宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
ラクーン号の居住ブロックには、妙な静けさが漂っていた。
つい先程まで流れていた『コスモファイター3』のエンドロールは既に消え、現在メインモニターにはV-FIRSTの待機画面だけが表示されている。
しかし。
ジョンとセリアのテンションは明らかに下がっていた。
映画鑑賞会のはずなのに、どこか疲労感すら漂っている。
「…………」
ジョンは無言でコーラを飲む。
氷がカランと鳴る。
その音だけが妙に船内へ響いた。
「……なんか」
ジョンがぼそりと言った。
「変な疲れ方したな……」
「映画見てぐったりする事あるのねぇ……」
セリアもソファへ深く身体を預ける。
紫色の長髪が肩から流れ落ち、モニターの光を受けて淡く反射した。
「別にテーマ自体は悪くないのよ?」
「まぁな」
「戦争反対とか、平和が大事とか、そりゃ分かるの」
「うん」
「でもエンタメ作品で延々それやられると重いのよ」
ジョンは深く頷いた。
「しかもシリーズ三作目で急に方向転換だからなぁ……」
「ファン怒るでしょあれ」
「絶対荒れたと思う」
ジョンは断言した。
ラクーン号の換気装置が低く唸る。
古びた船体が時折ミシリと鳴る。
狭い居住ブロック。
散乱した工具。
山積みのジャンクパーツ。
その中央で、二人はジャンクフード片手に映画批評会をしていた。
「主人公の空中戦もっと見たかったんだけどな俺」
「途中からほぼヒロイン映画だったものねぇ」
「しかも反戦デモで終戦って」
「戦争映画見に来た客からしたら『は?』ってなるわよ」
「だよなぁ……」
ジョンはポップコーンを口へ放り込む。
だがさっきまでと違い、勢いがない。
完全に出鼻を挫かれていた。
「せっかくの映画鑑賞会なのに、一発目からこれかぁ……」
「まぁまだ一本目じゃない」
セリアは軽く笑った。
「次があるわよ次」
「だな」
ジョンは気持ちを切り替えるように身体を起こした。
そう。
まだ始まったばかりだ。
今日はオールナイト映画鑑賞会。
夜は長い。
たまたま一本目が微妙だっただけかもしれない。
「次はきっと面白い」
「その願望、フラグっぽいんだけど」
「やめろ不安になる」
二人は苦笑する。
そして、二人は画面がローディングに入るのを見た。
V-FIRSTのランダム連続再生機能。
AIが視聴履歴やジャンル傾向を勝手に解析し、次々と作品を流してくれるシステムだ。
便利と言えば便利。
だが、当たり外れの落差も激しい。
「頼むから普通にエンタメしてる映画来てくれ……」
「アタシはクソ映画でも笑えればアリだけどねぇ」
「それはそれで困る」
瞬間、画面が暗転した。
数秒後。
重厚な音楽が鳴り響く。
次の映画が始まった。
炎だった。
燃え盛る街。
崩れ落ちる石造りの建物。
逃げ惑う人々。
空を埋め尽くす黒煙。
そして。
その街を蹂躙する異形の軍勢。
巨大な狼。
鎧を纏った怪物。
火を吹くドラゴン。
醜悪なゴブリン。
いかにもファンタジー世界らしいモンスター達が、人間達を容赦なく襲っていた。
「おっ」
ジョンの目が少し輝く。
画面の中を、小さな青いゼリー状生物が跳ね回る。
丸っこい身体。
つぶらな目。
定番中の定番モンスター。
それを見た瞬間、ジョンは気づいた。
「あ、これサガクエだ」
「サガクエ?」
「テイルズ・サガ・クエスト」
ジョンはモニターを指差す。
「ほらあのスライム」
「あー、なんか見たことある」
「超有名ゲームシリーズ」
セリアは少し意外そうな顔をした。
「へぇ。ジョンってファンタジーゲームやるの?」
「いや、昔ちょっとだけ」
ジョンは懐かしそうに目を細める。
「子供の頃にな。中古屋で安く売ってた携帯ゲーム機版やった記憶ある」
「クリアしたの?」
「途中で積んだ」
「でしょうねぇ」
セリアが即答する。
「レベル上げ嫌いそうだもの」
「いや単純に飽きた」
「最低」
ジョンは苦笑した。
だが、画面に対する興味はかなり戻ってきていた。
「しかし映画化してたんだなこれ」
「有名作品なんでしょ?」
「まぁな。昔からあるシリーズだし」
画面では、巨大な玉座に座る魔王が映し出されていた。
漆黒の鎧。
禍々しい巨大剣。
背後に並ぶ魔物軍団。
いかにも“世界を滅ぼします”と言わんばかりのデザインである。
その魔王が高笑いし、軍勢へ命令を下す。
モンスター達が一斉に人間の街へ雪崩れ込む。
炎上する城塞都市。
逃げ惑う住民。
剣を取って戦う兵士達。
まさしく王道ファンタジーだった。
「いいじゃん」
ジョンが少し身を乗り出す。
「こういうのでいいんだよこういうので」
「分かりやすくて安心感あるわねぇ」
セリアもポップコーンを摘まみながら頷いた。
そして物語は進んでいく。
滅びた村。
家族を失った少年。
伝説の剣。
選ばれし勇者。
旅立ち。
実にテンプレート通りの導入だった。
だが、それが逆に良い。
少なくとも、さっきみたいに突然反戦演説は始まりそうにない。
ジョンは完全に安心していた。
画面では勇者が旅の仲間と出会っていく。
勝気な女剣士。
クールな魔法使い。
陽気な盗賊。
巨大斧を振るう戦士。
どれもゲームらしい、分かりやすいキャラクター達だ。
モンスターとの戦闘シーンもテンポがいい。
剣と魔法。
必殺技。
冒険。
友情。
成長。
酒場で騒ぎ。
ダンジョン探索。
宝箱。
ドラゴン戦。
少年時代に誰もが一度は憧れるような、“冒険ファンタジー”そのものだった。
「おぉ、普通に面白そう」
「今度こそ当たりかしら?」
「頼むからそうであってくれ……」
ジョンはそう言ってコーラを飲む。
少なくとも今のところ、この映画はちゃんと“娯楽作品”をしていた。
勇者は旅を続ける。
仲間と喧嘩し。和解し。
強敵を倒し。村を救い。
少しずつ成長していく。
テンポも良い。
戦闘シーンも派手だ。
ドラゴンとの空中戦など、かなり気合が入っている。
「普通に面白いじゃんこれ」
ジョンはポップコーンを頬張りながら言った。
「さっきのより全然見やすいわねぇ」
セリアもソファへ身体を預けたまま頷く。
「ちゃんと冒険してるし、ちゃんと敵倒してるし、ちゃんと盛り上がってるもの」
「やっぱこういうのでいいんだよな」
ジョンは満足げだった。
少なくとも現時点では。
映画は王道そのものだった。
魔王軍四天王との戦い。
古代遺跡。
失われた伝説。
仲間の離脱と再加入。
そして世界を滅ぼそうとする魔王。
ゲーム原作映画として、実に分かりやすく、実に手堅い。
ジョンもすっかり見入っていた。
「この斧使い結構好きかも」
「アタシは魔法使いの子ね。絶対人気キャラでしょあれ」
「分かる」
そんな軽口を叩きながら、二人は映画を楽しんでいた。
そして。
物語はついにクライマックスへ突入する。
嵐吹き荒れる魔王城。
赤黒い雷雲。
崩れ落ちる石橋。
世界の終焉を思わせる演出。
勇者一行は激闘の末、ついに魔王の間へと辿り着く。
重厚な扉が開く。
その先に待っていたのは――。
漆黒の鎧を纏った魔王。
巨大な玉座。
燃え上がる業火。
いかにもラスボス戦らしい光景だった。
『よく来たな勇者よ』
魔王が低い声で言う。
『貴様ら人間はここで滅びる』
勇者が剣を構える。
『終わらせる……! お前を倒して、この世界を取り戻す!』
仲間達も武器を構える。
『行くぞみんな!』
『はいっ!』
『派手にやろうぜ!』
『これが最後の戦いだ!』
BGMが盛り上がる。
誰もが“ここから最終決戦が始まる”と思った。
その瞬間だった。
画面の中の時間が止まった。
「……は?」
ジョンが間の抜けた声を漏らす。
勇者以外の全てが静止していた。
炎が止まる。
瓦礫が空中で停止する。
仲間達の動きが固まる。
魔王すらも完全停止する。
そして。
魔王の背中が、不自然に盛り上がった。
ビリッ――という嫌な音。
なんと魔王の背中に“チャック”が現れたのだ。
「…………え?」
セリアが眉をひそめる。
チャックが下ろされる。
中から出てきたのは。
真顔の成人男性だった。
地味なシャツ。
地味な顔。
どこにでもいそうな普通の男。
その男が、ぬるりと魔王の着ぐるみから這い出てくる。
完全に空気が変わった。
ファンタジー映画の空気ではない。
ジョンとセリアは完全に固まっていた。
男は勇者を見下ろし、ため息混じりに口を開いた。
『こんなゲームにマジになっちゃってどうするの』
「…………」
『お前が遊んでる間にも、皆頑張ってるんだぞ』
勇者が困惑した顔をする。
『な、何を言っている……?』
だが男は止まらない。
『いつまで夢見てるつもりだ?いい加減、大人になったらどうだ』
その瞬間。
世界が崩壊した。
仲間達が消える。
魔王城が消える。
空が消える。
地面が消える。
全てが白く塗り潰されていく。
勇者と男だけが、真っ白な空間へ取り残された。
「………………」
「………………」
ラクーン号の船内にも沈黙が流れる。
ジョンとセリアは、完全に置いてけぼりを食らっていた。
「えっ」
ジョンが言う。
「えっ?」
セリアも混乱していた。
「なにこれ」
「知らん」
「どういう事?」
「俺に聞くな」
画面では、急に哲学めいた会話が始まっていた。
男は勇者へ現実を突きつける。
『空想に逃げて何になる?現実を見ろ、働け、社会へ出ろ。夢だけじゃ生きていけないんだよ』
そんな説教じみた台詞が延々と続く。
勇者は反論する。
『違う!仲間との冒険は本物だった!俺達の旅には意味があった!夢を信じる事の何が悪い!』
白い空間でそんなやり取りが続く。
「急に違う映画始まったんだけど」
ジョンが真顔で言った。
「しかも説教臭い方向に」
セリアも呆れ顔だった。
先程の『コスモファイター3』が脳裏をよぎる。
嫌な予感しかしない。
その後、なんやかんやあった。
本当に“なんやかんや”としか言えない展開だった。
勇者は空想を否定する男と戦う。
白い空間で剣を振るう。
仲間達との思い出が力になる。
夢を信じる心がどうこう。
そんな流れで、最終的に成人男性は撃破された。
『そんな馬鹿な……!俺は……現実を……!』
男が消滅する。
そして。
その後がさらに酷かった。
画面が切り替わる。
そこに映ったのは、薄暗い部屋。
椅子に座る青年。
頭にはVR装置。
つまり。
勇者は現実世界の青年であり、今までの冒険は全てVRゲーム内の出来事だったのだ。
青年はVR装置を外す。
汗を拭う。
そして窓の外を見つめながら、静かに呟いた。
『……就活、頑張らなきゃな』
そう言って部屋を後にする。
そこで荘厳なBGMと共に、この映画のタイトルが表示された。
『テイルズ・サガ・クエスト〜キミの物語〜』
そして、エンド。
「……………………」
ラクーン号の居住ブロックに沈黙が落ちた。
しばらく誰も喋らない。
メインモニターではエンドロールが流れている。
壮大な主題歌。
感動的っぽい雰囲気。
だがジョン達の顔は完全に虚無だった。
数秒後。
ジョンが口を開く。
「……何を見せられたんだ俺は」
心底困惑した声だった。
セリアも額を押さえる。
「やりたい事は分かるのよ?」
「分かるのか……?」
「夢を否定してくる相手を、空想を信じる者の力が打ち倒す……そういうテーマなんでしょうね」
「まぁ……うん……?」
「けど」
セリアは大きくため息を吐いた。
「展開が唐突すぎるのよ」
「それ」
「あと何より」
セリアはモニターを指差した。
「原作付き映画でやる内容じゃないわ」
「それは本当にそう」
ジョンも全力で頷いた。
「サガクエ見に来た客が求めてるの絶対これじゃないし、最後の二十分だけ急に監督の思想ぶち込んできた感じ」
「またかよ……」
二本続けてこれだった。
ジョンはソファへ沈み込む。
「なんなんだ最近の映画……」
「説教したがる人増えたのかしらねぇ」
そんな事を話していた、その時だった。
ジョンがふとエンドロールを見て固まる。
「……ん?」
「どうしたの?」
「監督」
ジョンはモニターを指差した。
そこにはこう書かれていた。
監督 タカト・カワサキ
その名前を見た瞬間。
ジョンとセリアの目が同時に見開かれた。
「えっ」
「嘘でしょ」
二人は思わず顔を見合わせる。
「タカト・カワサキって」
「『ドジラ+1』の監督よね!?」
「だよな!?」
銀河的大ヒット怪獣映画。
社会現象にまでなった名作。
ジョンもセリアも大好きな映画だった。
ジョンは頭を抱える。
「なんであんな名作作った監督からこんなの生まれたんだ!?」
「才能ある人でも時々意味分かんない方向行くのよねぇ……」
「いやマジで意味分かんねぇってこれ!」
ジョンは心底困惑した顔でモニターを見つめた。
映画鑑賞会はまだ始まったばかりだった。