結構変わるんだよ」
ジョンはモニターを指差す。
「たしか宇宙戦争の別戦線を毎回描いてる感じだったはず」
「便利ねぇ」
「長寿シリーズは大体そうなる」
そんな事を話している間にも、映画は進んでいく。
宇宙戦闘機が編隊を組み、暗黒の宇宙を駆け抜ける。
レーザー砲火。
爆炎。
無線通信。
そして勇ましい音楽。
古典的ながら迫力のある映像だった。
ジョンは思わずニヤリと笑う。
「お、なんか面白そうじゃん」
映画が始まってしばらくの間。
ジョン達は普通に楽しんでいた。
宇宙空間を切り裂く戦闘機。
大型戦艦同士の砲撃戦。
敵編隊へ単機突撃する主人公。
爆炎の中を突き抜けるコスモファイター。
古い作品ながら映像の迫力はしっかりしており、宇宙戦争時代特有の無骨な兵器デザインも味がある。
「おぉ、これ模型売れそうなデザインしてんなぁ」
ジョンがポップコーンを摘まみながら言う。
「男ってほんとこういうの好きよねぇ」
「ロマンだからな」
主人公機が敵戦艦の砲火をギリギリで回避する。
爆発。
急旋回。
レーザー乱射。
BGMも熱い。
ジョンはちょっとテンションが上がっていた。
「いいじゃんこれ」
「昔の映画って感じね」
「今の映画よりミサイルの撃ち方が泥臭くて好きだな」
「そこ?」
セリアは呆れつつも笑っていた。
だが。
異変は中盤辺りから始まった。
「……あれ?」
ジョンが首を傾げる。
「なんか主人公出てなくね?」
ついさっきまで最前線で戦っていたはずの主人公パイロット。
だが気づけば画面は地上側――いや、正確には銃後側の描写ばかりになっていた。
避難民。
反戦活動家。
戦争孤児。
泣き崩れる母親。
傷痍軍人。
戦争に疲弊する市民。
そして。
やたら出番が増え始めたヒロイン。
元々は主人公を支える立場だったはずなのに、いつの間にか物語の中心に立っている。
「……あれぇ?」
ジョンは嫌な予感を覚え始めていた。
「なんか雰囲気変わったな」
「急に説教臭くなってきたわねぇ……」
セリアも少し眉をひそめる。
画面ではヒロインが演説を始めていた。
『戦争はもう終わらせなければなりません!』
『憎しみからは何も生まれない!』
『私達は対話を――』
長い。
とにかく長い。
しかもその間、主人公はほぼ出てこない。
「主人公どこ行った?」
「戦ってるんじゃない?」
「戦ってるシーン全然映らんぞ」
ジョンはコーラを飲む。
画面では反戦集会が始まっていた。
群衆。
旗。
プラカード。
演説。
涙。
平和。
対話。
理解。
和解。
「……なんかさぁ」
ジョンが遠い目をする。
「これ別映画になってない?」
「なってる」
セリアは即答した。
さらに映画は加速する。
反戦デモ。
市民運動。
戦争批判。
軍需産業批判。
政治家批判。
果てには“戦う兵士そのもの”への批判めいた描写まで入り始めた。
さっきまで熱血戦記映画だった空気は完全に消えていた。
ジョンはポップコーンを食べる手を止める。
「えぇ……」
「これシリーズファン怒るでしょ」
「いや絶対怒る」
ジョンは断言した。
「だって一作目二作目好きで来た奴、戦闘期待してるだろ」
「なのに延々と反戦演説だものねぇ……」
画面内ではついに大規模反戦デモが始まっていた。
数万人規模の群衆。
惑星中へ広がる平和運動。
戦争反対。
軍縮。
武器放棄。
主人公、ほぼ出番なし。
ジョンは完全に置いていかれていた。
「……これいつ空中戦始まるんだ?」
「さぁ……」
二人のテンションは、目に見えて落ちていた。
そして終盤。
思い出したように主人公が出てくる。
申し訳程度の空中戦。
敵機数機を撃墜。
だが戦争終結の決定打になったのは、主人公の活躍ではなくヒロイン達の反戦運動だった。
最後はヒロインのモノローグ。
『戦争を終わらせるのは武器ではない――人の心なのです』
感動的BGM。
スタッフロール。
終。
数秒。
ラクーン号の居住ブロックに沈黙が流れた。
メインモニターだけが静かに光っている。
ジョンは無言だった。
セリアも無言だった。
そして。
「…………何を見せられたんだ俺達は……」
ジョンが真顔で呟いた。
心底困惑していた。
セリアはソファにもたれながら、ため息を吐く。
「作り手の思想、行き過ぎ」
「うん……」
「エンタメを無視して思想映画になっちゃってるわねぇ」
「分かる」
ジョンはコーラを飲む。
氷がカランと鳴る。
「いや、戦争が悲惨なのは分かるんだよ?」
「そこは別に否定してないのよね」
「でもさぁ……」
ジョンはモニターを指差す。
「俺、映画見に来たんだぞ?」
「ええ」
「なんか説教された気分なんだけど」
セリアは苦笑した。
「娯楽映画で急に教師みたいなこと言われると冷めるのよねぇ」
「だよなぁ……」
ジョンは深くソファに沈み込む。
「もっとこう……最後までド派手に戦ってくれりゃよかったのに……」
「でも世の中こういうの好きな人もいるんじゃない?」
「いるんだろうけど……」
ジョンは遠い目をした。
「俺には合わんかった……」
ラクーン号の中に、なんとも言えない虚無感だけが漂っていた。