宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ   作:アイアイホイホイおさるさん

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72.

 ラクーン号の居住ブロックには、妙な静けさが漂っていた。

 つい先程まで流れていた『コスモファイター3』のエンドロールは既に消え、現在メインモニターにはV-FIRSTの待機画面だけが表示されている。

 しかし。

 ジョンとセリアのテンションは明らかに下がっていた。

 映画鑑賞会のはずなのに、どこか疲労感すら漂っている。

 

「…………」

 

 ジョンは無言でコーラを飲む。

 氷がカランと鳴る。

 その音だけが妙に船内へ響いた。

 

「……なんか」

 

 ジョンがぼそりと言った。

 

「変な疲れ方したな……」

「映画見てぐったりする事あるのねぇ……」

 

 セリアもソファへ深く身体を預ける。

 紫色の長髪が肩から流れ落ち、モニターの光を受けて淡く反射した。

 

「別にテーマ自体は悪くないのよ?」

「まぁな」

「戦争反対とか、平和が大事とか、そりゃ分かるの」

「うん」

「でもエンタメ作品で延々それやられると重いのよ」

 

 ジョンは深く頷いた。

 

「しかもシリーズ三作目で急に方向転換だからなぁ……」

「ファン怒るでしょあれ」

「絶対荒れたと思う」

 

 ジョンは断言した。

 ラクーン号の換気装置が低く唸る。

 古びた船体が時折ミシリと鳴る。

 狭い居住ブロック。

 散乱した工具。

 山積みのジャンクパーツ。

 その中央で、二人はジャンクフード片手に映画批評会をしていた。

 

「主人公の空中戦もっと見たかったんだけどな俺」

「途中からほぼヒロイン映画だったものねぇ」

「しかも反戦デモで終戦って」

「戦争映画見に来た客からしたら『は?』ってなるわよ」

「だよなぁ……」

 

 ジョンはポップコーンを口へ放り込む。

 だがさっきまでと違い、勢いがない。

 完全に出鼻を挫かれていた。

 

「せっかくの映画鑑賞会なのに、一発目からこれかぁ……」

「まぁまだ一本目じゃない」

 

 セリアは軽く笑った。

 

「次があるわよ次」

「だな」

 

 ジョンは気持ちを切り替えるように身体を起こした。

 そう。

 まだ始まったばかりだ。

 今日はオールナイト映画鑑賞会。

 夜は長い。

 たまたま一本目が微妙だっただけかもしれない。

 

「次はきっと面白い」

「その願望、フラグっぽいんだけど」

「やめろ不安になる」

 

 二人は苦笑する。

 そして、二人は画面がローディングに入るのを見た。

 V-FIRSTのランダム連続再生機能。

 AIが視聴履歴やジャンル傾向を勝手に解析し、次々と作品を流してくれるシステムだ。

 便利と言えば便利。

 だが、当たり外れの落差も激しい。

 

「頼むから普通にエンタメしてる映画来てくれ……」

「アタシはクソ映画でも笑えればアリだけどねぇ」

「それはそれで困る」

 

 瞬間、画面が暗転した。

 数秒後。

 重厚な音楽が鳴り響く。

 次の映画が始まった。

 

 炎だった。

 燃え盛る街。

 崩れ落ちる石造りの建物。

 逃げ惑う人々。

 空を埋め尽くす黒煙。

 そして。

 その街を蹂躙する異形の軍勢。

 巨大な狼。

 鎧を纏った怪物。

 火を吹くドラゴン。

 醜悪なゴブリン。

 いかにもファンタジー世界らしいモンスター達が、人間達を容赦なく襲っていた。

 

「おっ」

 

 ジョンの目が少し輝く。

 画面の中を、小さな青いゼリー状生物が跳ね回る。

 丸っこい身体。

 つぶらな目。

 定番中の定番モンスター。

 それを見た瞬間、ジョンは気づいた。

 

「あ、これサガクエだ」

「サガクエ?」

「テイルズ・サガ・クエスト」

 

 ジョンはモニターを指差す。

 

「ほらあのスライム」

「あー、なんか見たことある」

「超有名ゲームシリーズ」

 

 セリアは少し意外そうな顔をした。

 

「へぇ。ジョンってファンタジーゲームやるの?」

「いや、昔ちょっとだけ」

 

 ジョンは懐かしそうに目を細める。

 

「子供の頃にな。中古屋で安く売ってた携帯ゲーム機版やった記憶ある」

「クリアしたの?」

「途中で積んだ」

「でしょうねぇ」

 

 セリアが即答する。

 

「レベル上げ嫌いそうだもの」

「いや単純に飽きた」

「最低」

 

 ジョンは苦笑した。

 だが、画面に対する興味はかなり戻ってきていた。

 

「しかし映画化してたんだなこれ」

「有名作品なんでしょ?」

「まぁな。昔からあるシリーズだし」

 

 画面では、巨大な玉座に座る魔王が映し出されていた。

 漆黒の鎧。

 禍々しい巨大剣。

 背後に並ぶ魔物軍団。

 いかにも“世界を滅ぼします”と言わんばかりのデザインである。

 その魔王が高笑いし、軍勢へ命令を下す。

 モンスター達が一斉に人間の街へ雪崩れ込む。

 炎上する城塞都市。

 逃げ惑う住民。

 剣を取って戦う兵士達。

 まさしく王道ファンタジーだった。

 

「いいじゃん」

 

 ジョンが少し身を乗り出す。

 

「こういうのでいいんだよこういうので」

「分かりやすくて安心感あるわねぇ」

 

 セリアもポップコーンを摘まみながら頷いた。

 そして物語は進んでいく。

 滅びた村。

 家族を失った少年。

 伝説の剣。

 選ばれし勇者。

 旅立ち。

 実にテンプレート通りの導入だった。

 だが、それが逆に良い。

 少なくとも、さっきみたいに突然反戦演説は始まりそうにない。

 ジョンは完全に安心していた。

 

 画面では勇者が旅の仲間と出会っていく。

 勝気な女剣士。

 クールな魔法使い。

 陽気な盗賊。

 巨大斧を振るう戦士。

 どれもゲームらしい、分かりやすいキャラクター達だ。

 モンスターとの戦闘シーンもテンポがいい。

 剣と魔法。

 必殺技。

 冒険。

 友情。

 成長。

 酒場で騒ぎ。

 ダンジョン探索。

 宝箱。

 ドラゴン戦。

 少年時代に誰もが一度は憧れるような、“冒険ファンタジー”そのものだった。

 

「おぉ、普通に面白そう」

「今度こそ当たりかしら?」

「頼むからそうであってくれ……」

 

 ジョンはそう言ってコーラを飲む。

 少なくとも今のところ、この映画はちゃんと“娯楽作品”をしていた。

 勇者は旅を続ける。

 仲間と喧嘩し。和解し。

 強敵を倒し。村を救い。

 少しずつ成長していく。

 テンポも良い。

 戦闘シーンも派手だ。

 ドラゴンとの空中戦など、かなり気合が入っている。

 

「普通に面白いじゃんこれ」

 

 ジョンはポップコーンを頬張りながら言った。

 

「さっきのより全然見やすいわねぇ」

 

 セリアもソファへ身体を預けたまま頷く。

 

「ちゃんと冒険してるし、ちゃんと敵倒してるし、ちゃんと盛り上がってるもの」

「やっぱこういうのでいいんだよな」

 

 ジョンは満足げだった。

 少なくとも現時点では。

 

 映画は王道そのものだった。

 魔王軍四天王との戦い。

 古代遺跡。

 失われた伝説。

 仲間の離脱と再加入。

 そして世界を滅ぼそうとする魔王。

 ゲーム原作映画として、実に分かりやすく、実に手堅い。

 ジョンもすっかり見入っていた。

 

「この斧使い結構好きかも」

「アタシは魔法使いの子ね。絶対人気キャラでしょあれ」

「分かる」

 

 そんな軽口を叩きながら、二人は映画を楽しんでいた。

 そして。

 物語はついにクライマックスへ突入する。

 嵐吹き荒れる魔王城。

 赤黒い雷雲。

 崩れ落ちる石橋。

 世界の終焉を思わせる演出。

 勇者一行は激闘の末、ついに魔王の間へと辿り着く。

 重厚な扉が開く。

 その先に待っていたのは――。

 漆黒の鎧を纏った魔王。

 巨大な玉座。

 燃え上がる業火。

 いかにもラスボス戦らしい光景だった。

 

『よく来たな勇者よ』

 

 魔王が低い声で言う。

 

『貴様ら人間はここで滅びる』

 

 勇者が剣を構える。

 

『終わらせる……! お前を倒して、この世界を取り戻す!』

 

 仲間達も武器を構える。

 

『行くぞみんな!』

『はいっ!』

『派手にやろうぜ!』

『これが最後の戦いだ!』

 

 BGMが盛り上がる。

 誰もが“ここから最終決戦が始まる”と思った。

 その瞬間だった。

 画面の中の時間が止まった。

 

「……は?」

 

 ジョンが間の抜けた声を漏らす。

 勇者以外の全てが静止していた。

 炎が止まる。

 瓦礫が空中で停止する。

 仲間達の動きが固まる。

 魔王すらも完全停止する。

 そして。

 魔王の背中が、不自然に盛り上がった。

 ビリッ――という嫌な音。

 なんと魔王の背中に“チャック”が現れたのだ。

 

「…………え?」

 

 セリアが眉をひそめる。

 チャックが下ろされる。

 中から出てきたのは。

 真顔の成人男性だった。

 地味なシャツ。

 地味な顔。

 どこにでもいそうな普通の男。

 その男が、ぬるりと魔王の着ぐるみから這い出てくる。

 完全に空気が変わった。

 ファンタジー映画の空気ではない。

 ジョンとセリアは完全に固まっていた。

 男は勇者を見下ろし、ため息混じりに口を開いた。

 

『こんなゲームにマジになっちゃってどうするの』

「…………」

『お前が遊んでる間にも、皆頑張ってるんだぞ』

 

 勇者が困惑した顔をする。

 

『な、何を言っている……?』

 

 だが男は止まらない。

 

『いつまで夢見てるつもりだ?いい加減、大人になったらどうだ』

 

 その瞬間。

 世界が崩壊した。

 仲間達が消える。

 魔王城が消える。

 空が消える。

 地面が消える。

 全てが白く塗り潰されていく。

 勇者と男だけが、真っ白な空間へ取り残された。

 

「………………」

「………………」

 

 ラクーン号の船内にも沈黙が流れる。

 ジョンとセリアは、完全に置いてけぼりを食らっていた。

 

「えっ」

 

 ジョンが言う。

 

「えっ?」

 

 セリアも混乱していた。

 

「なにこれ」

「知らん」

「どういう事?」

「俺に聞くな」

 

 画面では、急に哲学めいた会話が始まっていた。

 男は勇者へ現実を突きつける。

 

『空想に逃げて何になる?現実を見ろ、働け、社会へ出ろ。夢だけじゃ生きていけないんだよ』

 

 そんな説教じみた台詞が延々と続く。

 勇者は反論する。

 

『違う!仲間との冒険は本物だった!俺達の旅には意味があった!夢を信じる事の何が悪い!』

 

 白い空間でそんなやり取りが続く。

 

「急に違う映画始まったんだけど」

 

 ジョンが真顔で言った。

 

「しかも説教臭い方向に」

 

 セリアも呆れ顔だった。

 先程の『コスモファイター3』が脳裏をよぎる。

 嫌な予感しかしない。

 

 その後、なんやかんやあった。

 本当に“なんやかんや”としか言えない展開だった。

 勇者は空想を否定する男と戦う。

 白い空間で剣を振るう。

 仲間達との思い出が力になる。

 夢を信じる心がどうこう。

 そんな流れで、最終的に成人男性は撃破された。

 

『そんな馬鹿な……!俺は……現実を……!』

 

 男が消滅する。

 そして。

 その後がさらに酷かった。

 画面が切り替わる。

 そこに映ったのは、薄暗い部屋。

 椅子に座る青年。

 頭にはVR装置。

 つまり。

 勇者は現実世界の青年であり、今までの冒険は全てVRゲーム内の出来事だったのだ。

 青年はVR装置を外す。

 汗を拭う。

 そして窓の外を見つめながら、静かに呟いた。

 

『……就活、頑張らなきゃな』

 

 そう言って部屋を後にする。

 そこで荘厳なBGMと共に、この映画のタイトルが表示された。

 

『テイルズ・サガ・クエスト〜キミの物語〜』

 

 そして、エンド。

 

「……………………」

 

 ラクーン号の居住ブロックに沈黙が落ちた。

 しばらく誰も喋らない。

 メインモニターではエンドロールが流れている。

 壮大な主題歌。

 感動的っぽい雰囲気。

 だがジョン達の顔は完全に虚無だった。

 数秒後。

 ジョンが口を開く。

 

「……何を見せられたんだ俺は」

 

 心底困惑した声だった。

 セリアも額を押さえる。

 

「やりたい事は分かるのよ?」

「分かるのか……?」

「夢を否定してくる相手を、空想を信じる者の力が打ち倒す……そういうテーマなんでしょうね」

「まぁ……うん……?」

「けど」

 

 セリアは大きくため息を吐いた。

 

「展開が唐突すぎるのよ」

「それ」

「あと何より」

 

 セリアはモニターを指差した。

 

「原作付き映画でやる内容じゃないわ」

「それは本当にそう」

 

 ジョンも全力で頷いた。

 

「サガクエ見に来た客が求めてるの絶対これじゃないし、最後の二十分だけ急に監督の思想ぶち込んできた感じ」

「またかよ……」

 

 二本続けてこれだった。

 ジョンはソファへ沈み込む。

 

「なんなんだ最近の映画……」

「説教したがる人増えたのかしらねぇ」

 

 そんな事を話していた、その時だった。

 ジョンがふとエンドロールを見て固まる。

 

「……ん?」

「どうしたの?」

「監督」

 

 ジョンはモニターを指差した。

 そこにはこう書かれていた。

 

 監督 タカト・カワサキ

 

 その名前を見た瞬間。

 ジョンとセリアの目が同時に見開かれた。

 

「えっ」

「嘘でしょ」

 

 二人は思わず顔を見合わせる。

 

「タカト・カワサキって」

「『ドジラ+1』の監督よね!?」

「だよな!?」

 

 銀河的大ヒット怪獣映画。

 社会現象にまでなった名作。

 ジョンもセリアも大好きな映画だった。

 ジョンは頭を抱える。

 

「なんであんな名作作った監督からこんなの生まれたんだ!?」

「才能ある人でも時々意味分かんない方向行くのよねぇ……」

「いやマジで意味分かんねぇってこれ!」

 

 ジョンは心底困惑した顔でモニターを見つめた。

 映画鑑賞会はまだ始まったばかりだった。

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