宇宙小市民物語スターエイジ・フールマンズ 作:アイアイホイホイおさるさん
映画『ガニラ 超怪獣空中激突』が終わった後。
ラクーン号の居住ブロックには、久々に“映画を見終わった満足感”が漂っていた。
ジョンはソファに深く腰掛けたまま、大きく息を吐く。
「いやぁ……」
そしてしみじみと言った。
「映画ってこういうのでいいんだな……」
「二本連続で変化球見せられた後だと余計沁みるわねぇ」
セリアも満足げにコーラを飲む。
テーブルの上には食べ散らかしたポップコーン。
空になったスナック菓子の袋。
既に時刻はかなり遅い。
だが二人とも眠気より“次は何が来るんだ”という好奇心の方が勝っていた。
「しかしガニラ可愛かったな」
ジョンが言う。
「ちょっと分かる」
セリアも頷いた。
「絶妙に可愛いのよねアレ。カッコいい寄りではあるんだけど」
「最後海に帰ってくシーンとか普通に良かった」
「王道ってやっぱ強いわ」
そう話している間にも、V-FIRSTは次の作品の読み込みを始めている。
メインモニターには、“ランダム再生中”の表示。
それを見ながらセリアがふと呟いた。
「でも」
「ん?」
「二度あることは三度あるって言うし」
セリアは嫌な笑みを浮かべる。
「また微妙な映画かも」
「怖いこと言うなよ……」
ジョンが露骨に嫌そうな顔をした。
「もう説教映画は勘弁だぞ俺」
「『働け』『現実見ろ』はもうお腹いっぱい?」
「映画見て説教されたくねぇんだよこっちは」
「分かる」
二人がそんな話をしていると。
画面が暗転した。
そして。
静かなピアノ音楽と共に、古びた壁画が映し出される。
そこには。
馬の耳を持つ少女達が描かれていた。
草原を走る少女。
歓声を浴びる少女。
勝利を掲げる少女。
神々しいタッチで描かれたその姿と共に、重厚なナレーションが流れる。
『キバ娘――それは、走る為に生まれてきた』
「おっ」
ジョンが少し身を乗り出した。
「キバ娘じゃん」
「へぇ、映画化してたんだ」
セリアも興味深そうに画面を見る。
キバ娘プリティランナー。
銀河中で大ヒットしているソーシャルゲームだ。
CMは嫌というほど見かける。
グッズも大量に出ている。
コラボ商品も多い。
だが。
ジョンもセリアも、実際にゲームを遊んだことはなかった。
「なんか人気らしい、くらいしか知らん」
ジョンが言う。
「アタシも。CMでよく見るわよね」
「『キミだけのキバ娘を育てよう!』みたいなやつ」
「あと妙に広告が多い」
「分かる」
そんな会話をしている内に、映画本編が始まった。
舞台は近未来都市。
巨大なレース場。
観客席を埋め尽くす大歓声。
そこを、馬耳を持つ少女達――キバ娘達が全力疾走していた。
風を切る。
加速する。
コーナーを駆け抜ける。
スピード感のある演出。
躍動感のある作画。
「おお、思ったよりスポ根だ」
ジョンが感心したように言う。
「ちゃんとレースしてるわねぇ」
セリアも少し驚いていた。
そして主人公が登場する。
褐色肌。
逆立った茶髪。
ギラギラした目。
熱血系丸出しの少女。
その名は――アマゾンスナップ。
『すっげぇ……!』
彼女は観客席からレースを見つめていた。
『なんだあれ……!速ぇ……!カッケェぇぇぇぇ!!』
完全に目を輝かせている。
そして、タイトルがどん!と表示された。
『キバ娘プリティランナー 新世紀の扉』
「熱血主人公だ」
「分かりやすいタイプね」
アマゾンスナップはその日を境に、レースの世界へ飛び込む。
仲間。
ライバル。
トレーナー。
憧れの先輩。
様々な出会いを経ながら、彼女は成長していく。
努力。
挫折。
特訓。
友情。
実に真っ当なスポ根だった。
「普通に見やすいなこれ」
ジョンが言う。
「人気出るの分かるわ」
セリアも頷いた。
レース描写にも迫力がある。
走る。
抜く。
競り合う。
実況が盛り上げる。
観客が熱狂する。
見ていて単純に気持ちいい。
そんな中。
ジョンがふと思い出したように言った。
「そういやさ」
「ん?」
「キバ娘の元ネタって、昔の競馬らしいぞ」
「競馬?」
「宇宙時代始まる前にあったギャンブル」
ジョンはコーラを飲みながら続ける。
「本物の馬を走らせて順位予想するんだよ」
「へぇ〜」
「昔はかなり人気あったらしい」
だが。
現在では事情が違う。
「今は大半の惑星じゃ禁止されてるけどな」
「動物愛護?」
「そ」
ジョンは頷く。
「“動物に競争を強制するのは虐待”って扱い」
「まぁ今の時代ならそうなるわよねぇ」
「だから今でも文化として残ってんの、地球とその周辺コロニーくらいらしい」
「へぇ……」
セリアは少し考え。
そしてニヤッと笑った。
「でもそんなギャンブルあったら」
「ん?」
「ジョン真っ先にのめり込んで破滅しそう」
「うるせえよ……」
ジョンは嫌そうな顔をした。
「絶対『次で取り返せる!』とか言いながら金溶かすタイプじゃない」
「否定できねぇのが嫌だな……」
そんなやり取りをしている間にも映画は進む。
アマゾンスナップは成長していく。
そして。
彼女の前に立ちはだかる。
絶対的な天才。
銀髪。
クールな雰囲気。
圧倒的実力。
誰もが認める最強キバ娘。
マリリンフォトン。
彼女は圧倒的だった。
走れば勝つ。
誰も追いつけない。
アマゾンスナップは彼女へ強烈な憧れを抱く。
『いつか絶対アンタに勝つ!』
『……そう』
だが。
ある日。
そのマリリンフォトンが突然記者会見を開く。
静まり返る会場。
無数のカメラ。
そして彼女は静かに言った。
『私は――レースを引退します』
「えっ」
ジョンが思わず声を漏らす。
映画内でも騒然となる。
『なぜ!?』
『まだ現役トップでしょう!?』
『理由を!』
だがマリリンフォトンは、どこか空虚な目で呟くだけだった。
『……もう、走る意味が分からないの』
その言葉。
それは。
誰より彼女へ憧れていたアマゾンスナップへ、致命的な影響を与える。
『……え?』
取り残される主人公。
憧れだった。目標だった。
いつか追いつきたいと思っていた存在だった。
そのマリリンフォトンが、“走る意味が分からない”と言って去ってしまった。
ならば、自分は何のために走るのか?
アマゾンスナップはその答えを見失ってしまう。
『……アタシ、なんで走ってるんだろ』
練習にも身が入らない。
レースを見ても心が燃えない。
今まで楽しかったはずの時間が、急に色を失っていく。
だが。
そんな彼女を支えたのは、仲間達だった。
『アンタらしくないわね』
『悩むくらいなら走ればいいじゃん!』
『スナップは走ってる時が一番スナップだよ!』
ライバル達。
チームメイト。
そしてトレーナー。
皆が彼女を支えようとする。
中でも印象的だったのは、憧れの先輩キバ娘――エベレストミラクルとの交流だった。
長い銀髪。
穏やかな笑み。
歴戦の風格を持つ実力者。
彼女は迷うアマゾンスナップを夜の練習場へ連れ出す。
『走る理由なんてね、最初は大したものじゃないの』
静かなナレーション。
夜風。
ライトに照らされたコース。
『勝ちたい、悔しい、楽しい、憧れたい、褒められたい、誰かに見てほしい………それだけで十分』
そう言って。
エベレストミラクルは笑う。
『走る理由は、走りながら見つければいいのよ』
そして始まる模擬レース。
夜のコースを走る二人。
派手な演出は無い。
だが。
それが良かった。
風を切る音。
息遣い。
足音。
走ることそのものの楽しさが、映像から伝わってくる。
「うわ、良いシーンだなこれ……」
ジョンも素直に見入っていた。
『アタシ……走るのが好きだ!!』
アマゾンスナップが涙を流しながら叫ぶ。
『皆と走るのが好きなんだ!!』
熱い。
非常に熱い。
だが。
その感動的シーンの最中。
ジョンはふと別方向へ目を向けていた。
「……しかし」
「ん?」
「ベンツシャーシ胸デカくね?」
「アンタ最低ね?」
セリアが即座にツッコミを入れた。
画面内では友情と青春の名シーンが流れている。
なのにジョンの視線は、仲間キバ娘の一人――金髪でギャルっぽい雰囲気のベンツシャーシの胸元へ行っていた。
「いやだって揺れ方すごくない?」
「そこ見る映画じゃないでしょ!」
「でも作画班も絶対狙ってるってこれ」
「感動返して」
セリアは呆れながらポップコーンを口へ放り込んだ。
だが。
映画はここからクライマックスへ突入する。
アマゾンスナップが出場する大舞台。
観客席を埋め尽くす大歓声。
実況の熱狂。
そして現れる。
世代最強キバ娘。
ニシカワミュージカル。
黒髪。
鋭い目。
圧倒的威圧感。
“完成された強者”という雰囲気を纏うライバルだった。
『勝つのは私よ』
『上等だぁぁぁ!!』
レース開始。
ここからの作画は凄まじかった。
疾走。
加速。
ぶつかり合うプライド。
ライバル達が火花を散らす。
コーナーを攻める。
抜き返す。
転びそうになりながら食らいつく。
実況が絶叫する。
『速いッ!!ニシカワミュージカル先頭!!だがアマゾンスナップ離れない!!』
王道。
だが。
王道だからこそ熱い。
「うおおおお!!」
ジョンが完全に乗せられていた。
「頑張れぇぇぇ!!」
「アンタめちゃくちゃハマってるじゃない」
セリアも笑う。
そして最後。
直線。
全てを出し切った激走。
アマゾンスナップが叫ぶ。
『アタシは――走るのが好きだぁぁぁぁぁッ!!』
その瞬間。
彼女はニシカワミュージカルを抜いた。
勝利。
歓声。
涙。
仲間達の笑顔。
非常に綺麗なクライマックスだった。
さらに。
観客席でそれを見ていたマリリンフォトンが、静かに立ち上がる。
かつて失っていた情熱。
それを、アマゾンスナップの走りが呼び覚ます。
『……まだ。まだ、走りたい』
その表情には、かつての熱意が戻っていた。
「うわぁ王道〜〜〜」
セリアが思わず笑う。
「でも良いわぁこういうの」
ラストシーン。
復帰したマリリンフォトン。
そしてアマゾンスナップ。
二人がスタートラインへ立つ。
互いに笑う。
『今度は負けない』
『望むところだ!!』
そして。
スタート直前で画面が止まる。
エンドロール。
「綺麗に終わったなぁ……」
ジョンが満足げに呟いた。
「普通に良作だったわね」
セリアも頷く。
「熱血スポ根としてめちゃくちゃ真っ当だった」
「ちゃんと最後までエンタメしてたし」
「そうそう」
二人はしばらく余韻に浸る。
だが。
ふとセリアが真顔になった。
「でもさぁ」
「ん?」
「なんか怖くなってきたんだけど」
「何が」
セリアは指を折りながら言う。
「大衆向け超大作のコスモファイター3」
「うん」
「超人気ゲーム原作のサガクエ」
「うん」
「この二つがアレで」
「……うん」
「子供向け怪獣映画のガニラと」
「おう」
「オタク向けソシャゲ映画のキバ娘」
「おう」
「この二つが普通に面白いの」
セリアは真顔で言った。
「……銀河映画界終わってない?」
「言うな」
ジョンが遠い目をした。
「なんかこう……“誰向けに作るか”ハッキリしてる映画の方が面白いんだよな……」
「変に万人受け狙うと説教臭くなるのかしら」
「嫌な傾向だなぁ……」
二人は同時にコーラを飲む。
炭酸の音が静かに響く。
そしてメインモニターでは。
既に次の映画の読み込みが始まっていた。